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			<title>不良クリスチャンのつぶやき</title>
			<description>クリスチャンです。でも不良クリスチャンです。あは。
神様が好きです。でも真面目に生きなきゃ、とかはあんまり思ってません。
教会の人には叱られてばっかりです。でも叱ってくれる人がいるのはありがたいよねぇ。
ついでに音楽屋です。でもそれほど音楽好きでもないです。
この前、賛美を作ってみたら教会の人に「これは賛美じゃない」と怒られました。あは。

不良クリスチャンな上に音楽嫌いな音楽屋。お前は何故に生きてるのだ。
そんなの決まってるじゃんか。素敵な人達に一人でも多く会うためよ。
そして神様の作ったこの途方もない世界を心ゆくまで満喫するためよ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>不良クリスチャンのつぶやき</title>
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			<description>クリスチャンです。でも不良クリスチャンです。あは。
神様が好きです。でも真面目に生きなきゃ、とかはあんまり思ってません。
教会の人には叱られてばっかりです。でも叱ってくれる人がいるのはありがたいよねぇ。
ついでに音楽屋です。でもそれほど音楽好きでもないです。
この前、賛美を作ってみたら教会の人に「これは賛美じゃない」と怒られました。あは。

不良クリスチャンな上に音楽嫌いな音楽屋。お前は何故に生きてるのだ。
そんなの決まってるじゃんか。素敵な人達に一人でも多く会うためよ。
そして神様の作ったこの途方もない世界を心ゆくまで満喫するためよ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary</link>
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		<item>
			<title>おひさしぶりです。</title>
			<description>おひさしぶりです。&lt;br /&gt;
ブログの更新、サボりまくってました。ごめんなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
えーっと、最後の更新から１年弱が経ちましたが、&lt;br /&gt;
去年の１２月に留学していたボストンから帰国して、&lt;br /&gt;
今は日本でちっとも売れない作曲家として活動しています。&lt;br /&gt;
でも、あまりに売れないので副業のWEBマネージメントを&lt;br /&gt;
している時間の方がはるかに長かったりします。&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.raf.co.jp/85&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.raf.co.jp/85&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
これがその副業のサイトです。&lt;br /&gt;
便利な人には便利なはずなので使ってやって下さいな。&lt;br /&gt;
ああ、いけね。本業の方のサイトはこっちです。&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.raf.co.jp/D-Sea-Saw&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.raf.co.jp/D-Sea-Saw&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
拙い作品が聴けますので聴いてやって下さいな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さてさて、僕は相変わらず不良クリスチャンをやっております。&lt;br /&gt;
もしかしたら前以上かもしれません。&lt;br /&gt;
だって帰って来た母教会では「ゆうべ飲み過ぎちゃって」って&lt;br /&gt;
礼拝の後に言っても「まったくもー」と言われるだけなんだもん。&lt;br /&gt;
ああ、でも土曜の晩に朝まで飲み明かしても、日曜の朝の礼拝には&lt;br /&gt;
這ってでも参加するというのはポリシーです。&lt;br /&gt;
だって、そうしなかったら「だから酒飲みは、、、」と大好きなお酒が&lt;br /&gt;
悪者にされてしまうからね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本に帰って来てから、なかなか仕事も入って来ないし、&lt;br /&gt;
結婚を考えていたガールフレンドにもフラれてしまうし、&lt;br /&gt;
「神様なんでじゃー！！」と天に拳を振り上げるようなことも今はしばしば。&lt;br /&gt;
「いいもん、もう聖書なんか読まないもん」といじけることも今はしばしば。&lt;br /&gt;
礼拝中の居眠りも今は、、、、、、あ、これは前からか。えへ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いやしっかし、仕事とガールフレンドに関してはやっぱりね、&lt;br /&gt;
なかなか本気で凹みますね。本気で「神様嘘つきじゃん」とか思いますね。&lt;br /&gt;
でもやっぱり心の奥底ではどっかーんと信じているんだけど。&lt;br /&gt;
海の表面がどんなに荒れていても、海の底は静かなのと同じでね。&lt;br /&gt;
