とらねこおばさんの雑記帖

田舎暮らしのいろいろを思いつくままに……。

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11月と12月の読書

11月、12月は妙に忙しかった。切れ切れの時間で読んだ本の数は多くない。

その上、メディアマーカー(読書カウンター)に書き込んでいない本もあり、とりあえず覚えている範囲で書く。最近、物忘れが多くなり、何を読んだか忘れてしまったのも多い。(情けなや〜)

1.宮部みゆき『あやし』 この著者の時代小説は現代小説よりも気楽に読める。短編集。怪談物語だが、怖いというよりも納得できる感じが強い。

2. 宮部みゆき『あかんべえ』同じく時代怪談小説の長編。女性の書き手らしい、お化けのかわいらしさが楽しく、哀しい

3・藤沢周平 『密謀』上杉景勝と直江兼続 重い本だ。内容がではない。重量が重い。上製本なのだろうか。図書館でちょっと大きいけれどと思いながら借りてきたのだけれど、あまりの重さに腕が痛くなった。大げさではない。ほんとに痛くなったの!ためしにはかりにかけてみたら860グラムだった。文庫本は150グラムから250グラムくらいだから、どれだけ重い本か! でも、計るまでは2キロくらいあると思ったよ。閉口して読むのやめようかと思ったが、痛さと重さを我慢して最後まで読んでしまった。しかし、藤沢周平はやはり、市井もの、下級武士物がいいですね。

4.ピーター・キャメロン『最終目的地』新潮クレストブック
 ウルグァイの緑の館へ伝記を書く許可をもらいに大学院生が出かける。緑の館に住むドイツから移住してきたユダヤ人の血を引く家族たち。それぞれの最終目的地はどこなのだろう。 考えることの多い、静かで決然とした小説。月の骨さんのブログで紹介されていた。イギリスの小説らしい品の良さが好ましい。E.M.フォースターを思わせると書いておられたが、たしかにどことなく『ハワーズエンド』をおもわせた。

5.伊吹和子『われよりほかに――谷崎潤一郎最後の十二年』著者は谷崎潤一郎の口述筆記をしたひと。谷崎潤一郎の化け物のようなわがままに筆記機械のようになって、寄り添い、源氏物語口語訳、鍵、瘋癲老人日記などの名作誕生に立ち会う。旧かな使いが完璧にでき、古文に熟達した著者だからこそできた仕事だろう。谷崎潤一郎のモンスターぶりが、大作家とはこうもあるのかと、鬼気迫るほどだ。面白い。すごく面白い。伊吹さんはえらい。

6.

そのほか、「五州開拓団の記録」「勿忘草」「満蒙義勇軍ラッパ鼓隊』など満蒙義勇軍の記録集を読んだ。高等小学校2年終了で3か月の訓練ののち満州へ送られ、三年間の軍事訓練、農業教育期間ののち、開拓団へ配属され、敗戦後シベリア拘留三年、という青少年義勇軍の記録である。高等小学校2年とは14歳。この11月に最後の義勇軍に参加した人の話を聞き、記録を読ませていただいた。

彼らは14歳というが、中には高等小学校に入学したばかり、12歳の少年もいたそうだ。内地での三か月の訓練が、満州へ送る船の事情が悪くなり、一年後の昭和20年7月に満州へ着く。この時すでに関東軍は撤退していた。開拓団には少年、老人、女性子どもだけになっていた。八月九日にはソ連侵攻。少年義勇軍は内地へ送還されると思っていたが、汽車は西へ西へと太陽の落ちる方向に走り、連れて行かれたのはシベリア。零下五〇度の寒さの中で煉瓦作りに使役され、毎日のように仲間が死んでいったという。つるはしで凍てついた大地を掘り、死者を埋葬するのも彼らの仕事だった。

小便は地面に落ちるやパチンコ玉のように凍った水滴となってざらざらとばらまかれる。糞便は便ツボに凍ってうず高く積もるから、定期的につるはしで打ち砕く。凍った糞便に匂いはないが、かけらが飛んで衣服に付着し、部屋に入ると溶けてにおい始める。

一番年下の彼らは日本軍の上級者、先任者絶対優先の秩序の最下層におかれ、食べ物がなく、道に落ちていた馬糞がジャガイモにみえて、持ち帰ったとか。たまにウサギなどを捕まえると、その場で引き裂いて生のまま食べたという。焼いて食べようなどと思って、火の上でうっかり肉から手を放すと、たちまち人に奪い取られてしまう。食べ盛り、命の盛りの少年たちの無残な青春だが、本に書かれているのは、ひたすら訓練に明け暮れた日々の記録が多い。

