あれやこれやの近代建築

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新永間市街線高架橋

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             新橋ー有楽町間複々線市街高架線東京市街高架鉄道建築概要より)
      完成:明治43年     設計:フランツ・バルツァー(ドイツ人技師)   施工:官営鉄道
      写真は東京駅開業の大正3年のころと思われます。
    九州鉄道の恩人として博多駅にレリーフがあるドイツ人鉄道技師ヘルマン・ルムシュッテルの原案に
フランツ・バルツァーが日本人技師4人を指導して実施設計をした高架鉄道の新橋ー有楽町間の完成写真です
 
              後方に写る華族会館(鹿鳴館)、愛国生命館 初代帝国ホテル
 
ヘルマン・ルムシュッテル:九州鉄道が創業にあたりドイツから招いた鉄道技術者で、後に東京の鉄道網の基本                 設計に関与しました。
フランツ・バルツァー:鉄道高架橋を造るにあたり招聘されたドイツ人技師で、構造設計などを専門とする土木
              技術者であった事から駅舎などの建築にも関与したそうです。
 
新永間とは現在の浜松町付近から大手町までの区間で旧町名の一字づつを採って名付けられました。

横浜船渠

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                             横浜船渠(ウィキぺディアより)
 
                       前に記事にした秩父丸を建造した造船所です
 
     現在はみなとみらい地区になっている場所です。1号、2号ドックが記念として残されています
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                              竣工当時の東京駅
                  産経新聞のコラムに東京駅の話が載っていました。                           現在復元工事中の東京駅も大分できてきたようで建物の一部が姿を現しつつあります。
        創建当時の駅舎は鉄道院総裁の後藤新平が「世間をあっと驚かせるような建物を」と                辰野金吾に依頼して出来た駅舎だそうです。
        建物自体のデザインだけでなく、駅舎の正面が八重洲口でなく行幸道路の正面を向いた
        丸ノ内側にあること。東海道の基点である新橋駅をないがしろにするような東京駅という               名前のつけ方など、今の感覚では当たり前の事が当時は議論をよんだようです。
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                              私立宮田病院
                  後に市立豊中病院となる源になった病院です。
                沿革は下記のコミニティーサイトの書かれています
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                         広島産業奨励館の噴水と東屋
           奨励館の付帯設備として建物と同じヤン・レツルの設計で造られたそうです。
 
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                         現在も同じ場所に佇んでいます

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