暮らしのバンコク

雨季で空が曇りがちです。でもタイ的には夏到来らしい。

考えたこととか

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ふとバンコクで考えた事をごちゃごちゃと
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作品のふれあい方

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 昨日作ったヤモリのフィギュア。部屋の中で写真を撮るとどうしても暗くなってしまうので、思いっきり直射日光の当たる、アパートの一階に持っていきました。と、そこには、いつものようにアパートのおばちゃんと、近所のおばちゃんと子供、赤ん坊数名がおりまして、僕の姿に気付いて、「チンチョック(ヤモリ)出来たんか?」とか言いながら寄ってきはりました。

 ふと、アパートの修理なんかを担当するおっちゃんAが、ちょっと貸してくれと言って、自分の頭に載せてふざけ始めたのを皮切りに、おっちゃんBもふざけ出して、その辺の植え込みとかに、ヤモリを置き始めました。なんか面白いんで、なされるがままにやって、写真なんかを撮ってると、近所の子供が頭の上に乗っけ出して↑の写真。なんやキャーキャー言ってます。

 おもちゃおもちゃ〜とか言いながらキャーキャー言ってくれるのは嬉しい一方で、日本語でぼやきまくってた言葉は「あ〜!!もうちょい丁寧に…」幸い、中に針金の心材も巡らしてるし、粘土の塊を削って形を出したようなモノなので、決して脆いモノではないのですが、それでも、一生懸命作った側としては、正直、ちょっと心配でならない部分もありでしたが…。

 そういや、美術館とかで、「作品にお手を触れないでください」っていうのありますよね。あれって、色々言う人が居て、もっと直に触れることが出来るようにするべきだ。とか、いやそうじゃない。見て楽しむもんだって言う人が居たり。これは、作品を作っている側にも両方の意見があるし、観ている側の人の中にも両方の意見があるみたいですが、結局、なにで判断すべきかというと、僕は作品のコンセプトによるよねぇ。って事をこのヤモリで遊ぶ子供たち、及びおっちゃん達を見ておもいました。いや、結局僕はなんだかんだ言って、最初は触られることを想定はしていなかったけど「おもちゃー」とか「チンチョックチンチョック!!」とか言いながら遊んでもらえる事に関しては、もう、僕のヤモリは、この人達にとって「作品」なんていう大それたものではなくて、ほんと遊ぶ対象のおもちゃとして成り立ってくれたことが、やっぱり嬉しかったんですけどね。これを作った根底には食玩を観て感動した経験があるので…。もしかしたら、深層心理ではこういう結果を望んでいたかも知れない。何より、観て「うーん…然るにこれは斯く斯くしかじかですか…」なんて作品を目指してるわけじゃなくて、純粋の楽しんで欲しいと思ってるから。
 
 そんで、今回は、なにの話かというと、上に戻って、作品に対する接し方の話。そんな事をふと考えたので書いてみます。日本で描いてた日本画。その展覧会の会場なんかでも、この事で色々あった事もありました。触らないでくださいって言ってるのに、ガサガサ触る人がいたり(あ〜そんなガサガサ触ったら絵の具剥げるかも…)とか。その時はその時、作品保護の目的で触って欲しくなかっただけ。逆に作ってる側として、この作品、いくらベタベタ触って、感触確かめてくれても良いよ。ってのもある訳です。

 当然の事ながら、美術館やギャラリーで不思議な造形物や、ぼこぼこの平面作品なんかを観て触りたい欲求に駆られるのは、もう触欲的に仕方のない事だと思います。けど、触ることで、作品がダメになっちゃう場合もあるし、逆に触ることを歓迎している作品もある。そこは作品を制作した製作者と、鑑賞者の間の信頼関係のような物として、その作品がどういったものであるか。って事を僕なんかは確かめて欲しいな。とも思うわけですね。

