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ひろしの旅日記
ブログの更新はお休みしてますが、又再会します。

書庫バルカン半島6か国の旅

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現在はモンテネグロのブドヴァという街に来ています。
 
旧市街の城壁の入り口から入りますと内部は細い通路が迷路のように繋がっています。とりあえずはガイドさんに従って旧市街の一番南に残るツイタデラの要塞を目指しました。
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旧市街に2つある教会の一つ、聖ヨハネ教会(こちらの発音では聖イヴァン教会)です。
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ツイタデラ要塞に着きました。階段を上った所が入り口で有料(€2,5)です。そしてこの要塞の上からは素晴らしい景色が望めました。
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此処からは自由行動で、自由に旧市街を散策しましたが、次回は要塞の上から眺めた素晴らしい景色を紹介します。

ブドヴァへ

現在はモンテネグロの首都ポドゴリッツアに滞在しています。
 
ポドゴリッツアの綺麗なホテルで一泊した後、この街は見物する所が殆ど無いと言うことで直ぐにモンテネグロの一大リゾート地ブドヴァに向かって出発しました。ブドヴァ迄は75km、1時間半のバス移動です。
 
高い山を越えたかと思ったら目の前にアドリア海が見えてきました。
今回の旅で見る初めての海です、綺麗ですね。
(写真は車窓からなので多少色が被っているのと少しピンボケです)
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ブドヴァの街が見えてきました。海に突き出た城壁で囲まれた部分が旧市街で今から行くところです。(写真をクリックで少し大きな写真)
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ブドヴァの街に到着しました。新市街の公園近くでバスを降り、旧市街まで歩いて行きます。ジャカランダの花が綺麗に咲いていました。
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【ブドヴァ旧市街】
ブドヴァは紀元前5世紀にはフェニキア人が住んでいたという古い街です。
以降ギリシャや古代ローマの領土を経て中世にはヴェネティア共和国の支配を受けました。旧市街に見られる城壁はこの時代にオスマン帝国の侵略から守るために造られたそうです(15世紀末頃)
しかし1667年の大地震で街の大半が倒壊し、現在の街並みは震災後に復旧された街です。
 
城壁が見えてきました。
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この入り口から中に入ります。
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城壁の中は細い道路が迷路の様になっており綺麗な風景が見れますが、詳しくは次回以降に報告します。
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モンテネグロに入国

昨日はアルバニアの観光を終えクルヤから4時間かけてモンテネグロの首都ポドゴリッツアに着き宿泊しました。これで今回のツアーでは4か国目、丁度中間地点という感じです。あまり馴染みの無い国なので簡単に紹介します。
 
【モンテネグロ共和国】
元々はセルビア・モンテネグロ共和国と呼ばれていましたが、2006年に分離独立。面積は日本の福島県とほぼ同じで人口は70万人弱と言う小さな国です。
首都はポドゴリッツアで宗教はセルビア正教が70%を占めています。
この国の特徴は狭い国土に国立公園が4つもあり、アドリア海に面した海岸線が293kmも続き、その内73kmが綺麗なビーチですからブドヴァやコトルと言った有名な観光地が沢山あります。そして通貨はユーロがそのまま使えます。
 
 
それではポドゴリッツアで泊まりましたホテルを紹介します。ちょっと郊外にあるモラチャ川沿いの綺麗なホテルでした。
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ホテルの裏側には綺麗なモラチャ川がながれています。
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肝心の部屋はと言いますとこんな感じで良かったです。
バスタブは無かったですが(この辺りの殆どの国ではバスタブは使わない)
シャワーがジャクジーのように噴出して気持ち良かったです。
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余談になりますが、先日の12日にヤフーのブログが大幅にメンテナンスされ、一人当たり10Gと大幅に増え画像の占有率が大幅に減りました。
それならば、綺麗な写真は大きくして見たいですから機会があれば少し大きな画像をアップしてみようかと考えています。

クルヤ城跡

アルバニアの首都ティラナ市内の観光を終え、ティラナから北へ20kmの所にあるクルヤ山の中腹にあるクルヤに向かいました。
クルヤは前回の記事でも紹介しましたアルバニアの英雄スカンデルベクで有名な街です。クルヤにはクルヤ城があったのですが現在は城跡が残ってます。
 
クルヤの街に到着しました。クルヤ城跡の入り口にあるパノラマホテル兼レストランの前でバスを降りました。このレストランで昼食を取りますが、先ずは城跡見物です。
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城跡へ続く細い石畳の道の両側にはバザールと呼ばれるお土産屋さんがずらりと並んでいます。このバザールですがなかなか雰囲気の良い街並みです。
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クルヤ城跡にやってきました。クルヤ城は12世紀には砦があったと言われていますが、スカンデルベクがトルコ軍と戦った当時を思わせる者は何も無く城壁の一部や見張り塔などごく一部が残っているだけです。
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背景のクルヤ山が美しいです。
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ここは高台になっているので見渡す限り美しい景色が広がってます。
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城跡の一角には1982年に建てられたスカンデルベクに関する博物館があります。内部は撮影禁止ですが彼に関する色々な物が展示されています。
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再びバザール街を通って降りて行きましょう。
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昼食は入り口にあったパノラマレストラン。ここでのメインはリゾットでしたが、どお見てもこの写真は2〜3口食べた後慌てて撮ったようですね。
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以上でアルバニアでの観光は終り、この後長いバス移動で次なる国、モンテネグロに向かいました。

スカンデルベク広場

現在はアルバニアの首都ティラナの見物を行っています。
 
マザーテレサ広場から次にやってきたのはティラナで一番広いスカンデルベク広場です。スカンデルベクはアルバニアの民族的英雄です。
 
【スカンデルベク】
スカンデルベク(1405〜1468年)は、当時この地を支配していたオスマントルコ帝国に仕え各地の戦いで大きな戦果をあげ、オスマントルコのアルバニア軍司令官になります。しかし1443年にオスマン帝国に反旗を翻し、アルバニアからオスマントルコ軍を撃退してアルバニアの独立を勝ち取りました。以降25年間と、彼の没後の12年間独立を守りました。その後は再びオスマン帝国に併合されましたが、アルバニアの長い歴史の中で、100年前の独立国家樹立の前にこの37年間だけがアルバニアの独立時代であり、その他の時代は大国に支配し続けられた歴史だったのです。
 
広場の前に立つスカンデルベク像
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スカンデルベク広場は大変広く市民の憩いの場です。
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広場に面して建つオペラ劇場。現在も使われており前には喫茶店も
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広場の片隅に建つ1789年建立のエザムベイモスク。
中の壁画が綺麗そうですが入りませんでした。
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遠くには19世紀に建てられた時計塔がみえます。
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国立歴史博物館。正面の絵が綺麗で有名ですが、よく見るとモザイクで出来ています。描かれているのはアルバニアの戦い色々なシーンだそうです。
この博物館は見学しましたが、内部は撮影禁止。アルバニアの歴史の色々なものが展示されていました。
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以上でティラナ市内の見物は終り、クルヤへ移動しました。
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