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山水画の世界桂林へ

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● リゾートホテルで最後の夜を・・・18


春の広州交易会が開催されているので、市内ではホテルを取るのが困難を極めて郊外のリゾートホテルまで高速道路をとばす。1:40ほど車を走らせる。
ゴルフ場が散在する一角にある とある立派なホテルに泊まる。
中国人民政府の高官も泊まるというクラスのホテルだ。
漢字で、中国主席 休閑度 暇之城 と書かれているからそういう意味だろうね。
我々はこんな立派なホテルだが、明日の早朝には旅立ちだ。

9時広州新白雲空港を定刻に飛び立った、中国南方航空 は無事セントレアへ翼を下ろした。
我々の旅も終わった。
終わりよければすべて良し・・・・
出立の出来事も楽しい思い出になった。
同行の皆さんに感謝してタイプの手を止める。
シェシェ!

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● 珠江ナイトクルーズで中学生と・・・17



広州市の中心を流れる珠江を川辺の夜景を楽しみながら巡るナイトクルーズに出かける。乗船する桟橋には高校生グループがたくさん待っていた。スポーツウエアーのようなそろいの服装でわいわい賑やかだ。同行のTさんが英語で話し出したらみんなが集まってきて、幾重にもとりかこんでだ。中には先生を連れてくる子も居る。僕もその周りの外側で手振り身振りでやり取りをはじめた。
決め手は、中国語の ウオーアイ ニー だった。初めキョトンとしていたが直ぐに、理解できたのだろう

それを境に写真を撮ったり、名刺をあげたりで楽しい時間を過した。
高校生達とは船が違った。中国人たちは20元(320円)ほどで乗船できるようだが、我々は豪華船?で、3500円もする。確かに2回甲板の最先端部に席がリザーブされており、お茶と果物が用意されていた。
華麗にライトアップされた橋を通り抜け、照明でグリン グリンしたリバーサイドの並木を眺めながらのクルージングで広州の観光を終えた。
わが東京では、いにしえに銀座9丁目は水の上 と歌われたが、ここ広州でも水の上の社交場・歓楽街であるかのように遊覧船が夜遅くまで行き来しているそうだ。
船を下りると妖しげなおにいちゃんがチラシを無理やり握らせてきた。ピンクかな?とおもって貰って見たら予想に反して、旅行案内のチラシだった。

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広州にも租界が、沙面を散策・・・15

4月末まで広州交易会が開催されているそうで中東の衣装を着た人々を良く見かける。
アラビア文字の看板も目に付くがこの近辺はアラブに関係があるのかな?
人民軍兵士が直立不動で警備をしているこの博物館は、



秦の崩壊後およそ2200年前に秦始皇帝の将軍であった趙佗が南越国を建国し、広州を都としたが1983年にこの南越国2代目王の文帝の石室墓がここで、発見された。実際に発見された場所がそのまま博物館となり、石室や出土品が展示されている。
これは素晴らしいよね。街の中にビルを作ってそっくり保存をしているのだから。


日本語が上手な国家公務員の説明員が丁寧に解説をしてくれる。中国はすごい歴史があるんだ、すごい文化があるんだと感心しながら説明を受けていると・・・終盤になってあの例の玉石の陳列棚まで来ると今まで何回も経験したことがある販売員に変遷してしまった。
でも優秀な国家公務員は、僕の言葉でしらけてしまってそれ以上の販売努力を放棄してしまった。<img

