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年賀はがき 普通便使用例(10円収納)
昭和51年用 年賀はがき(10円)に、10円収納押印
昭和51年1月25日 葉書料金が10円から20円に値上げされました。
佐世保 昭和51年11月29日 → 大阪 吹田市
昭和51年適正使用例です。 返信用に大阪から佐世保に送られたものでしょうか。
大阪港 10円収納印
本日午後3時Gポイントの ビンゴ (9×9)で3列揃うと百万円で8の字でピカピカ光ったので、ピン止めして、トリプル欄の商品の100万円のページを開けたが、秒差で取れませんでした。
しかしよくよく見てみると3列ともリーチで光っただけで、ビンゴでなかったのでした。
残念。
あと3個何とか揃うとよいのですが。
毎日3時、3個の数字が発表になり、3口権利がありますので、他の1口は、1列のみビンゴでしたが、商品は全部なくなっていました。
ダブル、トリプルはまだ少々残っています。
ヤレヤレ。
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官制葉書
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分銅1.5銭葉書(銘なし)の料金収納印付き未使用
ヤフオクにこんな、出品がありました。
一応拾ってみました。
未使用 料金収納印付(京都)
未使用です。使用済みもほしいですね。
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桜はがき 15銭往復はがき 返信用
2円時代 後期使用 (1円85銭加貼)
ヤフオクで、35銭の標語印を探していたら、こんなところから現れました。
しばらくは、このままの状態でほぞんします。
標語 名あては 正確に
小倉(左書) 〃 櫛型印 後0-6 この標語は、小文字の方で
このほかに大文字と、太字体があり、
「名宛は 正確に」 宛が漢字もあり、
黒色と朱色がありますので、
褌を〆めなおして、きっちり整理したいですね。
こだわる人は、
局名の、右書、左書。
時刻の后と後、時刻無?。
上部の バー附きか、無しかも含めると・・・・・・・茶の木畑にまよいこみます。
日付下部は、見たことがありませんが。
1円20銭、30銭も標語印があるとよいのですが。
追加文
葉書の種類別、切手上の標語別も考慮の必要がありますね。
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官製はがき
小型カナなしはがき
明治8年6月12日〜明治9年9月18日が、適正期間です。
後期使用例、一度出した図ですが、
5厘はがき 1銭はがき
京都小ボタ N3B2 明治14.7.30ろ 京都 大ボタ N3B3 明治20.9.11ハ
5厘はがきはカタログに、この組み合わせは載っていないですね。
1銭も小ボタを30年ほど探していますが、なかなかドッキングできません。
この逆も考えていますが・・・・?。
市内便用で、二ッ折〜小型5厘はがきまでの、
岐阜のご当地を探すのが困難です。
しからば何を集めるかですが、頭を捻ります。
1銭葉書は、地元も豊富です。
1銭 不統一印 美濃/郵便局/田中
記番印 ラ1号・岐阜(青1銭ホ貼)、ラ2号・笠松、ラ3号・上有知、ラ9号・岩村
ラ19号・中津川、ラ28号・高富、ラ31号・神渕、ラ46号・兼山、
二重丸印 KG 岐阜、高富、船附、加納、田中、明知 (目月知) 、他
タ2号+B1(伏見) 大阪KB1+三宮停車場印
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小判はがき 5厘
はがき屋さんの便乗ブログ
主用途は市内便用
(明治9年9月19日〜明治15年12月31日)
市内便は、明治16年1月1日以降、二週間ほど猶予期間があったはずです。
美濃・飛騨(岐阜県)とも市内便、手持ちなし。
官民往復便の KG(岐阜・大垣・北方・高富・上有知) KB2(岐阜)
5厘切手加貼で、ひそかに狙っていた物は岐阜ボタ、これも無縁。
〃 KG KB2は、ともに数通。
切手落ちで、記番(ラ 第九号・岩村)がかろうじて一枚
大垣KB2 の1銭(持込料)加貼例
到着印は、薄いが笠松KG
他県では、手持ちで、
名古屋ボタ→下小田井KGB2の市内便があるのみ。
今でも、常に複数の人から譲渡を申し込まれています。
スキャナーをエプソンからキャノンの印刷機(コピーと、スキャナー兼用)にしてから、よう使いこなせず、ここに図が載せれない悲しさがあります。
例えば
名古屋⇔熱田
名古屋⇔下小田井 (名古屋➡下小田井)
名古屋⇔枇杷島
熱田⇔下小田井
熱田⇔枇杷島
この十通りは、名古屋の人の悲願でしょうが見たことはありません。
又、名古屋市内便以外では、単独市内便も必要ですね。
但し、消印の違いを考慮していません。(数十例になりそう。)
サドル便で、下小田井➡枇杷島が出れば、これで万々歳。
下小田井は、◎印の収集者の垂涎の的ですから。
当方は、下小田井のKGB2の単独抹消印はありません。
5厘はがき到着印でがまんしています。
追加 発信
もう40年も前の話ですが、名コレの例会で、
下小田井のKGB2の赤二の満月印があったら分けてほしい。
東京の超有名な其氏に頼まれたと、発言があり、その場は、黙っていましたが、
後で、下小田井のKGB2は、赤二はありませんよとお伝えしました。
何か、む!!、とされていましたので、その沿革をお話ししました。
その時は、それでおしまいでした。
後の例会の折、すまなかった、枇杷島に代わっていたのを知らなかったと、頭を下げられました。
その方も、のちに、全日本郵趣連合の理事長をされた人ですし、東京の超有名な其氏も、やはり理事長をされた方でした。
もはや、お二人とも、この世界にはおられない人です。
黙っていればよいものを、性格上、すぐしゃべっては、敵をつくるせえちゃんです。
このブログでも、コメントで、すぐ、本当のことを書いて、敵を作っています。
それは、切手関連、政治関連も含んで複数の人が、ご訪問いただけない状態が続いています。
困った性格の持ち主です。
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