 世の中には、やっぱり両極端の極論を言う人も居て、作品は絶対に保護されなくちゃならない。っていう考えのもと、もう名前を挙げちゃうけど「奈良県立美術館」みたいに、作品が全部ガラスケースの向こう側にあって、ガラスの鏡面反射で作品を見るのも難儀する場所とか、もう、なんで作品を触ってはイカンのだ!ってわけの分からん事を言い出すおっちゃんとか。果ては、何日か前に出てきた一段上からモノを言う評論家風の人間が、作品はもっと直に触れることが出来るようにすべきだなんて言ってみたり。

 僕の勝手な意見を言わせてもらえれば、作品をむき出しにする事が決して良い事ではなくて、作品とのおかしな距離感を感じることなく、自然に見れる、いろんな意味で触れ合えるってのが大事なんだと思います。加えて、作品というのは作者のものであり、鑑賞者のものでもある。だから、そこに「どういう作品か」というコンセプトが重要になってくる。上にも書いたけど、触るべき作品なら触ればいいし、そうじゃない作品はやっぱりそうじゃない。頭ごなしに美術館を経営する第三者が、館内のモノは全て撮影禁止、タッチ禁止。ってするのではない。かといって、触ることを適さない作品に対して、なんで触らしてくれへんのケチ。って鑑賞者が文句を言うべきもんでもない。美術作品は触ってなんぼだ。みたいな全く筋の通らないような言葉をかまして、触れるもんつくれ。なんて、全般に向けて言ってしまって、勝手に外からコンセプトの一部を決めてがんじがらめにするもんでもない。

 まぁ最近は、遊べる作品とかそういうコンセプトを持った作品にたいして、「ご自由に何々」っていう作品そのものの意志を尊重した表示をよく見かけたりしますけどね。結局、作品とそれにまつわるコンセプト。作品の意志それを大事にして、そこのところを機軸にして、作品と触れ合えるってことが一番いいんだろうなぁ。って、なんかこれ自体はもう言い古されたような事なのかもしれませんが、そんな事を感じた出来事でした\(・―・)

スケッチについて一考

最近スケッチを描くというものに対する考えがちょっと変わってきたので、今日はその辺の事を書いてみましょう。

 タイに来てからというもの、なんだかんだで、毎日何か描いてます。日本に居るときから、毎日何か描いてたんだけど、それとはちょっと違う意味で。先に結論を言ってしまうと、タイに来てしばらくしてから、スケッチが「開かれたスケッチ」になった気がします。それでは、この開かれたスケッチというものの意味を順を追って説明していきましょう。

 日本に居た時は3回生の辺りから、院生になってタイにやってくる直前まで、日本画と呼ばれる分野で絵を描いてました。まずはスケッチから始まることが多くて、色々とスケッチして、物の本質に迫っていったりします。それで、僕もスケッチをして、対象に対して、色々と理解を深めていたのですが、根本的に、スケッチに向かうという事が、自分がこれから描こうと「構想」している物に適合したモチーフを探してスケッチに向かうというものでした。

 つまり、スケッチから始まるなんて書きましたが、僕の場合は、アイディアが先にあって、それに基づいた「計画的スケッチ」だったのです。例えば、スイカを絵に取り入れようとする。それで、スーパーにスイカを見に行ったり、スイカを買ってきて観察したり、スケッチしたりするわけです。

 この「計画的スケッチ」の中では、僕の視線はスイカにしか向けられていません。スイカを求め、スイカとだけ対話をしているのです。なんというか、いい意味でも悪い意味でも鎖国状態のようなものです。対象に関する情報だけは、物凄く得ることが出来るんだけど、それ以外の情報は殆どシャットダウンしている。なんせ、これから描こうとする絵のアイディアに基づいた、計画された行動なのですから、それ以外の情報は、ある意味無駄なものとして処理されてしまう部分があるのです。

