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キューバはよく「カリブ海の楽園」とか「カリブ海の真珠」と言われますが、日本人には馴染みの薄い国ですから情報も少なく、どんな国だろう?という単純な考えでツアーに参加しました。
今回8日間と言う短い期間でしたがキューバを旅してみて私なりに楽しかった事柄をまとめてみました。
1、コロニアル風建築物とパステルカラーの建物
キューバは400年もの長い間スペインに統治されていましたので、旧市街のあちこちに昔のコロニアル風建物と鮮やかなパステルカラーの建物が残っており何となく哀愁を感じる街並みが良い雰囲気を出しています。
無論、多くの旧市街地は世界遺産に指定されています。
2、町中を走り回るレトロなアメ車
街並みのレトロさに加えて街中を走る50年代の古いアメ車。
色々な政治的理由があってこうなったのでしょうが、この光景は他の国では見られないキューバ独特の光景で印象的でした。
3、車と言えば丸くて黄色い「ココタクシー」もキューバ独特のもので、思わず可愛い〜と叫びたくなります。一度は乗ってみたいですね。
4、陽気なカリビアン・ミュージック
コロニアル風建物と同時に、何処の街へ行っても何処からともなく聞こえてくる陽気なサウンドが印象的でした。この音楽はレストランやホテルへ行っても行われており常に陽気な気分にしてくれます。
5、ノーベル賞作家、ヘミングウエイのゆかりの地を訪ねる
文豪ヘミングウエイは20年間もキューバに住み、釣りやお酒を楽しんでいたのであちこちに彼所縁の場所やバー、レストランがあります。
今回の旅では沢山のカクテルを楽しみました。
6、キューバ革命の軌跡を訪ねる
キューバと言えば、カストロやゲバラ率いる革命軍が50年前に革命を起こした国。あちこちに革命に記念碑がありますので訪ねてみたいものです。
7、カリブの一大リゾート地
意外だったのは、キューバは現在リゾート観光に力を入れており、パラデロを中心に立派なリゾートホテルと真っ白い砂浜、カリビアンブルーの海があります。
特にオールインクルーシブのシステムは大変うれしく、リゾートだけを楽しむ観光客も多いようです。
以上、簡単に旅行社目線から私なりの気に入った箇所を並べてみました。
次回の海外旅行は6月頃になりますので、暫くは旅行記はお休みです。
不定期の更新になるかもしれませんが、よろしくお願いします。 |
キューバへの旅
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昨日はリゾート地パラデロから首都ハバナに戻ってきて1泊。
明けて今日はもう帰国の日です。
その前に午前中にキューバ人のお宅訪問がありました。
このお宅はハバナのホテルでよく見かけていた日本人女性のお宅です。
ガイドが彼女を社長と呼んでいましたから、おそらく旅行社の社長さんでしょう。今はキューバ人と結婚してキューバ歴21年になるそうです。
キューバでは一般人の家庭訪問は政府の許可が必要で難しいそうです。
閑静な住宅街にある彼女のお宅はとても立派とは言えない2階建ての家でした。キューバでは社長=お金持ちという構図では無いそうです。
ちょっとした庭を抜けると茅葺の屋根だけがある広い小屋に通され、椅子とテーブルがセットしてありました。我々21名が座るには十分な広さです。
(実はこの時カメラを持って行かなかったので写真は有りません、この後もダラダラと説明が続きます)
ここの場所も家を増築しようとしたら政府から許可が出なかったので、このような茅葺の屋根だけある部屋にしたそうです。
ここで彼女からキューバの生活について色々興味深いお話を聞かせて頂きましたので少しだけ紹介します。
【お金について】
キューバでは外貨と交換可能な兌換ペソ(CUC)と一般のキューバ人が使う人民ペソ(CUP)があり、1CUC=24CUPというレートでした。
1CUCは大体1米ドルと連動していて観光客が使うのはこの兌換ペソです。今回我々があちこちで買い物をしましたがあまり人民ペソは見かけませんでした。この2重通貨が国民の格差を作っているようで、キューバ政府は去年の10月にこの制度を改めると発表したのですが、スケジュールははっきりしません。詳しくは下の記事で見て下さい。
【医療と教育】
キューバでは医療と教育費は無料です。それだけでなく技術も進んでいるようです。毎年各国から医学生を受け入れており、6年間無料で勉強してもらい、終了後は自分の国に帰って医師として働いてもらうそうです。
同じく教育制度も進んでいるので各国の教員の養成も行っています。
【給与と配給制度】
キューバ人の平均月収は3000円と大変低いです。これは2重通貨制とも関連があり、国民がいつまでたっても豊かになれない一因だそうです。
しかし配給制度があり、無料では無いですが給与の20%程度で生活に必要なものは殆ど手に入るので飢えて困っている人は殆ど居ません。
我々が旅をしていても乞食のような人を見受けることは無いですし物乞いもありませんので治安は大変良いです。
但し、飢えている人がいないけれどもお金持ちも殆どいません。いくら働いても生活が一向に改善しないので海外へ脱出する若者も多いそうです。
【連帯感】
これはキューバで生活をしていると強く感じるそうで、お互いが助け合わないと生きていけないので必然的にそうなるそうです。
家の中の道具や家電製品も古いものが大切に使われ、壊れても得意な人が修理してあげて使っているそうです。
彼女(社長さん)の台所も拝見しましたが本当に古い電気窯や冷蔵庫が使われていましたし、棚なども手作り感いっぱいでした。