だからどんなに神様に拳を振り上げようと、嘘つきと呼ばわろうと、&lt;br /&gt;
もう信じねえぞと叫ぼうと、絶対にイエスさんは僕の心からいなくならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「雨、雨、風、風、吹き荒れてみろ&lt;br /&gt;
　そんな時こそ、俺達はまた強くなってゆく」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小学校の卒業式で担任の先生が歌ってくれた歌なんだけど、&lt;br /&gt;
これを心の中でイエスさんが熱唱している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「どんなに疑おうが、どんなに不満を足れようが、&lt;br /&gt;
　俺はここからいなくならねえから、辛いならまぁせいぜい気の済むまで吠えてろ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わかりましたよ、イエスさん。&lt;br /&gt;
まったくあなたにはもう、ちっともかないませんよ。&lt;br /&gt;
じゃ、お言葉通り、安心して文句とか足れますよ。だだこねますよ。&lt;br /&gt;
ってか、そんなこと言うなら早いとこ、このしんどい時期を終わらせてもらえませんかね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「そうもいかねえよ。俺には俺の計画があるからね。&lt;br /&gt;
　　　ま、安心しろ。いつかは終わる。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はいはい、「いつか」ね、「いつか」。&lt;br /&gt;
別れた彼女も「いつかまた会おうね」とか言ってましたよ。&lt;br /&gt;
そんな「いつか」なんて来た試しがないじゃないっすか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「まぁいいから今は試練を楽しんでおけって。任せとけ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まぁ、そうっすよね。同じ試練なら楽しんだ方がいいっすよね。&lt;br /&gt;
どうせいつか終わるんだしね。でも楽しめるなら試練じゃないじゃないですか。&lt;br /&gt;
楽しめないから試練なんでしょうが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「大事なのは発想の転換だぜ。ほらほら、悲しむものは幸い、って言ったろ？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
、、、、なんかよく分からんけどなぁ、正直。。。。。ううむ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
、、、、、と、こんな感じの信仰生活を送っています。&lt;br /&gt;
ときどき、「イエスさん、あっかんべえ」とか言って&lt;br /&gt;
食前のお祈りとかを放棄して、「てめえコラ、ちゃんとやれ」と怒られてます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary/39526640.html</link>
			<pubDate>Fri, 21 Jul 2006 01:52:55 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>神様はもっとずっとでっかいはずだ。</title>
			<description>小説家がいるから小説があるのであって、小説があるから小説があるのではない。&lt;br /&gt;
同じように、神様がいるから聖書があるのであって、聖書があるから神様があるのではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時として教会は神様を聖書の中に閉じ込めてしまってはいないか。&lt;br /&gt;
聖書は神様のほんの一部でしかない。聖書に書いてあることが神様のすべてなんだとしたら&lt;br /&gt;
分厚い何巻もある百科事典を書いたオッサンの方が神様よりも偉いじゃないか。&lt;br /&gt;
神様もイエスさんも聖霊ももっとずっと自由に動き回ってるはずだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一を聴いて一を知るだけでは聖書を読んだことにはならない。&lt;br /&gt;
一を聴いて十を知り、百を感じて千を我がものにする。それが聖書を読むということだ。&lt;br /&gt;
感じ、知るべきことはその文章そのものではなく、それを読んだ時に脳裏に去来する&lt;br /&gt;
恍惚の閃きである。それが聖霊に聞く、聖書を聞く、ということだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
知性だけで読む聖書が聖書でないのと同じように、信仰だけで読む聖書もまた聖書ではない。&lt;br /&gt;
心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして読んだ時、初めて聖書は正しく&lt;br /&gt;
神様の威光を反映する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聖書を記憶中枢ではなく、潜在意識に叩き込め。&lt;br /&gt;
覚えることに意味はない。聖書の言葉の海に脳みそをたゆたわせれば良い。&lt;br /&gt;
