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ひろしの旅日記
ブログの更新はお休みしてますが、又再会します。

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番外編

さて今回の東ドイツと北ドイツ、12都市を回る9日間の旅もいよいよ終わりです。

何時も旅の終わりには「番外編」として思い付く事を色々書いてきましたので

今回もちょっと書いてみたいと思います。

アウト・バーン(高速道路)

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【アウトバーンの思い出】
ドイツの高速道路(アウトバーン)はあの悪名高きヒットラーが唯一ドイツに残した
遺産です。無論目的は軍事用で、戦車も走れる分厚い舗装と、緊急時には滑走路にも
なる広い車線です。

そして高速料金は無料で、制限速度も昔はありませんでした。
ですから昔私が一人旅でドイツ中をフォルックスワーゲエンの車で走った時は
平均150kmは出していましたし、追い抜くポルシェは220km位で走ってました。

でも現在は燃費効率の問題から制限速度は130km(バスは100km)
となっています。

朝の散歩

日本に居る時から私は早起きですが、旅行に出てもこの癖は直らず
大体朝の5時には起きてカメラを持って散歩に出かけます。

早朝の町を散歩しているとその街の色々な顔が見えてきて本当に楽しいです。

下の写真はベルリンで泊まった時のもので、ホテルの裏に川が流れており、船が泊まって
いました。そしてその後ろに見える白い建物が私の泊まったホテルです。
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ドイツのビールと食事

ドイツの飲み物と言えばビールとワイン
特にこの白ビールと言われるバイツエンビールは添乗員さんもお勧めで、何度か試し
ましたが、私には今一つ、もう一度試したいと思っています。

そして料理ではソーセージが有名ですが、これはやはりニュールンベルグが一番有名で
此処へは今回は行きませんでしたので、付け合せのポテトを紹介します。

ポテトは私の大好きな食べ物の一つで、これだけのおかずでも食事が出来ます。
ですから今回の旅行では毎回、必ず色々なポテトが出てきましたので
私にとっては超ラッキーな食事でした。

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お土産屋さん

ドイツの何処の町へ行っても、裏通りには可愛い小さなお土産屋さんがあり
見て回るだけでも楽しい気分にさせてくれます。
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街角風景

ドイツのどの街の旧市街へ行けば、必ずマルクト(英語ではマーケット)広場があり
その周辺には古い建物が並んでおり、本当に昔ながらの風景に出会えます。

下の写真はブレーメンの街角風景で左端に「音楽隊」の像が見えます。
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添乗員さんと、現地ガイドさん

どの旅行に行っても一番お世話になるのは添乗員さんであり、現地ガイドさんです。
今回も本当に色々お世話になりました。
今回も私が撮りました写真は2枚のCD−Rに焼いて記念にあげました。

下の写真はドレスデン、ツヴィンガー宮殿で撮った添乗員さんと現地ガイドさんです。
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ドイツの女性

最後に私の一番関心事、ドイツの女性について
比較的大柄な人が多いですが、若い人のスタイルは抜群です。
そしてドイツ人は非常に綺麗好きで、どのホテルでも掃除は本当に行き届いてましたね。
独身の方は、結婚するならドイツ人の女性は如何ですか?お勧めだと思いますよ。

信号待ちをする若い女性
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帰国

いよいよ帰国です、ベルリン空港です。
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帰国時のカタール、ドーハ空港

帰国時も来た時と同じカタール航空で、ドーハ経由で帰りました。
そしてドーハ空港で驚いたことが一つあります。
ドーハへは夕方着き深夜便で日本に帰るのですが、なんとドーハにはカタール航空
専用の大食堂があるのです。
そしてカタール航空の搭乗券を見せると無料で食事と飲み物のサービスが受けれます。
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下の写真は夜中の11時だと言うのに賑わっている空港の免税店。
奥で一際人だかりがしているコーナーは「金」を売っているコーナー
ドバイ同様全て重さの量り売りです。
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リューベック

ハンザ同盟の中核都市として繁栄し、「ハンザの女王」と呼ばれていました。

この街は塩などの交易で財を成した商人たちの手で造り上げられた港町です。

ホルステン門

2本の尖塔が印象的な街のシンボル。

1464年〜78年の建造で、かっては港の防衛に

現在は市歴史博物館として使われています。

この門を良く見ると、手前に傾いていますが、これは手前側の壁が厚くなっており

その重みで手前側に実際に傾いているそうです。

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門の裏側
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旧市街


市庁舎

黒褐色の煉瓦による重厚な外観が印象的。

13世紀に皇帝から自冶権を得ると同時に建設を開始し、当時はゴシック様式で建設

されたが、16世紀にルネサンス様式で増築されています。
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市庁舎のルネサンス階段
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マリエン教会

1250〜1350年に建てられたゴシック様式の教会

此処にはドイツで最大のパイプオルガンがあります。

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この教会内には戦災で焼け落ちた鐘がそのままの状態で保存されていました。
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ブッテンブロークハウス

リューベックの生んだ文豪トーマス・マンの祖父母の家

少年時代のトーマスはここを頻繁に訪れており、マンの一族はリューベックの豪商でした。
この家を舞台に商人一族の興亡を描いた名作「ブッテンブローク家の人々」で
トーマス・マンはノーベル文学賞を受賞しました。
現在は記念館として公開されています。
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街角風景

手回しで人形劇を見せるおじさん。この後ろの店でお土産のマジパンチョコを買いました。
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広場でサックスを吹く街頭音楽家。後ろに見えるのがマリエン教会
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市庁舎前広場
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ハンブルグ

