まずは父の他界と葬儀と片付け 前兆の怪

2011年7月頃 ガンやいくつかの病気で入院してた父がやばいというので東京都渋谷区へもどり、ガン科がない渋谷区の代々木病院にゴリ押しで入院した父は医師を困らせていた。医師はガンの知識はあったが専門医でわありませんでした。

父は日本共産党のながい党員で(仕事は別)、代々木病院は共産党党員や支持者が多いとこだから、こだわっちゃって入院してしまいました。

母は個室の病室に何度も泊まりこみ、弟夫婦たちは何度もはげましにきていたようですが、それでよくなるわけありませんでした。

医師は再三、ガン科のある他の病院へいってくれ、と説得してたらしいですが、まだ元気だったんでしょうね、無理矢理に他の病院つれてけるわけないし。
他の病気のせいで肺に水がたまったり、そのためガン薬が使うない とか言ってたかな?とにかくたいへんらしく
いよいよ容態があやしくなり、医師はターミナル病棟を父に薦め、弱ってた父はオーケーしました。

ターミナル病棟とは、ぜったい助からないひとが、なるたけすこやかにいられる入院先ですね。

都営アパートの実家から近いりっしょうこうせいかい付属こうせい病院(りっしょうこうせいかいのインダストリアみたいな建物とかがある杉並区和田に移転しました)のターミナル病棟が空いていたから、そこへ緊急搬送。この病院は父以外の家族みな世話になってます。

ターミナルへうつり、父は少しおちつき
ぼくは家族に葬儀の手配を提案しますが、「まだ生きてるのになんてこというんだ」と母に言われ、却下。が、夜中になりすこししたら父は他界しました。母は「まさか死ぬとは」と泣いておりました。
葬儀についてどうしたらいいかわからんから、おまえやってくれと母に言われました。

ぼくは葬儀装飾屋でバイトしてたこともあるのですが、高い葬儀屋が多かったとおもうので、父と長年の共産党仲間で民主商工会(共産党支持団体で自営業とかの組合みたいなの)のOオーさんに夜中だけど電話し他界を伝え、そしたら民主商工会関係の良い葬儀屋あると、葬儀屋に連絡してくれました。葬儀屋は夜中でも連絡できるとこ多いですからね

家族で父の身体洗い、遺体を洗う部屋がありますから 
兄弟らは父とにっこりピースサインで写真とりました。さすが我が兄弟

葬儀屋さんがターミナルに来て、父の身体にドライアイスをのっけてます
かるく話して、葬儀段取りは次の日に

母は親戚や、父は脱サラ状態で飲み屋やってたから常連など連絡しまくり
葬儀はうちからちかい公共の代々幡斎場
通夜の食事は、父の店はおでんもやってたから、葬儀屋におでんを頼んだら、時期的に料理屋がおでんやらないと。
葬儀屋に全部だんどってもらうと、こういうとこが融通きかないですよね
めんどくさいからおでんなし
店から飾りの提灯とかもってこようとしたら母に反対され
結局、普通の葬儀になりました。

関係の深い共産党区議が語ったり、共産党関係者が駅からの道案内を手伝いしてくれました。
けっこういっぱいひとがあつまりました
香典の計算やら受け付けを母の弟妹さんが手伝ってくれました

葬儀屋の清算は安くなるかと思ったら、ふつうにかかりました。たしか200万円以上。葬儀屋のサービス思い出DVDとか余計なもんを母は頼むし。いまぜんぜん観てないし。
お坊さんに20万円くらい渡したらしいし

そして父の店の片付け。閉店営業を家族でやり、ぼくは儲けるつもりだったが、母はがんがんおごってしまった。
弟は「なんで、にーちゃん、飲み屋きりもりできるの?」とおどろいてた。おでんもつくったしな。やまほど客きたエレクトラクライドでカレー販売の売る手伝いしたことあるんで とかあんまし関係ないけど 
閉店営業はみなさまおこしきださいました。