沙面 / ShaMian / シャーミェンを散策する
1861年のアヘン戦争以降、欧米列強の租界となったところである。今でも当時の外国商館や領事館だった南洋植民地風の重厚な石造建築がそのまま残っており、あたりを覆ううっそうとしたガジュマルの老木とともにいまも往時の風情がしのばれる。当時は西半分がイギリス租界、東半分がフランス租界として使用されていたという。どこかの国の領事館があるのだろう兵士が隊列を組んで警備をしている。
狭い間口の商店や露店に出したお土産屋さんが固まっている場所もある。印鑑を彫ったり、墨絵を指で書いたり、手のひらで書いたり観光客が前を通ると描き出す職人?さんもあどけない若さだ。
海?いや珠江に面している公園へ入っていく。
太極拳をしている一人の老人がいる。大きなガジュマルの下では、将棋を指している人たちがいる。若いカップルが愛をささやいている。手振りでコミュニケーションをとりながら近寄る。
写真を撮って送ってあげるからメールはありますか?と聞いたら・・・あるというから名刺を渡した。



先ほど昼食を食べたばかりだと思っていたがもう夕食に行くという。
子豚の丸焼きをたべる予定になっている。
まだお腹が空かないが一番期待していたメニューだ!
どんな料理だろうか楽しみだ!

古刹 六榕寺へ・・・14

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古刹 六榕寺へ・・・14


537年に建立された広州で最古の建築物だそうだ。境内に入ると正面中央に8角9層の塔が見える。花塔という。宋代の詩人、蘇東坡がこの古寺を訪れた際に6本の榕樹(ガジュマル)の美しさを讃えて六榕と書き残して以来、六榕寺と呼ばれるようになったという。
韋駄天に守られた山門を潜り抜けて、花塔の前で現地の人のまねをして、膝をついて頭を下げる。
大仏殿には3対の金ぴかの仏様が微笑んでいた。


ガジュマルに並んで大きな菩提樹が1本ある。お釈迦さまは菩提樹の下で悟りを開いたと言われている。僕も印を結んで暫し瞑想に耽る。

昼食はホテルのレストランでアツアツの飲茶を食べる。
食は広州にあり!の喩えどおり美味しい飲茶の数々だった。見た目も美しいし如何にもおいしそうだ。
この旅で一番美味しかった、気に入った料理だった!
桂林の料理に比べたら雲泥之差があるね。


レストランの中でコピー商品を販売しているのにはビックリだ!中国は、 CDやDVDのコピーは当たり前、最近では2007モーターショーのコピーまであるというではありませんか?
世界の工場・経済大国になりつつある中国よ!
コピー・物乞い・引ったくりは止めてくださいよ。

桂林から広州へ 13

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● 桂林の日出に見送られて・・・13

2007.4.20(金)

5時半モーニングコールを受けて、日の出前の出発だ!
桂林空港への道中太陽が我々を見送ってくれるかのように後ろから顔を出した。
田園風景とぼこぼこ・ニョキニョキした山・岩なども手を振ってくれているようだ。
バスのウインドーには涙雨か?水滴が降りかかってきた。

広州までの飛行時間は1時間にも満たないあっと言う間に到着した。
4日前悪夢を見た広州新白雲空港も今日は穏やかなようだ、直ぐその足で陳氏の祖先を祀ってある陳氏書院を見学する。広州建築百選に選ばれているらしいが屋根の上に彫刻や飾り瓦が一面に装飾されているのには驚かされる。
小中学生の社会見学か?先生に連れられた学生さんたちが何組か見学を終えて出てくるのに出会う。ニーハオ!と声をかけると、にこっとして手を振ってくれた。


Tさんが若者と話を交わしているようなので近づいていった。大学生らしい!将来は警官を志望しているそうだ。写真を撮ってあげて送るからメールを下さい、と名刺を渡した。
彼もデジカメを持っていて、パナソニックだと言って見せてくれる。
好感の持てるすがすがしい青年達だ。

帰国したらメールが来ていた。わたしも直ぐに写真を送ってあげた。
メールの一部は、下記ですが「東京ラブストリー」が好きだと言うがどんなドラマか僕は知らない。

you can call Michael.
This is my English name.
I am 22 years old, I'am a university student. my future career might be a police.
I like watching Japanese television. My favorite is theTokyo love story

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