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周南市 東郭の世界
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糸魚川市の大規模火災は昨年12月22日ラーメン屋から出火し、折からの強風により飛び火など

で市内大町・本町など駅から日本海までの家屋を焼失しました。約30時間にわたって燃え広が

った稀にみる大火災となりました。あれから、7ヶ月過ぎた今、糸魚川の町はどうなっている

のか気になって寄って見ました。ちょうど、昨年、春には糸魚川駅から乗り換えたりもしまし

たし、新幹線ホームから真っ青な日本海が展望出来、海岸までのも家屋も松に囲まれた情緒

豊かな町という印象が濃かったからです。

                           《2017.7.20 周南市 東郭》


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新幹線糸魚川駅





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駅構内の「がんばろう 糸魚川!!」






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   春よ来い 早く来い
                あるきはじめた みいちゃんが
   赤い鼻緒の じょじょはいて
                おんもへ出たいと 待っている
   春よ来い 早く来い
                おうちのまえの 桃の木の
  つぼみもみんな ふくらんで
                はよ咲きたいと 待っている
  
※作詞は、糸魚川出身の相馬御風(そうまぎょふう)1883年〜1950年




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奴奈川姫像



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観光案内所のお姉さんは親切で、翡翠海岸やいろいろな丸い石の名前など教えて戴いた。

取り敢えず、駅の道を北へまっすぐ行き日本海展望台へ行って見ることにした。





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日本海展望台から大町の焼け跡光景

糸魚川市大規模火災とは、新潟県糸魚川市において2016年(平成28年)12月22日昼前に

発生し、翌日の夕方の鎮火まで約30時間続いた火災。焼損範囲は、同市大町および本町の一

帯、すなわち糸魚川駅北側から日本海沿岸まで南北方向に大きく拡がった。

市は糸魚川市駅北大火と呼んでいる。《出典:Wikipedia》




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日本海の眺望は、水平線だけでなにも見えない、地球が丸いのがよく判るから・・・と

観光案内所のお姉さんが薦めてくれた。





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天気のいゝ佐渡ヶ島が見えるそうです。





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海岸はこのようなテトラポッドで覆われ降りることは出来ない。翡翠海岸までは2.5kmある

そうです。






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                奴奈川姫(沼河比売)


『日本書紀』には登場せず、『古事記』の大国主の神話の段に登場する。八千矛神(大国主)が高志国の沼河に住む沼河比売を妻にしようと思い、高志国に出かけて沼河比売の家の外から求婚の歌を詠んだ。沼河比売はそれに応じる歌を返し、翌日の夜、二神は結婚した。
『古事記』にはこれ以外の記述はないが、新潟県糸魚川市に残る伝承では、大国主と沼河比売との間に生まれた子が建御名方神で、姫川をさかのぼって諏訪に入り、諏訪大社の祭神になったという。『先代旧事本紀』でも建御名方神は沼河比売(高志沼河姫)の子となっている。
『出雲国風土記』島根郡美保郷の条では高志国の意支都久辰為命(おきつくしい)の子の俾都久辰為命(へつくしい)の子と記され、大穴持命(大国主)との間に御穂須須美命(みほすすみ)を産んだと書かれている。
越後国頸城郡の式内社に沼河比売を祀る奴奈川神社がある。天津神社境内社・奴奈川神社をはじめ、新潟県糸魚川市内に論社が3社ある。





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糸魚川市大規模火災

現場       新潟県糸魚川市の糸魚川駅北側の一部地域
大町

本町

発生日      20161222
午前1020

類焼面積     約40,000m2

原因       大型こんろの消し忘れ、強風により広範囲に延焼拡大した模様

被害建築物    147

負傷者      17






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割烹「鶴来家」跡







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    敷地は基礎のコンクリートだけ残って、被災建物はすべて片づけられている。

    焼けた松の木が可哀そうです。再生するのでしょうか?





