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12月19日(火)
あと3日でメキシコを出るので、北上してどこかカンクンエアポート近くに移動することにしました。
どこに行く?
わたしはトゥルムに行きたい(エド行きたくない)、エドはコズメル(島)に行きたい(わたしはフェリーての移動はしたくない)、、、ということで、折衷案、プラヤ⋅デル⋅カルメンに決まりました。
コロゾルよ、さよ〜うなら、、
で、再びレトロなバスに乗りました。フリーゾーンでは働くベリーズ人がどっさりと降りました。
ベリーズ出国の審査は、入国のときと同じ係官にあたりました。ゲストハウスのオーナーに、パスポートの査証は偽物だと因縁つけられてお金を請求される場合があるから、領収書は絶対に無くさないでと言われたので、そのときには水戸黄門の印籠のように出そうと、手のなかに握りしめていたけど、同じ係官だったので拍子抜け。まさか発行した本人がそんなこというわけないもんね〜、いくらなんでも。ちなみにベリーズ出国にあたっては、外国人はみな75ベリーズドル(4000円くらい)払わなければいけません。これってなんなのでしょうか?
でもってバスはあの懐かしい鉄橋を渡っり、〜この川が国境〜、メキシコに戻ってきました。
チェツマルからは快適なADOバスに乗り換えて、車中で現地の人がするようにトスターダスを食べました。バスターミナルでは、バスの乗客用にテイクアウトしやすいものを売っています。日本でいえば駅弁?ひさしぶりにまたメキシコの味です。
さて、プラヤデルカルメンに着きました。
歩きます。また例の宿探し前のちょっとした”緊張”です。でも初めての町を歩くって、ほんとにワクワクしますね。先入観なく、町そのものの空気を感じる瞬間。そしてこのときの第一印象と、滞在してから離れるときの印象の微妙な変化、がまた、たまらなくいいです。
いや〜、デル⋅カルメン、おしゃれ〜。きれいな建物が、、、、歩道も整備されていて、注意してなくても穴にはまるってこともなさそうですよ、、、。
なんとか宿が予算の範囲でみつかりました、、、きれいだし、、、目抜き道理からちょっと離れているし、、、ビーチにも近い、、、、しかし
夜、陽気なメリアチバンドの音楽がきこえるメインストイートをそぞろ歩きながら、、、わたしとエドは同じことを考えていました。
ここは、ちょっと商業的すぎるかな、と。
〜この町をメキシコ最後の場所にしたくないな〜、、、
エドがガイドブックともう一度にらめっこして、”ユウコ、このポルト⋅モレロスってどう?”
翌日、ポルトモレロスに移動しました。
ポルト⋅モレロスにはバスにのり(たしか30分くらい)、降りたところで待機していたタクシーに乗り換えて5分くらいで着きました。ハイウェイからまっすぐに海側にのびる道路があります。以前はひなびた漁村だったのかもしれません。まちにはいるなり、わたしは気に入りました。タウンスクウェアがあって、教会があって、ぐるっと四方にお店が並んでいます。町はこれだけです。運良く、素敵な宿がみつかりました。この宿が旅行中の最高価格、600ペソス(6000円ちょっと)でした。
さっそく着替えてビーチに行きました。
途中、おおきなトカゲを見つけました(写真)。日向ぼっこしています。行きも帰りも同じ塀にいて、翌日の行きも帰りも同じ塀にいて、その翌日も同じでした。ここに住んでるのですね。ここを通るのを、モリは興奮して喜び、カイはちょっと気味わるがりました。鳥に食べられないんかな?と不思議でした。
さて、ビーチです。
理由はわかりませんが、イスラ⋅ムヘーレスでもデル⋅カルメンでも、ビーチが以前より狭くなってきているようで、ホテル陣は自分達の建物の前の白い砂浜を守るために、土嚢を積んで砂の流出に抵抗していました。潮流が変わったのでしょうが、もしかしたらハリケーンの影響なのかもしれません。ビーチはプライベートではないのだけど、ホテルやレストランでオーダーすると、パラソルやチェアをだしてくれるので、狭くなった砂浜がギュウギュウ詰めって印象もあったのです。
ところがここ、ポルト⋅モレロスのビーチだけは、なぜか、広くなっているそうです。あちらの砂がこちらに運ばれているのでしょうか?土地が隆起したのでしょうか?よくわからないけど、広いです。しかもまだ、カンクンやデル⋅カルメンのように開発されきってないから、空いてる〜。がらんがらん。素晴らしいです。砂でチェチェンイッツアのピラミッドを作ってあそびました(写真)。モリが階段の数を正確に覚えていて、感心しました。(母は忘れた)
