いわきのひみつ基地日記

いわきの四季折々の風景や名所、自然などを紹介しています。

その他

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

友の死・・・・。



こんにちは。
いつも訪問、ありがとうございます。


一昨日の夜、以前の会社の友人から電話が来ました。
「Aくんが亡くなったようだけど 知っているか・・・?」と言う内容でした。

Aくんは、以前勤めていた会社からの友人で 今でも時々、会っています。
うちで行われるイベントにもほとんど参加してくれていました。
先月も有給休暇をとってまで 流しそうめんパーティーに参加してくれました。
先週も お盆休みにキャンプをやるから参加してくださいとメールでやり取りしたばかりです。

私は、信じられませんでしたので 昨日、朝起きるとすぐに Aくんが安置されていると言う葬儀場に向かいました。
そこには、顔に白い布を被せられ、何を言っても答えてくれないAくんがいました・・・。
その姿を見ても 亡くなったことが信じられませんでした。

くも膜下出血だったそうです。

流しそうめんパーティーの時に 最近は、忙しくて釣りもなかなか行けていないと言っていました。
でも、また一緒に釣りに行こうと約束をしました。
秋には芋煮会、年末には餅つきに参加すると約束してくれました。
そんなAくんが、こんなことになるとは・・・・・。

Aくんは、私よりちょっとだけ年下です。
私と同じでビールが好きで ビールを飲みながら話しをするのが、楽しみでした。
これから年を重ねても ずっと友人でいてくれると思っていました。

突然の友の死に 悲しくて滅入っています。

心からAくんのご冥福を祈りたいと思います。








こんにちは。
いつも訪問、ありがとうございます。


山の緑も濃くなり、うちの庭も緑一色になってきました。
木々の緑が眩しく感じられます。

イメージ 1


そして 家の周りでは、ホトトギスの声が響いています。
ホトトギスは、昼でも夜中でも鳴きます。
夜中に鳴かれるとうるさく感じることがあります。




ホトトギスの鳴き声は、トッキョキョカキョク、テッペンカケタカと言っているように表現されることが多いですね。
先日テレビでラッスンゴレライと言っているようにも聞こえると言っていました。
ほんとかなぁ〜と思いつつ聞いていると何となくラッスンゴレライにも聞こえてくるから不思議です。

そしていわきの小名浜港にもカツオが水揚げされました。
カツオの刺身は、美味しいですね。
私は、戻りガツオの脂がのったものが好きですが、初ガツオもいいですね。


イメージ 2



目には青葉、山ほととぎす、初鰹・・・・・。





こんにちは。
いつも訪問、ありがとうございます。


昨日に引き続き、震災から4年、いわきの沿岸部の様子を紹介させてください。

まずは、常磐共同火力発電所がある佐糠、岩間地区です。

イメージ 1


ここも防潮堤の工事と土地のかさ上げ工事が行われていました。
依然あった建物は、基礎からほとんど取り壊されていました。
この地区には、震災前は、高さが3mくらいの防潮堤がありましたが、津波の影響で壊れてしまいました。

イメージ 2
2012年、2月26日撮影、壊れた家と基礎だけが残っていました。


イメージ 3



イメージ 4


現在は、かなり高い防潮堤が建設されていました。
まるで高い塀に囲まれているような感じです。
刑務所の塀のようだと言っている人がいましたが、そのくらいの圧迫感があるような感じです。

イメージ 5


砂浜は、こんな感じになっていましたが、こんな砂浜でもサーフィンを楽しんでいる方々がいました。


そして小浜地区の様子です。

イメージ 6


ここは、周囲が高い崖に囲まれた小さな港と砂浜があるところで いわきでは、隠れた海水浴場と言った感じでした。
ここも高い防潮堤の工事が行われていて立ち入り禁止になっていました。

そしてサンマリーナの様子です。

イメージ 7

ここは、クルーザーやヨットなどが係留されていたところですが、立ち入り禁止のままでした。


イメージ 8


それでも釣桟橋や遊歩道の復旧工事が行われているようです。

イメージ 9


イメージ 10


それから小名浜、小名浜魚市場です。

イメージ 11


小名浜1号埠頭に5階建ての立派な魚市場ができています。
以前の魚市場は、老朽化と津波の被害で取り壊しされるようです。
小名浜地区は、今後、大型ショッピングモールの建設計画や大きな橋がかかる人口島の建設などがあり、これから いわきでは、一番賑やかな地区になるのかも知れません。

最後に いわきではありませんが、先日訪れた いわきのすぐ隣、茨城県大津港で見かけた津波避難タワーを紹介させてください。


イメージ 12


イメージ 13


このタワーで100人ほどを収容することができるそうです。
津波時の避難のためのタワーだそうで 遊んだり飲食したりしてはいけないようです。
私は、通常は展望台にのように 市民の憩いの場に使用されても良いように思うのですが・・・・。



月日の経つのは早いもので 東日本大震災から4年が経過します。
各地で追悼のイベントなども行われているようですし、テレビでも特集の番組が組まれていますね。
あの日を忘れない・・・・・ともよく言われていますね。
でも、日々の暮らしに追われてしまうと 少しずつ忘れてしまうのは仕方のないことのように思います。
東日本大震災が、3月11日と言うのを覚えている方でも 阪神淡路大震災が1月17日に起こったということを忘れてしまった方も多いのではないでしょうか・・・。

