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この本は、19340年ごろの、アメリカのある南部の都市が舞台になっている、この本を読みながら、ちょうど同時代に、活躍した、アメリカの画家、エドワード ホッパーを思い出す
彼の絵の「光り輝く中の、寒々とした都会の風景」が、この小説に重なる部分がある
ミュート(mute)の男の主人公とそのボーイフレンド(彼は途中から、話の筋の脇に置かれる)そして彼の4人の友人たちをめぐって話は展開する、
1. 配偶者との「無駄話」なぞとうにしなくなってしまった、「食堂の主人」、
2. この町に流れてきた、いつも酒のにおいをさせている「労働者、労働運動家」
3. 15歳の、おやじが失業中、いつかは「音楽家になりたいと夢見てる」子娘、
4. 屈折した(?、とりあえずそうかく)「黒人医師」
本を読みながら、僕は、この人たちの人生に、生きるものたちの心の底にある 透明な「悲しみの箱」のようなものを感じた、
ある日、
主人公は、収容所の病床に臥しているボーイフレンドに手紙を書く、
下手な訳で恐縮だが
この4人たちはみな忙しい、こういっても、君にそれを想像させるのは難しいかもしれない、彼らは決して、日夜 忙しく働いているということでない、
彼等は心の中に、「自分を、楽にさせないような何か」を持っているんだ、
。。。
彼らは、食べること、寝ること、酒、仲間以上の「何か愛するもの」を持っている、だから彼ら(の心は)忙しいんだ、
「自分を、楽にさせないような何か」、
「それ以上の何か愛するもの」をもっている
それは何だろう?
労働運動?、あこがれる音楽?、黒人の解放? 満たされぬ空虚感?
語学試験ならそれで合格だろう、
僕は、虚空の下、精神の、霧に覆われた森の中に、「生きる意味を探し求めながら」
「本物の自分をさがしながら」さまよいながら歩いている彼らの「姿」ではないか、といつもどおりに書く、
笑ってしまった部分がある、
その食堂の主人が、「今の音楽はわからない、自分が判る好きな音楽は、1920年までだ、」というせりふ、
音楽とか映画とかは、青春時代と結びついているというのは、古今東西かわりなしか?
そして、彼の配偶者の病死後しばらくして、「愛」を感じなかった彼女の遺品の香水なぞを、秘密に使ってみたりするところに、かすかに香る、翻った「愛、人を思う心」なるものを感じた、
夏の日、その15歳の少女が、近所の年上の男の子と町から、
自転車で、16マイル離れた誰もいない、静かな川に二人で泳ぎに行く
光はじける川面さえが見えるような、青春の一日の描写がある、
こんな思い出は、一生「自分の中」にしまわれるに違いない、
名作である
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