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ひろしの旅日記
ブログの更新はお休みしてますが、又再会します。

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昔の西ドイツのコイン

昔の西ドイツのコイン(1972年〜)

当時のドイツの通貨単位はマルクで、補助通貨はペニヒでした

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裏面
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上段右端の5マルクコインは、裏側がドイツ国の紋章である鷲の像がデザインされています。
このコインは厚さが約2ミリあり、そのエッジ部分には団結(Einigkeit)、正義(Recht)、自由(Freiheit)と刻み込まれています。
裏側は、中心に金額の5が、周縁に国名とドイツマルク、発行年が書かれています。
このコインは銀と銅の合金ですが、銀が63%も含まれているので一見すると銀貨のように綺麗です。
このコインは、1951年から74年まで流通し、75年には次の第二シリーズの5マルクコイン(写真の上段、右から2番目)が出て流通から引き揚げられています。


上段、右から3番目の2マルクコインにはマックス・プランクの肖像が描かれています。
マックス・プランクは、ご存じの通り、量子論の祖と言われる物理学者で、1918年にはノーベル物理学賞を受賞しています。
2マルクコインには、彼の他、功績のあった大統領や首相の肖像がデザインされているものが発行されており、全部で7人の肖像を持つ2マルクコインが発行されています。その中にはアデナウアー首相、ブラント首相など我々にも懐かしく思い出される人が見られます。

下段のペニヒコインにはドイツの木と言われるオークの葉がデザインされています。
オークと言うと樫の木だと覚えていますが、どうも単なる樫の木は無いらしく、○○オークと呼ばれる
種類がいくつかあるようですが、私にははっきりわかりません。
下段右端の50ペニヒコインにはオークの苗木を植えている女性がデザインされています。
今回は実際の硬貨では無いですが、昔のNY地下鉄のトークン(切符)を紹介しましょう。

実は昨日テレビを見ていたらNY地下鉄を利用してNYを紹介する番組があり見入ってました。

懐かしかったですが、30年も訪問していないと完全に私は浦島太郎状態ですね(笑)

私が初めてNYへ行ったのが1968年の初頭。

当時のNY地下鉄の駅の構内は薄暗く薄気味悪い感じでした。

しかし仕事で街中を走り回ってましたので、地下鉄が便利で殆どの路線は乗りましたが

やはり路線によっては身に危険を感じる路線も多く、その辺りは白人の乗車もぐっと減ります。

でもやはりNY地下鉄は便利でした。

第一に路線が充実していて殆どの場所に地下鉄だけで行ける。

全線が一区なので何処まで乗っても同一料金でしかも24時間運転。ですから週末に夜遅くまで

遊んでいても家に帰る心配はいらなかったのです。

それでは当時使っていたトークン(切符代わりのコイン)を紹介しましょう。

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裏面
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右端の小さなコインが1968年当時使っていたトークンで20セントでした。

次の少し大きなトークンは1969年?に値上げになって使われたトークンで30セントでした。

左端は大きさの比較の為に展示した100円玉です。

地下鉄に乗車する時はこのトークンを改札口に投入し、バーを押して入るのです。

全線同一料金なので出口での改札はありません。

今ではNYの地下鉄もキップは磁気カードに変わっていて1日券が7ドルだと言ってましたね。

何でも聞く所によりますと、グランドセントラル駅の地下鉄博物館ではこのトークンが5枚セットで

売られているとのことでしたが、今でも可能なのでしょうかね?

ということで懐かしい昔のNY地下鉄のトークンを紹介しました。

昔のギリシャのコイン

昔のギリシャのコイン(1972年)

当時のギリシャの通貨単位はドラクマで補助通貨はレプタでした

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裏面
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上段右から20ドラクマ、1968年の10ドラクマ、1959年の10ドラクマ、

下段右から5、2、1ドラクマと左端が50レプタ硬貨

この中で一番良く使われた10ドラクマ硬貨について少し説明しておきます。

1959年の10ドラクマコインは
表側が、当時の国王パウル1世の像が描かれ、周囲にPaul King of Greeceと言うギリシャ文字、更に発行年が記されています。パウル1世は1947年から64年まで王位にありました。

裏面は、王室の紋章、即ち、当時のギリシャ国旗を描いた盾を棍棒を持った二人の巨人が支え、王冠が盾の中央上、二人の巨人に囲まれる様に置かれています。この巨人こそ有名なヘラクレスだそうです。

1968年の10ドラクマコイン
68年のコインも基本的には同じデザインで、表側は、コンスタンチン2世の像と周囲に59年コインと同じくConstantine King of Greeceと書かれています。
コンスタンチン2世はパウル1世の長男で64年から73年まで王位にあったが、実質的には国内の混乱から67年以降他国亡命していました。

裏面は、59年コインより大きく王家の紋章が描かれ、金額が表示されています。なお、コインにデザインされた王家の紋章は紋章全体の主要部分のみで、本来の紋章は、王冠を冠したブルーの垂れ幕の中央にこのコインの紋章が置かれた形となっています。

昔のイギリスのコイン

昔のイギリスのコイン(1972年)

イギリスの通貨単位はポンドで補助通貨はペニーです。

でも1971年まで補助通貨としてシリングもあり、その計算が変わっていたのです。

1ポンド=20シリング=240ペンスだったのです。

つまりシリングとペンスの間は12進法だったのです。

これでは計算上混乱すると言う事で1971年2月に1ポンド=100ペンス(新)という10進法に

切れ変えられました。

そして私が最初にイギリスに行ったのが1972年だったと思いますが、当時は新ペンスもシリングも

通用してましたので頭の中は混乱し、非常に使い辛かった記憶があります。

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上段左から、新50ペンス、2シリング、別の絵柄の2シリング

下段左から、1シリング、新10ペンスです。

当時の1ポンドと言えば800円〜1000円近くの価値がありました。


裏面
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上段左から旧6ペンス、新2ペンス、新1ペニー

下段左から新ハーフペニー、旧3ぺンス


裏面
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南アフリカのコイン

南アフリカのコイン(2008年)

南アフリカの通貨単位はランド、補助通貨はセントです。
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上段右端の黄色い中央部に銀色の縁取りがある硬貨が新5ランド硬貨です(何となくユーロに似ています)。無論その左の旧5ランド硬貨も使えます。

表面のデザインがアフリカらしい動物や植物の絵柄になっています。

南アフリカは物価も安く、気候も穏やかなので過ごしやすそうな国でした。

忘れてましたが、2010年のサッカー、ワールドカップは南アフリカが開催地ですね。

街の中では地下鉄工事やサッカー場の建設で賑わっていましたよ。
ひろし
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