ここから本文です
ひろしの旅日記
ブログの更新はお休みしてますが、又再会します。

書庫【英語マスター奮闘記】

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 前のページ | 次のページ ]

リチャードには彼女がいる、なかなか可愛い子だ

名前はキャロル、18歳の大学1年生。

彼女は時々我々のアパートに遊びに来るので、何時も写真を1枚撮らせて欲しいと

お願いするのだが、恥ずかしいから嫌だと断られ続けていましたが

ついにある日OKが出ましたので撮った写真がこれです。

イメージ 1



大体彼女が来る日は直ぐにわかります。

普段は散らかし放題の彼の部屋を朝早くから彼が片付け始めるからだ!

そして何と普段は絶対見ることが出来ない彼のネクタイ姿が現れます。

普段、部屋の中ではかれはシャツ姿でうろついています。そこで記念に撮ったのが

この写真です。フラッシュの無い当時の私のカメラではこれが限界です。

イメージ 2



そしてその後にリチャードは何とお前も彼女と撮って上げると言い出しました。

私は嫌だと言ったのですが、彼女がいいわよ!と言うので撮ってもらいました。

しかし何とこの時私はシャツ1枚、これでは普段のリチャードと逆ではないですか(笑)

しかも手を肩に回せ、と言うし、彼女はどうぞ・・てれくさいです。

イメージ 3


実は私とリチャードは彼女のお宅に何回かお邪魔をしています。

これは私が彼に車を提供しているからですが

彼女のお父さんは軍人で、横須賀にご家族で何年間か住んでいたとの事

その時気に入った日本画を沢山買われたとかで、壁には綺麗な日本画が沢山飾られていました。


さてその後彼は彼女と結婚したのかな?

その辺の所は不明です。

ガールハント

さていよいよアメリカ人2人との共同生活の中の思い出話をしましょう。

今回はガールハントについて

週末になるとリチャードとフレッドが必ず私の部屋にやってきます。

一緒に女の子探しに行かない?と猫なで声で言ってきます。

目的は簡単です。私が車を持っており、彼等は持っていないからです。

仕方が無いので何時も付き合いますが(実は私もちょっと興味があります)

何処へ行くのかと見ていると、毎回違ってましたが、近くの公園か

マンハッタンならEAST60番街辺りのいわゆるジャーマン街辺りが多いです。

もっとも此処はリチャードの実家がある所なので良く知っているのでしょう。

ちなみに夜出かける時は運転はリチャードがしてくれます。



公園の場合は女の子がたむろしている場所を探して近寄ります。

どうも女の子もそれを待っている様子でした。

ジャーマン街の場合は若者がたむろしているショットバーが多いです。



さて適当な女の子を見つけると色々会話していくのですが、未だ私には長時間の

会話力は無く、1時間ほど喋っていると話題が無くなり、先に車に帰って待っていると

彼等はそれぞれ女の子を連れて車に帰って来ます。



そして女の子を乗せて我々のアパートに帰るのですが、そこからが可愛いです。

アパートに帰るとリビングに皆で座って話をするのですが

出てくるものはコーラ、とポテトチップスだけ、これは毎回同じでした

意外と彼らの男女交際は健全でしたね。

お酒を飲んでいる所は見たことがありません。



そして夜中の適当な時間になると、又再び車に女の子を乗せてちゃんと送り届けていました。

無論これは私が出会った彼等がそうだっただけで、全ての若者では無いですが良い友達に巡り会えたと、毎週末私も楽しみにするようになりました。

ニューヨーク・メッツ

前回私がアメリカ人2人とシェアして暮らし始めたと言うことを書きましたが

今回はもう少し詳しく説明しますね。

アパートの引越し先は同じクイーンズで、野球のニューヨーク・メッツの本拠地である
シェアスタジアムの近くです。

今でこそメッツと言えば元阪神の新庄などが在籍したことがあるのである程度の日本人は知ってますが、当時はヤンキースは知っていてもメッツなど知る人は殆ど無かったと思います。

それもそのはず当時のメッツは万年最下位でパットしなかったからです。

ところが1970年、シーバーという投手が大活躍しリーグ優勝をしたのです。
(この辺りは40年前の記憶をたどりながら書いていますので、間違っている箇所があるかも知れませんが、その時はコメントください)

