Hi~のブログ

また、帰って来ました。

悪人正機とは?

インターネットで、、

“悪人正機”の“善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや”、、の解釈を少し探して、読んでいます。

以前、この“悪人正機”について、自分の考えた解釈を書いたような気がするな、、、と思いましたが、なさそうなので、また考えてみようと思いました。

(私は特定の宗教を勧めているわけではありません。いろいろな宗教宗派の考え方を参考にさせていただいています。)



私は素人で、間違っているかもしれませんが、、、自分なりの解釈を書きますと、、

浄土真宗では救済は他力本願(他力本願の語源・由来を参考にしてください→http://gogen-allguide.com/ta/tarikihongan.html)である、、とされているので、、“阿弥陀仏が善悪を問わず、生命のあるすべての存在を極楽浄土に往生させようとする誓願”が達成されることを信じ、それによってのみ救済される、、ということなら、悪人も(つまり全員が)もれなく救済されないうちは善人も救済されないということになるのでは?

善人悪人を区別しない一切衆生の救済が大切だと思うなら、善人だから救済されるだろうというような台詞は出てこないはずだという(宗派内部での)指摘の言葉なのではないでしょうか?(浄土真宗は他力(阿弥陀仏の力)で救済があるとする考え方であり、自力で悟りを開く宗派とは違う考え方をしているということです。)



善人・悪人とは?を単純に考えるなら、、、

善人とは、、、、、私が思うに、、問題のある行為をしていない良識のある人、、という風に普通に解釈すると、、恵まれた環境に育った人ではないでしょうか?衣食住が足りて、家庭環境も悪くなく、教育も与えられた人。このような環境なら容易に善人にもなれるのでは?(しかし、、、仏の目から見たらと考えると、、善人といえるような人は誰もいない。、、と解釈されるようです。)

逆に、レ・ミゼラブルのジャンバルジャンのような環境なら、生存のために盗みをしなければならなくなるでしょう。これは貧困という社会悪による悪人だと思います。皆が悪人と認めるような人々のほうが、厳しく苦しい環境にあるのでは?社会悪からそのようになった人が多いでしょうから、中立的な存在であろう神仏は、このように生存環境が厳しい人々にさらに同情するだろうという宗教的な解釈があったと私は思います。(悪条件に苦しむ善人たちもいる。生存環境が厳しいのは悪人だけではありませんが、、。)

貧困の連鎖があり、また、強者に対立した者たちが悪人のレッテルを貼られて、それが継続されることもあるのではないでしょうか?強者がそのような人々を排除するようになっては(さらなる争いを生むので)いけない。(以前の記事にも書きましたが、、対立を避けるために、強者が弱者に配慮するように、、という教えが、マタイの福音書など、キリスト教の聖書にあるようです。)強者の側が世論を味方につけることができても、WWII後の世界人権宣言を尊重するならば、話し合いによる解決を求めるべきでは?強者は現代、権力や富のある者たちや多数派とも言えるでしょうか?そうすると弱者とは、権利が与えられていない人々や貧しい人々、少数派、、、などでしょうか、、。


悪人正機の前提として、、人間であれば、皆が不完全な善悪の判断しかできない。という考え方があるようです。自らを善人と思っている多数派の人々も、人間の判断が不完全なものでしかないならば、自分たちの判断を完璧に正しいと思うべきではないということでしょう。状況が複雑で、多くの人が判断に迷っているのでしょうが、、、そして未来は未定です、、。良かれと思ってやったことが歪を生むことがある。善人と悪人は区別もつかない状況かもしれません。


短絡的に悪人を排除したら、平和が来るでしょうか?そうではないと思います。社会悪を減少させなければ、平和は来ないのではないでしょうか?


最も孤独な悪人と呼ばれる人々にも幸せになれるように、排除されないように手を差し伸べ、誰もが幸せになれる社会を目指すのが仕事だと当時の僧侶たちも思ったのではないでしょうか?そしてそれが社会悪をなくすことに繋がり、皆がもっと楽に生きられるようになる。それが理想だと。仏教の利他を追及するならば、誰も仲間外れにならないようにしたいと考えたとしても頷けます。(私がそうできるというわけではありませんが、そう考えただろうと思いました、、。)




私は法律のことなどは素人で、間違って解釈していることもあるでしょうが、、少しインターネットで読んだりしただけでしたが、暴対法などの腑に落ちない点について考えました。法律は、行為に対して善い悪いを判断するものではないでしょうか?もし(交友や趣味など)問題のない行為に対してまで干渉や禁止をするとしたら、属性などに対する差別となってしまうのでは?(参考に、、日本国憲法第14条↓。外国人にも人権の保障は及ぶ(限定されているものもあるようですが)と解釈されているということです。)


WIKIより
日本国憲法 第14条(にほんこくけんぽうだい14じょう)は、日本国憲法第3章にある条文の1つであり、法の下の平等、貴族の禁止、栄典について規定している。平等権に関して規定する条文とも言われる。
条文[編集]
第十四条
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
(後略)


自分を正しい人だと思っている人々(それが善人)は、悪は自分の中になく、外にあると思い、外にある悪や悪人と思われる人を単純に否定する傾向があるのではないでしょうか?

