行者のログ道★迷い筆 YHJ

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 ドラマ「銭ゲバ」にアナザーストーリー、「銭豚」があった!それにしても「銭」「ブタ」とは、なんと激しいタイトルなのか!
 
 ドラマ化され、話題となっているジョージ秋山の初期傑作、「銭ゲバ」の外伝、「銭豚」。それは「銭ゲバ」の蒲郡風太郎の愛人となった少女の顛末。

 「銭ゲバ」はむろん、この「銭豚」も社会、現実の冷酷さと愛と真実を渇望する人間の哀れさが描かれています。「銭ゲバ」にご関心の方は、あわせて「銭豚」もお勧めします。

 「銭豚」のダウンロードはこちらから

http://www.ebookjapan.jp/shop/search.asp?pageid=manga&range=manga&string=%91K%93%D8


【総評】1.5/5点 

 想像以上に面白かった等等の好意的なレビューを受けて、ゲバラを避けて臨んだ本作。皆さん「想像以上」とは、相当に酷いものを想像されていたというこでしょうか?私には普通に「?」な作品でした。

 「日本テレビ開局55周年記念映画」ということですが、周年記念事業の難しいところでしょうか。舞台裏を想像してしまいます。

 時間のある方は、ツッコミどころを味わいながら、TV放映等無料で楽しまれては、如何でしょうか。

本作の詳細はこちら↓
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id330914/

・・・

 愚生、もとより他人様の生業、営業行為を妨害する意図はなく、亦、製作物には可能な限り好意的でありたい、よい部分を汲みたいと心がけてはおるのですが、、、

 まず、松たか子さんのお嬢様。おてんば「あんみつ姫」ぶりに閉口。新春かくし芸大会を見る思いがしました。それほど典型的かつ、深みが乏しい。かなり無理な設定にも、全て「良家の子女のたしなみ☆」で済まされては、、、ベテラン俳優陣も「典型的」な人物像を演じるばかりで、味わいがない。

 もちろん、エンターティメントなので、演技は総じてライトになるものですが、一定の水準には届いて欲しい。皆さん「他の誰がやっても同じ」、という感じです。主演級の方々の個性が活かされていないように受け止められました。

 一方で何故か、蛇足的に凝る小林少年の人物設定、演出。脇を固める人物は、過不足なく描くのが鉄則ではないでしょうか。濃淡のバランスを欠いているように思われます。

 特に不必要な架空の設定、この中における社会情勢への中途半端なオマージュ。これも如何なものか。華族やファシズムが1950年代にどのような形式で延長されているのか、これに対する洞察というものが見られません。

 「極端な格差社会」ということですが、それは自由な競争がもたらすものではないでしょうか?統制的な国家社会主義の下では、ほとんどの人は平等です。その貧しさにおいて。わずか一部に特権階級がいるのは「格差社会」ではなく、むしろ「階級社会」でしょう。

 そして、ミステリィにおいて何よりも重要な、「どんでん返し」、これの凡庸さ。多くの人は最初から真犯人を知っていたのでは?あるいは知っていたとしても、それが解明されるまでのプロセスに唸らせられるものがないと、ミステリィの旨みはほとんど無くなってしまうように思えます。

 「日本テレビ開局55周年記念映画」ということですから、その製作過程には様々なオーダーが横から割り込んだように思われます。出資者が存在する商品には、不可避的な現象ですが、エンドユーザーが満足できないシロモノとなってしまえば、誰の利益にもならんのです。

  國村隼はモーガン・フリーマン?映画「バットマン」シリーズを思わせるような設定、アイテムと、エンディングの次回作もあるでよ!という雰囲気。そうですか。それなら、次こそは、がんばってください。

行者のログ道★迷い筆(本編)はこちらから↓
http://gyoja-busyo.cocolog-nifty.com/inori/


【総評】2.5/5点 

 「寒い」との噂も「涼しい」程度。俳優は良く、孔明と周喩のお琴によるジャムセッションが聴けるなど見所もあるが、映画としての完成度は微妙。また「三国志を知る」という観点からも難しいものがある。

