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【コインブラ】
ポルトガル第3の都市、コインブラに到着しました。人口は約16万人で、1131年から1255年までポルトガル王国の首都だったところです。
【コインブラ大学】
コインブラにある国立大学で、大学が街の中心と見なされ、黒いマントを着た大学の学生が行きかっていて、約22000人の学生がいます。
1290年にポルトガル王ディニス1世によって設立され、イタリアのボローニャ大学(1088年)、フランスのソルボンヌ大学(1253年)に次いでヨーロッパで3番目に古い大学です。キャンパスの中に旧大学の部分があり、観光客の目当てはその一帯です。
コインブラ大学文学部前の広場にバスは止まりました。
【無情の門(鉄の門)】
向こうに見える無情の門を潜り旧大学構内へと入って行きます。無情の門とは切ない名前ですが、学生たるもの門を入ったら学問以外のことを考えてはならないとの教えから、そのように呼ばれるようになったのだとか。旧大学の一部は現在も法学部の校舎として使用されています。
門を潜ると広い中庭に出ます。
広い中庭にはコインブラ大学創設者のディニス1世の像があります。
【ジョアニア図書館】
コインブラ大学の見所の一つが図書館です。ジョアン5世の命令で1717年から1728年に建てられた図書館で、蔵書は30万冊、内部は美しい金泥細工という華麗な内装です。残念ながら写真撮影は禁止でした。大事な蔵書を虫から守るために中でコウモリが飼われているそうです。図書館の見学は時間指定がされており、その時間になると中に入れてくれますの少し待ちました。
待っている間に図書館前から見た大学を紹介します。
向こうに見えるのは18世紀に造られた時計塔です。時計塔は講義の始まりを告げる鐘が鳴らされました。
時計塔の右の建物は「ラテン回廊」と呼ばれていますが、後ほど見物に行きますので、その時に説明します。
10分ほど待って我々の順番が来ましたので図書館の中に入って見物しました。
中は図書館とは思えない素晴らしい装飾です。無論撮影は禁止ですが、何とかウイキペディアさんの写真をお借りしましたので紹介します。
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ポルトガルの旅
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ポルトでの観光が終わり、アヴェイロという街にやってきました。アヴェイロはポルトとコインブラの中間にある水の都です。
【アヴェイロ駅】
先ずはアヴェイロ駅のアズレージョ鑑賞です。この駅は新駅と旧駅がありますが、アズレージョがあるのは旧駅です。旧駅ではアズレージョが外壁を埋め尽くしています。白地に鮮やかな青色で描かれたタイル絵は、近郊の風俗や農漁業など庶民の生活ぶりを描いています。ブドウの収穫やラベーロ船によるワイン樽運搬、塩田作業などの風景が躍動感にあふれていました。
【モリセイロに乗って運河のミニクルーズ】
次にバスでやってきたのは中央運河の船乗り場です。
そこには舳先に極彩色の絵が描かれたモリセイロという船が並んでいました。
この船に乗って運河を30分ほどミニクルーズします。
ガイドのお姉さんは陽気な人でした。
ミニクルーズが終わったとはこの町で有名な「名物菓子」を売っているお店に行きました。それは貝殻の形をした名物菓子のオヴォシュ・モーレシュでした。さくさくした白い薄皮の中に卵の黄身のカスタードクリームが詰まっています。
買ったお友達から一つ頂きましたが、大変甘いです。ポルトガルのお菓子はどれも大変甘く沢山は食べられません。
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【ブラガ】
ポルトガルではこう言われているそうです。
「リスボンは楽しみ、コインブラは学び、ポルトは働き、ブラガは祈る」 と。 ブラガは、紀元前300年にケルト人によって作られた、イベリア半島最古の都市。
かつてここに大司教座が置かれ、中世から近世にかけてポルトガル第一の宗教都市として栄えました。ポルトガル最古のカテドラルをはじめ、町のいたるところに教会や聖堂があり、郊外には巡礼地「ボン・ジェズス教会」もあるため、「祈りの町」と呼ばれています。
【ブラガ大聖堂】
