|
インターハイ 自転車競技
7月29日
4.000㍍パーシュウト(団体追抜)予選
②岐阜第一高等学校 決勝戦へ
④岐阜県立 岐南工高 3位決定戦へ
出来れば、予選で岐阜第一高校が①、岐南工高が②で
決勝戦となるとよかったのですがね。
これは3匹乗っていますが・・・。
タンデムレース、第7回大会インターハイ頃はあった?。
インカレにもあり、
大石好克(日大・岐阜・大垣日大卒)が、よく優勝していました。
彼の前ハンドルの操縦はすごかった。
和歌山インカレでも直接見ていました。
国体では、高校500㍍(埼玉・大宮)、一般500㍍(岩手・柴波)で優勝
世界選手権(群馬・前橋)の3位入賞(稲村ともう一人?)もありました。
直接観覧していました。
これから高体連自転車競技のホームページを見ながら、
自己判断してみます。
7月30日
鳥取県倉吉自転車競技場(333㍍走路)
結果は、団抜、優勝と3位でした。
4.000㍍パーシュウト(団体追抜)3位決定戦
③ 岐南工高 4.25.336
4.000㍍パーシュウト(団体追抜)決勝
① 岐阜第一高校 4.22.998 初優勝おめでとう。 後は総合優勝だが、
個人種目で、どれだけ優勝・入賞できるか、
3.000㍍個人追い抜き⓾岐南工高⑪岐阜第一
この種目で8位までを逃しては、総合優勝は・・・・・?。
7月31日追記 16.30
やはり追い抜きで7位(又は、その他の種目でも可)までで、
総合優勝は、1点差でダメでしたね。
相手は、チームスプリント含む3種目優勝のみで総合優勝でしたね。
残念。
ロードレース(広島会場)は・・・巻き返しができるかですが?。
自宅でカラスの勝手の大会予報。
地元の花火大会は、ほとんど見ていなかったですね。
今日は土用の丑
ウナギのお話では、監督で行った岩手県で、
第3回都道府県対抗(岩手・紫波)で、
白木明(岐阜郵便局)、戸本正(自営)、
高木一郎(自営)、水野正信(法政大)の4人で
団体追抜で、決勝に岐阜県が残ったので、
うなぎ屋を経営している、民宿のご主人が、
好きな物を、ご馳走すると言われました。
私は丁寧にお断りしたのですが、
白木選手がウナギが食べたいとお願いしたらしいのです。
夕食は、やはりウナギでした。
民宿で決勝に残ったチームに大判振る舞いでした。
ブログを通じて、今お礼を言います。
ありがとう。
大石がタンデムで落車し鎖骨を骨折、大学1年の水野を急遽出場でした。
其の翌年岩手国体に、大石が優勝しています。
そうそう、ウナギで優勝はしれませんでしたが。
決勝の相手は、確か、地元の岩手県だったか?
|
岐南工高自転車部の歴史・成績等
[ リスト | 詳細 ]
|
インターハイ自転車競技
全国高等学校総合体育大会前のこの時期は、数か月くらい前から、
高体連の自転車競技をネットで調べるのが楽しみです。
各県大会、各ブロック大会
タイムのわかるもの、
1.000㍍タイムトライアル
チームトライアル
4.000㍍団体追抜
3.000㍍個人追抜
この記録で大体の全国レベルがわかります。
ホームページができてからほとんど利用しています。
高体連自転車競技の総合雑誌は、
第一号から第四号までぐらいまでは取り寄せていましたが、
今ではホームページが主です。
岐阜県を見てみますと
今年は、岐阜第一高校が大活躍、総合優勝も見えています。
母校の岐南工高は、苦戦するでしょう。
最近は、岐阜県勢は道路競走があまりよくないです。
ここがネックでしょう。
|
|
全国高校自転車団体道路競走は、
岐南工高の初代主将の投書から始まったのです。
ベルギー ロードレース記念印
この図は直接本文とは関係ありません。
昭和31年3月、「日本自転車業界新聞」に
第⑤?回関東高校自転車団体道路競走の記事が載っていました。
地方では自転車競技大会は、年に2回ほどしかなく、
ぜひ、このような大会に、地方から出られないかと、
日本自転車競技連盟に問い合わせたのです。
折り返しと感じるくらいの速さで、
第1回全国高校自転車競技団体道路競走の大会通知と、県大会の予選の通知でした。
インターハイは大宮(8月上旬)でしたが、
4000㍍団体追抜 6位入賞だけでした。
作戦で、インターハイのロードは岐南工高は出ませんでした。
