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Part2のつづき・・・・・・・・ そして余震がつづく中、長い夜を車の中で過ごしました。 もう、ほとんど寝てません。緊張と寒さで体はもうかなり疲れきってました。 朝になり、やっと真っ暗闇から明るくなり少し落ち着いてきました。 俺たちは、絶望感の中で家に帰りました。 家に入ると、もう見るも無残な姿でもう手のつけようがない状態・・・ また、また、余震?? とりあえず、水分と食料をと思いありったけの物を集めましたが、 昨日から電気も止まっている為、冷蔵庫ももう水浸しで中の物もだめになってました。 もうお菓子しかないと思い、袋に詰めていると、また余震・・・・ '''いつになったら止まるんだろ? これってホントに街ごと崩壊するのかなぁ?とか考えて''' 喉がカラカラだったので、冷蔵庫を開けるとそこにはビールしかなく、 仕方がなくそれを一気に飲み干しました。不思議ですよね?こういう状況の時って 全く酔っ払わないんですよ。。。 そんな事をしていると近所の人が入ってきました。 近所人:家どんな?大丈夫?・・ 俺:ん〜どうなんかな? 近所人:まだましなほうだよ!! 俺:・・・(心の中でましって言われたってこれは無理でしょ) とか考えながら、俺はみんなに聞いた? 俺は昨日、寿司を貰って食べたけど、皆は食べたんですか? そうすると、皆一斉に首を横に振った。 私は自ずと皆の事も心配になり、良かったら家にカップラーメンが10個ぐらいあるから 皆で食べてください!と配って回った。 普段は絶対にこんな行動を取らない俺が、自然とそうしていた・・ みんなの笑顔がすごく嬉しかった。 いろんな事をしたくても、昨日から動けなかった事でこれからやりたい事がいっぱいあった。 ・・・そしてやっと、、、 市役所に行って今の被害状況や道路状況を知りたい! 昨日行けなかった、実家のコンビ二の状況を知りたい! これからの非難場所と食料調達はどこですればいいのか? こんな事を考えながら、俺は市役所に着いた。 もう被害状況や道路状況を確認するどころか、TV局から新聞記者とマスコミ関係でも ごった返していて、もう何がなんだかわからなかった。 しかし、そこには自分の友達にもかなりあって少し安心した。 友達:おお!○○!! 俺:おお!!生きてたか?(結構笑い話ではなく!) 友達:それより、お前めし食った? 俺:うん。なんとかね・・・お前が持ってるの何? 友達:これ、配給された飯・・・ それは水とサトウのご飯のみだった。 水ぶっ掛けて食えとっさ。。友達が言った・・・ まあ、もらえるだけありがてえと思おうぜと別れを告げ、、 俺は警察官の所に近づき聞いた・・・ 俺:あのすいません。川口に行きたいんですけど・・どこの道が通れますか? 警官:はぁ?何いってるの?無理に決まってるだろ! 俺:どうしても行かないとなんで、歩いてでも、自転車でも行ける所なら教えて下さい。 警官:こっちも行ってみないとわからないんだよ。あっちの情報きてないから・・ だいたい、あの一番すごい震源の川口に行ける訳ないだろ? 俺:ええええ!!川口って小千谷よりすごいんですか? 俺はその時、真実が初めてわかった。や・ば・い!!