私は、キリスト教の教えか?皆が罪びとである、、というような表現が苦手でしたが、この悪人正機の言い方もそれと似たような言い方になっていますね、、仏の目から見たら皆が悪人であると。、、これは、自分が正しいと思うことを貫けない複雑な社会状況があり、また人は自らの片手落ちの考え方や不完全な判断が周囲に負の影響を与えることがあるということに気が付いていなかったり、気付いていても変えられなかったり、、人間の誰もが完全な善人としては存在できないということでしょうか。(だから自分の間違いに気が付けるように誰からの意見でも耳を傾けるほうが良いと言えると私は思っていますが、、。)

(私が思う、片手落ちの考え方、、とは、反感を持っていたり、反対している組織や人々の立場に立ったり、共感したりをまったくしないで、自己の正当性を主張するような考え方です。)

悪を排除するためという名目であっても、善人が悪人と思われる人物に差別や不公平を行うとしたら、その善人も自らの行為(差別や不公平)によって悪人となるのではないでしょうか?(誰でも悪人になり得る。そして誤解から悪人と間違えられてしまうこともある。)対立の勝者となったとしても、後には罪悪感が待っているのではないでしょうか?それを避けるためには、誰に対しても公平に誠実に接する努力をし、皆に人権が保障されるようにすることだと思いました。悪人は悪い人だと単純に考えるのではなく、悪いことを行わざるをえない環境から抜け出せないのだ、、誰でもその環境に陥れば抜け出せなくなる、、この環境(社会悪)を改善することができないのか?と考える心が、善人たちに求められているのではないでしょうか?善人たちのほうに社会悪を改善する力があるのでしょうから。



私は、日本の戦争について、一般人ですが、戦争防止の願いから、少しずつ考えてきましたが、、、先制攻撃について、、これをどうするか?、、つまり日本が軍事的に普通の国となるかどうか?、、少し考える機会がありました、、。

結論は、、もう書きましたが、、先制攻撃をしないという立場のほうがよい。もう加害者になってはいけない。です。


ここ数年?周囲に複数のデマ(都市伝説のようなものか?)が広まったのか?意思の疎通が途絶える状況が案外簡単に作られて、虚偽の話を人や集団が信じたのか?人は、自分たちに都合のよい話を信じやすく、その都合のよい話を裏付けする情報ばかりを集める傾向があるのではないでしょうか?また、人は情報が限られている状況で、疑心暗鬼になって間違った解釈や行動をすることがあり、、特に日本人は文化的に相手への配慮から物事の確認をあいまいにしてしまったり、多くの人が問題のある本質に切り込むことにしり込みしてしまう傾向などがあるのでは?そういう傾向があるのだから、、危険がない相手にも先制攻撃をしてしまう恐れがないとは言えないと思ったからです。


個人の思想や表現や言論の自由、、基本的人権が保障されている集団(この集団とは大きいものでは国家、、など。)なら、健全に人々が所属でき、極端な方向(恐怖政治など)にも行かないだろうと私は思います。日本人は基本的人権が保障されている国家にいるのだから、自分からそれを抑制する方向にしないほうがよいと思います。そういう世論がまた取り戻されたら、人はもっと気楽に生きられるのではないでしょうか?




WIKIより
悪人正機(あくにんしょうき)は、浄土真宗の教義の中で重要な意味を持つ思想で、「“悪人”こそが阿弥陀仏の本願(他力本願)による救済の主正の根機である」という意味である。
阿弥陀仏が救済したい対象は、衆生[1]である。すべての衆生は、末法濁世を生きる煩悩具足の凡夫たる「悪人」である。よって自分は「悪人」であると目覚させられた者こそ、阿弥陀仏の救済の対象であることを知りえるという意である。
悪人と善人[編集]
「悪人正機」の意味を知る上で、「善人」と「悪人」をどのように解釈するかが重要である。ここでいう善悪とは、法的な問題や道徳的な問題をさしているのではない。また一般的・常識的な善悪でもない。親鸞が説いたのは仏の視点による善悪である。
法律や倫理・道徳を基準にすれば、この世には善人と悪人がいるが、どんな小さな悪も見逃さない仏の眼から見れば、すべての人は悪人だと浄土真宗では教える。[2]
悪人
衆生は、末法に生きる凡夫であり、仏の視点によれば「善悪」の判断すらできない、根源的な「悪人」であると捉える。
阿弥陀仏の光明に照らされた時、すなわち真実に目覚させられた時に、自らがまことの善は一つも出来ない悪人であると気づかされる。[3]その時に初めて気付かされる「悪人」である。
善人
親鸞はすべての人の本当の姿は悪人だと述べているから、「善人」は、真実の姿が分からず善行を完遂できない身である事に気づくことのできていない「悪人」であるとする。
また自分のやった善行によって往生しようとする行為(自力作善)は、「どんな悪人でも救済する」とされる「阿弥陀仏の本願力」を疑う心であると捉える。(#本願ぼこりも参照のこと。)
因果
凡夫は、「因」がもたらされ、「縁」によっては、思わぬ「果」を生む。つまり、善と思い行った事(因)が、縁によっては、善をもたらす事(善果)もあれば、悪をもたらす事(悪果)もある。どのような「果」を生むか、解らないのも「悪人」である。
(後略)