その大会、ロード優勝は、小木曽選手(岐阜県立岐阜工高)でした。
帰ってきて、すぐに団体道路の県予選が組まれていました。
メンバーを組む二人もインターハイをパスさせて、地元に待機させました。
作戦通り岐南工高は県予選優勝で全国大会の出場が決まりました。
岐阜県予選
岐南工高 優勝 江崎 誠一
棚瀬 実
広瀬 清市
全国大会会場は、神奈川県鎌倉 − 平塚の二往復120㌔メーターです。
この大会で代表各チームにロードレーサー(当初はツアー車)が、いただけるようになりました。
以下続く
|
|
岐阜県自転車競技の監督
私の初めての全国大会は、第10回国体(神奈川県・平塚)高校の部でした。
岐阜市立岐阜工業高校で、自転車部はなく、同好会でした。
この時は、県内に部があったのは、岐阜県立岐阜工高と、岐阜県立大垣工高だけでした。
お米持参で、参加しました。(1食○合の割で持参)
監督は、一般は渡辺清氏(県車連理事長)、高校は加納正義氏(岐阜工・県高体連自転車部長)でした。
ただ、この時は、知らなかったのですが・・・・・。
以後の、いろいろな大会では、渡辺氏がほとんど監督でした。
食事時になると、
監督のすぐ横に、せえちゃん、「ここに座れ」と、ご指名がありました。
食卓に並んだアルモノは、せえちゃんが黙って処分していました。
ある時、ある選手が、なぜ、監督の漬物を黙って、
せえちゃんが食うのかと問いかけてきました。
黙って監督の漬物を食べるのが不思議だったようです。
監督は
「子供のころ、大根や白菜の上に大きな石で重しをした石を見て、
お漬物が食べれなくなった」
又、
「石の下になったようなものが食べれるか」と説明しました。
この、説明は、以前に直接聞いていたので、いつも黙って、
御新香は独り占めしていたのです。
好き嫌いは、いろいろですね。
|
|
金メタル無縁男の戯言 2016-4
岐南工高自転車部の二度目の危機は完全アウト
インターハイ大津大会と
第5回全国高校団体自転車道路競走で、
岐南工高 第3位 白木 明 (正木小)
木田 幸雄 (鶉小)
坪内 (穂積小)
団体で上位入賞でした。
お隣の県ですから、OBの堀 昭夫と、オートバイで応援に行きました。
これなら次年度は大丈夫だと確信していました。
白木 明 は卒業していきましたが。
木田幸雄を中心にして、道路は岐阜県大会優勝でした。
新潟県、弥彦で行はれたインターハイと、団体ロードの大会は、
完全に上位入賞、又は、優勝かと心待ちしていました。
この年は、所要ができて初めてインターハイに行けなかった年でした。
ところが、校長先生がハンコを押してくれなかったのです。
この校長先生の名前が思い出せません。
それを伝えに我が家に来たのは、大会前日で主将の木田幸雄でした。
少し彼に怒ったような気がしますが、定かではありません。
なぜ申込締め切り前に伝えに来なかったと・・・・・?、
そうすれば解決のしようがあったはずです。
インターハイの小型印は出なかった。
国体 大津 56.10.13
堀 昭夫(鶉小) 岐阜車体工業KK勤務
インターハイ(大宮)個人ロードレース 四位入賞
国体 〃 六位入賞
白木 明(正木小) 岐阜郵便局勤務
第22回国体 (埼玉・大宮) 4.000㍍速度競走 優勝
全日本選手権(松阪) 10.000㍍ポイントレース 優勝
〃 4.000㍍個人追抜 二位
第1回全国都道府県対抗4.000㍍団体追抜 二位
第3回 〃 二位
第3回アジア選手権(ソウル) 団体ロード 金メタル
その他、全国大会入賞は書ききれません。
元 岐阜県自転車競技連盟理事長
木田 幸雄(鶉小) 卒業後競輪選手に (受験を含む話は、過去にブログ一筆あり)
競輪引退後は、羽島のゴルフ練習場の管理者でレッスンコーチ?
坪内 (穂積小) 卒業後、穂積で自営業(クリーニング業?)と聞き及んでいます。
もう一人は、思い浮かばないのですが…。
このようなメンバーで昭和20年台から昭和50年台まで過ごしてきました。
後半10年ほどは、岐阜県自転車競技連盟で岐阜県強化委員長を務めました。
半世紀前の出来事で、資料を見ずに書いていますので、年度と成績順位等は不確実です。
色々訪問してくれる後輩の情報も参考にしています。
|






