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旧伝法鴻池本店(ウィキぺディアより)大阪府大阪市此花区伝法4-3-55
竣工:明治43年(大正3年改装) 設計:久保田 小三郎(住友本店臨時建築部)
室内装飾:相原 雲楽(彫刻家・高村光雲の弟子) ステンドグラス:木内真太郎 銀行などの金融業で財を成した鴻池財閥とは無関係とのことです。
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洋館
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鎌倉文学館(ウィキぺディアより) 鎌倉市長谷1−5−3
竣工:昭和11年 設計:渡辺栄治 施工:竹中工務店
〈ウィキぺディアより〉
バラ園 |
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旧前田侯爵邸(洋館)
竣工:昭和4年 設計:塚本靖(東京帝大教授)高橋貞太郎 施工:竹中工務店
〈目黒区のHPより抜粋〉
東京帝国大学の敷地拡張のため、本郷の地にあった敷地、建物を駒場の東京帝国大学農学部実習地4万坪と交換されることになって造られた前田侯爵邸の本邸です。
昭和4年、前田家16代当主前田利為侯爵は、駒場の約1万坪の敷地に、地上3階地下1階建ての洋館と、昭和5年にはこれを渡り廊下で結んだ2階建て純日本風の和館とを竣工させました。
昭和17年ボルネオ方面軍司令官として従軍中の利為侯が、不慮の死を遂げてしまうと夫人をはじめ一家は他へ移ります。昭和19年には邸内の一部を譲り受け、中島飛行機の本社が疎開してきます。
終戦後前田邸は、昭和20年9月、連合軍に接収され、第5空軍司令官ホワイトヘッドの官邸となる。 昭和26年4月からは、極東総司令官リッジウェイの官邸として使用された。 昭和31年に和館及び一部の土地が国の所有となる 昭和32年接収解除される 昭和39年、洋館を東京都が買収、国有地については、東京都に無償貸与される 昭和42年7月都はさらに民有地を買い足して、東京都立駒場公園として生まれ変わった。 昭和50年に公園の管理が目黒区へ移管されて現在に至る
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清泉女子大学本館(旧島津公爵家袖ヶ崎本邸洋館)
竣工:大正6年 設計:ジョサイア・コンドル 施工:不詳
島津公爵家袖ヶ崎本邸としてイギリス人建築家ジョサイアコンドルにより設計された イタリアルネサンス風の西洋館。 戦後日本銀行の所有になっていたものを清泉女子大学が取得し 現在も邸内で授業が行なわれているそうです。
本日の新聞に都指定文化財に関する記事にこの洋館が載っていたので取り上げてみました。
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