聖書から来る言葉が大事なのではない。聖書から一度潜在意識に入り込み、&lt;br /&gt;
何かの拍子に顕在化した言葉、これこそ最も大事にすべき言葉だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうすると、一人一人の人にそれぞれ見合った語りかけをする神様が見える。&lt;br /&gt;
神様の戒めは必ずしも万人に共通ではない。神様はもっとずっと大きいのだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary/12303171.html</link>
			<pubDate>Mon, 26 Sep 2005 05:26:28 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>自分らだけが天国か？</title>
			<description>自分の天国を望もうぜ。人の地獄を望むよりもさ。&lt;br /&gt;
っつーかさ、自分の天国を望むなら、人の天国も望もうぜ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
信じないと地獄に堕ちてしまいますよ！！　なんて脅すよりもさ、&lt;br /&gt;
あなたが天国に行けるように祈りますよ、って言う方がどんなに優しいか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
惨めな自分と、世の栄えとを見比べて、&lt;br /&gt;
私には天国、彼らには地獄、なんて思うより、&lt;br /&gt;
私には天国、彼らにも天国がありますように、と祈る方がどんなにかっこいいか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
クリスチャンの役目ってのは、「貴方も信じて天国に行きましょう」なんて言うことじゃない。&lt;br /&gt;
信じられない人達が天国に行けるように祈る事だ。その結果、信じる人も出るかもしれない。&lt;br /&gt;
でも、それに目を取られてはいけない。常に、信じられない人はたくさんいる。&lt;br /&gt;
祈り方を知らない、神様の存在さえ知らない。そういう人達のために祈らなきゃいけないだろう。&lt;br /&gt;
俺達は祭司なんだろう？　万人祭司主義って奴から言えば。&lt;br /&gt;
祭司が祭司同士で祈り合っててどうするよ。&lt;br /&gt;
祭司は祭司じゃない人のために祈るのが仕事だろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
俺に「何か祈って欲しい事はない？」なんて聞かないでくれよ。&lt;br /&gt;
そんな暇があったら、祈りを知らない人に触れて、彼らのために祈ってくれよ。&lt;br /&gt;
で、みんな、一人残らず天国に行こうぜよ。それが最高じゃないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
敵のために祈れ。祈った瞬間、敵は敵じゃなくなるでしょ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教会がなんと言おうと構わない。俺はそういうクリスチャンでいたい。&lt;br /&gt;
最後の審判の日に、ノンクリスチャンのために神様に土下座するクリスチャンでいたい。&lt;br /&gt;
罪だらけの俺に、土下座する価値さえないのは分かってる。&lt;br /&gt;
イエスさんが神様に土下座してくれて、それでやっとこ救われた身だってことも分かってる。&lt;br /&gt;
それでも、何もしないで「ああ信じてて良かった。天国だ天国だ」なんて浮かれて&lt;br /&gt;
その門に入るよりは、土下座していたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あは、クリスチャンというだけでノンクリスチャンから偽善者と言われ、&lt;br /&gt;
こんなこと言うからクリスチャンからも偽善者と言われるかも知れない。&lt;br /&gt;
なんとでも呼びやがれ。いいからお前ら、みんな一緒に天国行くぞ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary/11029805.html</link>
			<pubDate>Fri, 09 Sep 2005 15:45:04 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>疑いは罪か。</title>
			<description>クリスチャンになったからって、ありとあらゆる疑問が解決するわけじゃない。&lt;br /&gt;
確かに、神様ってのは究極的な真理なのだ。だけど俺らのこの小さな脳みそじゃ、&lt;br /&gt;
そのすべてを知ることなんてとても出来やしない。&lt;br /&gt;
だから疑問は相変わらず、あれやこれやと付きまとうのである。&lt;br /&gt;
ただ、それがいつか解決すると言う保証が与えられているだけなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神を疑うということ、それもまたこの小さな脳みそ故のことだろう。&lt;br /&gt;
疑いは必ずしも罪ではない、時としてそれは神が与えて下さる成長の糧である。&lt;br /&gt;
アンチテーゼなしにジンテーゼが成立しないが如く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
疑いが出て来たなら素直に疑えばいい。&lt;br /&gt;
