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まずは・・私の高校時代からの親友の話 |

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まずは・・私の高校時代からの親友の話 |
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阪神・淡路大震災当時の画像・被害内容
私は当時 大阪に住んでいました。21歳の時でした。
大阪市内では震度4とされていますが・・。 ものすごい爆音とともに目を覚ましました。大きな雷が落ちたと思いました。 何事かと思いましたが・・すぐに大きな揺れがきました。 私の部屋は寝ているところが三畳でベットの横に大きな本のつまった本棚がありました。 地震??と思いましたが布団を頭からかぶるのが精一杯でした。 本棚は私のベットの上に重なり落ちてきました。 電気も落ちてくるかもと思い布団から出れませんでした。 揺れは何度か 繰り返され・・・何分たったのかは解りませんでした。 下から突き上げるような感じがしました。1階には両親がいます。 布団の中で布団を取ると・・1階がなくなっていたらどうしよう・・など 色んな事が一機に頭を巡った事は忘れられません。 揺れが治まって・・父の大丈夫か?という声で布団から頭を出しました。良かった・・。 するとすぐに電話が鳴りました。当時同じ会社で付き合っていた今の旦那です。 会社から電話が入ったからすぐに向かうという電話と大丈夫か?という連絡でした。 一度電話を切り、もう一度電話をかける頃には電話はもうつながりませんでした。 私達は大丈夫でしたが、兵庫県方面の会社の同僚・友人が何人か行方不明になってました。 1ヶ月後、あちこちの避難場所でみんな生存していました。 私は当時スーパーに勤めていたので、被災者の方がたくさん押し寄せました。 近くのコンビニでも食べ物もしばらくは売ってませんでした。無事な従業員はみんな 何週間も休まず店へ行きました。休憩もほとんどとれませんでした。でも私達よりも 被災されて10何キロも歩いてきた人もいることを考えると休んでなんかいられません でした。地下鉄は運行していたので、地下鉄使っている人はすんなり来れたようでした。 余震はしばらく続きました。 家の近所周りでも、木が倒れていたり、屋根から瓦が落ちて通れない道もありました。 倒れてかかっている家もありました。 この事は一生忘れてはいけない。私はたまたま助かっただけ。 この地震があと一時間遅ければ被害はものすごい想像もつかない事になっていたと思います。 いつまでも・・わすれちゃいけない。 |
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