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ひろしの旅日記
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帰国

ベトナム、カンボジアの記事の追加を行ってきましたが、とうとう最後になりました。

プノン・バケンからの夕日鑑賞

プノン・バケン山はアンコール三聖山のひとつです。高さ60mの丘を登っていくとピラミッド状の遺跡プノン・バケンがあります。一直線に徒歩で登るか、象に乗って登っていくことができます。ここは夕陽に照らされるアンコール・ワットを見る絶景スポットとしても有名です。

私は登りは象の通る緩やかな道を歩いて登りましたが、帰りは急な坂道を降りて来ました。

坂道をやっとの思いで登っても、その頂上にこのような遺跡があり、又急な階段を登らなくてはなりません
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頂上より見たアンコール・ワット。この日は曇っていたので残念ながら夕日は見ることが出来ませんでした。
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東京より来た二人旅の女の子。バイクタクシーに乗ってあちこちの遺跡を見て回ったとのこと。記念写真を頼まれたのですが、肝心の住所を聞き忘れたので、この写真を見たら言って下さい、写真を送ります。
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この遺跡は何処?

沢山の遺跡を見ていると、後になって写真を見ても何処の遺跡か分からなくなります。

デジカメなら連番がありますので行った行程から想像が出来ますが写真はどうしようもありません。

特にこの時は沢山の子供がお土産を売りに来たので、皆さんそちらに集まってます。

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ヘロヘロの私

遺跡の急階段を首にカメラ。片手にはビデオを持ちながら必死で登る私を友人が撮ってくれたもの。

この写真からも階段が如何に急かが分かると思います。
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最後の夕食

カンボジア観光が終わり、再びベトナムのホーチミンに戻った私達は、深夜の帰りの便までレストランで夕食を撮って過ごしました。

レストランのステージでは生演奏で、我々日本人に気を使って沢山の日本語の歌を歌ってくれました。

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最後に、この旅行は東京のユーラシア旅行社さんのお世話で、ベトナム、カンボジア12日間の旅行

でした。私以外はすべて関東の方でしたが本当に楽しめた12日間でした。

外回りコース2

此処から先は沢山の遺跡を一挙に紹介します。でもこれでも全てではありません。

何しろ沢山の遺跡を回ったので、フィルムも少なくなり撮った写真は非常に少ないです。
(今のデジカメならもっと沢山撮っていたでしょうが・・)

(尚、遺跡の説明文はカンボジア観光局のものを引用させて頂いてます。)

スラ・スラン

王や高僧の沐浴のために12世紀後半にジャヤヴァルマン7世によって建設された東西が700m,南北が350mの巨大な人工池。西側にはテラスが作られている。
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トマノン

スールヤヴァルマン2世が12世紀初頭に建てたヒンドゥー教寺院
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ニヤック・ポアン

ニアック・ポアンは「絡み合う蛇」という意味です。その名の通 り中央の基壇に二匹の蛇が取り巻いています。ジャヤヴァルマン七世が人々の病気の治癒のために造った沐浴場として造られました。
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バンティア・クデイ

バンテアイ・クデイは「僧房の砦」を意味しています。元々ヒンドゥー寺院でしたが、後に仏教寺院として改造されています。改造が繰り返されて、内部の通 路は複雑で迷路のようになっています。
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プリア・カン

プリア・カンは「聖なる剣」という意味で、チャンパ軍との戦いで勝利を記念して建設されたものです。碑文には、当時は10万人近くの人々がここで働き、踊り子も数千人いたと記されています。内部は小さい僧院や小堂、回廊が複雑に配置されています。
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プリア・カン

プレ・ループはピラミッド型寺院で、3層の基壇は紅色砂岩で造られ、上部には5つの祠堂があります。祠堂は風雨と太陽の日差しを直に受けており、風化し、崩れかけていますが、基壇の紅色との対比が美しく崇高な雰囲気が漂っています。伽藍と東門の間には石槽が置かれ、ここで死者を荼毘に付していたと言われています。
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外回りコース1

アンコール遺跡群、外回りコース

以前にもちょっと説明しましたが、アンコール遺跡を見物するには次の3つがあります。

1、アンコール・ワット

2、アンコール・トム

3、その周辺の遺跡群

3番目の周辺の遺跡群見物ですが、実に沢山の遺跡がアンコールワット周辺にはあります。

この遺跡を何箇所回るかで、そのツアーの格が決まると言っても過言ではありません。

最低でも10か所は回って見たいものですが、あまりに沢山一度に見ると、しまいにはどれがどれだか分らなくなってきます(笑)

