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ひろしの旅日記
ブログの更新はお休みしてますが、又再会します。

書庫【昔のアメリカ】

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メトロポリタン美術館

今回はミッドタウンからゆっくり歩きながら北へ向かってみましょう。

カーネギーホール

7番街と57丁目に面した所にあるのがオールドファンには懐かしいカーネギーホールです。
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ここは当時有名なコンサートホールで、クラシックからポピュラー音楽まで多くのコンサートが催されていました。

何しろ日本人でカーネギーh−ルでコンサートを開くとなると当時はニュースなったくらいに格式の高いコンサートホールだったのです。

しかし私がNYにいた1960年代後半にはリンカーンセンターという総合的芸術施設が完成しており

コンサートもだんだんそちらが主流となっていきました。

カーネギーホールから暫く北に歩くとセントラルパークに出ます。
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そしてセントラクパーク沿いに走る5番街を北へ上がって行くとそこにはメトロポリタン美術館が

メトロポリタン美術館

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メトロポリタン美術館前から見た5番街
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ここはもう皆様ご存知の世界3大美術館の一つ。

私もNY滞在中何回か見物に行きました。絵画だけでなく色々な物が収蔵されています。

何回行っても飽きない場所だと思います。

NY近代美術館

1970年当時のニューヨーク近代美術館の思い出

NY駐在員当時の1970年に近代美術館に行って来ました。

場所はマンハッタンのど真ん中53丁目辺りにあったと思います。

私がこの美術館へ行った目的は一つ、「ピカソのゲルニカ」が此処にあると聞いたからです。

「ピカソのゲルニカ」は学生時代から知っていましたし興味もありました。

ゲルニカという絵画はこれです(ウイキペディアより拝借)
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絵画、「ゲルニカ」についてはウイキペディアに解説がありますので引用させて頂きます
スペイン内戦の最中の1937年4月26日、スペインのバスク国の小都市ゲルニカがフランコ将軍を支援するナチスによって空爆を受けた。史上初めての都市無差別空爆と言われている[1]。滞在中のパリでこの報を聞いたピカソは、かねて人民戦線政府より依頼されていた同年のパリ万国博覧会スペイン館の壁画として急遽ゲルニカを主題にこの作品に取り組み、6月4日には完成させる。

スペイン内戦はフランコ将軍の勝利により終結。この絵はロンドンなどを巡回したのちにヨーロッパの戦火を避け1939年、米国に渡りニューヨーク近代美術館に預けられる。第二次世界大戦後もフランコ将軍の政権下にあったスペイン政府はこの絵の返還を求めるが、スペインに自由が戻るまでこの絵を戻すことはないとピカソは拒否した。ピカソは1973年この世を去る。フランコ将軍も1975年に没し、政体の代わったスペインとニューヨーク近代美術館との間にこの絵の返還交渉が再び始まった。1981年になってようやくスペインに返還され、現在はマドリードのソフィア王妃芸術センターに展示されている。

上の解説では、現在はマドリードのソフィア王妃芸術センターにあると書いてますが。

私が2001年にマドリードのプラド美術館へ行った時に感激の再開をしたのを覚えています。

NY近代美術館

残念ながら内部は撮影禁止だったようで内部の写真は1枚も写真はありません。

只、中には綺麗な彫刻庭園があり、それらを見ながら喫茶類が飲めたのは覚えています。

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8mmフィルム映写機

私の記事の中でよく8mmフィルムで映像を撮っていると書いていますが、

どのようなものかご存知も無い方がおられるようですからちょっと紹介します。

まず8mmフィルはこのようなリールに巻かれて売っていました。これ1本でたったの3分間しか撮影できません。フィルムの幅が8mmなので8mm映写機と言われていました。
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これを撮影機にセットするのですが、なかなかフィルム横の穴と歯車がかみ合わないので難しかったです。

日本ではフジフィルムがこの後改良してカセットポンなるカセット式にしたのですが、私はアメリカで映写機を買いましたのでなかなか難しかったです。フィルムはアメリカで買いやすいコダックです。