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10月の読書

もう11月の6日なんですが、10月に読んだ本を。



イメージ 1『八月の路上に捨てる』 伊藤たかみ著 文芸春秋社

離婚小説。★★★



イメージ 2『一週間』 井上ひさし著 新潮社

  井上ひさし最後の長編小説 シベリア抑留小説。次々と意外な話が展開して一気に読んでしまった。連載小説を単行本にするとき、必ず手を入れておられたそうだが、亡くなられたためそのまま出版された。ラストはもっと書き込む予定だったのじゃないかなどと想像した。★★★



イメージ 3『1Q84 BOOK3 』村上春樹著 新潮社

 ようやく図書館予約の順番が回ってきた。私が42人目。貸し出しのスリップを見ると、まだ予約が39人いた。で、急いで読んだ。うーん、BOOK2までで終わっていたほうがよかった。★★



イメージ 4『庭の桜、隣の犬』 角田光代著 新潮社

 うーん、家族って、家族って、……。★★



イメージ 5『第三の時効』 横山秀夫著 集英社

短編が5つ。おなじみのメンバーが競いあうよくできた警察小説。最初の「沈黙のアリバイ」が面白かった。 ★★★



イメージ 6『天地明察』 冲方 丁 角川書店

 暦を作る話。江戸時代の数学、天文学の話がこんなにも面白いとは。

★★★   



イメージ 7『凍てついた墓碑銘』 ナンシー・ピカード著 宇佐川晶子訳

ハヤカワ ミステリー文庫

小さな町の人間関係に埋もれていた17年前の事件がよみがえる。アガサ賞マクヴィティ賞受賞 ナンシーピカードらしい毒のあるコージーミステリー。

★★★



今月は珍しく小説ばかり読んだ。メディアマーカーの月10冊に挑戦しているが、7冊で精一杯。若いころに比べて読む速度がうんと落ちてきている。

なぜか画像の大きさがばらばらだ。何度画像の大きさをそろえてもまた同じようにばらばらになる。なぜだろう? 見苦しいけれど堪忍してください。

イメージ 1

「ホームレス中学生」という本が大ベストセラーになっているとか、うんこ型の滑り台で暮らしていたとか、お父さんが差し押さえられた部屋の前で「解散!」といったとか、本を読まなくとも何となく知っていた。多分、テレビからの知識だろう。

前の週末、用事があって大阪に行った。泊めてね、と息子に電話すると、久しぶりに駅前のお寿司屋さんに家族で行っているから、来てという。実は会合で海苔巻きのお寿司を少しつまんていたのだけれど、美味しいお寿司屋さんなので、喜んで招待を受けた。

ヒラメの昆布締めと明石のタコが美味しかった。

息子が、「おかあさん、『ホームレス中学生』読んだ?』と聞く。
「読んでない。読んでなくても知ってるよ」というと、「あの公園、山田西やで。小さい方のイズミヤの横の公園」「え、それやったら、うちの隣やないの」「ほら、うんこ型の滑り台あったやろ。裏表紙に写っている写真、うちの団地やで」「えー、それならその子はおんなじ中学校なんや」

うちの隣といっても、息子たちがまだ高校生や中学生のころに住んでいた団地だ。1970年代の終わりから1990年頃まで10年程住んでいた。それまで住んでいた公団の古い3DKの住宅に比べると、その近辺の団地は一つ一つのユニットがかなり大きく、当時の感覚としてはりっぱな団地だった。ホームレスという言葉とまったく結びつかない。

息子の家に戻ってから本を見せて貰った。裏表紙をみるとなんと間違いなくあの団地だ。(私が住んでいた棟ではないけれど)40分程で読み終わった。「小さい方のイズミヤ」そう、大きいイズミヤはバスで三つか四つ先の停留所にあり、公園の横のイズミヤは小さなマーケットだった。同じ商業スペースには肉屋や豆腐屋もあり、日常の買い物はそこで十分間に合った。

父親に「解散!」といわれた夏休みを田村君が過ごした図書館には私もせっせと通っていた。図書館への近道に公園の中を通り、そういえば赤茶色のコンクリート製渦巻き型のおおきな滑り台があった。

