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ワイナリーで試飲を楽しんだ後、再びバスに乗ってポルトの歴史地区にあるエンリケ航海王子広場に来ました。ここから歩いて見物です。広場の真ん中にはエンリケ航海王子の銅像が立っています。
【エンリケ航海王子】
エンリケ航海王子はポルトガルを大航海時代の幕開けへ導いた国民的な英雄です。
エンリケ航海王子(1394-1460)は、ポルトガル王国アヴィシュ王朝の創始者であるジョアン1世の第5子として生まれました。王子は1415年にイスラム教徒の北アフリカ拠点だったモロッコのセウタを攻略して一躍勇名を馳せました。
エンリケ航海王子はコロンブスやバスコ・ダ・ガマのような大航海には加わらず、アフリカ西岸やマデイラ諸島、アゾレス諸島など、大西洋近海の探検を続けました。王子はアフリカのイスラム教徒居住地をキリスト教徒の土地にしようとする使命感に燃えていたといわれます。王子のセウタ攻略は、独立国としてしのぎを削るポルトガル、スペイン両国の海外進出への火付けになり、大航海時代への幕開けとなったのです。
広場で寛ぐ人々
【ボルサ宮】
エンリケ航海王子の広場に面して建つのがボルサ宮です。宮と言っても宮殿ではありません、1834年に建造された商工会議所本部の建物です。ボルサはポルトガル語の「株」を意味しており、ボルサ宮はまさに商工業の町、ポルトを代表する建物です。
【サン・フランシスコ教会】
ボルサ宮のすぐ横にあるのがサン・フランシスコ教会です。1233年にサンチョ2世により建てられ、17〜18世紀に改修が施されました。質素な外観に比べ、内装は当時植民地だったブラジルから運んできた200kgもの金で彫刻を覆い尽くしていて贅沢です。これはターリャ・ドゥラーダと呼ばれる、バロック様式の金泥細工による内部装飾です。 長い身廊は、ゴシック建築末期の傑作といわれています。
暫く町中を歩いていると綺麗なアズレージョで飾られた建物がありました。
建物のバランダをよく見てみると、何ともセクシーな銅像がありました。
ドウロ川の岸辺に広がるカフェやレストラン街、リベイラ地区に来ました。我々もこの近くのレストランで昼食を頂きました。(昼食の写真は忘れました)
【エンリケ航海王子の生家】
昼食の後再び少し歩くとエンリケ航海王子の生家と言われる建物に来ました。
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ポルトガルの旅
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ドウロ川クルーズを終え船乗り場の戻ったこの辺りは沢山のワイナリー(ワイン醸造所)があることで有名で、その中の有名なサンデマンが船乗り場の近くにあるので歩いて見学に行きました。
【サンデマン】
1790年に創業者ジョージ・サンデマンがポルトガルのワインセラーを購入したのが始まりです。ポートワインとはポルトの東100kmのドウロ川上流で収穫したブドウから製造されたワインのことです。
サンデマンに着きました。
我々を案内してくれるのは黒いマントに黒い帽子姿の女性でした。この姿は1928年にサンデマンが商標登録しています。
ワインの樽にも描かれていますね。
ワインセラー見物の後はお楽しみの試飲です。赤、白2種のワインを試飲しました。
ところがワインが飲めないおばさまが私の所に持ってきたので4杯飲みました。
試飲所の横ではワインの販売も行われており、多くの人が買っていました。私も1本家内へのお土産に買いました。又試飲所の横には黒いマントと帽子が用意されており、誰でも記念写真を撮ることが出来ました。
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サン・ペント駅の美しいアズレージョを楽しんだ後はバス移動。途中の景色を何か所か紹介します。
【クレリゴス教会】
18世紀に建てられたバロック様式の教会で、高さ76mの塔がひときわ目につきます。塔には登れるそうですが、ツアーですから遠くから眺めるだけです。
【リベルダーテ広場】
中央にはドン・ペドロ4世の像が立っていて、彼はポルトガル王及びブラジル皇帝を務めました。奥に見えるのは市庁舎です。
【市庁舎】
【ドウロ川、ミニクルーズ】
バスは市内を流れるドウロ川のクルーズ船乗り場に来ました。クルーズ船からは世界遺産に指定されている歴史地区やドウロ川に架かる6つの橋が見物できます。
ドウロ川沿いにはワインの工場が沢山あり、昔は絞りたての葡萄汁を詰め込んだ樽を満載して、行き来した平底の帆かけ舟「ラベーロ」という船が沢山ありましたが、1964年からはトラック輸送に変わりました。