とにかく行こう!!と思い、車に乗り込み 川口方面に向かった・・・・・ |
雨にも風にもマケズ・・・
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part1からの続き・・・・・・・・・ そして小千谷に入るとそこは本当に廃墟の街でした。 まるで、爆弾でも落とされたかのような状況でした・・・ 道も陥没して、電柱もあちこちで倒れてました。 車はあちこちで止まり、あたりでは人々が恐れと悲しみの あまり泣き叫んでいるばかり。 あ、、ふと・・・思い出しました。 そういえば実家にばあちゃんが一人でいたんだ。 青ざめました。急いで実家に戻った時は、隣の人が 寒さに耐えられないばあちゃんを車で休ませてくれてました。 ばあちゃんは風呂に入っていて裸のまま家から飛び出して きたそうです。下着のまま毛布に包まってました。 ほっと、、一息ついて・・・・・ 俺はどうしても親の経営するコンビ二まで行きたくて、、 通過できるポイントを必死に探しました。 余震が止まない中、どんどん道が崩れその日は川口までの 通路を見つける事が出来ませんでした。 それから・・・・・ 俺はやっと自分の家に辿りついた時は、近所の人々が座って 怯えていました。 近所A:あっっ○○さん。大丈夫だった?ここまでどうやって帰ってきたの? 俺:んん。潜り抜けて何とかきたけど・・ そう言いながら、我が家を恐る恐る見つめ、中に入るのは朝になってからに しようと思いました。 そして、ばあちゃんだけを乗せ途方に暮れながらついたのが、スーパー○信前 でした。そこにはもう入れない程の車で埋め尽くされてました。 今日はここで寝よう! 車でエンジンをかけたままだったが、止めたら死にそうな寒さでした。 二人で横になったその時・・・コンコン、おい 布団屋:夜は冷えるから良かったらこれ使って下さい!! 俺:ん?おいくらですか?いいんですか? 布団屋:何を言ってるんですか?何枚いりますか? 俺:・・・・・ありがと・・・ 布団屋さんにふかぶか挨拶すると、ほんの少し笑みが見えました。 感動しました。 こんな皆が恐怖に怯えてる中、自分の今できる事を全力でやってる。 自分がチンケに思えてきました。 そして緊迫した雰囲気の中、向こうで騒がしい声がしてきました。 そこにはくる○○寿司さんがボランティアで、ネタが悪くなるからと 寿司をどんどん握って配ってました。 皆、助け合い。ここにいる。すごく元気づけられました・・・ 本当にそこには人間のあったかさが伝わる場所がありました。 part3へと続く・・・・・・・・・
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ここではもう時間も経って少しずつ忘れられている、 あの忌まわしい「中越地震」の時の出来事を書きたいと思っております。 もうあんな体験は生きているうちではもうないと思いますので、 忘れないうちに記録に残しておきます。 10月23日 PM17:56 「ズドーン」 何?社内ではあまりの揺れにみんなしゃがみこみました。 俺:何?何?今の〜 同僚A:何って地震でしょ? 俺:そりゃわかりますけど、やばくないですか?これ? こんな口が開いたままの会話で・・また 「ズドーン」「ズドーン」 同僚B:隠れろ!! 今度はみんな机の下に隠れて何もできませんでした。 そこには、社員は10名ほどいたと思います。 やっと我に帰った同僚が「家大丈夫かなぁ?」と呟き みんな一斉に携帯で連絡を取り合った瞬間。また!! 「ズドーン」「ズドーン」 同僚A:もうここから逃げよう!! 社長:みんな大丈夫か?(やっと社長室から出てきました) 皆:やばいよ〜。逃げよう もうあの時はみんな俺が一番、俺が一番と競うように 会社から出ていました。 こういう時って一番人間の本性がわかるんですよね。。 そんな事を考えながら、会社の外の広場に集まりました。 余震が続く中、社長が車のラジオをつけ大きな声で言いました。 社長:おい、震源地は小千谷だって!○○大丈夫か? 俺は青ざめと同時に終わったと思いました。 そんな時に繋がらなかった携帯から妻からのメールが来ました。 「大丈夫?、子供達も無事だから安心して」 たったこれだけのメールでしたが、ホントに安心しました。 ですがまだまだ止まない余震の中、「親は大丈夫だろうか?」 そんな不安が止みませんが、TELも何も繋がりません。 ましてや、実家はコンビニエンスストアを経営していて 自分よりそっちの方が心配になりました。 何せそのコンビ二の場所は震度7.2の川口町だったからです・・ 社長:おい!小千谷・魚沼方面の4人は早く帰れ・・・ 俺は帰りたいと思いましたが余震とあまりの恐怖に立ち尽くす事しか できず、40分してやっと動き出しました。 ・・・足早に車に乗り込み向かいました。 顔の引き攣りが止まず、向かえば向かうほどあっけに取られました。 ある意味ここまで崩れると美学とまで思える程でした。 そんな中私は親の安否が分からず、川口方面に向かう為、 妙見に向かいました。そこで車が、、5台ぐらいだったか・・? 止まっていて、 おじさん:ここから先は行けないぞ!!崖が崩れて何台か生き埋めに なったらしいから、戻れ!! 俺はしぶしぶ引き返しました。そこはなんとTVでも出た皆川優太ちゃんの 救出現場でした。後から聞いた話ですが、私があと何分早かったら? ひとごとじゃありませんでした。 寒気と苛立ちが激しくなる中、小千谷に入って行きました。 part2へと続く・・・・・・・・・
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