|
有楽座(現在の有楽町2丁目の一角)
竣工:明治41年11月 設計:横河民輔(横河工務所) 施工;清水満之助
日本で最初の洋風劇場だそうです。ドイツ風洋館木造建築
大正12年の関東大震災で焼失。再建されませんでした。
場所は後の有楽座とは違い数寄屋橋から東京駅方面に上った外堀沿いにありました。
「イトシア」のホームページには後に邦楽座と改称とあります。建物は違いますが、 場所が同じで外堀沿いとすると有楽座の焼失した場所に邦楽座が大正13か14年に 建てられた事になります。
|
近代建築(劇場)
[ リスト ]



劇場のあった場所ですが、明治末期に東海道線の高架複々線(将来の3複線化のための用地も含む)による東京駅乗り入れ工事が開始されたのに関連して日比谷、有楽町一帯の道路付け替えと数寄屋橋の架け替え(現在の晴海通りが完成して移設)が行われました。さらに関東大震災後には道路の拡張が行われ、数寄屋橋も幅の広い新しい橋に架け替えられました。震災後の大正14年に開場した邦楽座(後のピカデリー劇場)は数寄屋橋架け替え後の朝日新聞社ビルの北隣りに朝日のビルより先に建設されましたので、初代有楽座のあった場所とほぼ一致すると思います。因みに朝日新聞東京本社は麹町区(→千代田区)有楽町2丁目3番地でしたから、これを手がかりに初代有楽座の地番を探れば、なお正確な位置が判ると思います。
2011/8/18(木) 午後 4:55 [ 小金井橋 ]
小金井橋さんコメントありがとうございます。有楽座の場所は邦楽座の場所と同じだと思うのですが、いまいち自信がありませんのではっきりした場所は保留にしておきたいと思います。鉄道関係は疎いのでコメントいただくと助かります。
2011/8/19(金) 午後 5:56 [ グズグズ ]