しかし、そのラベーロに模した船が現在はクルーズ船となっています。この船に乗ってミニクルーズを楽しみます。
対岸の歴史地区には丘の上にノッサ・セニョール・ピラール修道院が見えてきました。
【ドン・ルイス1世橋】
6つの橋の中でも一番有名なのが美しい形をしたドン・ルイス1世橋です。
ドウロ川に架かる道路・鉄道併用橋で、ポルトの中心部とヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア地区を結んでいます。橋は幅8mの2階建て構造になっていて、非常に美しい橋です。パリのエッフェル塔を設計した ギュスターヴ・エッフェルの弟子の一人、テオフィロ・セイリグが設計しました。上層の長さは395mで、下層の長さは174m。現在上層は歩行者とメトロ用に、下層は自動車と歩行者用となっています。
橋は6年の歳月をかけて1886年10月に開通しました。
クルーズ船は次々と橋を潜り抜け、途中で折り返して大西洋岸まで行きます。
一番下流にあるアラビタ橋です。この橋を超えると大西洋が見えます。
クルーズ船はこの橋を超えた所でUターンして船着き場へ帰りました。
綺麗な街並みです
川岸にはレトロな市電も走ってました。
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今日からいよいよポルトガル観光の始まりです。
最初はポルト市内観光で、最初に行ったのはアズレージョが美しいサン・ペント駅です。観光に入る前にポルトの街とアズレージヨについて簡単に説明しておきます。
【ポルト】
リスボンに次ぐポルトガル第二の都市ポルト。ポートワインの積出港として知られています。ローマ時代にはポルトゥス・カレ(カレの港)と呼ばれ貿易で栄え、ポルトガルの国名の由来にもなりました。旧市街地は、1996年、「ポルト歴史地区」としてユネスコの世界遺産に登録されています。歴史地区の建築群は、エンリケ航海王子が道を開き、大航海の成功がもたらした莫大な富のあかしです。ドウロ川の両岸に建つ、白壁にオレンジ屋根の家々の風景は、ポルトガルの風景として有名です。
【アズレージョ】
14世紀のムーア人が伝えたタイル技術が起源。これを基にポルトガル独自のタイル文化として発展し、今でもポルトガルへ行けば教会、宮殿、駅、一般の家庭の外壁などに見られるように、ポルトガル建築の所要な要素となっています。
それでは観光に出かけましょう。バスは世界遺産にも登録されているポルトの歴史地区が見渡せる高台に来ました。
有名なドン・ルイス1世橋(後述)を渡って旧市街に入ります。
教会の壁に青いタイルが見えますね、これがアズレージョです。
【サン・ペント駅】
1900年に建造されたポルトを代表する鉄道駅。見どころは構内の壁を彩る2万枚のアズレージョ。ジョルジュ・コラソによって1930年に制作されました。
ジョアン1世のポルト入場やセウタ攻略など、ポルトガルの歴史を物語るシーンが描かれています。
サン・ペント駅に着きました。外観は普通の駅ですね。
構内に入ると素晴らしいアズレージョで埋め尽くされていました。サン・ペント駅はアメリカのトラベル誌が選ぶ「世界で最も美しい駅」に選ばれています。
駅へはヨーロッパの駅らしく改札口がありません。列車が着くたびに多くの通勤客が降りてきました。
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ポルトガルの旅は以前に「スペイン・ポルトガルの旅」として行きましたが、ポルトガルがリスボン中心だけで何となく物足りなく今回再訪となりました。
ポルトガルへのルートは大阪の伊丹空港から羽田へ飛び、そこからANAでドイツのフランクフルトへ行き、乗り継いでポルトガルの北部の街ポルトへ向かいました。
フルンクフルト行NH223便です。ANAでは午前と夜の2便がフランクフルトへ飛んでいます。機内は日本人が9割で、3組のツアー客が乗りほぼ満席でした。
羽田を飛び立ちました。
日本を縦断して日本海へ抜けます。この写真は長野上空だと思います。
この後は雲ばかりで下界は殆ど見えませんでした。
途中で朝日を見ましたが、窓枠の氷の粒で上手くピントが合いません。
フランクフルト周辺は大変寒く雪で覆われていました。
フランクフルト到着です。
この後長い乗り継ぎ時間があり、ようやく深夜にポルトガルのポルトに到着です。
写真はあくる日の朝、ポルトで泊まったホリデーインホテルです。
さあ今日からいよいよポルト観光です。
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