 スケッチをこういう風に使い出すと、結果として、沢山の情報をスケッチを通して仕入れる前の段階の、アイディアが出なければ作品が作れない体質になってしまいます。
 
 一度、大学院の授業で話し合っている時に、「枠を決めてしまうとそこにばっかり気をとられて、外に向かえなくなる」と先生が言っていたことがあります。その場には4名ほど居たので、特定の誰かに向けたものでは無かったかもしれませんが、正直ちょっとドキッとしましたね、あの時は。自分の頭の中で色々と回転させているアイディアに基づいてスケッチをしていた僕にとっては。自分の頭の中というものが、枠になってしまっているような気がして。
 
 ただ、別に、頭で考えるばっかりで、物事に対して消極的だったというのではありません。常に何か面白いものは無いか。っていう風に探す目線にはなってましたからね。しかし結局、自分の頭の中で受け入れられるものしか、受け入れなかった。という事です。やっぱり、その辺に出掛けて(別に自然や、お決まりの廃屋とか市場とか、どこかのお手本みたいな、そういうものに限ったことではありませんが)スケッチを通して何かを見て、そこから何かを得るというような、自分の枠を飛び越えるかもしれない開かれた発見というものは中々怖くてできなかった。

 まぁ、こんな言い方には賛否両論あると思います。んじゃぁ、「なんだ。アイディアを捻り出すこともなく、スタイルを成立させようとすることも無く漫然と描くのか。アイディアなりコンセプトなりが、しっかりと立っていなければ芯の通ったものなんて作れないだろう」とかね。確かに、そうとも言えます。手当たり次第に、どこかのお手本みたいなスケッチして手当たり次第に作品に置き換えて描いているだけだったら、それはもう、本当に「ただ描いている」に過ぎないかも知れません。

 ただ、そういう事ではありません。色々情報を仕入れておいて、そこから自分にあった情報を引き出すというパターンについて言いたいだけです。最初に、広く物を見れば、そこに、自分がいままで気付かなかった何かが転がってるかも知れないってことです。どう頑張ってみたところで、個人の感じ方、見方、情報の引き出し方。ってものは、人それぞれの個性によって変わってくるものだと思うので、結果として、そこに、個人個人のアイディア、コンセプトなりは宿ることでしょう。
 
 こっちに来てから、色んなもの珍しさが勝ってか、やたらとキョロキョロしてしまいます。それで、何か目につくものがあると、手元に描き込むようにしてたら、何時の間にか習慣づいてしまいました。そんな風に、こっちの受け皿を解放した状態にしていると、いろんな物が見えてきます。それで、気がつくと、ふと入って来た対象の事がよく分かってきて、知り合いみたいな関係になれる。僕がスケッチに対する考え方が、ちょっと変わって、「開かれたスケッチ」になったと言ったのはここの部分です。物に対して、受身に構えるとか、そういう事ではないけど、周囲のあらゆる環境に対して積極的に目線を向けていく。何か目的だけを持って視線を向けるんじゃなくて、見えるもの全てに対して興味を持つような感じで、その結果として、より多くの物をスケッチを通して知ることが出来るようになってきたような気がします。

 日本じゃこうは行かなかったんですね。そもそも、それを試そうとした事もありませんでしたが。大体の事は分かってる。みたいな少し周囲の環境に対して自意識過剰な面もあって。そういったことが引き金になって、鎖国的な、アイディアに基づいてしかスケッチしない。という風になって行ってしまったのかも知れません。

 だから、今感じている新鮮さが失われたとき、再び僕の視野は「鎖国的状態」へと戻ってしまう危険性をはらんでいるような気もします。が、もう大丈夫でしょう。開かれたスケッチの面白みに気付いたんでね。てなところで、一人でぼやいているような文章でしたが(・―・)/

評論なんて大嫌い

昨日、まだ風邪が癒えきってないので、病院から帰ってからもゴーロゴロしてました。暇なので、この間、学部を卒業するときに誰かがロッカー整理しててたついでにくれた、「美術手帳」の日本画特集を読んでました。パラパラッと図版に目を通してはいたんだけど、あんま文章は読んでませんでした。ってのも、僕の勝手な好みの話だけど、あれこれ言葉による理屈をつけて作品をこねくり回すのってあんま好きじゃないんですよね、僕。作品は作品として見たくて、余計な文字情報は、作品から感じるものを確実に弱めてしまってしまう。ってのが主たる理由ですが。