そして神様にその疑いを包み隠さず打ち明けてしまえばいい。&lt;br /&gt;
自分を言い聞かせようが取り繕おうが、神様はその疑いを&lt;br /&gt;
どの道、すっかり知っているんだから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いや、むしろクリスチャンたるもの、積極的に疑うべきだ。&lt;br /&gt;
疑いによって消え失せる真理は真理ではない。&lt;br /&gt;
疑えば疑うほど、それは光を増し加え、より確固たる礎となるだろう。&lt;br /&gt;
疑いを通らない真理はただの仮説に過ぎない。&lt;br /&gt;
神を真理だと信じるなら神を疑え。&lt;br /&gt;
疑えば疑うほど神が真理であることが証明されるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神なき世界を想像してみると良い。&lt;br /&gt;
俺達の知っている事象のうち、どれか一つでもそこに成立しうるものがあるか。&lt;br /&gt;
あるとしても、それは一つだけ「我思う。故に我あり。」&lt;br /&gt;
これ以外の何かを信じているのなら、それは神を信じているに他ならない。&lt;br /&gt;
そして「我思う。故に我あり。」では何故に我は思う？&lt;br /&gt;
無から来て無に帰るなら、この我のなんと不可解なことか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary/10912381.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Sep 2005 03:11:13 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>悪魔</title>
			<description>悪魔はきっと僕を憎んでるだろう。&lt;br /&gt;
無理もない。僕は彼を裏切ったんだから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でもそれでいて、悪魔は今でも僕を誘う。&lt;br /&gt;
まだ彼にとって「素質がある」んだろう、僕は。&lt;br /&gt;
僕の心の中にはまだ彼からもらったものがたくさん残っているから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
悪魔は今でも時々やってきては「俺の所に戻って来ないか」と言う。&lt;br /&gt;
「神がお前に何をしてくれた？」冗談はよして下さいな、悪魔さん。&lt;br /&gt;
そんなこと言ったら、あなただって僕に何をしてくれたって言うんですか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どうせ何もしてくれないなら僕はかっこいい方につきますよ。&lt;br /&gt;
人を愛する者と、人を憎む者と、どっちがかっこいいって、&lt;br /&gt;
そりゃもちろん愛する方でしょう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どうせ何もしてくれないなら僕は楽しい方につきますよ。&lt;br /&gt;
人を喜ばせるのと、人を悲しませるのと、どっちが楽しいって、&lt;br /&gt;
そりゃもちろん喜ばせる方でしょう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ああ奇麗ごと。そうさ奇麗ごと。まったくもって奇麗ごと。&lt;br /&gt;
でも、どうせ実現しないなら、奇麗ごとを夢見た方が幸せでしょう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに。&lt;br /&gt;
イエスさんはとてつもないことを僕にしてくれたし、&lt;br /&gt;
その奇麗ごとは成就すると約束されている。&lt;br /&gt;
あなたの大嫌いなあの十字架によって。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに。&lt;br /&gt;
もうまっぴらですよ。あんなに辛くて苦しい生活は。&lt;br /&gt;
あなたが僕にくれた自由なんてせいぜい、学校のPTAがくれた程度の&lt;br /&gt;
自由じゃないですか。あのいかがわしい「自由な校風」みたいなね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに。&lt;br /&gt;
もしも戻ったらあなたは僕を殺すでしょう？&lt;br /&gt;
裏切った僕を許せるくらいならあなたは悪魔になんかならず&lt;br /&gt;
ずっと天使のままだったはずでしょう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、あなたのために祈ります。悪魔さん。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary/10630494.html</link>
			<pubDate>Sun, 04 Sep 2005 15:38:31 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>ぼっこぼこ</title>
