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与論島最後の観光は熱帯植物園「ユンヌ楽園」です。
5,000坪の敷地に200種類以上の亜熱帯植物が植えられている植物園で、 年間を通して様々な南の島の花を楽しむことのできます。
ここに咲く花々は、ハイビスカス、ブーゲンビリア、ガジュマル、アダンなどで、200種を越える色鮮やかな亜熱帯の花が一年中咲き誇っています。
この広い植物園ですが、何と個人の敷地だそうで優しそうな家主のお母さんが琉球訛りの優しい言葉で説明してくれます。ここには与論で咲く全ての花があるそうです。
家主の優しそうなお母さんが出てきて一緒に園内を回りながら説明してくれます。
与論で一番大きなガジュマルの木だそうです。
広い園内は綺麗に手入れされていました。
あちこちで良く見かけるパパイヤの木
この木は何という言うのか忘れました。(どおやらタコノキらしいです)
ハイビスカスも色々な種類のものがありました。
小さな池の横にはブーゲンビリア
以上で与論観光は終わりフェリー乗り場に向かいました。
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奄美諸島の旅
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与論城跡は、1405〜1416年の間に、琉球北山王の三男オーシャンによって、築城されましたが、築城中に王朝が滅亡し未完のままに終わりました。現在は長い石垣だけが残っています。
サンゴの岩で築いた長い石垣だけが残っています。(写真は一部)
与論城跡は高台の上にあるので与論島が見渡せる絶好のばしょです。青い畑は全てさとうきび畑です。
この句碑は「原始より碧海 冬も色変えず」と与論島を歌った山口誓子の句碑
広場の奥には第2次世界大戦で戦死したこの島の出身者の為の慰霊碑、忠魂碑が奥に並んでいます。
広場から階段を上って鳥居を潜ると左右に二つの神社があります。
こちらが「琴平神社」
中には昭和中期の与論島の風景、人物写真があり、誰でも見ることができます。
文政7年に旅行、海上安全の為に、金毘羅大権現として小祠を建立、天保6年に、今の場所に移り、明治になり「琴平神社」に改称した。大国主之命、市杵島姫之命、菅原道真公を合祀、三柱の神が祀られています。昭和20年に米軍の空襲により焼失するものの、昭和25年に島民の寄付により再建、のちに鉄筋コンクリートで作られました。
反対側には「地主神社」があります。
こちらは、与論城跡にできた大きな穴と与論城を築城した琉球北山王の三男オーシャンの墓があります。
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与論島観光2日目、今日は現在与論島で最も有名な観光地である百合が浜の白砂浜をグラスボートで見に行く予定だったのですが、波が高く船が出せないということで、残念ながら行くことは出来ませんでした。
白砂浜は海岸から1,5km沖合のサンゴ礁のリーフの近くにある砂浜で、大潮の干潮時のみ姿を現すと言う砂浜です。
この日は大潮では無かったですから砂浜は見えませんが船から降りてひざ下まで海に入れば歩くことができるそうです。
下の写真は与論の観光案内からお借りした写真で、こんな感じの白砂浜です。ハワイにも同じような感じの砂浜があるようですが、与論の方が綺麗だそうです。
船で行くことは出来ませんが、とりあえず海岸まで行きました。写真ではそれほど波は荒くないように見えますが、実際見てみると皆さん納得の荒さでした。
お気に見えているのが我々が乗るはずだったグラスボートです。
時間が余ったので予定外の赤崎鍾乳洞へ行きました。
長さが100m程の鍾乳洞です。
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与論での1日目の最終観光はサンセットクルージンでしたが、風が強く船が出せないとのことでキャンセルになり、雨も降りだしてきたのでちょっと早めのお宿入りとなりました。泊まったホテルはプリシアリゾートヨロンというホテルです。
このホテルはリゾートホテルですからメインの建物の周りにコテージが広がっています。そしてホテルの建物は真っ白です。
これは与論島がギリシャのミコノス島と姉妹関係を結んだので、ミコノスの建物を模してギリシャ風に作られているとのことです。
こちらがフロントのあるメインの建物。
私の部屋はこんな感じでかなり広いです。外観は雨が降っていて急いで中に入ったので撮れてません。
夕食ですが、レストラン棟が別にありますのでそこへ行きました。この建物も真っ白です。食事は和食の懐石料理でしたが、何時ものようにカメラは持っていましたが撮り忘れました。
我々が食事をしていると琉球三味線を演奏する人が入ってきて演奏してくれました。
その人を見てビックリです。日中我々の観光バスのガイドさんだったのです。
そお言えば民俗村のご主人がガイドさんは有名な三線(さんしん)の先生だと言ってましたね。だけどガイドさんは家に帰ると自宅のさとうきび畑の刈り取りを手伝うと言ってましたので、これも本当のようです。
ところで、我々がホテルにチェックインする時に「ヨロンパナウル王国銀行券」なるものを一人3000円分つけてくれました。
これは与論島だけで通用する地域振興券です。明日の午後には与論を離れますのでそれまでには使い切らないといけません。
とりあえず夕食時に飲んだビールはこれで払い、その後はホテル内あったお土産屋さんで買い物をして使い果たしました。
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与論の土は赤褐色をしており、この粘土は焼き物に向かないと言われてきたのですが色々試行錯誤の結果土作りに成功したそうです。
与論の方言で与論のことを「ゆんぬ」、赤土の ことを「あーどぅる」といいます。与論島の自然を焼物で表現したいという思いから「ゆんぬ・あーどぅる焼」は生まれたそうです。この島には与論の人と結婚した京都の女性がこの焼き物を行っていると言うことで訪問しました。
赤土にサンゴや海草、さとうきび等を混ぜることで色々な色が出るそうで、沢山の製品が展示販売されていました。
中にはこのような置物になる焼き物もありました。全ては焼き物です。
工房では5人の女性が焼き物体験に来ていて粘土で色々な形を造っていました。
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