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ひろしの旅日記
ブログの更新はお休みしてますが、又再会します。

書庫ブルガリア・ルーマニアの旅

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        【サモヴォドスカタ・チャルシャ】
何とも舌を噛みそうな名前の通りです。
「チャルシャ」は市場の意味で、ここでは古くから営業を続ける
金銀細工、陶器、織物、革製品、木彫り、絵画などの小さな店が軒を並べ
どの店も工房を兼ねており、職人たちが作ったものをその場で売っています。
 
でも実際の所、職人さんが働いているのは数軒だけで
伝統的な建物が並ぶ石畳の町並みは雰囲気があり、散策にも最適で
色々なお土産屋さんの街となっていました。
 
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歩き疲れて道端のカフェで休憩した時に私が買った物を撮りました。
バラ石鹸とバラのハンドクリームです。
値段は忘れましたが、どれも1個100円もしません。
ブルガリアの通貨以外にユーロでもドルでも買うことが出来ます。
しかも、どのお店もカタコトの日本語が通じます(笑)
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ツアレヴェッツエの丘

            【ツアレヴェッツエの丘】
城門をくぐり中へと入って行きます。
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宮殿の見取り図をみると、周りを深い谷の川で囲まれ天然の要塞になっていることが分かります。
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城壁に沿って進んでみましょう。高い見張り台が残っています。
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夜にはライトアップショーの行われるので、あちこちに照明装置があります
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城壁の先端部分には断崖に突き出た白い岩がありました。
昔はここから罪人を突き落としたそうです。
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振り返って今迄通ってきた道を見た所
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それではいよいよ丘の上の大主教区教会へ登ってみましょう。
教会の内部は見学が出来ますし、お金を出せば撮影もできます。
でもこの教会は新しく建てられたもので、内部の壁画はブルガリア現代絵画の
巨匠が描いたもので、ちょっと異様な感じを受けました。
ですから写真は撮っておりません。
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この教会からはヴェリコ・タルノボの綺麗な景色が眺められます。
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言い忘れていましたが、ヴェリコ・タルノボの街は
大相撲の琴欧州の出身地です。

ヴェリコ・タルノボ

             【ヴェリコ・タルノボ】
カザンラクの街を見物した後は200kmほどバスで走り
ブルガリア東北部の街ヴェリコ・タルノボと言う街に泊まりました。
人口が8万人ほどの小さな中世の面影を残した綺麗な街でした。
 
ヴェリコ・タルノヴォは12世紀から14世紀にかけてブルガリアで最も強固な要塞として成長し、ブルガリア帝国の首都としてその政治、経済、文化、宗教の最重要拠点となりました。
街は200年に渡って繁栄を続け、当時はコンスタンティノープル(今のイスタンブール)に次ぐ大都市でした。
しかし1393年、オスマン・トルコ軍との3か月渡る戦いに敗れ、ブルガリア全土は荒廃し
その後500年間もオスマン帝国の支配下に置かれることになりました。
 
ヴェリコ・タルノボで泊まったホテルです。
このホテルにはカザンラクで出会った日本人ツアーの内5組位のツアー客が
泊まりましたので朝食の会場は大混雑で大変でした。
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朝の散歩に出た時の写真です。
ホルの裏にはヤントラ川が流れており、その橋の上から市内を見た所
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             【ツアレヴェッツの丘】
それではヴェルコ・タルノボの市内観光に出かけましょう。
市内には頂上に教会の建つ丘があります。
周囲を深い谷と川で囲まれており絶好の要塞地。
これがツアレヴェッツの丘です。
そしてここが第2次ブルガリア帝国時代に宮殿があった場所で、今でも荒廃した宮殿の跡を見ることが出来ます。
 
 
 
丘の上に教会が見えます。
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両側には昔の城壁の跡が見えます。
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城門をくぐります
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丘の上うの大主教区教会が見えます。
あそからの景色が綺麗そうですから後ほど登ってみましょう。
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次回に続きます。

トラキア人の墓

          【トラキア人の墓(世界遺産)】
「カザンラクのトラキア人の墓地」は、カザンラクの町の北東部ある、直径約40m、高さ約7mの丘にあります。
この墓地は、第2次世界大戦中の1944年に、防空壕を掘っていた兵士たちによって偶然発見されたとのことです。
 発見時には既に盗掘されていたそうですが、紀元前300年頃に造られたという玄室の天井に描かれていた見事な壁画がそのまま残されていました。
 墓地は、保護措置のため、一般人の立ち入りは禁じられていますが、、保存建物(墳墓)の直ぐそばに精巧なレプリカが公開されています。
 トラキア人の男女の葬送儀式や戦い(?)の様子が描かれた天井の壁画は、トラキア芸術の最高峰といわれています。
 
「トラキア人の墳墓」標識と保存施設
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保存施設のすぐ横に精巧に作られたレプリカがあり、こちらを見物。
レプリカですが、何故か内部は撮影禁止です。
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玄室の内部は直径3m位の小さな円形をしており10人位しか入れません
内部の壁面一帯には2300年前のものとは思えないほど綺麗に保たれた壁画が残っています。
 
 
 
               【バラ博物館】
カザンラクの北部にある「バラ博物館です。
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内部に展示されていた歴代の「バラの女王」の写真。
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内部にはバラの香料の製造過程の写真や蒸留窯が展示されています。
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ちなみに「カザンラク」とは、バラを蒸留する際に使う「銅の釜」のことで、
上の写真は、町の名の由来となった「バラの蒸留釜」です。
 
又、館内では、バラの香料、ジャム、リキュールなども販売しておりました。
 
 
 
博物館の庭園に咲いていたバラの花を撮って見ました。
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バーベキューの昼食

           【バーベキューの昼食】
パレードを見終わった日本人御一行様が向かった所は
昼食会場であるバーベキュー屋さんです。
まあ殆どの日本のツアー客が来てましたから、定番の場所なんですね。
 
 
バラの花が敷き詰められた石段を登ります。
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階段の上では民族衣装を着たお姉さまがバラの葉を振りかけてくれます
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入口を入ると定番のプロのカメラマンによる記念撮影
私は逆にカメラマンを撮ってやりました。
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広い庭園内にはバーベキューの匂いが一杯です。
ちなみに、此処では食べ放題、飲み放題です(日本人は得意)
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ほら、日本人の団体が来ると(と言うより園内は殆ど日本人で占められていました)ご覧のように食べ物にありつくのに一苦労です。
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とりあえずビール瓶と焼き鳥2本だけを取り、後は空くのを待ちました。
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園内の青空舞台では民族衣装を着たお姉さま方が食事時間中
ずっと踊り続けてくれました。
ビデオ撮影も忙しく、なかなか食事にありつけません。
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おや!園内のバラの花は満開です。
きっと今朝のバラ畑も普段ならばこのように咲いていて綺麗でしょうね。
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