 お時間にゆとりのある方に割引の日、時間帯での鑑賞をお勧めします。

 なお、お時間のない方は、こちらで三国志の世界に触れてください。→
「そのうち三国志を読む君へ」
http://gyoja-busyo.cocolog-nifty.com/inori/2007/05/post_1d5e.html

 また、三国志関係の代表的な小説・コミック等のまとめ情報はこちらに→
「読むぜ三国志【DB】」
http://gyoja-busyo.cocolog-nifty.com/inori/2006/05/post.html


【詳報】
 東アジアのベストセラー・三国志の世界を完全映画化した!との触れ込みの映画「レッドクリフ」(赤壁って意味)。ネットでは試写会を観たであろう諸兄の「寒い!」との声も上がっておりましたが、私の感想としては、「寒い」というほどのものではなく、せいぜい「涼しい」くらいのものでした。で、好ましかった点を中心に、、

 まず、俳優がよかった。不安視された金城武さんの諸葛孔明が、

実はハマっていたように思えます。穏やかさと冷静さ、そしてユーモアのあるハンサムガイの孔明は、人形劇やら漫画まで含めて、これまで私が観てきた孔明の中で最もイメージに適うものでした。

 曹操もまた良し。ただの悪役にとどまらない曹操の人間的な魅力がキチンと描かれていた。また、次男坊の三代目・孫権の独特の屈折した感じもうまく演じられていたように思います。さらに、関羽については顔はイメージどおり。が、声が少し高いのが、ちょっと私のイメージとは違っていました。

 この他、女優さんらも美しく、劉備や張飛もそれらしくて、配役は全般的に納得。が、肝心要の主役、周喩が、、、

 周喩を演じたトニーレオンさんは言わずとしてた名優で、本作でもその力を十分に発揮していました。が、私(そして多分多くの日本人)の抱く周喩のイメージと違っておったように思います。それは思うに(古代)中国における「美」という文字のイメージと(現代)日本における「美」という文字のイメージの違いに由来するのではないでしょうか?

 いずれ詳しく調べたいと思いますが、そもそも「美」という漢字は、「羊」「大」という二文字の組み合わせで、(食用として、贄として)大きくて立派な羊、ということに由来しているようです。

 ところで、現代日本における「美」のイメージは、きれいで女性的なものに付託されるケースが多いように思います。

 周喩は「美周郎」とあだ名されたそうですが、それを「立派な周さん」と解するのと、「きれいな周さん」と解するのとでは、画にした時の姿はおのずと違ってくるように思います。そのあたりが、今回の頼もしいトニー周喩から受けた私(及びきっと多くの三国志日本人ファン)の違和感の原因かも知れません。

まあ、日本のコミックの周喩があまりに中性的に描かれすぎているのかも。

 ということで、満足な点、興味深い点も多かった「レッドクリフ・PART1」。しかしながら、映画としての完成度は「微妙」といわざる得ないので、映画の日やレディースデー、レイトショーでの鑑賞をお勧めします。どうしても歴史的事跡をなぞる部分が物語の進行上必要なようですが、教科書的なものでなく、面白い映画にするならいっそ人間物語を強調するというのもテではなかったかと思います。

今回の作品では孔明と周喩の友情という、これまで見られることの無かった切り口が主題となっていますが、それはいいにしても、周喩と孫権の兄、孫策との深い絆にも触れて欲しかった。そうすると大喬(孫策の妻です)・小喬姉妹のことについても触れることになり、周喩と小喬の夫婦愛に深みと複雑さが加わるように思います。

さて、この「レッドクリフ・PART1」をもって、初めて三国志に触れる人がその面白さの一端を知ることができるか?といえば、残念ながらそれは否でしょう。三国志という長大な群像劇は、登場する様々な人物・英傑達の生き様に思いはせながら、ゆっくりと時間をかけて味わうもののように思います。


行ってきました、京都音楽博覧会。むろん目当ては、我らがハリー細野。師の登場は当日最も暑かったであろう午後2時10分ごろ。YMO時代からのお馴染みである独特のユーモアを交え、暑い暑いとこぼしながらの熱演。

聴かせてもらいました、ワールドシャイネスのナンバー。そればかりか『三部作』からも!「はらいそ」に「PON PON 蒸気」、、、シビレた。まさか生で聴けるなんて。。。!