 それでも、タイに居ると日本語が恋しくなってきたりして、文章の方にも手を伸ばしてみたんですが、いやぁ、何かいやな気分だけが残ってしまいました。

 日本画ってなんだ。っていう特集の中で、ある美術史家が日本画についてとやかく語ってました。端的にいうと、現在日本画は滅びつつあるっていうような事をぐだぐだと言っているわけですね。日本画は線に始まり線で終わるみたいな。今の大学教育は全然なってなくて、日本画のこうした美しい線を引ける人材なんて全く排出できていないと。まぁ、ここで記事の中身を転載的に書いても、どうかと思うんで、詳しくは「2005年5月号の美術手帳」を見てくださいな。

 で、結局、今日は何が言いたいのかというと、「こんな評論なんて大嫌い!」てことなんですね。ふだんから感じてることなんですけど蚊帳の外から、評論言語っていう不気味な言語体系を駆使して、表現者をがんじがらめにする。もしくは、表現者と、作品と、それを観る鑑賞者とのつながりに茶々を入れてるような気がしてならないわけです。

 なんか、いくらか知恵をつけたような事を言いますよ。けど、彼らも一介の鑑賞者に過ぎないと思うのです。表現者・作品・鑑賞者 の構図の中に入っているものであると思うのです。けど現実に、何故だか評論という立場に立っている者たちは、明らかに一段上から全てを見下ろしてとやかく言ってくる。そして、世間的には、何かあると評論(例えば書籍であっても書評とかね)を求めちゃって、そこが「良し!」と言えば、世間的に悲しいかな、評論の対象となったものは「良し」に傾くし、「悪し!」となれば、「悪い」の方向に傾いちゃう。

 いや、そんな事はない。って言われてしまうかも知れませんが、実際なぜ「ゴッホ」が日本にやってくると、美術館はその時期だけ、恐ろしいくらいに盛り上がってしまうのでしょう。結局、昔から、教科書といわずメディアといわず、彼らを褒め称えて評論してきたからじゃないでしょうか。あまりに有名な話ですけど、ゴッホって生前は全く売れませんでしたよね。それが、死後、彼の奥さんと弟が必死に頑張って、「これが美だ!」って認められるようになった。結局のところ、美術界を仕切る美の全てに精通したような、いっぱしの評論家とやらの目に留まったんでしょう。そこから、ゴッホ伝説がはじまった。けど、この例が代表しているみたいに、美の価値観なんてものは、ふとしたきっかけで変わってしまうものなのです。時代しかり社会しかり。例えば、社会で言えば、僕もたまに言うみたいに、タイと日本じゃ、色に対する美意識は明らかに違うと思います。あるいは個人の価値観しかり。だから、評論家だって大きな顔して世間をのさばっているけれども、実際、その一部の美術の価値観に基づいて、偉そうなことを言っているに過ぎない。

 そんな、「美」というものはある意味、脆い価値観でもあるのに、それに対して絶対的ともいえるような言いっぷりで、判定を下そうとする、評論というものが、もの凄くいやなのです。一個人として、感想を述べるなら何も思いませんけどね。それが、何か、発言一人分以上の力を持って、作品の価値を決めてしまうという現象が嫌いなのです。或いは、「美」というものを大きな発言力を持って定義しちゃおうとする。

