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ひろしの旅日記
ブログの更新はお休みしてますが、又再会します。

書庫ミャンマーの旅12日間

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現在はバガンの寺院巡りを行っています。
 
そろそろ夕方になったので夕陽鑑賞のための寺院まで馬車で移動しました。
1台の馬車に二人ずつ乗って7台の馬車で移動。
私は相方のお爺さんの勧めもあって前の席に座らせてもらったので写真を沢山撮ることが出来ました。
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今迄に沢山の大きな寺院は紹介させてもらいましたが、バガンには2000基以上のパゴダがあると言われています。馬車で走っていると辺りはパゴダだらけです。何故ここが世界遺産に指定されていないのか不思議でなりません。
ほら、小さなパゴダにもちゃんと仏様が祀られていますね。
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馬車で畑の中の砂道を走りながら辺りを撮って見ました。
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時々はこんな牛の群れとも出くわします。
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馬車はさらさらの砂道を走るのでかなりしんどそうです。
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途中で一休みして撮影タイム。
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40分以上は走ったでしょうか、ようやく夕陽鑑賞のピャンタジー寺院に着きました。夕陽鑑賞は別にどこからでも良いのですが、ここが比較的空いていて、寺院のテラスの面積も広く良いようです。
もう上には何名かの人達が来ているようですね。
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現在はバガン遺跡の寺院巡りを行っています。
 
次にやって来たのはプーパヤーパゴダです。
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中に入ると肝心の金色のパゴダが布で覆われていました。
最近金箔を貼り換えたそうで、金箔が落ち着くまでの1か月間くらいはこのように布で覆って守るそうです。(貼った直後の金箔は剥がれやすい)
金箔は2〜3年も経つと表面が汚れてくるので全ての金箔のパゴダは貼り換えられるそうです。
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代わりに横にパゴダの絵が飾ってありました。
本来はこんな形をしているのですね。
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このパゴダはもともとは3世紀頃に造られたそうですが、1975年の地震で壊れてしまったので現在の物は新しく作ったものだそうです。
 
パゴダから眺めたイラワジ川です。
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このお寺には小さな仏像が祀られていました。
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パゴダが見れなかったからタナカ化粧をした可愛い女の子でも撮りましょう。
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そろそろ夕方になりました。夕陽鑑賞のパゴダへ移動しましょう。
利用するのはバガン名物の馬車で、呼べば次々とやってきます。
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馬車には馭者の横に1名と後ろに2名ほど乗れます。
後ろは椅子席では無く布団の上に足を延ばして座るのですが揺れると落ちそうですし、写真も撮り難かったです。
無論気に入った場所では合図をすると止めてくれるので写真は撮れます。
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この後写真を撮りながら40分ほど馬車移動をして楽しみました。
詳しくは次回に報告します。

スラマニ寺院

現在はバガン遺跡の寺院巡りを行っている所です。
もうそろそろ寺院巡りも飽いてきているとは思いますが、私の頭の整理と、この後行かれる方のガイドブック代わりになればと書いていますのでもうしばらくお付き合いの程よろしくお願いします。
 
【スラマニ寺院】
スラマニ寺院はナラバティスィードウ王によって1174年〜1211年の間に建てられました。この寺院も東西南北に4体の仏像が祀られていますが、何と言っても一番の見どころは沢山の壁画が回廊に残っているところでしょう。
バガンへ行けば是非とも見てもらいたい寺院の一つです。
 
正面の入り口から入り、回廊を回りながら仏像と主な壁画を紹介していきます。壁画は大変数が多いので全ては撮っていません。
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このような壁画はバガンの殆どの寺院で建設当時はあっただろうと思われています。そこでユネスコの全面的な協力のもと、小さな僧院を4年間かけて修復してみたところビックリするような壁画が見事に再現されました。
此処は私達も見学しましたが全面的に撮影は禁止だったので紹介することは出来ませんが、それは素晴らしいもので、私が今迄に見た古い教会の壁画よりももっと綺麗だったと思います。
ちなみにこの修復時に大活躍したのは日本の和紙だったそうですよ。
このことで寺院の漆喰の裏側には沢山の壁画が眠っているということは証明されましたが、ミャンマー政府としては修復するお金も修復するノウハウも無く、今は各国からの支援を待っている状態だそうです。

ダマヤンジー寺院

現在はバガン遺跡の寺院巡りを行っています。
 
【ダマヤンジー寺院】
バガン王朝第5代国王ナラトゥーが建設しました(12世紀)
ダマヤン=僧侶の名前、ジー=大きい、仏法の光と言う意味です。
この寺院は幽霊寺院とも言われ未だ未完成です。と言うのもこの寺院を造ったナラトゥーの悪行によりそう呼ばれています。
ナラトゥーは自分が王位に就きたいが為に自分の父と兄を殺害しています。
でも流石に悪く思ったのか罪滅ぼしにこの寺院を建て始めました。しかし彼自身も建設途中で異国人に殺害されましたのでこの寺院は未完成のままです。
殺害した人は未だに不明だそうです。
 
 
ダマヤンジー寺院にやってきました、尖塔部分が無いですね。でもかなり大きな寺院です。東側の門を潜って入って行きます。
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薄暗い回廊の奥に仏像が見えます。最近塗り直したのか仏像は綺麗でしたが、ともかく回廊が暗く天井が高いので何となく薄気味悪いです。
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これは珍しく2体並んだ仏像です。顔だけが金色ですね。
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こちらは西側の御本尊で綺麗ですが周りの壁には何もありません。
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幽霊寺院と言うだけあって何となく薄気味悪い寺院でした。
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ヤギもいて何となくのんびりとした雰囲気です。
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ミャンマー(旧ビルマ)では第2次世界大戦中は多くの日本軍が戦ってきました。ですからミャンマーの各地に日本軍のお墓があります。
 
今回バガンのダビニュ寺院を訪れましたが、寺院の前の僧院の敷地内に日本軍の慰霊碑がありましたのでお参りしてきました。
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碑文には1992年8月15日、第33師団占有遺族の会、並びにミャンマー友好協会と書かれています。第33師団は後に最悪なインパール作戦に参加し、食糧不足で多くの犠牲者を出し、地獄絵を見た師団ですね。
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我々も日本から持参した蝋燭と線香を手向けてきました。
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慰霊碑は現地の僧侶さんの手で綺麗に守られているとのことでした。
ひろし
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