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ひろしの旅日記
ブログの更新はお休みしてますが、又再会します。

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ハイヴァン峠の思い出

古都フエからベトナム中部の都市ダナンに向かったのですが、

その途中には交通の難所「ハイヴァン峠」が待ち受けています。

1000m級の山々が連なるこの峠は常にがけ崩れが発生しておりバスはのろのろとその間を

通り抜けて行くのでした。しかしそのハイヴァン峠からの東シナ海の眺めは本当に素晴らしかったです。

ハイヴァン峠からの東シナ海の眺めの記事は下記にあります。

http://blogs.yahoo.co.jp/h726m/20722718.html

私はこの綺麗な景色を眺めながら、バスの中でガイドが説明してくれた話を思い出し
その話と幕末の会津若松藩の白虎隊の話がだぶって思い出され感慨深いものがありました。

此処からはガイドの説明と私の妄想が重なっているものとして読んで下さい。

現地ガイドの説明:
時はベトナム戦争当時、南ベトナム最北の街であったフエは真っ先に北ベトナムの攻撃を受けました。
そして戦況が不利になった時点でフエ市民は隣町ダナンに向けてこの難所であるハイヴァン峠を越えて逃げて行ったのです。
当時ダナンには大きな米軍基地があり、ここなら安心と市民は思って逃げたのです。

此処からが私の妄想です:
逃げのびるフエ市民はハイヴァン峠から振り返って自分の街であるフエを見たことでしょう。
そしてどのような思いで燃え盛るフエ市と綺麗な海を見たのでしょうか・・・考えると涙が出ます。

幕末の会津藩は新政府軍に包囲され、その中を白虎隊は城を出て戦ったのです。
しかし、ふと飯盛山から見た会津、若松城は燃え盛る火の海。
白虎隊はもうこれまでと覚悟を決め自決した事は有名です。

私はガイドの説明を聞きながら、ふとこの二つの話をダブらせて一人感慨にふけっていました。

現在のハイヴァン峠のお話

現在はこの交通の難所であるハイヴァン峠には何とトンネルが出来ています。
2000年8月から日本のODA開発援助を受けて東南アジア最長の6280mのトンネルに着手

そして2005年6月に開通。3時間以上かかった今までの工程がたった40分に短縮されたそうです。

ですから今ではハイヴァン峠からの美しい東シナ海の眺めは見ることができません。

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