古寺巡礼

古寺巡礼(仏像観て歩きの記録)と花と新緑巡り

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静嘉堂文庫美術館 東京都世田谷区岡本
薬師十二神将 子神立像 像高77cm、木造 彩色玉眼、切金文様、鎌倉時代、
重文、
「解説」
 12体は「定智本」と呼ばれる12神将図像をもとにした姿が多くあります。この像も図像の子神にほぼ一致します。
「静嘉堂文庫美術館」案内書より
 
 京都・浄瑠璃寺に伝えられる薬師如来坐像(平安時代・十一世紀)とともに祀られていた十二神将像。十六世紀頃には、薬師如来の安置される厨子の周囲に並べられていたという(「浄瑠璃寺縁起」)。明治期に寺外へ持ち出され、現在、東京国立博物館に五躯、東京・静嘉堂文庫美術館に七躯が分蔵される。本展では特別展「鎌倉時代の彫刻」以来、四十二年ぶりに再会を果たす。
 十二神将は、暦や方位とも十二の神々であり、北極星を象徴し、天体との縁も深い薬師如来の眷属である。本来の名称に加えて、後世に結びついた十二支の名前で呼ばれることも多い。古くは奈良時代(八世紀)から遺品が残るものの、武将の姿であるためか、とりわけ鎌倉時代から信仰が盛んになった。浄瑠璃寺においても、当初は十二神将像がなかったと思われるが、鎌倉時代に新造されたのだろう。像自体の高さが90cm足らず、等身の大きさといえる薬師如来像に対して、十二神将はいずれも髪際で60cmの二尺像であり、眷属にふさわしい大きさである。
 それぞれの姿態や持物は、定智本と呼ばれる図像や、中世の図像集である「覚禅鈔」に紹介される「世に流布した像」などにもとづく。すべての像に確認できるわけではないが、たとえば申神将の丸々とした両目が猿を思わせ、下を向き、鋭い目つきで睨みつける巳神将が蛇を思わせるように、どことなく各自が頭上に戴く動物を想起させる表現であることは興味深い。鎌倉時代においては、特定の神将に対する信仰があったことを思えば、こうした表現には願主の思い入れが反映されているのかも知れない。
 近年、明治期に十二躯が修理された際、いずれかの像内に「上坊別執筆、大仏師運慶」という運慶作を思わせる銘記があったとする新聞報道が注目を集めた。しかしながら、平成二十五年(2013)から解体修理が行われていた静嘉堂文庫所蔵分のうち、亥神像の頭部内から、「あんてい二ね九月/十七日」と読める墨書が発見された。安貞二年(1228)は、貞応二年(1223)とされる運慶没年の後にあたる。東京国立博物館所蔵分に解体修理はほどこされておらず、銘記も確認されていないが、十二躯の制作時期が大きく異なるとも思われないため、いずれも安貞二年頃に制作された可能性が強い。その作者は、運慶の子息や周辺の慶派仏師を考えるべきだろう。
「運慶展」図録より 東京国立博物館 2017.09.29.

「私の想い」
 右手は肘を横に肩の高さに上げて、独鈷杵を持って投付けようと振り上げている。左手は肘を伸ばして身体の前で、右足前に立てた戟を握る。袖口は右後ろに、左は西風に吹かれて左に流れる。

 平成29年9月に東京国立博物館で「運慶展」が開催されました。運慶の父親や息子達の鎌倉時代慶派一族の仏師の作品が集められた展覧会がありました。

 右手は肘を肩の高さに横に挙げ、拳を上に振り上げ独鈷杵を握り構える。左手は肘を伸ばして脇を閉め手の平の五指を開き腰の高さで制止する構えをしている。

 突然の事とは言え、相手を制すると同時に、事の成り行きを考えて対処する姿勢を見せる。

「如何になって居るんだ」

現場の状況を把握仕様として、暫し時間稼ぎである。


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     丑神像            子神像

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           丑神像              子神像

薬師十二神将 丑神立像 像高74cm、木造 彩色玉眼、切金文様、鎌倉時代、
重文、
「解説」
左手に持った弓に矢をつがえる体勢は図像に従ったものですが、体の捻りが強く、動きが強調されています。
「静嘉堂文庫美術館」案内書より

「私の想い」

 左手は肘を伸ばし、腰を少し屈めて右脚前で弓を握る。矢をつげる準備の態勢をしている。沓を履き岩座に立つ。髪は逆立ち左横を睨む。

 平成29年9月に東京国立博物館で「運慶展」が開催されました。運慶の父親や息子達の鎌倉時代慶派一族の仏師の作品が集められた展覧会がありました。

 逆立つ炎髪をかき分けて牛の頭をしたエンブレムが顔を出す。丑神像と共に、左横を向いている。

「今度は何処に撃ち込もうか。」

次の手を考える。


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              丑神像            子神像

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           丑神像              子神像


薬師十二神将 寅神立像 像高77cm、木造 彩色玉眼、切金文様、鎌倉時代、
重文、
「解説」

 右手を高く振り上げたポーズはいかにも颯爽とした、華やかさがあります。12体の中でも特に目を引く姿です。

「静嘉堂文庫美術館」案内書より


「私の想い」
 右手を高く振り上げて、威嚇する。左手は肘を伸ばして左腰の脇に手の平を開いて五指も伸ばし地面を押さえる仕草をする。怒りを両手で表す。

 平成29年9月に東京国立博物館で「運慶展」が開催されました。運慶の父親や息子達の鎌倉時代慶派一族の仏師の作品が集められた展覧会がありました。

 炎髪の髻の中から猫やら虎やらの顔が見える。独鈷杵を握る右手に力が込められ、今にも投げ付けようかという姿勢である。


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         卯神像                     寅神像