			<description>あっははははは！！　俺の足が悪いのは、神の栄光が俺に示されるためなんだとさ。　へえ、そうかぁ、じゃあ良かった良かった。。。。。。。って、ふざけるんじゃねえや！！　これのせいでどれだけ苦しい思いをしたと思っていやがる。　おめえの栄光なんか爪の垢ほども要らねえよ。　っつーか、そんなこと言うならその栄光とやらをとっとと見せてもらおうじゃねえか、おう？　神様よ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初めてヨハネ福音書の９章３節を読んだ時、そんなことを思ってものすごく反発した。反発したなんてもんじゃない。神様に殺意を抱いた。自分の栄光のために人を苦しめる神かんざ、俺がぶっ殺してやる。と思った。イエスだかノーだか知らねえが、そんな舐めた偽善を抜かす奴は俺の目の前から完全に消え去ってくれ、と思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、その言葉が心にしっかりとその時に織り込まれてしまって、どうしたって離れなかった。&lt;br /&gt;
ことある毎にその言葉がまるで意志を持ってるみたいに俺の脳みそを揺り動かした。その度に俺は頭を思いっきり左右に振って「ふざけるんじゃねえや！」ってそれを振り払っていた。&lt;br /&gt;
今思えば俺はもうその時、その言葉に救われてしまっていたんだよね。イエスさんって人に、その一言だけですっかり惚れ込んじゃってたんだよね。でも物心ついた頃から両親の「キリスト教嫌い」の思想にどっぷり漬かってた俺には、イエスさんに惚れ込むなんてことは恥以外の何者でもなかったし、何よりも怖かったんだと思う。それまでの価値観が全部ひっくり返ってしまう気がして。ついて行きたくて、ついて行きたくて仕方なかったんだけど、ついて行って良いわけがない、と思ってた。慰めだ。真実なんかじゃない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、イエスさんは俺をボコボコにしたわけだ。出てくる音楽を奪いーの、仲間を奪いーの、好きな女の子を奪いーの。とどめにとんでもなく難しい哲学の無限ループを俺にぶつけやがった。もう、KOっすよ。それこそもう発狂しそうになって、頭抱えてひっくり返っててもその無限ループは止みやしない。「これでもか」「これでもか」ってみたいに、脳みそが勝手に回転して一番恐ろしい結論に向かって一直線。だめだこりゃ、もう死ぬしかない。死んじゃおう、もう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう思った時にイエスさんが「お前さ、信じてみない？ついて来てみない？」と言った。&lt;br /&gt;
死ぬよりマシだ。どうせ死ぬなら３日だけ試しに信じてみてから死んでも遅かない。&lt;br /&gt;
「だまされてみますよ、とりあえず」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無限ループが嘘みたいにピタッとやんだ。あれ？　何もかもが楽だ。&lt;br /&gt;
仲間も女の子も、もともと俺のものじゃない。与えられたものじゃんか。&lt;br /&gt;
あれ？　音楽もそうなの？　俺が作ってたんじゃなくて、あなたが俺にくれてたんですか、神様。&lt;br /&gt;
びっこの足？　びっこじゃない俺なんて今まで一度たりとも存在したことはないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
嘘でもいい。ただの慰めでもいい。この人について行った方が世の中が楽しい。気分が楽だ。&lt;br /&gt;
それに、この人について行って何を失うっていうんだろう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうやって、俺はイエスさんの後について行くことにしました。&lt;br /&gt;
相変わらず今もむらっ気の多い、問題児だけど。&lt;br /&gt;
それでも今じゃ、イエスさんがあの時俺に言ってくれたことは&lt;br /&gt;
慰めなんかじゃなくて、まぎれもない真実だってことは分かった。&lt;br /&gt;
うそじゃない。ああ、どこまでも本当だ。&lt;br /&gt;
それに万が一、万万が一、嘘でもいい。それでも俺は幸せだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary/10552388.html</link>
			<pubDate>Sat, 03 Sep 2005 13:50:01 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>結婚問題</title>
			<description>クリスチャンの一部には「クリスチャン純血主義」とでも言おうか、&lt;br /&gt;
「クリスチャンはクリスチャンとしか結婚してはいけないし、付き合うのも避けるべきだ」&lt;br /&gt;
という人々がいる。実は今、ボストンでお邪魔させてもらってる教会の牧師がそうなんだけど。&lt;br /&gt;
俺はその意見には大反対だから、そのことに関しては何度も論戦を張っている。&lt;br /&gt;
いや、彼がクリスチャンとしか結婚したくないのは構わない。実際、彼の奥さんはクリスチャンだし。&lt;br /&gt;
だけど誰かが俺にふさわしいかどうかを決定する権利は彼にはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは俺の大事な人を「ふさわしくない人」と侮辱するのか。&lt;br /&gt;
もしそうだと言うなら剣を抜くぞ。愛の名の下の侮辱、これほどの欺瞞がどこにある。&lt;br /&gt;
俺は俺で聖書を読んで長いこと祈って、その結果、神様からもらった結論として彼女を愛している。&lt;br /&gt;
あなたは俺の祈りを無視するのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聖書に根拠があるって、&lt;br /&gt;
