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現在はハバナの旧市街を散策中です。
今回のツアーではともかく沢山のカクテルを試飲しました。
行く先々では観光客で溢れていましたので、どうもキューバのツアーでは色々なバーに立ち寄ることが組み込まれているようです。
さて、やってきましたのは居酒屋「フロリディータ」です。
ここもヘミングウエイがよく飲みに来たことで有名です。
店を入ると観光客で満員です。このお店にはヘミングウエイが何時も座っていた席に彼の銅像があることで有名で撮りに行ったのですが、大勢の人でなかなか前へは進めません。ちょっと見えた瞬間に撮ったのですがブレブレです。左下が彼の銅像です(一部しか見えません)
じっくり空くのを待てば良いのですが、そんなことをしている暇がありません。ともかく空いた席を見つけて直ぐに座って「ダイキリ」のカクテルを飲んで出ていくという次第です。向こうで誰かが私を呼んでます、席を確保してくれたのでしょう。もう一枚の写真です。ヘミングウエイの胸像と、その下にはヘミングウエイとカストロのツーショットがありますね。
「ダイキリ」というカクテルを紹介しておきます。
無論キューバのラム酒、ハバナクラブをベースにライム又はレモンの汁を少々と砂糖又はシロップを少々シェイクしたものです。
でもヘミングウエイはクラッシュドアイスをミキサーで混ぜ、シャーベット状にしたものを乗せましたのでこれを「フローズン・ダイキリ」と言います。我々が試飲したのはこのフローズン・ダイキリです。
でもヘミングウエイはこれでも物足りず、ラム酒をダブルにし、砂糖を抜いたものを飲んでいましたのでこれを「パパ・ダイキリ」と言います。
ちょっとお店の様子を紹介しますと、こんな混み具合。全てがツアー客だと思われます。席が無ければ立って飲まなければいけないでしょう。
必死の思いで一気に飲むと真夏にかき氷を食べた時のように頭にツンときます。味は大変美味しかったですよ。ヘミングウエイの銅像がある席は正面右奥ですからここからは見えません。
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キューバへの旅
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現在は世界遺産に指定されているハバナ旧市街を散策しています。
賑やかなオビスポ通りを歩いているとカテドラル広場に出てきました。
広場に面して建っているのは通常カテドラルと呼ばれているハバナ大聖堂。
バロック様式で建てられており、1776年に完成しました。
このカテドラルの特徴としては左右に高さも形も違う二つの塔があることです。なかなか迫力のある綺麗な教会です。
教会の中には入れたようですがツアーとしては入らず自由時間にどうぞという感じで、他を見るのが忙しく結局入りませんでした。
広場は何時も大勢の人で賑わっています。
こちらの建物の前にはお店も出ています。右端の白いテーブルでは何やら占い師もいるようです。
旧市街地を歩いていて時々目にするのがこの銅像です。
この広場にもありました。何気なくあるので目につきませんが、時々一緒に記念写真を撮っている人を見かけます。
こちらの建物には綺麗な花が咲いたツタが絡まっていました。
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現在は世界遺産にも指定されているハバナの旧市街を散策しています。
アルマス広場を通り抜けますと旧市街の中で最も賑やかなオビスポ通りに出てきますのでここを散策します。
やはりヨーロッパ調の家が立ち並んでいますね。
こちらでは生演奏を行っています。常に何処からか音楽が聞こえてきます。
右の建物の前ではじっと立って動かないパフォーマンスを行っている人が3人ほど立ってました。子供がお金をあげるお礼をしているところですね。
通りには沢山の観光客が面白そうに眺めていました。
道端にカフェも出てますますヨーロッパ調です。
路地の向こうに教会らしき等が見えてきましたね。
キューバと言えばこのクラシックカーですね、何時かまとめて紹介しますね。
