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ひろしの旅日記
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書庫コーカサス3か国への旅

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【大コーカサス山脈に抱かれたコーカサスの国々】
今回、僅か10日間ですが駆け足で回ってきましたコーカサスの国々について私なりに簡単にまとめてみました。
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黒海とカスピ海のとの間にあり、ヨーロッパとアジアの境を成すという大コーカサス山脈の南に「コーカサス三国」と呼ばれるアゼルバイジャン、アルメニア、グルジアという国々が連なっています。
この地は古くから東西南北の交易の要衝であった為多くの民族が行き来し栄えてきました。しかしそのことが周りの大国の度重なる侵略を受ける結果ともなり複雑な歴史を持つ国々となっています。
 
【アゼルバイジャン】
カスピ海に面したアゼルバイジャンはコーカサス3国の中でも唯一のイスラム教国です。首都バクーにはかってシルクロードを行き交った隊商達が必ず通ったと言われるシェマハ門が残っており、又シェキの街には立派な隊商宿も残っていて、現在でもホテルとして営業してます。
現在ではバクーが面するカスピ海からは原油が産出され発展が期待される国となっています。
 
【アルメニア】
アルメニアは4世紀初頭にキリスト教を世界で初めて国教と定めた国です。
しかしその歴史は苦難の連続で、ペルシャやオスマントルコ等周辺の強国に支配され続け多くのアルメニア人が世界に離散していきました。
現在、全世界で800万人いると言われるアルメニア人ですが本国アルメニの人口はわずか300万人。500万人のアルメニア人が世界中にいます。
それだけに彼らの民族意識、民族に対する誇りは強烈なものがあり、その心の拠り所となっているのがアルメニア教総本山、エチミアジン大聖堂であり、かっての大アルメニア時代に国の中心にあったアララト山なのです。
 
【グルジア】
グルジアもアルメニアに次ぐキリスト教国としては古い国で各地に古い教会が数多く残っています。そしてグルジアも周辺の大国から支配を受けた国なのです。今回はグルジア軍道沿いの観光地を巡ってきましたが、これはグルジアのほんの一部でまだまだ他にも素晴らしい所が数多くあるそうです。
私がもう一度行きたい国の一つとなりました。
そうそう、グルジアはワインの名産地ですからお酒を飲まれる方は是非とも美味しいワインも楽しんでください。
 
以上簡単に各国を紹介しましたが、コーカサス三国は観光が始まったばかり。
この後色々な所を紹介するツアーが出ると思います。
今回の旅行記がこれから行かれる皆さんの参考になれば幸いです。
グルジアでの観光は前回の記事でほぼ終わりました。
 
この後はお土産に、有名なグルジアワインのお店を紹介してくれました。
 
綺麗な街中を歩いてワイン屋さんへ
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こちらがワイン屋さんです。
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グルジアワインの種類は大変多く、テーブルの上のものは全て試飲できます。
でも代表的な銘柄5種類ほどを説明して下さり試飲しました。
その後多くの方がワインを買われていました。大体1本1000円位でしょうか。
買ったものは割れないようにクッション材で巻いてくれます。
私の家内もワインは好きで旅行に出る前に買ってこようかと聞いたのですが、いらないとのこと。日本でもスーパーに行けば1000円で十分美味しいワインはあるとのこと。
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ワイン家さんを出て次はバラマキ用のお土産が売っているスーパーへ。
大きなスーパーマーケットに入りタムナさんのお勧めは何とチョコレート。
グルジアのチョコレートは知る人ぞ知る、大変美味しいチョコレートらしいです。
安くて、色々な果物が入ったチョコレートがずらりと棚に並んでいました。
でも殆どの人がグルジアのお金は使い果たしています。
でも心配はご無用、スーパーにはちゃんと両替屋さんがありました。
しかもクレジットカードもOKですから、私はカードでチョコレート20個ほどと、意外と美味しいグルジアの紅茶を5箱ほど買いました。
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このチョコレートが帰って食べたら大変美味しくて、家内は大変お気に入り。
誰にもあげないで一人で隠して毎日少しづつ食べてました。
ですから私にもほんの少ししか回ってこず、写真を撮ろうとしたら上のものしか残っていませんでした。
後にカードの請求が来ましたが、チョコレート20個と紅茶5箱、全てで2500円。安いし美味しいですから絶対にお勧めです。
 