翌日は本格的にシュノーケリングをしました。前回プンタ⋅アレンは一時間で400ペソスでした。今回はインストラクターがついて、一時間半で510ペソス。(両方貸し切り)。こちらのほうが断然よかったです。お天気もよかったけど、リーフが大きく、もっと多種多彩な魚や珊瑚が見られました。とくにインストラクターのサミュエルが素人にはみつけにくい生物を指し示してくれるので見落とさずにすみました。
一時間半を45分の2回に分けて泳ぎました。環礁を越えてくる波は流れが強く、流れに向うときはかなり疲れます。わたしは自分が泳ぐのが精一杯。こどものことなんかかまってられません(だいたい、こどもたちのほうが上手く泳げるのだし)。だからサミュエルが救命浮き輪をもって、アシカのように達者に泳ぐのをみてわたしは一安心。わたしが溺れても大丈夫だな、と。
珊瑚は場所によっては浅瀬でしたから魚が手にとるようによく眺められました。ただ波と波のあいだで海面が落ちると、なんだかお腹がついちゃいそうです。一瞬、腹を引っ込めて、珊瑚に触らないように努力して泳ぎました(笑)。きれいな海の世界、壊したらいけないですものね。
ウミガメに出会えたらいいなあ、と期待してましたが、ダメでした。わたしたちの前のグループは見られたようです。ボートに乗り込みながら、女の人が興奮気味に話してました。自然ですからね。またいつかチャンスがあるでしょう。へー、ほんとにいるんだぁ、この海に、くらいに思っておきます。
夜、食事のあと、いろいろなお店を覗きました。本屋さんが一軒。カナダ人(米国人かも)オーナーで、この町に避寒にくるリピーターらしきお客さんの溜り場てき雰囲気でした。カイは読みたい古本を何冊か見つけました。でもお金が足りない。お小遣いの前借りしていいよと、エドがいいました。この時点でモリは、自分のおみやげを2点(マヤカレンダーの壁飾りとピラミッドの置きもの)を買ってありました。まだ5ドルくらい残っていますが、もう自分には必要ないから、カイ、使っていいよ、といってあげました。、、、、なんて、できた弟なの、あなたは、と両親は顔を見合わせて感動しました(親バカ涙)。カイは勿論、喜んで受け取りました。モリも読んでいいよ、とは言ってました。だから、カイが使った30ドルの内訳は、飛行機のなかのデジタルデバイスのレンタル料と古本です。両方とも、今回の旅とはまったく関係ない内容でした、、、。で、よく考えるとモリは自分には大切に吟味した記念の品がのこり、カイが買ったものも利用できるという、坊主まるもうけ?、という結末でした。(もし坊主さんがこのブログを読んでいてもおこらないでくださいよ、ただの冗談です)
わたしとエドは、ハンモックを買いました。夏になったらこれを去年作ったデッキのアーチの柱に引っ掛けて〜、ゆ〜らゆ〜ら、この旅を懐かしみます〜。
宿はマネジャーをしている母と娘さんがとっても感じがよくて、部屋もきれいでサービスもよく、最後の滞在にはとても気持ちよかったです。オーナーは義兄夫婦にあたり、現在は米国テキサスに住んでいて、娘さんも高校時代、叔父の家にステイして留学したそうです。エドがしきりに、彼女はアクセントがないなあ、と感心していたのも納得。そういえばサミュエルも7年間、フロリダに住んだとかで、きれいな英語でした。今回あちこちで米国から戻ってビジネスを始めたというメキシコ人に会いました。ハッピィーなひともいたし、米国が恋しいというひともいました。
最後にエドの提案で、宿のハンモックがひっかけてあったところに、自分達のをひっかけて(宿のが破れるといけないので)4にんで乗って記念撮影しました(写真)。写してくれたのはマネジャーの旦那さんです。彼は化け学の先生(高校、大学)とかで、ユーモアのセンスのある、お〜っとりした人でした。そして宿をタクシーで出るとき、ずっと見送りしてくれました。その姿が、宿のひとというより、旧知の友達のようで、うれしかったです。
もしまたカンクンに飛べる機会があったら、まずここの宿に来よう、と思います。空港からタクシーで20分くらで直にこられます。
なんだか親戚があるみたいなきがするのです、、、。(完)
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これで、今回の旅行記を終わります。
初めて旅行の後にまとまった記録を書きました。
ブログをしてなかったら書き終えられなかった、いや書き始めなかったと思います(笑)。
長い記事を読んでくださり、ほんとにありがとうございました。
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