ベルリンに次ぐドイツで2番目に大きい都会、ハンブルグは、ヨーロッパ有数の港町でもあります。
13〜15世紀、ハンザ同盟都市の中心的存在として繁栄した街でもあります。

市庁舎

ハンブルグの最大の見所はこの市庁舎です。
高さ112mの尖塔を持つ、ネオ・ルネッサンス様式の立派な建物で
前の広場から写真を撮ろうとしても、なかなか全体が入りきれません。
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尖塔部分
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市庁舎の中庭
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市庁舎の他には聖ミヒャエリス教会も見学しましたが
中は撮影禁止だし、外観は工事中で足場だらけだったので写真は撮っていません。




【ハンブルグの思い出】
ハンブルグには過去に何回か来ていますが、最初に来たのは35年位前の独身時代です。

ハンブルグには有名な歓楽街、レーパーバーンがあります。
当時は、初めてのハンブルグだし、独身ということもあって、早速この街の探索に行きました。
此処にはオランダのアムステルダムと並ぶ有名な「飾り窓」があるのです。
「飾り窓」とは何か説明しなくても皆さんご存知ですよね!
そうです、窓の向こうには綺麗な女性が座っており、通りから眺めながら
「どの子がいいかな〜?」と探す場所です。

ハンブルグの「飾り窓」は有名ですが、実は当時のドイツのほとんど大きな町には
この「飾り窓」がありました。
私はドイツ中旅して沢山見てきました。
現在はどのようになっているかは知りませんが、ハンブルグの「飾り窓」は
現在でもありましたね。(今回は流石に見に行きませんでしたが、現地ガイドが、
今でも健在ですと説明していました)

「飾り窓」の女性を眺めた後は歓楽街で「ストリップショー」の見物。
ここでのストリップは大勢の観客がお酒を飲みながら見守る明るい舞台の上では
何と男女の性行為が次から次へと・・本当に明るい雰囲気なので、あまりエロチック
には感じませんでしたね。

以上が私が最初にハンブルグへ来た時の思い出です。

ブレーメン

マルクト広場

旧市街の中心、マルクト広場には美しい歴史的建造物が並んでいます。
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市庁舎

美しい外観と豪華なインテリアを持つ市庁舎はブレーメンのシンボルです。
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ローランド像

市庁舎の正面に建つローランド像の盾には街に与えられた権利と平和を保障する
と書かれています。
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「ブレーメンの音楽隊」像

実は私、この童話の詳しい内容は知りません。スミマセン・・・
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聖ペトリ大聖堂

2本の尖塔がそびえるこの教会は1042年から建設が始まりました。
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シュノーア地区

旧市街の南西に位置するこの地区は、手工芸品の工房やアンティーク店が立ち並ぶ
市内で最もオシャレな一角です。
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ベトヒャー通り

20世紀初頭、コーヒー貿易で財を成した地元の商人、ロゼリウスが
資材を投げ打って作った通りで、中世の街並みを再現している。
100m程の短い通りには随所に彫刻が飾られている
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グロッケンシュビール

建物の妻の間にあるマイセン磁器製の鐘が、12〜18時の毎正時に時を告げます。
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ブレーメンの音楽隊像

工芸品の工房が集まった手工芸広場には市庁舎にある音楽隊の像とは異なった
「ブレーメンの音楽隊像」があります。
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ブレーメンの街角

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ハノーファー

1714年から123年間に渡り、イギリス国王を兼任したハノーファー選帝候ゆかりの地。
現在はドイツ北部を代表する商業都市となっています。
此処まで来るともう旧東ドイツ領内ではなく西ドイツに入っています。


世界最大の見本市開催地

ハノーファーは世界10大見本市(メッセ)の内5つを開催しており
2000年にはドイツで最初の万国博覧会も開かれました。


【ハノーファー・メッセ(見本市)の思い出】
私が在職中、その会社もこのハノーファーメッセに参加していました。
開催時期は春先でしたので、お正月明け早々からこのメッセに向けての
新製品開発が始まり
当時技術部門に属していた私も夜遅くまで頑張ったのを覚えています。

そして、その製品を持ってこのハノーファーに乗り込み、売り込みをしました。
ですからハノーファーへは何回も来ていますが、観光をした覚えはありません。

メッセ会場はハノーファー市の郊外にあり、その時期になると世界中から大勢の
人が来ますので、泊まる所はホテルなんてとんでもなく
市内には沢山の臨時民宿所ができ、そこが宿泊地となるのですが
ハノーファー市内の民宿ならまだましで、郊外の都市の民宿にになると
毎日通うのに相当な時間がかかり大変でした。

ということで、私にとっては懐かしい30年前の思い出です。
現在のメッセ時の宿泊状況は当時とは変わっていると思いますが
それでも簡単にホテルに泊まれるとは思われません。

旧市街

それでは簡単に市内を紹介します。

エギディエン教会
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写真手前の地面に赤いラインが見えますが、このラインに沿って歩くと
およそ2時間で36箇所の見所が結ばれています。




旧市庁舎
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新市庁舎

1913年にルネッサンス様式で建てられた新市庁舎
こんな建物を現代になってよくも建てたものだとびっくりしました。
ドームの高さは100mあり、上は展望台になっています。
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裏側から見たところです。




市庁舎の浦には綺麗な池がありました。
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池の辺では学生さんが勉強をしていました。
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