「異邦人のくびきを負ってはいけません」ってその一節だけでしょう？&lt;br /&gt;
牛が荷物を引っ張るあの棒。それがどうして結婚の比喩に読めるのか&lt;br /&gt;
俺にはさっぱり分からない。だったら第一コリントの７章には&lt;br /&gt;
「信者でない妻は信者である夫によって清められている」と書いてある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
って、こんなこと書いてると牧師さんと仲が悪いみたいだけど、実はまったくその逆で&lt;br /&gt;
とっても仲良くしています。ただ、その一点について決定的に意見が合わない、ということを&lt;br /&gt;
お互いに知っているだけで。でもそれはそれで彼が教会を導く上で神様からもらった結論なんだろうし、&lt;br /&gt;
最近はそれを尊重しようと思っている。向こうには向こうのそれなりに筋の通った裏付けも&lt;br /&gt;
あるんだろうしね。真理が必ず一つしか存在しない、っていう考えがそもそも理性の傲慢だ。&lt;br /&gt;
最終的に答えがはっきりするのは天国でイエスさんにあった時だと思う。&lt;br /&gt;
もしかしたらその時には複数の真理を同時に理解することが出来るのかも知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ともあれ。&lt;br /&gt;
俺は恋人であれ友達であれ何であれ、クリスチャンとノンクリスチャンを区別することはしない。&lt;br /&gt;
それが、俺が個人的にイエスさんからもらった信念だから。誰とでも飲みに行っちゃうよん。&lt;br /&gt;
まぁ、こんなことを言っているのが「不良クリスチャン」と呼ばれる一つの大きな所以だ。&lt;br /&gt;
上等じゃないか。イエスさんは「不良」の俺について来いと言ったんだから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ああ、でもちなみに俺が籍を置いている日本の母教会の先生はノンクリスチャンとの交際も&lt;br /&gt;
結婚もOKって言っている。だから教会にもクリスチャンとノンクリスチャンの夫婦が何組もいる。&lt;br /&gt;
そのせいか、ボストンの教会よりも心なしか「不良度」が高い気もするけど（笑）。&lt;br /&gt;
良いの良いの、色んな扉があるけど、どの扉も行き着く先はイエスさんなんだから。&lt;br /&gt;
お好みのドアからお好みの道を進めばよろしいと思うよ。うん。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary/10213524.html</link>
			<pubDate>Tue, 30 Aug 2005 06:23:31 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>交わり</title>
			<description>今日は日曜日でもないのに珍しく「クリスチャン同士の交わり」という奴をした。いや、ただ友達が飯を食いに来て、彼がたまたまクリスチャンだったってだけなんだけどもね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「クリスチャン同士の交わりを優先しましょー」とか言われるのが好きじゃない。いや、それが大事なのは良く分かる。やっぱりクリスチャン同士で腰を据えて話す機会ってのは貴重だ。誰にも気兼ねなくイエスさんのことを話しまくれるから。でもそれがいくら貴重だからと言って、他の人との交わり「より」貴重だなんて、そんな失礼なことは言えない。話して面白い人との話はその人がクリスチャンだろうがノンクリスチャンだろうが面白いし、有意義なわけでしょ。人を肩書きで差別してはいけませんわよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ってか、むしろノンクリスチャンと積極的に交流すべきだ。&lt;br /&gt;
クリスチャンにではなく、ノンクリスチャンにこそ、クリスチャンが必要だ。&lt;br /&gt;
なんでか。そんなもん、自分で考えろ。ああ、「福音を伝えるため」ではないよ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary/10094457.html</link>
			<pubDate>Sun, 28 Aug 2005 16:21:27 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>ビール。</title>
			<description>ビールが旨いっ！！久々に会う友達と飲むビールはまた格別に旨いっ！！それも夏の終わりの涼しい夜に飲むビールなんだからそりゃもう格別に旨いっ！！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