当日友人からチケットを手渡され、8800円也という価格と約30分という師の公演時間を知って、「(お目当てがハリー師匠だけなので)まるでヘルス並の支出ではないか!」と憤然としてしまいましたが、生ハリーに触れて一応満足。

そして野音の気ままな雰囲気も楽しめることもできたので、リーゾナブルな買い物と納得気分で迎えたフィナーレ。私でも知っている、くるりの名ナンバーを楽しませてもらい、最後は出演者揃い踏みの挨拶かと期待して待っていると、、、

なんと、くるりのアンコール兼音博のトリは、ハリー師匠とくるりの「風をあつめて」ではないか!まさか、生ハリーの生風を聴けるとは思っていなかったので、これは嬉しかった。いかにもな展開に「胡散臭い」と自嘲しながらも、自身と私らの夢をかなえてくれた、岸田はん。

音楽をやっていなくても、普通の賃労働者としても大成したように思える胆力をのぞかせた岸田はんに感謝。音楽博覧会というコンセプト、多彩なアーティスト、半日というタイムテーブルと価格、で、駅近。すべて良である。

 さらに、自信を持って自分の好きなことをやっている(ように見える)岸田氏、そしてその心の師匠、細野晴臣先生に勇気づけられた次第である。

 考えて見れば、それが流行であるとか流行でないとかに関わらず、自分がいいと思うものは、何人かの人は必ずいいと思ってくれるはず。そもそも自分の感性というものは、何も孤立したものではなく、むしろ一般的なものなのだから。

 逆を言えば、個々の感性に共有される琴線というものが全くないのであれば、流行など存在しえない。他人の作ったものをいいと思うことなど、起こりえない。

 ロックともフォーク・トラッドとも演歌ともつかない不思議な音楽を組み立てつつあるくるりを聴いてそう励まされました。


 故人・ヒースレジャーの怪演が光る本作。暗い読後感を残すこの物語の中で最も強い印象を受けた点は、悪意の象徴、ジョーカーの協力者が後を絶たないということ。バットマンがジョーカーを追い詰めても追い詰めても、彼は彼に従う者と連携して、巧みに反撃をする。その在りようは、あたかも掃討戦におけるゲリラ、民兵の趣である。次から次へと現れる『敵』にバットマンは、絶望する、自分の存在が彼らを生むのかと。

 評論の中には、本作のバットマン(私設自警団)をアメリカ合衆国(自称・世界の警察)と準(なぞら)えるものもあるが、

これに従えば、エンディングのくだりは自らのやり方を未だに正当化したいということか。たとえば、熱血検察官を国連に例えるならば、正義の戦いにおける負の側面は、アメリカが引き受けるというヒロイズムか。殲滅ではない、解決への別のアプローチが求められるように思う。

最後にシド・ビシャスを意識したというヒースレジャーのジョーカー。それはジャックニコルソンのそれとは異なり、完全なる狂人であった。完全なる狂人とは何か。それはまったく別のルール、別の倫理感に従う正気の人間である。彼らは我々の理解の外にあり、我々の理解の中での錯乱者ではない。我々、つまりアメリカ的なモノの外あるもの、これが何を象徴してるかは、語るまでもない。

時に静かに内省的な表情をみせたジョーカーの破滅的なメークが忘れられない。本作のジョーカーは、『悪』役として、また一つの象徴として映画史に永遠に刻まれるだろう。役を受け入れ、役に殉じた若き名優にご冥福を。

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