彼女からはその他にも面白いお話を一杯聞かせてもらいましたが、だらだら書くと長くなりますのでこの位にしておきます。
お話の後、今日誕生日を迎えられた旅友がいましたので彼女が手作りのケーキを作って下さり紅茶を飲みながら頂きました。
最後に綺麗なカリブの海の写真を1枚のせておきます。
以上でキューバ旅行記は終了しました。
次回にはまとめを書きたいと思います。
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パラデロへ来て3日目の朝です。
今日のお昼にはパラデロを去りハバナヘ向かいます。
早朝、何時ものように散歩に出ようとロビーに降りましたが、辺りは真っ暗です。2月のキューバは朝の6時でもこんな感じです。
人気の無いロビーですが、今から右奥のカウンターバーへ行ってモーニングコーヒーを頂きます。既に10人ほどの人がおられました。
ちょっと浜辺に出てみましたが誰もいません。
ようやく朝日が出てきました。そろそろ朝食が始まりますからビュッフェへ行きましょう。私は何処へ行っても朝食の開始早々に入ります。
朝食後ホテル内をぶらりと散歩。あちこちに沢山プールがあり、周りはコテージになってますが、流石に未だ誰もプールには来てませんね。
私が泊まったホテルは「メリア・ラス・アメリカス」という名前で、スペイン系の資本だそうです。最初全て国営化と思ってました。
この後お昼までのんびり過ごし、昼食もこのホテルで食べてからバスで首都のハバナへ戻りもう1泊します。
キューバの観光も終わりに近づきました。 |
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パラデロで泊まったホテルには広いビュッフェ式のメインダイニングがあり、沢山の種類の食べ物が用意されているので問題は無いのですが、イタリアン、シーフード、日本食などが食べられるアラカルトレストランもあります。
しかし各レストラン共座席数に制限がありますので予約が必要です。
ちなみに料金はオールインクルーシブなので必要ありません。
ということで旅行社の方から出発前に予約を取りたいので、2日目の夕食にもしアラカルトレストランヘ行きたいのなら連絡くださいとのことでした。
無論、ビュッフェが好きな人は予約する必要はありません。
私は折角なので日本食レストランを予約しました。
夕食時にロビーで待っているとガイドさんがイタリアン、シーフード、日本食と3班に分かれて順にレストランへ案内してくれました。
日本食を選んだのは4名、シーフードを選んだのは10名、その他の人はビュッフェで良いとのことでした。
日本食レストランは本館を出て中庭を少し歩くと「桜」と書かれた建物が見えました。入り口には予約時間待ちの長い行列が出来ていました。
程なくして店内に案内され大きな鉄板焼きのコーナーへ。
真ん中に大きな鉄板が二つあり、その周りにテーブルがあって食事をします。周りには我々4名と一組の日本人夫婦、後は10名ほどの外人夫婦でした。そして料理をするのは何とキューバ人。
先ず前菜には巻き寿司と味噌汁、食前酒など。
この後に車海老と野菜のてんぷら、そして焼き飯も出てきました。
(何となく写真を撮りにくい雰囲気だったので全ては撮ってません)
そしてメインは日替わりで3種類ほどあるそうですが、この日はラム酒仕立ての海鮮焼きとグリル野菜。
味は悪く無かったですが、牛肉の鉄板焼きが食べられるかな?と期待していたのですがこの日では無かったようです。
そしてデザートがアイスクリームのてんぷら?
中を割ってみると確かにアイスクリームでした。
食後ロビーで旅友と会ったら、ビュッフェでは沢山のお寿司が出ていたようです。ちょっと残念ですがもうお腹が一杯で入りません。 |
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現在はパラデロの市内観光を行っています。
アル・カポネの別荘を見物した後は、アメリカの財閥デュポンの大邸宅跡にやってきました。デュポンと言えば私などには高級ライターしか思い浮かびません。この建物は1928年に建てられたパラデロでも古い建物です。
内部は大理石がふんだんに使われ、彫刻が施されたマホガニーの柱などがあり豪華そのものです。現在は一部がホテルとして使われているようです。
3階部分がバーカウンターになっており、我々はそこに案内されました。
このバーカウンターは当時のままの状態だそうです。
当時アメリカでは禁酒法が制定され、おおぴらにお酒が飲めなくなったので、デュポンはキューバの自宅にお客さんを案内して、このバーで飲んでいたそうです。我々はここでキューバ・リブレを頂きました。
【キューバ・リブレ】
1898年に始まったアメリカとスペインとの戦争でアメリカが勝利し、キューバがスペインから独立して1つの国家としてのスタートを切りました。
その独立を祝うために生まれたカクテルがキューバ・リブレです。
アメリカを代表するコカ・コーラとキューバを代表するラム酒を混ぜて作ったカクテルで、「キューバの自由の為に」と叫んで乾杯したことからキューバ・リブレという名が付いたそうです。今ではキューバとアメリカは犬猿の仲ですがね。
でもキューバ・リブレは今でも人気のカクテルです。
キューバ・リブレをストローで外の綺麗な海を眺めながら飲むと素敵です。
このデュポン艇は実は我々が泊まっているホテルの直ぐ隣です。
歩いてでも行ける距離でした。こちらが私達が泊まったホテル
そしてこちらがホテルのプライベートビーチです。
向こうに見えるホテルは別のホテルです。
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