クリスチャンってお酒飲まないイメージがあったりするみたいなんだけど、俺は飲むよ。けっこう飲んだくれクリスチャン。イエスさんの最初の奇跡は結婚式で水をワインに変えたこと。「大酒飲みの大喰らい」と揶揄されることがあるほど、よく食べて、そしてよく飲んだ人だったらしい。聖書にもお酒を飲んではいけないとは書いてない。ただ、お酒に酔いつぶれてはいけないと書いてある。そうじゃなくても俺はお酒飲んで気持ち悪くなったり、荒れて人を不愉快にするのはお酒が勿体ないと思うからほろ酔い加減で止めることにしてるけど。それに、教会の聖餐式ではパンとワインをみんなで飲むしね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でもやっぱり一部では「クリスチャンはお酒を飲んではいけない」と主張する人もいる。今行ってるボストンの教会の牧師先生はそう。だから聖餐式でもワインの代わりにぶどうジュースを飲む。まぁ、それはそれで良いんだと思う。ノンクリスチャンだってお酒を飲む人も入れば飲まない人もいるからね。クリスチャンにだってそりゃ両方います。ただ、「お酒を飲まないことを神様が望んでいます」とか言って人に押し付けちゃうのはどうかと思う。神様は一人一人に違う語りかけをする。だから飲むなと言われた人は飲まなければいいし、飲んでいいよと言われた人は飲めばいいと思う。飲みたい人は安心して飲めば良い。飲みたくない人は飲まなければいい。飲むことの強制はもちろん良くないけど、飲まないことの強制もあんまり好きじゃない。リラックスしてありのままについていこうよ、イエスさんにさ。まぁ、飲み過ぎて何かやらかせばイエスさんにも叱られてしまうだろうけどね。お酒は適度に楽しくね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旨いビールと、ビールと共にあった楽しい会話を、神様に感謝でありますよ。幸せでした!</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary/10008050.html</link>
			<pubDate>Sat, 27 Aug 2005 12:33:38 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>これがブログかぁ。</title>
			<description>へえ、これがブログって奴か。なんか楽しそうだね。&lt;br /&gt;
せっかくだから他のところじゃあんまり書けないことを人知れず書いてみようかとか思った。&lt;br /&gt;
思っただけ。実際に続けて書くかどうかは分からないけどさ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
えっと。クリスチャンです。はい、間違いなく。２年ちょい前から。&lt;br /&gt;
だけど酒は飲むし、下品な冗談も言うし、聖書もベッドで寝そべりながら読むし、&lt;br /&gt;
いわゆる「清く正しく美しく」とはかけ離れた生活をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イエスさんは「あれをしちゃだめ」「これをしちゃだめ」って言うために世に降りたんじゃないと思う。&lt;br /&gt;
こういう俺みたいなどうしようもない奴でも、神様は愛してるんだよ、ってことを言うために降りて来たんであって。&lt;br /&gt;
「良い人になるなら救ってあげるからついて来なさい」なんてことは俺は言われてないのだ。&lt;br /&gt;
言われたのは「こら、そこの不良！！お前、いいから黙って着いて来いや」ってだけ。&lt;br /&gt;
最初は「ざけんな。なんでお前なんかに」と思って抵抗したんだけど、そしたらボコボコにされた。&lt;br /&gt;
徹底的にボコボコにされた。容赦ない人だ。強い強い。&lt;br /&gt;
「こりゃなんか知らないけどかなわないや」と思ったから&lt;br /&gt;
「すみませんでした」って謝って、ついていくことにした。&lt;br /&gt;
それから２年。少しずつ、何となくだけど「ああ、俺って愛されてるんだね」って思うようになった。&lt;br /&gt;
それでも相変わらず悪いことばっかりしてるんだけど、それでもついていかせてくれる&lt;br /&gt;
イエスさんってのは懐が広いっていうかさ、でっかいよなぁこの人は、って思う。&lt;br /&gt;
敢えてイエス様と呼ばず、イエスさんと呼びたい。そのくらい、彼は俺にとって身近な人なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、彼の背中を見て日々歩いていると、確かに悪いことの魅力が少しずつだけど色褪せていく。&lt;br /&gt;
タバコは止めようと思わないまま自然に止んでしまったし、もうちょっと悪い煙も実は吸ったり&lt;br /&gt;
してたんだけど（日本国内じゃないよ）、それもいつしかぴったりと止んだ。&lt;br /&gt;
しかも禁欲の辛さなんてのはほとんど経験することなく。だから今してる悪いことも&lt;br /&gt;
そのうち、したくなくなっちゃうのかもな、とか思っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
肩肘張らずに、ありのまま。リラックスしてダラダラと、イエスさんについていこうと&lt;br /&gt;
そんな感じにクリスチャンをやっている。&lt;br /&gt;
教会の人には時々それで顔をしかめられてしまうけど、それは仕方ないかと思っている。&lt;br /&gt;
でも顔をしかめて、時々叱ってくれる教会が好き。&lt;br /&gt;
「怒られちった、へへ」ってのはそれほど悪い感覚でもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな奴です。俺ってのは。とりあえずは。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gurugurumary/9949593.html</link>
			<pubDate>Fri, 26 Aug 2005 17:20:57 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		</channel>
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