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ひろしの旅日記
ブログの更新はお休みしてますが、又再会します。

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ビルケナス収容所

アウシュビッツ収容所から3km程離れた所にビルケナス収容所があります。
この収容所はアウシュビッツよりも広く300棟以上の建物がありましたが、現在は一部を残すのみとなっています。
 
死の門
ヨーロッパ各地から列車で運ばれてきたユダヤ人たちはこの門を潜るともう囚人として扱われ死を待つのみの生活となります。
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死の門を潜るとここで列車から降ろされ、男女別、働けるものとそうで無いものに分けられます。
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周りの風景
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こちらの建物は木造部分は無く土台と暖房用煙突だけが建っていました。
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一部建物が残っている部分が見物できます。
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蚕棚の寝床と呼ばれる場所。
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アンネ・フランク
「アンネの日記」の作者、アンネ・フランクもここにいました。彼女はオランダからビルケナウ収容所に運ばれて2年間過ごしました。その後、ドイツのベルゲンベルゼン強制収容所に移送され、チフスのため15年の短い生涯を閉じました。
私は中学生の時に図書室で借りた「アンネの日記」に大変感銘を受け、以降10年以上に渡って日記を書き続けました。アムステルダムのアンネの隠れ家にも行きましたが大変感慨深いものがありました。
本日はクラフクの郊外にあるアウシュビッツ強制収容所に来ています。
 
クラフク郊外にオシフィエンチムという、人口5万人ほどの小都市があります。ナチス・ドイツが「人類最大の負の遺産」といわれるアウシュビッツ強制収容所を建てた町です。アウシュビッツとは、オシフィエンチムのドイツ語読みです。
 
【アウシュビッツ強制収容所(世界遺産)】
第2次世界大戦の最中、ポーランドを占領したドイツ軍は1941年、反ナチス活動家を収容するための強制収容所をオシフィエンチムに建設。施設は間もなくユダヤ人撲滅の場に変わりました。アウシュビッツが手狭になったため、1942年には3kmほど離れたビルケナウ(ブジェジンカ)に大規模な第2強制収容所を建て、世界を震撼させた世にも怖ろしい虐殺が繰り返されたのです。
2つの収容所では、ポーランドとその周辺国から連行された多くのユダヤ人らがガス室に送られたり、絞首刑にされたり、餓死させられたり、地獄の苦しみの中で死にました。証拠が隠滅されたので、その数は定かではありませんが、150万人とも、300万人とも言われています。
戦後はドイツに代わってソ連が侵攻。1945年1月に収容所は解放され、2年後から平和を願う国立オシフィエンチム博物館として保存、公開されています。「人類が犯した狂気の悲劇、2度と起こしてはならない負の遺産」として1979年、世界文化遺産に登録されました。

博物館の入り口に到着しました。
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案内してくれたのはこの博物館で唯一の日本人ガイドの中谷剛さん。彼はベテランのガイドさんでアウシュビッツに関して何でも知っています。彼の説明は単にナチス・ドイツがこんなことをしたとかいう説明では無く、何故このような事態になったのか?今も我々の心の中に他の人種を差別する気持ちが無いだろうか?と色々我々に問いかけて来て大変感銘を受けました。
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入り口を入った門の上に「ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になれる)」と書かれた鉄製の標語が残されています。
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収容所は有刺鉄線を張り巡らした二重の柵に囲まれています。高さ4mの柵には当時、6000ボルトの高圧電流が流れていたそうです。
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収容所の建物は意外と綺麗に整備されており、とても忌まわしい事件があった場所とは思えませんでした。
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建物の中に入って行きましょう。当時の写真がパネルで沢山展示されていました。色々紹介すると見ていられないので1枚だけ紹介します。
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連行されてきた人たちの眼鏡やカバン、靴、義足、食器類などが沢山展示されています。カバンにはしっかり住所や名前が書かれており何時か出られる日を待っていたのでしょう。
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ガス室で使われたチクロンBの空き缶も展示されていました。
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廊下には囚人服を着せられた人たちの写真がずらりと並んでいました。
写真には入所日と死亡日が書かれていますが、殆どの人が入所1か月以内に処刑されているのが分かります。
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トイレやベットは部屋の中に展示されており、廊下から窓越しに見ます。
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こちらは20万人以上の人が裸にせれ銃殺された「死の壁」です。
見学者の花束が絶えない場所だそうです。
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収容所の点呼広場には、集団絞首台も設けられています。レールで造った長い鉄棒のような道具で、逃亡を図ったり、反攻した者を集め、みんなの前で見せしめに殺しました。
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最後に見たのはガス室です。内部は撮影禁止となっています。
ガス室の横には焼却炉もありました。煙突の上からチクロンBが投げ込まれ、毎日1000人以上の人が焼却されたそうです。
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