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周南市 東郭の世界
7/21日本時間 6:00 周南25℃東京27℃ 奈良25℃台湾24℃上海27℃ “ゆうぜんしてほろ酔へば雑草そよぐ”

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春の春日大社(2)

夫婦大國社からいよいよ春日大社本殿へ向かいます。

歳月を重ねた燈籠は、苔むしていつの時代からかも判りません。

ウィキでは、”奈良・平城京に遷都された710年(和銅3年)、藤原不比等が藤原氏の氏神で

ある鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山(みかさやま)に遷して祀り、春日神と称したのに

始まるとする説もあるが、社伝では、768年(神護景雲2年)に藤原永手が鹿島の武甕槌命、

香取の経津主命と、枚岡神社に祀られていた天児屋根命・比売神を併せ、御蓋山の麓の四殿

の社殿を造営したのをもって創祀としている。ただし、近年の境内の発掘調査により、神護

景雲以前よりこの地で祭祀が行われていた可能性も出てきている。”としています。

                            《2018.7.9 周南市 東郭》


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春日大社御祭神 タケノミカヅキとは?

「出雲の国譲り」の段においては伊都之尾羽張(イツノオハバリ)の子と記述されるが、前述どおり伊都之尾羽張は天之尾羽張の別名である。アマテラスは、タケミカヅチかその父イツノオハバリを下界の平定に派遣したいと所望したが、建御雷が天鳥船(アメノトリフネ)とともに降臨する運びとなる。

出雲の伊耶佐小浜(いざさのおはま)に降り立ったタケミカヅチは、十掬の剣(とつかのつるぎ)を波の上に逆さに突き立てて、なんとその切っ先の上に胡坐をかいて、大国主(オオクニヌシノカミ)に対して国譲りの談判をおこなった。

大国主は、国を朝廷に譲るか否かを子らに託した。子のひとり事代主は、すんなり服従した。もう一人、建御名方神(タケミナカタ)(諏訪の諏訪神社上社の祭神)は、建御雷に力比べをもちかけ、手づかみの試合で一捻りにされて恐懼して遁走し、国譲りがなった。このときの建御名方神との戦いは相撲の起源とされている。《出典:Wikipedia》





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拝殿







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境内入り口(内側)







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本殿






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日本書紀では、手力雄神(タヂカラオ)と表記されています。神名の天とは「天上(高天原)

存在」との意を含む尊称で、手力は文字通り手の力を表します。比類なき腕力・握力を誇る

男神という意味です。《出典:Wikipedia》
 




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