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世界のコイン
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1975年当時の補助通貨はアゴットで、下の写真は右から10、5、1アゴット硬貨です 1、日本からアラスカのアンカレッジを経由してヨーロッパ各地へ。(北周りルート) 殆どの人はこのルートでヨーロッパへ行きました。 2、日本から香港、バンコク、ボンベー、中東諸国を経由してヨーロッパへ(南周りルート) このルートは多くの都市を経由しますので時間がかかり、途中の国に用事が無い場合は あまり利用されません。 3、日本からシベリアを超えモスクワ経由でヨーロッパへ 私はある時仕事でヨーロッパへ行っていたのですが(1975年頃)、帰りに香港へ寄らなければ いけない用事が出来てしまい、ヨーロッパから南回りルートで香港へ向かいました。 この時に飛行機が途中で留まったのがイスラエルのテルアビブ空港でした。 ですからこの写真のコインは空港内で短い時間に何かを買ったお釣りだと思います。 絵柄については詳しくは分かりませんが、何となく残っていました。 この飛行機についてはこの後色々ハプニングがありました。 テルアビブを出た後、飛行機の様子がおかしくなり、パキスタンのカラチ(当時はパキスタンの首都) へ緊急着陸。一旦飛行機を降りてバスで市内のホテルへ運ばれ食事と休憩。 半日以上経って再び出発しましたが、未だ調子が悪くインドのボンベー(現在のムンバイ)に着陸。 ここでも4時間以上修理をしてタイのバンコクへ。 バンコクへ着いたのが夜中の午前1時頃。真っ暗な空港に明かりが一斉に点灯して着陸。 ここでも一旦全員をロビーに出されて一服。 しかしビックリしたのはここからです。待合室内の売店は当然電気も消して真っ暗だったのですが 我々が待合室に入って行くと一斉に売店の電灯が着いて女の子が出てきたのです。 何処から出てきたのかと見て見ると、何と売店の陳列ケースの裏側に毛布を敷いて地べたに寝ていた のです。恐ろしや、この商魂。 小さな可愛い子が寝むい目をこすりながら商売を始めたのです。 当時はまだまだ貧しかった東南アジアですが、この逞しさが頼もしく記憶に残っています。
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ところが今回のコインはそれよりも20〜30年も前のコインです。 何でこんなものを私が持ってるか?私も色々思い出して・・・結論はもらったものです。 1970年代には仕事でも何回かパリへは行ったのですが、 その時に私が色々な国のコインを集めているという話を何かの時に話したら 古いので良ければあげるよと言ってフランスの会社の人からもらったものです。 上段の2フランと1フランのコインは1944〜45年発行なので、第二次世界大戦中のものです。 サイズは大きいですが、アルミ製で薄っぺらくて軽いです。吹けば飛びそうです。 やはり戦争中はどの国も物資が不足していたのですね。 下の段の20フラン、10フランは1951年製で戦後6年ほど経ってますのでしっかりしたコインです。 絵柄については詳しくは分かりませんが何となく時代を感じさせるコインです。
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裏面 上段右端が1マルカコインで左に50ペニア、20ペニアコイン。 下段は右から10、5、1ペニアコインです。 表のデザインは共に国の紋章・後ろ足で立ち上がったライオン像で、右手は籠手をつけ、刀を振りかざしています。また足下には青龍刀の様な反り返った幅の広い剣を踏まえています。 この紋章は、スエーデン時代、ユーハン王が、16世紀にこの地の大公国に配せられた時与えられたものだと言われています。 ペニアコインには大きな1本の木が描かれていますが、その意味するところは調べてみましたが分かりませんでした。 ライオンの紋章の周りにSuomen tasavaltaと書かれていますが、これがフィンランド語で言う正式な国名です。通常は約してスオミの国と言っており、街中には沢山SUOMIと書かれた看板を見ることができます。
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