3.11や1.17を忘れても、この地震や津波が起きた事を教訓にして欲しいと思います。
地震や津波が起こったらどのように対処したらいいのか、そんなことを考える日を持っても良いように思います。

東日本大震災では、1万8千人以上もの方が犠牲になったそうです。
あらためて犠牲者のご冥福をお祈り申し上げます・・・・。











こんにちは。
いつも訪問、ありがとうございます。


明日、3月11日は、東日本大震災から4年が経ちます。
いわきは、沿岸部が津波の被害に遭いました。
たくさんの犠牲者が出ましたし、家や建物も破壊されました。
4年が経ち、どのようになっているのか見てきましたので紹介させてください。

まずは、薄磯地区です。

イメージ 1

この地区は、震災前は、夏になるとたくさんの海水浴客で賑わったところです。
津波で壊滅的な被害が出て、ほとんどの建物が倒壊しました。
現在は、ほとんどの建物が基礎から取り除かれています。
かろうじて豊間中学校の校舎だけが残っていますが、この校舎もやがて取り壊されるそうです。

イメージ 2

遠くに見えるのが塩屋埼灯台です。
津波の被害に遭った いわきの沿岸部全体に言えることですが、薄磯地区でも高い防潮堤の工事が進行しています。

イメージ 3

海水浴客で賑わった美しい砂浜は、防潮堤の工事のためにかなり荒れています。
元通りの美しい砂浜に戻るには時間がかかりそうです。


そして久之浜地区です。

イメージ 4

遠くに見える神社の祠は、津波の被害から奇跡的に残ったものです。


イメージ 5


防潮堤の工事と共に防災緑地の盛土工事が行われていました。
いわきの沿岸部は、防潮堤のかさ上げ工事と盛土をして防災緑地になるところが多いようです。

イメージ 6


震災前は、美しい姿をして大久川にかかっていた木造の橋、代ノ下橋は、橋げたが流された状態のままです。
震災前に写した写真がありましたので紹介させてください。

イメージ 7
2010年、1月4日撮影。

この美しい橋は、元通りになるのでしょうか・・・?
何年かに一度、架け替えられて地元で親しまれていた このような橋が元通りになることを願っています。


イメージ 8

上の写真は、大久川の河口付近から見た様子です。
防潮堤の工事がだいぶ進んでいるようです。

いわきの津波の被害に遭った沿岸部は、防潮堤のかさ上げ工事が進んでいるようです。
今回は、薄磯地区と久之浜地区を紹介させていただきましたが、次回は岩間、小浜地区などを紹介させてください。


幸せとは・・・・。

 
 
こんにちは。
いつも訪問、ありがとうございます。
 
 
 
昨日から 正月休みに入った方もいるようですね。
私は、今日も仕事でして 30日からやっと連休に入ります。
 
以前に 私は、肩こりがひどくて 最近は手がしびれることもあると記事にしました。
その時は、ご心配のコメントもいただき、ありがとうございました。
 
温泉に入り、少し良くなったのかと思っていましたが、先日、左肩が痛くて 左手が動かせなくなりました。
動かさなくてもズキズキと痛み、ちょっとでも動かそうとすると 激痛が走りました。
そのような症状が出たのが、23日の休日でしたので その日は何とか我慢をしていました。
左手が動かせないので 服を着替えるのもたいへんでした。
カミさんや娘に手伝ってもらって着替えました。
介護を受けているような感じでした。
 
翌日、朝一番で整形外科に駆け込みました。
そしてレントゲンを撮ったりして 先生に診察してもらいました。
すると肩の痛みは、石灰が溜まっているとのことでした。
すぐに痛みを和らげるのから 肩に注射をするのが良いとのことで 注射をしてもらいました。
そして痛み止めやビタミン剤、湿布薬など処方してもらい、薬局に寄って家に帰りました。
 
イメージ 1
 
 
家に帰ると 注射をしたからか、少しは痛みが和らいだような感じがしました。
その日から肩に湿布薬を貼って過ごしました。
お見苦しい写真で申し訳ありません。
 
 
イメージ 2
 
 
次の日には、頭の高さまで左手が上げられるよになり、3日目にはバンザイまでできるようになりました。
4日目には、ほとんど痛みがなくなりました。
冬至カボチャを食べると中風にならないと言われているようですが、中風とは、半身の不随とか腕や脚の麻痺のことらしいです。
病院の先生のおかげと 冬至カボチャを食べたから 腕を動かせるようになったのでしょうかね。
 
私は、約2日間、左手が動かせないでいました。
顔を洗う時は、右手だけで洗い、左手で茶碗を持つこともできませんでした。
パンツを履くのも苦労しましたし、紐を結ぶのもたいへんでした。
 
やっと痛みがなくなって 以前のような生活ができるようになりましたが、その時に普段 何気なくしていること、 当たり前のことが当たり前にできること それが幸せなんだなぁ〜と思いました。
誰もができる 当たり前のことができなくなって はじめて その事に気が付きました。
特別なことをしなくても 健康だと 人は、それだけで幸せなのかも知れませんね。
 
 
今年もあと4日で終わりですね。
何とか良い年を迎えたいですね・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

.
やまめ
やまめ
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

過去の記事一覧

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事