で、閉店かとおもいきや、家族はみんな店つづけよう と盛り上がり?
やめよう、といったんだけど、続けるならこのタイミングでやれば、客ははなれないし、ぼくの友人らにも宣伝できるし、二人の弟ら夫婦も、にーちゃんやろう とか言ってるし、みんなでおまえにまかす て感じだから

父いきてるとき、店つかわせてもらい、ぼくは友人らとライブとかもやったんですよね。カウンターしかない店だけど

じゃあ すぐ営業の許可とらねば
と、役所いったりいろいろしらべたりしてたら、母はぼくに相談なくおなじことしてて、おかしいな とおもいながら
友人らにも宣伝してたら、母は不動産屋と大家さんに解約手続きをしてて

おまえになんかまかせられるわけないだろ

といいはなち、もうここでおかしいです
サギか?ならはじめからやめろや
こんな、吐き気するきたない店

このごちゃごちゃで、奈良に庭つきの家を月1万でパートナーと大家さん直で借りられてたんだけど、パートナーとわかれてしまいましたから、奈良にもどれなくなりました。奈良では、パートナーと梅の収穫バイトをしました。奈良の生活ははじまったばかりでありました。

結局閉店 片付けはたいへんでした 
使わない物がじゃんじゃんでてくるわ

店をやるといったのにやっぱりやらない
そう友人にいうのはきつかったな
母に賃貸権利あるしどうにもならないうえ、もとからぼくは閉店派だったわけで
あほくさ

実家の片付けもしょうがないんで
手伝って。弟ひとりは群馬だし、もひとりは仕事やすめんというし
腹ただしいけど、母も父の保険やらなんやらもろもろ体調よくないままやってるから、手伝わざるおえない。

ぼくは結婚しなかったし子供もいないし、定職なかったので、これで結婚してて仕事してたらいろいろできなかったですからね

つぎなるそして墓えらび。新潟に先祖代々の墓あるのに、なぜか墓えらび。事情はめんどくさいから聞いてません
墓地の下見につきそうが、母は決められないようで、ぼくがネットで安くてよいとこみつけました。

東京の自然が多い青梅市日ノ出町の「ひので霊園」です。墓石屋がやってるとこだから少し安くできるそうです。
日ノ出町といえば、ダイオキシン公害がはやってた頃、ゴミ焼却場建設で反対運動がもりあがってたとこです
ぼくはちょっと思い出があるので運命ですね。
山がみえるおちつく霊園です。

下見で母といくと、駅からのタクシーでみかいますが、母は運転手さんに、荒い言葉ばかりで運転手さんを怒らせたりしてました。
もともとメンタル科にも通っていた母、様子がへんでした。

墓はその「ひので霊園」の安い場所に決めて、あとここは、ペットの骨もいれていいから 実家の猫のみーちゃんも安心です。ペットの骨いれさせない墓地は多いそうですね。

墓の家紋入れは、家紋のかわりにギリシャ記号の地球を表すマークにしました
なぜなら、父んちの家紋は、けっこう多くの家がつかってる家紋だから、つまらないんで、かえました。家紋の名前は、ここでは書かないでおきますね
葬儀装飾バイトしてたから、わかるんですね。家紋みせてる店ありますが、たいてい、よくあるものですね

お骨いれや49日もおわり

母は、葬儀に来たひとに、何かおくりものしてたけど 香典返しはわたしたはずなのに なんのしきたりやら

実家は、ちょう機械音痴の両親がもらった重たいモニターの古いPCとPCデスクがベランダの窓の前にあったり、使い方しらないのに。そんなんだから処分がたいへんでした。

保険金をぼくや兄弟に配ってくれたんで、店のことやらで精神的ダメージのあったぼくは、ライブしたり、自動車免許なかったから教習所いったり、しばらくだらだらしてました

ながいな 

つづく

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