 上の記事だってそうです。日本画で線が大事なのは、一部の価値観であって、全てではないと思う。他にも、他の画材じゃ出せないような色とか、日本の文化の中で培われてきた構図とかね。しかも、今はそんな職人を輩出することを目的として、教育制度が成り立ってるもんでもないと思う。個人個人が、それぞれに見合った表現方法で表現していけば良い。その中で、過去から受け継がれた表現方法に興味のある人がそれを学んでいけば良いと思うのです。まぁ、これは僕の勝手な意見だけれども、実際、世の中には様々な意見が飛び交っている。そんな中で、独り言ではなく間違いなく多数の人に影響を与えるであろう、「評論家先生」は自分で好き勝手語る前、考えの平等性というか、中立性に関して、一応ちゃんと意識しなくちゃいけないと思うのです。その言葉一つで、「美」というものが動いてしまう可能性をはらんでるんですから。現状では、作家以上に「美」を動かしてしまう、作家より上の立場に立っておられるんですから。他人や物事を評論し評価するのは、自分勝手だけじゃいけないんじゃない?って思いもするわけです。
 
少なくとも、巻頭から、「技術がなけりゃ日本画は死ぬんだ。テクニックを磨け。これから日本画を学ぶ人に、まず一言、言い放っておきます。今はまさにその状況で、美大のセンセイなんかも全然ダメ。そこでここでは18世紀から戦後まで、神々しいテクニックを駆使した画家達の作品をお見せします。まずは理屈抜きで上手い絵を見よ」なんて、大して面白くも無い上に、偏りまくった文章を、「あたかも」って感じで書かないでもらえますか。。。あんた。
 
せめて文章の初めに、「私は美術史家で、日本画というものを美術史の長い観点から見た上で、以下の記事を書かせてもらいます。私は日本画の線というものが、日本画の中で最も興味深い要素だと思っていて、その技術が失われつつある、現在の日本画界にはふとした懸念を覚えます。その技術の継承者がもっと輩出されると良いのですが」くらいの事書けよって思いますね。いちいち面倒かも知れないけど。

なんて、事を微熱な頭でぼーっと考えていたのでした(・―・)/

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 何日か前のタクシーネタに続いて、再びタクシーを元にしたネタです。今日は色の事には直には触れませんけどね。

 タイのタクシー。何故かとても綺麗なんですね。色の事はさておいて、車体そのものが。二年ほど前に来た時とは、また車体の種類の比率が変わっていて、前は、旧型のカローラと日産のサニーが多いように見受けられましたが、今は割と新しい型のトヨタのカローラかな?をベースにした車を殆どのタクシーが使用しています。正直、日本のタクシーよりも外見的な綺麗さでは勝っているのではないでしょうか。

 しかし、ちょっと不思議です。日本車って、その辺のショールームでも見かけるけど、殆ど日本国内の販売価格と同じ。でも、バンコクの路上では数え切れないほどのトヨタカローラのタクシーが走っている。初乗り35バーツの乗り物で、客平均単価を仮に60バーツとしましょう。それで一日10組を運べたとしてもです。それでも、一日600バーツ。単純計算で二年休まずにそのペースで運び続けたとしても457200バーツ。日本円に換算して約140万程。実際には、そっから燃料費や、整備費やら、運ちゃんの給料やらをどんどん、さっぴいて行くわけで、そう考えると、実際のトヨタカローラを使ってたんじゃ、全く採算なんて取れたもんじゃありません。

 んじゃ、これは、このトヨタカローラのタクシーは、バンコクの秋葉原パンティッププラザで売っている、海賊版の映画と同じようなコピーなのか?という事になる。そういうわけで、急速にその辺の事が気になってきたので、今日は、その辺りの事を意識しつつ、タクシーに乗ってみました。と、色んなことが見えてきました。

 まず、電気系統の設備の簡略化。サイドミラーは手動。座席の調整は勿論、窓を開けるのにも、昔のクルクルっていうやつです。徹底的に金の掛かる電気機器を排除しています。付いているのは、メーターとラジオくらい。それから、シートやダッシュボードも、一番簡単な作りになっています。

 車体自体はトヨタのマークもあったし、どっからどうみてもトヨタの形にしか見えなかったから、恐らく、車体本体にかける費用を削れるだけ削って、タイ国内でライセンス生産でもしているんでしょう。それか、トヨタがタイ国内で安く現地生産してるか。(ちょっと調べが付かなかったんで確証はもてませんけどね)
 
