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JR飛騨古川駅から南西に位置する宮川支流の荒城川沿いに「本光寺」があり、
入り口に小さな石碑が立っています。 「野麦峠文学碑」 石碑 野麦峠 二月もなかばを過ぎると 信州のキカヤに向かう娘たちが ぞくぞくと古川の町へ集まってきます みんな髪は桃割れた風呂敷包みをけさがけにして 「トッツァマ、カカマ達者でナ」 それはまるで楽しい遠足にでも出掛けるように元気に出発して 行ったのでございます 山本茂美「ああ野麦峠」より二月中を過ぎるころ、「本光寺」の川向かいにある「八ッ三旅館」の前で待ち合わせした僅か13歳前後の娘達が、信州へ糸引きの仕事をするために、標高千六百以上の野麦峠を吹雪の中命がけで越えていきます。 糸引き工場では毎日13〜14時間も働かされ、また病気になっても休ませてもらえなかったそうです。 現金収入の少ない飛騨の農家にとって、信州の製糸工場は大切な収入源だったそうです。 と言われるくらい… 幼い娘達は「百円女工」になる為に辛い毎日に耐えたんですね。 そんな歴史のある街… 「瀬戸川」と「白壁土蔵街」 武家屋敷と町人街の境界として作られた用水だそうです。 造り酒屋の土蔵が並び、銀杏や柳の木も川沿いを飾っています。 透きとおった水の中には体長60cm以上はある色とりどりの鯉が泳いでいます。 古川は「和蝋燭」も有名で、実際に作っている処も見ることができます。
古川の町を散策していたら…明治を思い起こさせるような建物を発見!
まるで赤いポストが柱見たいですね!(柱はPOSTと言いますし…)
街は小さいですが、古い風景を残した風情のある処です。 宿泊は、あゝ野麦峠の待ち合わせの舞台ともなった「八ッ三旅館」
御部屋を案内してもらう準備の間、しばし応接室で抹茶と和菓子を御馳走になりました。 テーブルの上には、竹細工のトンボが二匹… 頭の先でバランスを取ってるやじろべえでした。 |
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「野麦峠」と聞いただけでウルウルしてしまいます。鯉の泳ぐ水路、郡上八幡を思い浮かべました。
2009/11/1(日) 午後 7:17
こんばんは。
重い歴史のある街ですね。でもとてもレトロで、
上手に残されてますね。とても分かりやすい紹介で、
こういう街も、カメラ持って歩いてみたいです。
2009/11/1(日) 午後 10:57
ツライ歴史ですよね。
想像できませんね。
この地に行って・・・
その時代を思うのは過去の方へのお礼のようでいいですね。
ステキな写真ありがとう。
2009/11/2(月) 午前 11:43
andanteさん
ここ古川が野麦峠と関係が深いこと…知らなかったんです。
しみじみと野麦峠を思い出してしまいました。
今がどれほど豊かであるか…思い知らされます。
2009/11/2(月) 午後 6:03
カオスさん
小さいですが歴史ある町でした…でもそこに住んでいた人たちの歴史はもっと壮絶なものだったんでしょう。
2009/11/2(月) 午後 6:06
りんごママンさん
そうですね。歴史の勉強してもその時の辛さや苦しさは伝えることが難しいですよね。町を歩いていても歴史的建造物や石碑から歴史は分っても人の生活やその時の思いは語り継がれなければ分らない事が多いですよね。
今の時代の礎が過去ですから、その思いは大切にしたいですよね。
2009/11/2(月) 午後 6:10