映写機は私の実家に行けばどこかにあると思いますが、もう使うことはありませんよね。


さて映像を見る時には映写機が必要です。そう、映画の映写機の小型版です。

しかし3分毎にフィルムを交換していては手間がかかりますので、カメラ屋さんでフィルムを繋いでもらって大きなリールにします。
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左のリールで15〜20分程度の映写時間、右の大きい方で25分位だと思います。


その繋いだリールをこのような箱に入れて保管しておくのです。大変な手間ですね
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所が後になってフジフィルムがこのリールの映像をビデオテープにダビングするサービスを始めたと知り合いのカメラ屋さんから教えてもらい早速お願いして出来たのがこのテープです
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何と2時間テープ1本に収まってしまいました。

私が一生懸命撮ったものもたったこれだけです。

今のビデオカメラがどんなに便利かが良く分かりますよね。

今の旅行では私の首には何時も大きな一眼レフのカメラとビデオカメラがぶらさがっています。


これはビデオと一緒に保管している私の映像の解説書。右側にテープのカウント数が書いてあるので、その辺りの映像は何かが書いてあります。
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ハワイから日本へ

ハワイ2日目、今日はレンタカーを借りてオワフ島を1周回る計画をしました。

ホテル近くのレンタカー屋さんで車を借り(アメリカでの運転免許は持っています)地図をもらったのですが、道路が途中で途切れているために1周は無理そうです。

仕方がないのでワイキキからダイアモンドヘッドの先を回り北上して島の先端まで行き、

そこから島の中央を真っ直ぐ貫く道でワイキキへ帰ってくるルートにしました。

生憎天気はあまり良くなくダイアモンドヘッドがくっきり見えません。

小高い丘の上から暫く晴れるのを待ってましたが少し見えただけでした。

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島を回ってみて感じたのですが、北部には人気の無い綺麗な海岸が沢山ありました。

無論今では観光化されているでしょうが、時期が12月と言うこともあって人気が無かったです。

8mmフィルムには撮りましたが写真が少なくてあまり雰囲気は伝えられませんね。

そして島の中央はパイナップル畑が広がっており、その中をドライブして帰ってきました。

いよいよ帰国です

3年弱のニューヨーク生活を終え、10日間の休暇でアメリカ西海岸とハワイを楽しみ

いよいよ帰国の日がきました。

帰りの便はJALにしましたよ。一足お先の日本です。

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羽田空港に着くと(当時は此処が唯一の国際空港)会社の人や大阪からわざわざ父や弟が迎えに来てくれてました。

その日はゆっくり皆で東京に泊まりホテルで久しぶりの歓談をしました。


以上で私のニューヨーク駐在日記は帰国してしまいましたが、昨日写真を整理していると、未だ展示してない写真が見つかりましたので、この後暫く昔のアメリカは続きます、お楽しみに・・・

ハワイ

ハワイ観光

ロスでの観光も一応終わり、次の目的地ハワイへ移動しました。

雨上がりの空港に着いてみると、何と此処にはJALのジャンボ機がありました。
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当時はジャンボ機を所有してる航空会社は数社で、ほんのわずかしか就航してませんでした。

飛行機が着陸し降車口へ移動している間にジャンボ機があると、わざわざ機内のアナウンスが

左手にJALのジャンボ機が見えますとアナウンスするほどですから。


さて空港からタクシーでホテルに向かいましたが、ハワイはやっぱり暖かい・・・

12月の寒いNYを出て帰国する前に荷物が多そうなので、不要と思われる夏服などは日本へ

先に送っていましたので夏服がありません。

ともかく一番薄そうなものを着て街中へ散歩に出かけました。

ハワイで泊まったホテルから外を見た所。私の部屋からは海は見えませんでしたが海の近くです、そしてJALの客室乗務員の方が大勢泊まっておられました。
NYのJALの営業所でホテルを取ったから当り前か?
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ワイキキの浜辺では数人の人が泳いでいましたが、流石に12月ですから泳ぐのはちょっと?
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ということでハワイ1日目は終わりました。
ひろし
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