公園に公衆トイレを設置する話があったが、公園のトイレで犯罪が頻発したころで、危険だと反対の声が上がって、結局設置されなかったのだった。そのために田村君は草むらの中でしなければならなかったのだ。まさかそんなことになろうとはおもいもしなかった。

写真のまきふん公園の滑り台は青い色に塗り替えられている。以前は赤茶色で、子どもがうんこいろというのも無理はない代物だった。

読んだ内容から、田村君の家はきっと第○団地やで、とか、お兄ちゃんやお姉ちゃんと住んだ家はあの辺とちゃうか、などと妙に興奮して話し合ったりした。

田村君はうちの息子たちより10歳程は若いようだから、学校で一緒だったはずはない。もしかしたらお兄ちゃんとニアミスをしているかもしれないが。

神戸に泊まった翌日、吹田の弟の家によった。写真の団地に私が引っ越したことから両親がすぐ近くのマンションにまた引っ越してきたため、両親と同居していた弟の家は問題の公園のすぐ近くだ。妹はテレビでうんこ型滑り台を見たといったが、まさか、あの公園とは思わなかったそうだ。買い物に行くついでに公園に行ってみた。青いうんこ型の滑り台が今もあり、木々が大きくなっていた他は付近の佇まいは少しも昔と変わっていなかった。

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帰宅して、近所の人に話をすると、あの公園、今観光地のようになって見に行く人がたくさんいてるらしいよ、という。私が行ったときはだれも見物していなかったようだけれど。公園の向かいの細い道を入ると、中学校の裏手にでる。細い道は別の大きな公園から流れてきた小川に沿っていて、6月にはヒメボタルがたくさん発生し、夕涼みの見物客がぞろぞろ通る。話題になった公園を見に来る人がそのころまでいるだろうか。

それでどうやねん、といわれそうだけれど、べつになんということもない。懐かしい場所が意外にも世間の話題になっていた。ただそれだけの話。
いつもは芥川賞が発表されるとすぐに文藝春秋を買って読んでみるのだけれど、今年はどういうわけか、二月の終わりになってやっと買い求めた。

大阪弁の書き言葉が話題になっている。大阪弁といっても若い人の言葉で、私くらいの年代になると、なるほど若い人はこういう言い方してるのか、ふーん、などと思う。昔風の大阪弁はとろくさく感じるが、若い人の大阪弁は書き言葉にすることで、よりスピードを増している。関西に長い住んだ私でも、若い人の語り口にとまどい、読みづらい部分があるのだから、他の地方の人は読み間違えることはないだろうかと少し心配になる。

豊胸術にこだわる母親と、やがて始まる生理の卵子について思いめぐらす小学6年生の女の子、この女の子は母親にもその妹で話者である「私」にも一言も口をきかず、ノートで筆談を交わし、日記になかなか深い思索を書く。これが結構面白い。

現代大阪弁の書き言葉の地の文をつかい、胸(つまり乳)や卵子という女性の身体がテーマにした小説というと、いかにもえげつなく思われそうだが、実は至ってまっとうな小説だ。買ってきた卵を頭で割りながら、大泣きして母親に訴えるクライマックスの場面(この部分を引用しようと思ったのだがどういうわけか文藝春秋が行方不明になっている)では、結構感動してしまった。起承転結、きちんと整って、実にまっとうな小説だ。読後感も意外に爽やかで、悪くない。


直木賞の小説はいつも必ず読むという訳ではない。ある人が「読んで意見を聞かせて」といったので、「私の男」を読んでみた。

正直驚いた。「私の男」とは父親。近親相姦を熱く描いた小説だった。小説の仕立ても変わっている。時系列に沿って過去から現在へ向かって書くのが普通の書き方だが、この小説は「絵本を後ろからめくるように」章ごとに過去へ遡って書かれている。ミステリー的な要素もあるので「ネタバレ」になるのだが、ラストの部分、小児性愛のあとで「おかあ、さぁん」と甘い声で9歳の「わたし」を呼び、父と子の関係が逆転する場面、いっこうにぴんと来なかった

この男、淳悟は父親の不慮の死後、母親に虐待された過去を持つ。そのために(?)16歳の時預けられていた民宿を営む家の主婦と関係し、子どもができる。(なぜ、その民宿を営む夫婦が、事情を分かっていながら不倫の子を産む決意をしたのかについては何も書かれていない)それが「わたし」という設定だ。「わたし」が9歳の時、津波で両親を失うと、25歳の淳悟は急いで様子を見に来て、まわりの反対を押し切り、すぐに引き取っていく。引き取ると淳悟は「お前は血の人形だ」といってその日から二人の性的な関係が始まる。(この「血の人形」というキーワード(らしい)もおどろおどろしいばかりで、さっぱり納得出来ない。