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今から世界遺産にもなっているハバナの旧市街地観光に出かけます。
何しろ400年間も続いたスペインの植民地時代ですから、今でもその面影を残す建物があちこちにあり、独特の雰囲気を醸し出しています。
運河に面したプエルト通りでバスを降り、ここから徒歩で観光します。
旧市街地はバスの乗り入れはできません。
バスを降りた所で向かいの小高い丘を見ますと赤い屋根の家が見えます。
あの家がチエ・ゲバラの執務室があった家だそうです。
ちなみに、チェ・ゲバラはキューバ人ではありません。アルゼンティンの裕福な家庭に生まれ育った医師ですが、植民地として統治されている中南米の貧しい状況を何とかしたいと思っているところにカストロと出会い革命家となっていったのです。キューバ革命をカストロと共に成功させた後もキューバに定住せず、コンゴやボリビアで戦い続け最後は射殺されました。
詳しくはゲバラの霊廟を訪れた時にお話ししましょう。
【アルマス広場】
バスを降りた所から1ブロック入った所にあるのがヤシの木が茂った小さなアルマス広場です。旧市街地を見物するにはここから入って行くのが一番便利なようです。アルマス広場には沢山の露店の古本屋が並んでいるので有名です。ゲバラに関する本も多数売られていました。
観光馬車も走っていて良い雰囲気です。
広場の入り口近くにある、塔があるエル・テンプレ寺院です。
この寺院の前にある一本の大きな木は、1519年にハバナの街が建設を始めた時に、このセイバの木の下で最初のミサが行われたという記念すべき場所なのです。つまり此処がハバナ発祥の地なのですね。
おや、綺麗な民族衣装を着た女性達がいますね。でも一緒に写真を撮るとチップが必要ですから気を付けて下さいね。
広場のすぐ横にはハバナで最も古い16世紀に造られたフェルサ要塞があり、尖塔部分が見えます。塔の先端にあるこの像は確かハバナクラブのラベルにも描かれていた気がしますが、どのような意味かは知りません。
【独立戦争の父、カルロス・マニュエル・セスペデスの像】
アルマス広場の中心には1868年に勃発した第1次独立戦争の火付け役で、後の独立戦争のリーダーとして活躍したセスペデスの像があります。
この像は1925年に建てられたそうです。
広場の奥には旧総督邸が建っています、現在は市立博物館として使われています。
この前の通りは石畳ではなく、木のブロックを石畳のように敷いています。
これは前を馬車が通った時に総督にうるさくないようにしたものだそうです。木のブロックが敷き詰められているのが分かりますか。
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ハバナ郊外の見物を終え、ハバナ市内へ戻ってきました。今からハバナ旧市街の観光です。ハバナ旧市街(オールド・ハバナ)は1519年からスペイン人が建設を始めました。街の建設と同時に、この辺りにはイギリスやフランスの海賊が出没しましたので街を守る要塞も建設されました。
現在4つの要塞が残っていますが、この要塞とハバナ旧市街はユネスコの世界遺産に登録されています。
最初に行きましたのは「モロ要塞」でハバナ湾に通じる運河の入り口にあり、対岸のプンタ要塞とで運河を守っていましたが、1762年に一時イギリス軍の手に落ちました。しかしスペイン政府は当時占有していたフロリダ半島と引き換えに再びキューバを手に入れ、その後カバーニャ要塞を追加してより強固なものにしました。
バスの駐車場より見たモロ要塞
モロ要塞はちょっと高台になっており、ここから対岸のハバナ市内が綺麗に見渡せます。結構高層ビリも多そうです。
要塞の中に入って行きましょう。砲台のあとが見えます。
細い通路通って要塞の先端まで行くことが出来ます。この要塞は一時は牢獄としても使われたようで、長い歴史があるそうです。
先端部にはお土産屋さんがあり、キューバ名物の葉巻やラム酒、コーヒーなどが売っていました。
バスの駐車場まで戻ってくると、そこには沢山の露店が並んでいました。
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