 こんな風に、もの凄く安く車体を上げておきながらも、それでも綺麗な車体にこだわるということ。これは一体、なんなんやろう。そんな事を考えていると、ついこの間、まだ日本に居た時に受けた大学院の美学の授業の中で、先生が僕の「何故、タイやラオスの仏塔はきらびやかなのに、日本はそういう物が少ないんでしょうかね。信仰心の違いでしょうかね?」と言ったふとした質問に対し、「タイとかあの辺の国は、古くなったら壊して新しいものを作りだす。新しいものに「美」を求めているようですからねぇ」と言っていたのを思い出しました。

 その授業の中であったレポートの中で、僕もその時の事に触れ、「世界美術大全集 12 東洋編」という本の中で見つけた以下のような文章を引用しました。


「保存という考え方は、タイには馴染みにくい。人々は廃墟は廃墟として、おのずから過去を物語るにまかせ(中略)蘇らせてこようとは考えてこなかった」

 
 これは、タイの文化財修復が何故行われないか。と言った事に関して書かれた文章の冒頭の部分だったのですが、ここで先生の言っていたことが分かったような気がしたのです。

 確かに、この廃墟というのは言いすぎにしても、タイ人は老舗的なものよりは、新しいもの好きな要素を持っていると思います。オープンして間もない、中心部にある「サイアムパラゴン」なるショッピングセンターは客で大賑わいしている一方で、二年前はあれほど賑わっていた、すぐ横の「サイアムセンター」とか「サイアムディスカバリー」といった建物は一頃の元気が無いように思えたり。そんな新しいもの好きなタイ人気質の中には、上の美的価値観も反映されているのではないでしょうか。

 今回のタクシーの件にしても、理由は多々あると思います。勝手な推測ですけど、外国人が利用することが多い交通機関だから、観光資源の一つとして気をつけた。とか、タクシーの運営団体のやり口が単にうまいとか...。けど僕はあえて、ここで上に書いた綺麗なものを追う美の価値観の介入を感じると言ってみたいと思います。何故かといえば、鮮やかな色=美しいという方程式が多くの場合において成り立つ、タイにおいては、古くなって煤けたもの=味の出たもの。なる日本の美的価値観ではなく、古くなって煤けたもの=わろし。の方程式が成り立つからではないでしょうか。もう少し違う言い方をすると、結局、常夏の気候と自然に対するバランスを考えれば、色は鮮やかでなくては主張できないのかもしれない。そして、鮮やかであるためには新しいものに、作り変えていく必要もあった。そんな事が積み重なった結果として、タイの社会は、新しいもの=美。という価値観を生み出した。このタクシーも、その辺のところが下敷きの一部になって、出てきた面がある...。

 タクシーを眺めていてふとそんな事を考えた月曜日の午後でした(・ー・)/

 
 

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 今日は、バンコクのタクシーを見て感じた色の話でもしてみましょうかね〜。タクシーの色を通して、改めて、社会ごとの美観みたいなものの違いに気付かされた。そんな話です。

  タイトルにある。蛍光色のタクシー。最初にそのタクシーの色が「蛍光色」なのだと気付いた時はえらくショックを受けましたね。悪い意味じゃなくて、単に衝撃的だけだったんですけど。タイのタクシーって、それこそ、12色の色鉛筆セットじゃ足りないくらいに色数があります。赤、黄、オレンジ、黄緑、紫、金!、色んなツートンカラーetc...(あ、因みにタイ語ではetcを〈ฯลฯ〉って書くみたいですね。どこの国にもあるんですかね。こういう表現〉その色んな色のタクシーの中に、蛍光オレンジと蛍光ピンクのタクシーがありました。