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    寅神像    丑神像        子神像

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   巳神像     午神像      卯神像       寅神像

薬師十二神将 卯神立像 像高76cm、木造 彩色玉眼、切金文様、鎌倉時代、
重文、
「解説」
 片手で握った刀を地に突き、もう片方で抑えるのは、四天王像にも見かける手を交差させるポーズのアレンジでしょう。
「静嘉堂文庫美術館」案内書より

「私の想い」
 右手は、剣元を握り、剣先を地面に突き差している。左手は、右手で握った剣元を手の平で上から押さえる。暫し休戦の趣である。

 平成29年9月に東京国立博物館で「運慶展」が開催されました。運慶の父親や息子達の鎌倉時代慶派一族の仏師の作品が集められた展覧会がありました。

 炎髪の髻の中に兎の頭とそれに着いた大きく拡がる耳が現れる。暫し休戦の趣も戦況が思わしく無く、顔も暗い。


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        卯神像                       寅神像

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 巳神像        午神像           卯神像            寅神像

薬師十二神将 卯神立像 像高70cm、木造 彩色玉眼、切金文様、鎌倉時代、
重文、
「解説」

 頬に手を当てて考え込むようなポーズも時折十二神将像にみられますが、しかめ面は何ともユーモラスです。

「静嘉堂文庫美術館」案内書より


「私の想い」

 ロダンの「考える人」の仏像判的な像である。守護神が休んで居ては駄目。横から第三者で見れば、守護神は力強く、頼もしくなくてはならない。そうでなければ、大将の信頼は得られない。四天王像と違って十二神将像は、十二人で守るから、一人位サボっていても判らない。親方も、大将も判っているのだろう。こんな所が、画一的な姿ばかりでない、十二神将像の楽しみ方の一つなのだ。造る方も観る方も自由度が在る方が楽しい。変化の振れ幅が大きければ大きい程、変化を楽しめる。

 平成29年9月に東京国立博物館で「運慶展」が開催されました。運慶の父親や息子達の鎌倉時代慶派一族の仏師の作品が集められた展覧会がありました。

 炎髪の頂点に面長の馬の顔が鎮座する。大将は変顔でお道化て居る。勝負棒とも杖とも居得る棒の端を左手で握り、その拳に右肘ともを二の腕とも言える所に着け、手の平で右頬を支える。


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      卯神像                寅神像

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  巳神像   午神像      卯神像          寅神像


薬師十二神将 酉神立像 像高71cm、木造 彩色玉眼、切金文様、鎌倉時代、
重文、
「解説」

 上を向いて大口を開き咆哮する姿が、鳴き声をあげる鶏を思わせますし、頭髪も鶏冠のように見えなくもありません。

「静嘉堂文庫美術館」案内書より


「私の想い」
 上を向いて口を開けていては、雨水が口に入る。右手は拳を握って何かを叫んでいるようにも見える。左手は左腰に当て、休めの姿勢にも見える。

 平成29年9月に東京国立博物館で「運慶展」が開催されました。運慶の父親や息子達の鎌倉時代慶派一族の仏師の作品が集められた展覧会がありました。

 昔の労働組合は、最後に必ず「頑張ろう」をこの姿勢でしたものである。しかし、自民党系の大会では、必ず「万歳」をしたものだが、何時の頃からか、労働組合の専売特許で在った「頑張ろう」に代わっている。この変化は何で起きたのか知りたいものである。なぜなら、私には違和感が有るからである。いずれは、労働組合が「万歳」に代わる時代が来るかも知れない。そうだ、4月29日にメーデーをする労働組合が在る位だから、「頑張ろう」が「万歳」に代わる日もそう遠く無い日なるだろう。


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       酉神像                        申神像 
               
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      亥神像      戌神像         酉神像


薬師十二神将 亥神立像 像高73cm、木造 彩色玉眼、切金文様、鎌倉時代、
重文、
「解説」

 両手で矢をとるポーズは、矢に曲がりがないかどうか確かめるポーズで、十二神将像には伝統的なものです。

「静嘉堂文庫美術館」案内書より


「私の想い」

 右手は矢羽を持ち、左手は矢の先を摘んで曲がり具合を観ている。この様に、矢の調子を調べる姿勢の十二神将像は、数多い。

古い順に、紹介すると

仏像の尊名          制作年代                   所蔵寺院

1)額に羅立像、       奈良時代、                     奈良・新薬師寺、

2)安底羅立像         平安時代、康平七年(1064)       京都・広隆寺

3)額儞羅立像         平安時代、          奈良・興福寺 国宝館 板彫

4)申神立像           平安時代、               京都・法界寺

5)申神立像           桃山時代             京都・東寺(教王護国寺)金堂

なお、1) 2) 3)の時代までは、十二支との結び付きがなく、エンブレムもない。頭上や腹のバックルに付くのは、奈良・東大寺・二月堂(平安時代)の十二神将像以後となります。


 平成29年9月に東京国立博物館で「運慶展」が開催されました。運慶の父親や息子達の鎌倉時代慶派一族の仏師の作品が集められた展覧会がありました。

 兜の頂上に猪が居座る。十二神将像が干支の十二支と結び付きエンブレムで十二支を表わす様に変化して来た。それは、奈良・東大寺二月堂の十二神将像からだという。

 平安時代の作で以後の作品には、エンブレムが付き、十二支の何かが判るし、それに依って何神像かも判る。また、この二月堂像は、頭上だけで無く、獅子噛みを着ける綱やバンドのバックルに噛む獅子噛みにエンブレムを着けているのも、見所である。


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   亥神像                戌神像

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    亥神像    戌神像    酉神像





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