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 奴奈川姫(沼河比売)






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国道8号線






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概要
2016年12月22日10時20分頃、新潟県糸魚川市大町1-2-7の中華料理店にて、大型こんろの消し忘れによって火災が発生した。
焼損した一帯は、市街地中心部の糸魚川駅から北側に位置している。そこは、主に昭和初期に建造された雁木造の商店街や木造住宅の密集地域であったことに加えて、『焼山おろし』・『姫川おろし』・『だし風』・『じもん風』等と呼ばれる強い南風により北の日本海方向に延焼した。





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当初、糸魚川市消防本部から12隊(消火隊9・救急隊等3)が出動した。しかし、火勢の拡大から近隣の地方公共団体へ応援を要請、県外を含む31隊(消火隊25・他6)など43隊が投入され、地元の糸魚川市消防団も50隊が活動を行なった。また、糸魚川地区生コン組合にミキサー車による水の搬送要請、国土交通省北陸地方整備局に排水ポンプ車等の支援要請を行った。




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さらに、新潟県は糸魚川市に対して災害救助法の適用を決めると共に、陸上自衛隊第12旅団(相馬原駐屯地)に対して災害派遣を要請し、第2普通科連隊(高田駐屯地)の155人が翌日13時30分の撤収要請まで、捜索救助活動に当たった。





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現地では、363世帯の744人に避難勧告が出された。 折柄の強風による飛び火で火点が分散したことに加えて、応援による多数の消防車の放水で消火用水が足りなくなる等で消火に手間取り、火元から海岸に向かっての147棟(全焼120棟・半焼5棟・部分焼22棟。床面積30,412m2)を含む約40,000m2が焼損した。その結果、消火作業は、同日20時50分の鎮圧まで約10時間半に亘って、翌日16時30分の鎮火まで約30時間を要した。






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奴奈川姫が祀られている。





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八福神

   此処(糸魚川)では、七福神に奴奈川姫を加えて八福神を祀っているそうです。





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本町の八福神横の敷地が加賀の井酒造でした。重機が入り敷地の整備がされています。
 

加賀の井酒造株式会社は、新潟県糸魚川市にある日本酒製造及び、販売を行う新潟最古の酒

蔵である。酒蔵などは2016年12月の糸魚川市大規模火災(糸魚川大火)で焼失したが、被災

前と同じ敷地内での再建を目指している。1652年(承応元年) - 小林家敷地内に加賀藩糸魚

川本陣が置かれる。本陣が置かれ、前田利常が献上された酒をいたく気にいり、加賀国でな

いのに加賀の字の使用を許し、酒銘を「加賀の井」とした。小林家は本陣の役と糸魚川の町

年寄を兼ねて、幕末まで踏襲した。酒造りは現存する敷地内の蔵(現在は出荷蔵として使

用)でおこなわれていた。《出典:Wikipedia》



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加賀前田候の本陣跡としても歴史価値がありました。







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人的被害は、消防団員15名を含めて、中等症1名と軽症16名の計17名であるが、死者は発生しなかった。その一方で、1650年創業で新潟県最古の酒蔵として知られている加賀の井酒造の酒蔵をはじめとして、相馬御風に所縁の品を所蔵し過去の糸魚川での大火を免れて195年に亘って存続してきた割烹『鶴来家』や、北大路魯山人、美空ひばり等の多くの著名人が宿泊したことで知られる旅館(休業)等が焼失した。《出典:Wikipedia》





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糸魚川駅に新幹線が入って来ました。





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八坂社





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糸魚川の復興をお願いしてきました。




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クロネコは吉兆の印し





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敷地の整備をしている交通整理のお姉さんに、ラーメン屋があった場所を尋ねました。

炎天下の中、黙々と復興の仕事をされている皆さんも、遠慮している私たちに快く道を

空けてくれました。復興の速度が速いのか遅いのかは私には判りません。東日本大震災の

あと、7ヶ月して子供たちの見舞いに行きましたが、その時の惨状に比べれば、ほとんど片付い

ています。これから町の再生が始まると思いますが、歴史のある元の美しい街並みになって

欲しいと願っています。




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