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周南市 東郭の世界
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旧萩藩校明倫館(3)

萩市の明倫学舎へ見学に行ったときの、展示品など紹介しています。

吉田松陰先生の言葉の朗誦教室で約30分間受講したことは、前回紹介致しましたが、

DVDなども収録し、なかなか愉快でした。

”明倫館は、桂小五郎、吉田松陰、高杉晋作、井上馨らが学んだ長州藩の藩校でした。

水戸の弘道館、岡山の閑谷学校、鹿児島の造士館などと並び称される、国内でも有数の規模

を誇った藩校であり、創設は1719年(亨保4年)。五代藩主・毛利吉元が家臣の子弟教育の

ため、萩城の三の丸に設立したのがその始まりで、130年後の1849年(嘉永2年)に十三代

藩主・毛利敬親が、現在の江向の地に移し、それまでの敷地940坪から約15千坪へと拡

充、学問のみならず、武芸などの修練も行う総合的な学校として発展した。この時代の学生

の数は実に千人を超えていたという。

明倫館では、漢学をはじめ、音楽、医学、天文学、算術、地理、礼式、兵学、馬術、槍術、

剣術、騎術、大砲、柔術、游泳などの様々な学問、武術を教えていた” と申しますから、

世界でも有数の識字率の江戸時代にあっても優秀な藩と言えるのではないでしょうか?

尤も、2018年の山口県小学校の学力検査では、国語Aが12位、国語Bが6位、算数Aが17位

算数Bが12位、理科9位となっています。今度ノーベル生理学賞を受賞された本庶先生は、

山口県宇部市で少年時代を過ごし宇部高から京大へ入った経歴が紹介されて、県民は大喜び

です。しかし、昔は確かに、教師の教え方も伝統があって、それらが教育県としての誇りが

ありました。でも、今はそんな時代ではありません。学力でも本庶先生のように世界に

貢献できる人材となることを目標としなければなりません。

松陰先生は、”大事なことを任された者は、才能を頼みとするようでは駄目である。

知識を頼みとするようでも駄目である。必ず志を立てて、やる気を出し努力することによっ

上手くいくのである。” と述べられていますが、本庶先生は、”弁護士より医師の方が多く

の人を助けられる” と医学の道を選ばれました。志を立てて、粘り強く諦めない努力は、

同じ姿勢であります。”至誠天に通ず” は明倫館の松陰先生の教えですが、本庶先生も恐らく

吉田松陰先生の生き方を感じ取られておられるか、同じ考えとなったのか聞いてみたいもの

です。

                          《2018.12.10 周南市 東郭》


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明倫館 南門



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この説明板は、南門の裏側にあります。






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長州では、四境戦争と呼ぶ、大島口・芸州口・小倉口・石州口での戦いの勢力







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四境戦争のかぶりもの








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四境戦争のかぶりもの







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四境戦争のかぶりもの







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四境戦争のかぶりもの








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軍装のこと






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銃剣






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銃剣







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火薬







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長州鉄砲








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四境戦争時の武器・武具の差







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ライフル銃

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