ということで1970年度はメッツが非常に強かったのと、球場が近かったので
何度か球場に応援に行きました。
球場内はなんとも言えない雰囲気で、座っていてもチャンスが来ると何処からとも無くウエーブがやってくるので立ったり座ったり。結構疲れます。

週末ともなるとダブルヘッダー(2試合)行われていましたので長い間楽しめました。

部屋の友人とも何回か見に行きましたが、実に良く喋り(怒鳴り)、良く食べます(ポップコーン)。

ということで本場の野球を存分に楽しんでいました。

残念ながら野球見物の写真は一枚も撮っていません。


メッツが優勝した後、日本にもやってきましたが(当時優勝チームは毎年日本に来ていました)日本のプロ野球チームとの対戦成績は今迄の優勝チームの中では最低で酷評を当時の新聞は書いていたのを覚えています。

究極の選択

NY大学へ英語を習いに行って暫くするとある程度授業にも慣れてきて、何とか着いて行ける様になりました。
でも私の中にはもう1つ納得のいかないものがありました。
もうちょっと英語を上達する方法は無いだろうか?

そこで考えたのが、毎日が英語漬けるになればもう少し上達するのでは・・・と

問題は仕事や学校から帰ると日本人同士で住んでいるので日常会話は日本語であることです。
と言うことで思い切って私は同居人の仲間と相談しました。

私はこのアパートから出て別に暮らしたい・・と。
すると他の2人も賛成してくれて、3人が別々に住むことになりました。
別々に住むとアパート代としては個人負担は増えるのですが、英語マスターの為なら仕方がないことかな、と皆も思っていたようです。
そして3人が別々に次ぎのアパートを探し始めました。

私は「NY Times」の新聞を毎日購読していたので、日曜日にはものすごい件数のアパート情報が1つの冊子となって入ってきます。
(アメリカの新聞の日曜版は厚さ数センチはあるものすごい量で、スポーツ、不動産、娯楽、ビジネス等が別冊で付いています)
これを見ながらあちこち探しましたが、私には1つのもくろみがありました。
アメリカ人の友達と部屋をシェアすることです。

そしてとうとう見つけました。アメリカの若者2人との共同生活です。
それでは新しい友達の2人を紹介します。

一人目はリチャード(中央の人物、両側は遊びに来た友人)ユダヤ系アメリ人
彼は大学生で将来は弁護士になる為に勉強中
イメージ 1



もう一人はフレッド、ドイツ系アメリカ人
彼は大学を出てウールワースというスーパーで働いてます
イメージ 2

次回からはこのアメリカ人の友達との生活の様子を色々報告していきます。

開くトラックバック(1)

クリスマスと宗教

クリスマスも近づいてきたある日のこと、シモン先生から

来週は皆さんの国でのクリスマスの様子をお話してもらいましょう!と言われました。

私も早速日本でのクリスマスの様子をどのように説明しようか帰って色々考え

当日の授業に臨みました。

ところが、授業が始まって暫くしてシモン先生と私の目が合った途端、先生が私の所に来て

I'm sorryを本当に申し訳なさそうに何回も言いました

私は何のことだかさっぱり判らずキョトンとしていたら、シモン先生が

貴方の国は仏教国でしたね、申し訳ありません

と言われてようやく私も理解しました。

つまり、クリスマスはキリスト教の祭典であり、仏教国には関係が無い話です。

それほどまでにアメリカでは宗教に関する話は気を使わなければならないのです。


そお言えば私がアメリカに来た当初、武内さんから外人と話をする時に

できるだけ宗教に関する話題は避けるように言われてました。

それほどまでに宗教に関する話題は微妙な問題を含んでいるのです。


それが何ですか今の日本は!

そんなことはお構い無しに商売に繋がれば何でも良し、とばかりに宣伝に使いまくり

これでは日本人が宗教オンチになっても仕方がないですね。



授業はそのまま進み、皆さんがそれぞれの国の様子について発表してましたが

私に指名されることはありませんでした。

そして又授業の最後にシモン先生から丁寧なるお詫びの言葉があり、その日は終わりました。

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 前のページ | 次のページ ]

ひろし
ひろし
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事