 タイに来て最初、そんな色のタクシーがある事は街の風景を通して知っていた訳なんですが、ただの街の色味に合わせた色のタクシーとして認識してました。日本の一般常識からすると、明らかに彩度が高すぎるような色味をしているんだけれども、タイの街の雰囲気に合わせて考えれば普通の色に見える。そんなわけで、蛍光オレンジのタクシーも蛍光ピンクのタクシーも、僕の頭の中で、「日本と同じオレンジ色、ピンク色」と勝手に解釈されていたのですね。

 では、いつその違い。つまり、日本のオレンジ色とタイのタクシーのオレンジ色が決定的に違うものだと気付いたのかといえば、それは絵を描いているときでした。僕は、作品のネタを自分の生活空間の中で得ることが多い。それで、出てくるモチーフのみならず、色味もそのネタを考えた時点での、生活空間の影響を結構受けているとおもいます。そういう事で、描いている作品の中に街で見た、このオレンジ色を持ち込みたくなった、その時、この違いに気付いたのです。

 絵の具箱をあさって、ごくごく普通のパーマネントオレンジのチューブをパレットに搾り出しました。そのまま何も混ぜずに使ってみれば結構鮮やかな発色が得られるはずです。更に、元々、原色系の色が好きなこともあって、更に最大限、僕の思う鮮やかさで色味が出るように、白とレモンイエローを置いたキャンバスの上に、そのパーマネントオレンジを置いてみました。

 しかし、思った色にならないのです。街で見たあのオレンジをキャンバスの上に再現したいのに、色が出てこない。他にも色んな色を混ぜて試してみたのですが、何というか、街で見たオレンジに比べると、非常に沈んだ印象に見えます...。10分ほど迷いました。なんか解決策がないものかと、もう一回、絵の具箱をひっくり返すと、そこには蛍光オレンジが。まさか、こんなどぎつい色ではないやろう。と思いつつ、半信半疑で塗ってみると、果たして、そこに街で見たオレンジに非常に近いものが再現されたのです。

 正直びっくりしました。日本で街で見た色を再現しようとした時にこんなにストレートに蛍光色を使うことなんて、まぁ、まずない話だとおもいます。それに、蛍光色というもの自体が、何というか、扱いにくい色のような扱いを受けていたりする。僕も受験時代に、そんな事を色々言われました。蛍光色をあんまり使うと、絵がチープになるから。って。

 でも、これって結局は、日本で、日本の価値観の中で物事を考えたときの話だったのかもしれません。すくなくともタイでは、個人の好みを別にして考えれば、これぐらい鮮やかなほうが、街の空気や光の感じに対して、いい意味でコントラストが取れているように感じます。こっちでは少なくともチープであるなんていう受け止め方はされてない。蛍光色の存在に気付いて、スーパーの食品なんかを気をつけて見ていると、蛍光色に色づけされた食品に出会ったりしますしね。所変われば社会の価値観も変わる。そんなけ社会の価値観でも差があるんやから、個人の価値観のバリエーションなんて、数え切れんほどにあるんでしょうなぁ。結構前に、絵を売った時に、相手が渋い色好みだったことを思い出したりもし、そんな事を思い、肌で感じた一件でした。やっぱ世界は広いですね。

 ちなみに辞書で蛍光色に当たるタイ語を調べたところ「สีสะท้อนแสง〈直訳=光を反射する色〉」でした。日本語の蛍光の意味は、ネットの国語辞典で調べたところ「ある物質に光や電磁波・粒子線などを照射した時に発光する現象」とのことでした。タイ語のバイリンガルでもなんでも無い男なので、タイ語の正確な意味はよく分からない部分もありますが、とりあえず上の意味において「反射」と「発光」じゃ、なんとなく言葉の持っているニュアンスが違いますよね。反射ってのは、それなりに強い光なりがやって来て、その結果、色が受身的に発色してる感じだし、発光は、光を溜め込んで外に向かって色を発している感じだし。

 頭ん中に、タイの日差しは強くて、日本の日差しはそれに比べると弱いから、言葉の面でもこんな差が出来たんだ。と根拠のちょっとはっきりしないような結論が出掛かってますが、どうでしょうか\(・ー・)

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