ブラガ大聖堂は、ポルトガル最古の教会のひとつ。芸術的な装飾と建築、またポルトガルの歴史に名を残した人々の墓があることで知られています。
大聖堂は、1070 年にペドロ司教により建設が始められて以来、何度となく改築が行われてきました。現在では、中央入口の下にある塑像のみが当時の姿をとどめています。
入り口のこの部分のみが建設当時の面影を残しています。
内部はフラッシュ無しで撮影可能でした。
正面、祭壇横のアズレージョが美しかったです。
【旧市街への門(アルコ・ダ・ポルタ・ノヴァ)】
18世紀に造られたブラガ旧市街への入口の門。ブラガ一の繁華街ドン・ディオゴ・デ・ソウザ通りの南側にあります。アーチの上ではイエスを抱きかかえる聖母マリア像が行き交う人々を見守っていました。町のシンボル的な存在です。
旧市街を出て外側から門を見たところ
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【ブラガンサ侯爵館】
お城からも見えたブラガンサ侯爵館は、初代ブラガンサ公爵のドン・アフォンソが1401年に建てました。館内には15世紀から18世紀にかけての工芸品や美術品が展示されているそうですが入りませんでした。ドン・アフォンソはポルトガル王国・アヴィシュ王朝の創始者であるジョアン1世の息子。エンリケ航海王子とは兄弟です。
【アフォンソ1世の銅像】
ブラガンサ侯爵館の前の広場にはポルトガル王国初代国王アフォンソ1世の銅像があります。彼は「エンリケの子」を意味するアフォンソ・エンリケスの名前でも呼ばれ、1109年ごろにギマランイスで誕生しました。
古い街並みと狭い石畳の続くギマランイスの街を散策しました。
こちらは綺麗なアズレージョがある建物の壁。
あの扉から覗くと綺麗なアズレージョが見えるよと言われ見に行きました。
狭い路地をどんどん歩いて行きました。
この建物は現在の市庁舎です。
【ノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会】
12世紀に建てられたノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会は、重々しいロマネスク様式と繊細なゴシック様式が混じっっています。
拡張が度々行われており、16世紀に現在の姿となりました。 【オリーブ伝説】
この教会にはある伝説があります。ムーア軍を破ったサラードの戦いの勝利を記念して1342年に写真にある教会前のアーチが作られました。
アーチが完成するとき、教会前にあったオリーブの幹が突然葉を出したのです。 教会の名前はポルトガル語で「オリーブの木の聖母教会」を意味しています。
(写真、中央左にオリーブの木がありますね)
右側が旧の市庁舎です。
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ポルト観光を終えた後、ポルトからバスで1時間ほどのギマランイスへ向かいました。
【ギマランイス歴史地区(世界遺産)】
ギマランイスは「ポルトガル発祥の地」とか「建国の地」と言われています。それはギマランイスがポルトガル王国の初代国王、アフォンソ1世の生誕地だからです。
旧市街にはアフォンソ1世が生まれたというギマランイス城や12世紀に建造されたサン・ミゲル教会など60もの歴史的な建造物が残っています。旧市街は東西250m、南北850mで、2001年にギマランイスの歴史地区として世界文化遺産に登録されました。
ギマンイスの街の入り口の壁には「ここにポルトガル誕生す(AQUI NASCEU PORTUGAL)」と書かれています。
【ギマランイス城】
この地を治めていた伯爵の宮殿として10世紀に建造。高さ28mの塔をはじめ7つの塔もつ、初代ポルトガル王アフォンソ1世が生まれた場所として知られています。
この入り口から中に入ります。
城壁に上がって1周します。
以前は城壁の通路は狭く、柵が無かったので大変危険だったのですが、最近柵ができたそうです。
城壁から見たブラガンサ侯爵館(後程見物)
こちらも後程見物するサン・ミゲル教会
所々に塔がありますので登ります。
【サン・ミゲル教会】
12世紀に建てられたロマネスク建築の教会。小屋のような飾り気のない教会ですが、ファソン・エンリケはここで洗礼を受けたそうです。内部は床面が墓所になった飾り気のない質素な教会でした。
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