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 いかに一世を蓋うほどの才智があろうとも、とらわれた人間は愚物でしかない、とみている。智者容堂は、英雄の風ぼうをもっている。しかし不幸にも、自分の智にとらわれている。・・・
(竜馬がゆく4 司馬遼太郎 新潮文庫)

 作品の構成上の問題もあるが、司馬遼は山内容堂に手厳しい。また、「竜馬がゆく」は司馬遼初期の作品、筆が血気盛んということもあるだろう。作品を通じて時折青さがのぞくように思える。

 「竜馬がゆく」の登場人物を乱暴に類型化すると四つのパターンに分かれる。それは「識らぬ者」「識らずに動く者」「識り、動く者」そして「識りながらも動こうとしないもの」。

 容堂は作品中では第四のカテゴリーとして扱われているが、24万石の殿様が志士活動をすることなど無理な話で、また手法と程度はともかくも、為政者が優先するのは目の前の秩序である。

 「智にとらわれて」もいたのだろうが、それ以前に容堂は、己の身分とその役割に従っていたということではなかったと思う。

 その意味でも「とらわれること」の少なかった坂本竜馬は稀有な存在であり、それゆえ物語の主人公たりえたのではなかろうか。


 そのとき西郷が、やおら立った。「長州藩のお歴々も、薩摩の者も、よう見てくだされ。オイの余興はこれでごわす」と股間をもそもそたくしあげて一物をとりだし、ローソクの灯で毛をジリジリと焼きはじめた。・・・(竜馬がゆく3 司馬遼太郎 新潮文庫)

 坂本竜馬の斡旋で、薩摩と長州が討幕同盟を結んだという話は、あまりにも有名であるが、薩長は、それまでは仇敵といってもよい間柄であった。とはいえ、両者は幕末において突出した尊王の雄藩。竜馬以前にも互いに接触を図り、親和に努めていたようである。

 上のエピソードは、薩長の志士によるある懇親会からのもの。酒が入り、場が荒れたところで、それを収めるために行った西郷隆盛の奇策。陰毛を焼かれては、血の気もひいたことだろうが、このシーンをされに突っ込んで考えると、、、

 西郷は象皮病を病んで、陰嚢が腫れ上がっていたという話がある。維新の風雲期の入り口あたるこの頃に、症状がどのようなものであったかは不明であるが、陰毛を焼くという奇行以上に一同が驚愕したのは、巨大化した西郷の陰嚢だったのかも知れない。

 曰く「西郷はデッカイ奴だ」と。


 竜馬は議論しない。議論などは、よほど重大なときでないかぎり、してはならぬ、と自分にいいきかせている。もし議論に勝ったとせよ。相手の名誉をうばうだけのものである。通常、人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬものだし、負けたあと、持つのは、負けた恨みだけである。
(竜馬がゆく3 司馬遼太郎 新潮文庫)

・・・

 「議論をしない」、このくだりは、司馬遼太郎の人生訓であろうし、また坂本竜馬の人物を考える上で興味深い表現である。たしかに論破された人間が能動的になれるだろうか。袂を別つか、不快なまま諾諾と従うだけのことだろう。

 人を動かすことが巧みであっと言われる坂本竜馬。では、彼はどのような言動で人の心に訴え、人から能動性を引き出すことができたのだろうか。

 司馬は「関が原」をはじめ戦国時代を舞台とした作品において、人が人を動かす原理は「義」や「理屈」ではなく「利」であるとしている。家康、秀吉の大成と三成の挫折をそこに見る。

 「合理性」というのも司馬作品の重要なテーマである。商家の流れをくむ坂本家、「竜馬がゆく」でも健全な合理性が竜馬を介して描かれているものと思う。


(補記)
 「竜馬がゆく」が連載された頃は、1960年代。蒙昧な攘夷浪人を過激化する学生運動・左翼運動の闘士に重ねて批判しているようにも思える。「議論」と「正義」そして「天誅」だけで世の中は動かない、司馬は筆を通して、そう諭していたのではないだろうか。


幕末の史劇は、清河八郎が幕を開け、坂本竜馬が閉じた、といわれるが、竜馬はこの清河が好きではなかった。たったひとつ、人間への愛情が足りない。万能があるくせに。・・・
(竜馬がゆく3 司馬遼太郎 新潮文庫)

 奇策の人・清河八郎と、融通無碍(ゆうずうむげ)にして王道を採る真の戦略家・坂本竜馬を、本作におおいては、しばしば対比的に描かれる。むろん、司馬遼太郎の美感によるものであり、竜馬を際立たせる創作上の演出であるが、清河には少し同情する部分がある。

 たいていの場合は、人格や人生の欠落が他人への関わり促し、その依存関係や互恵関係の中で、他人への愛情を培う基盤を積み上げていくものである。無論、特殊な経験や生まれや育ちの良さが愛情深い人間を形成するケースもあるが、感謝とは窮地において与えられた時、本当のありがたみを知るのではないだろうか。

 富裕な士分の出で、万能であった清河が人間への愛情を欠いたというのであれば、それは無理もないことなのかも知れない。


先斗町に「よしや」という料亭がある。銘酒「剣菱」で知られた店である。竜馬にとってはじめての店だが、かねがねその酒をのんでみたいと思っていた。・・・(竜馬がゆく3 司馬遼太郎 新潮文庫)


 「竜馬がゆく」など、幕末を舞台にした小説を読んで楽しいのは、京都の街に関する記述が多いこと。神社仏閣はもちろん、通りやお店、それらは150年以上経った今でも現存するものが多い。小説を読みながら、竜馬が駆けた道を頭の中でトレースするのは、京都の側に棲む行者にとって楽しい作業である。

 なお、先斗町「よしや」は、現在でも高い評価の名店。是非一度「剣菱」を飲みに行ってみたいと思う。
http://r.tabelog.com/kyoto/A2602/A260201/26000701/

 ところで、「先斗」とはポルトガル語の「先」を意味する「ポント」に由来するものだとか。であれば、その名は戦国時代あたりに遡るのだろう。

 そうであれば「よしや」という店の名前も興味深い。「よしや=ヨシュア」は、聖書(キリスト教)に登場する人物の名前であり、キリスト教は戦国時代にポルトガル人がもたらしたものであるからだ。あるいは、と想像する次第である。

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