この後我々は空港へ行き、いよいよ帰国です。
カタール航空がここトビリシまで来ているので、バクー経由でカタールまで帰り、そこから東京方面の人と関西方面の人が別の便にに乗り変え、それぞれ帰国しました。
わずか10日間の旅でしたが長々と3ヶ月間に渡り旅行記を書いてしまいました。それほどコーカサスは見所が多い旅行だったと思います。
 
 

シオニ大聖堂

いよいよグルジアでの観光も最終段階に来ました。
最後に訪問しましたのはグルジア正教の大本山、シオニ大聖堂です。
 
【シオニ大聖堂】
シオニ大聖堂はグルジア正教の総本山。575−639年の間に創建されたが、メテヒ教会同様度重なる破壊と再建を繰り返してきました。シオニの名はエルサレムの聖シオニ山(Mt.Zion)に由来しています。現在も聖ニノの十字架が納められています。内部は撮影禁止でしたが印象に残っているのは沢山のイコンや壁画が飾られていて荘厳な感じがしました。
 
シオニ大聖堂です、それほど大きくはありません。
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内部は撮影禁止なので、入口周辺の見事な彫刻を紹介しておきます。
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以上でグルジア観光、というよりは今回のコーカサスの旅の観光の部は終わりました。後はお土産のグルジアワイン屋さんやスーパーマーケットへ立ち寄りますので旅行記はもう少し続きます。

老舗のパン屋さん

現在はトリビシ市内の観光を行っています。
 
次なる所は老舗のパン屋さんだそうです。
もうパン屋さんはあちこちで沢山見てきたので私としては良いのですが、どおしてもグリジアのパン屋さんも見てもらいたいそうです。
 
ある建物の地下への階段を下りていくと沢山のパンを抱えたおばさんが上がってきました。
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こちらがパンの工場兼売店のようですね。
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大勢の人が次々とパンを買いに来ていました。
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メテヒ教会

いよいよ今日がグリジア観光最終日であり、コカサス旅行の最終日です。
午前中少し自由時間があり、その後トビリシ市内の観光に出かけました。
 
【メテヒ教会】
先ず最初にやってきたのは旧市街のムトゥクヴァリ川の岸壁の上に立つメテヒ教会です。昔はシルクロードを往来するキャラバン隊が安全を求めて逃げ込む要塞の役目をしていたそうです。
しかし1235年のモンゴルの侵略によって破壊され、1289年デメテル2世によって再建。しかしその後もオスマン帝国やサファヴィー王朝によって破壊されては再建を繰り返していました。その後帝政ロシア時代には監獄として使用され、革命運動でゴーリキーもここに幽閉されていました。又ソヴィエト時代後期には劇場として使用されていました。
しかし1991年、グルジアがソ連邦から独立すると再び教会として改修され現在に至っています。
 
 
それでは見物に行きましょう。駐車場から丘の上までゆるい坂道を登っていきます。
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教会が見えてきました。どうやら修理中のようですね。
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この教会は川に面した岸壁に建っているので旧市街が良く見渡せます。
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左手奥に見えるのはナリカラ要塞です。下は拡大写真。
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下を流れるのはムトゥクヴァリ川
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岸壁の上には1958年にトビリシ遷都1500年の記念に立てられた騎乗姿のゴルサゴリ像があります。ちなみに教会内は撮影禁止で写真は有りませんから、どのような様子であったかは覚えていません。
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