母親に虐待された過去が幼い我が子を自分の性の対象とする原因となるのか。まっとうでない生まれ方をした子だから、はなれていた父親に会った瞬間から、この人が私のすべてだと愛するようになるだろうか。「わたし」の母親についてもほとんど何も書かれていない。

「わたし」は父親と自分の関係を盗み見られ、写真を撮られたことを知って、ある老人を殺す。そのカメラを持って刑事がおとずれ、この中の写真を現像すれば犯人が写っているはずだと淳悟を脅すのだが、なぜ、そのカメラを見つけたときにすぐ現像しなかったのか、それもおかしい。

たしかに筆力は大したものだ。矛盾だらけ、妙なことだらけのこの小説、タブーである近親相姦や小児性愛を真っ向から熱く描き、説明不足であろうが、つじつまが合わなかろうが、矛盾があろうが、とにかく読者をぐいぐい最後まで引っ張っていって読ませる力がある。しかし、後味は決して良くない。それにあまりにも不自然。不自然さが悪いのではなく、不自然さを納得させる力がない。

「乳と卵」と正反対の印象を持った。

単行本で読んだので、直木賞の選考の言葉を読んでいない。選考委員の意見を読みたいものだ。

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図書館で見ると上下二冊、それも結構分厚い。
可愛い女の子が自然の中で遊んでいるイメージの表紙。
まったく書評も読んでおらず、只、漠然と話題になっている、何か大きな賞をとった作品だと言うことだけを知っていた。以前に『ニッポニアニッポン』を読んでいたのだけれど、芥川賞受賞作の「グランドフィナーレ」はなぜか読んでいない。

ほとんど予備知識なしに読み始めて、え、こんな小説だったのかと驚いてしまった。表紙のイメージとまったく違って、登場人物すべてが「ワル」。山形県東根市神町を舞台に戦後進駐軍が駐留していた時代から現代まで複雑に絡み合った人間たちが盗撮、暴力、殺人、謀略などあらゆる「悪」の物語を繰りひろげていく。厖大な人物の登場する群像劇である。

実はこういう「ワル」ばっかりというような作品は正直なところ苦手だった。が、意外にも最後までとまらずに読みつづけることができた。最後の大洪水の中で隠していた大きな木箱が腐乱した死体をのせて消防団のボートとぶっつかるスラップスティック的なクライマックスにくると、夜中になっていたが読みやめなかった。

「百年の孤独」を思わせるとだれかが書いているのを後で読んだ。それはちょっと誉めすぎだろう。しかし大した筆力には違いない。

実はこの神町、実在の町なのだそうだ。しかも阿部和重の故郷だという。もちろん本当の神町はかつて進駐軍が駐留し、多くの風俗、飲食店があって、進駐軍相手の女性たちも大勢いたという事実はあったに違いないが、現在の神町は小説の中の町のようなむちゃくちゃな町ではないだろう。ネットで見ると、さくらんぼや桃など果物の生産量の多い、静かな田舎町のようだ。

ミステリーを合評するTVの番組でそういえば取り上げていたような気がする。家事をしながらぼんやりとぎれとぎれいい加減に見ていたのではっきり覚えていないけれど。ミステリーといえばいえないこともないだろう。謎は全部最後で解かれている。

実在の場所を使って架空の物語を展開する、それも多分実際の神町の人たちが読んだら、腹を立てそうな物語を。なんだか驚いてしまった。戦後の神町の歴史を書いた小冊子を読んだことがこの物語を書くきっかけになったと作者自身が書いていた。このとんでもない物語に「地霊」の匂いを感じたのはそのせいだろうか。

今、私自身田舎に住んでいると都会では考えられない話を聞く。20年以上前に恋愛小説を書いたためにそれを事実だと思いこまれ、今や、その話が完全に事実として私の耳にまで囁かれる。人と人が何らかの縁で全部つながり合っているような地域。そういう地域に住んこの本を読んででみると、奇妙にリアリティを感じてしまった。もちろん完全なフィクションなんだけど、だからこそのリアリティ。

☆一つを付ける人と☆☆☆☆☆を付ける人とに別れてしまいそうな小説だった。

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