それではその中から何箇所かを紹介します。
只最近ネットで調べていると、我々が行った時と遺跡の名前が変わって居る物が何箇所かありました。

タ・ソム遺跡

12世紀末に建てられたバイヨン様式の小さな仏教寺院遺跡。四面仏のある塔門があるのでジャヤバルマン7世によって建てられたとすぐ分かる。

ガジュマルの木で覆われた東塔門
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アンコール遺跡の崩壊が早いのはこのガジュマルの木だとも言われています。

風によって運ばれてきた木の種が石組みの上にとまり、そこから地面へと根が延びって行くことによりこのような状態になるそうです。

東塔門を横から見ると、上に四面に仏様の顔が彫られているのが分かります。
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タ・プローム遺跡

1186年、ジャヤヴァルマン7世が母の菩提を弔うために建てた寺院と言われています。

この寺院は周囲の壁の上に沢山の大きなガジュマルが覆いかぶさっていることで有名です
小さなものから大きなものまで沢山見れますので、どのようにガジュマルが成長していったかが一目でわかります。

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この寺院も崩壊が激しく、私が行った時には修復も殆ど行われていませんでしたので、地面には崩壊した石がゴロゴロあり、下を見ながら歩かないとこけてしまいます
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アプサラ・ダンス

カンボジアの民族舞踊(アプサラ・ダンス)鑑賞

【アプサラの由来】
カンボジアの舞踊は、インド文化の影響を受けて、8世紀に独自の文化を開花させたクメール文化の
アンコール時代にはじまる。
アンコール遺跡に見られる回廊には、水の妖精であるアプサラの踊る浮き彫りが1700体もあるといわれています。
アプサラは本尊のヴィシュヌ神の霊を慰める供養女性です。
アプサラの誕生に関しては幾つかの神話があります。
インドラ神が美しい天女アプサラに天界に伝わる美しい舞踊を教えたというインド伝説。
又クメール神話では、アプサラは山と巨大な蛇から生まれたとされています。


ある日の夕食はカンボジア舞踊を見ながらの夕食でした。

夕食会場は広い中庭にテーブルが並べられて、食事をしながら舞踊を見ました。
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食事はバイキングスタイルです
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アプサラ・ダンス

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トイレに行ったつでに楽屋口に行って見ると可愛い踊り子さんがくつろいでいました
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ショーの最後はお客さんも舞台にあがって踊りさんと一緒に記念撮影です
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私はこお言う民族舞踊が大好きで、延々とビデオを撮っていましたので、あまり食事をしたとい感じが

無いです。帰って家内にビデオを見せたら笑ってました。

アンコール・ワット2

アンコール・ワットについての追加説明

アンコール・ワットのアンコールとは「王都」、ワットとは「寺院」のことを示します。

ヒンドゥー教の神であるヴィシュヌ神を祀る寺院、そして王の墳墓として建てられました。

すべて石造りで、左右対称の巨大な寺院、はクメール建築の最高傑作といわれています。


最近はバルーンに乗って空中から見るサービスもされており、水濠で囲まれた全景
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さていよいよ寺院の見物です。我々はあまり込み合わない北西の角から入りました。
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最初に目にするのがこの第一回廊のレリーフ。ただただ圧倒されます。
第一回廊は一辺が200mありますから、一周回ると800m。これをじっくり見ているだけで1日はかかりそうです。
レリーフのテーマは古代インドの叙事詩の物語で約100mごとにテーマが決められており
「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」「王族行進図」「天国と地獄」などがあります。
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我々が行った時には壁面の近くで見れましたが、壁面を手で触る人が多く、その部分だけが黒くなっておりました。(かえってこの方が見やすいが(笑)
最近はバリケードが設けられて、ちょっと離れて見るようになっているようです。



正面入り口付近に来ますと、4つの沐浴場があります。
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この沐浴場近くには前回ちょっと説明しました、アンリ・ムーオが1860年にアンコールに入り、旅行記で世に知らしめる200年以上前に日本人がこの地に来て無人のアンコールを見ています

その日本人は森本右近大夫一房(加藤清正の旧臣の子供)で、この沐浴場にある柱に墨書を書き、今でも見ることができます。
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第一回廊の見物を終わり、ちょっと高い第二回廊に向かいます。
此処にも同じようにレリーフの壁面がありますが、写真はありません
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さて問題は第二回廊から第三回廊への階段ですが、見て下さいこの急な階段
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階段を上ろうとすると、余りにも急勾配なので私の首から下げている一眼レフのカメラのレンズに

上の段の階段が当たって傷だらけ。

仕方が無いので途中で登るのを諦めました。ですからここから上の写真はありません。

ちょっと心残りですが、次回行く機会がありましたら携帯デジカメで挑戦してみます。


アンコールから帰る時には日も傾き長い影が出来ていました。
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