その他に、、、
私は名称を知っているぐらいですが、、仏教についての参考までに、八正道について。WIKIより↓

八正道(はっしょうどう、巴: ariya-aṭṭhaṅgika-magga, 梵: ?rya-aṣṭ?ṅgika-m?rga)は、釈迦が最初の説法において説いたとされる、涅槃に至る修行の基本となる、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念および正定の、8種の徳。「八聖道」[1](「八聖道分」[2])、「八支正道」[3]、もしくは「八聖道支」[4][5]とも。この 「道」が偏蛇を離れているので正道といい、聖者の「道」であるから「聖道」(梵: ?rya-m?rga)と言0う。(後略)






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もうこちらでは書かないつもりでしたが、、Hiの趣味のブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/hitono1965)への接続が悪いようなので、少し書きます。

去年の11月始めに、16年ほどの米国滞在を終え、日本に帰国しました。

私が16年も米国にいたというと、不思議がる人もいるのですが、、、。

でも、本当だからそう言うほかないんですが。

越後長岡にある○潟県立近代美術館(http://kinbi.pref.niigata.lg.jp/へ行って、モネの、、初期の作品かな?また風刺画のような似顔絵や有名な睡蓮の数作品やその関連小作品(ドラクロワやロダン)などを見てきました。私の誕生日(月日)モネと同じなのです。県立近代美術館へ行ったのは、山種美術館所蔵の横山操の展覧会以来でした。、、常設展の作品もよかった。岡鹿之助の朝の城、、だったか?愛らしい西洋のお城の絵もここで見て覚えていたのか?また、クールベの油絵で、今回のドラクロワの小作品と同じ海岸の岩を描いたものも飾られていました、、。高校の頃か?NHKの日曜美術館でクールベの絵を紹介していたときに見た記憶があります、、ナポレオン3世がクールベの描いた中年女性の後姿の裸体を、、あまりにリアリズム過ぎて?気に入らなかったようで、、その絵に鞭を入れた、、と言っていたように思いますが、、記憶が曖昧になっていますが。


美術展を見た後で、長岡の町を少し歩いて観光しました。

長岡は空襲を受けた。そして山本五十六さんの郷土でもある。

私は女性ながら、、、(私の家は、のんびりした田舎にあり、身近には誰一人難しい話をする人はいなかったのですが、自分で本を読んだり、映画を見たりしてですね)、、、小学校の頃から日本の戦争について、ずっと考えてきました。これは学校の勉強とは関係がないが、、取り組んできたことでした。

戦争を予防したい、、という思いからでした。

(私は万人救済の考え方からこのブログを書いています。利己的なことや排他的なことにこのブログが使われることには反対です。)

私の実の祖父が戦死(陸軍二等兵)、祖母が再婚した祖父(私の知る祖父)が水兵で復員兵で、私の生まれた頃は、まだ戦争の記憶を持っている方々が多かった時代でした。

日本の家は、昔からでしょうね、、養子や婿養子も多く、、また戦争などがあったせいで、さらに複雑な家族構成になったのではないでしょうか?、、私は父方の祖母から聞いて、父方の祖母の両親(私の曽祖父母)を写真から知っていますが、、、父方の祖父や母方の祖父母の両親などのことは知らないんですよね、、そういう日本人は多いのではないでしょうか?(明治ぐらいからでしょう?写真が使われるようになったのは?)

私の祖父(陸軍二等兵で戦死)は、養子だったので、一緒に暮らしていた曽祖父母は、義理の曽祖父母でした。それでも家族として仲がよかった。

(最近、古本屋で、戦後の総理大臣として有名な吉田茂(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E8%8C%82さんのノンフィクションを買って、読んでいますが、吉田さんも養子だったらしい。本を少し読んで思いましたが、、私が吉田茂の立場だったら、広田弘毅(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E7%94%B0%E5%BC%98%E6%AF%85さんの立場が自分だったかもしれないとも思い、広田さんに同情しただろうと思いました、、。




日本は、第二次世界大戦(WWII)の加害国であり、被害国でもあったと言えると思うのです。

私は、日本には賢く、慎重であってほしいから、、、このように考えてほしいと思っています。


私が思うに、戦前、日本が集団による経済制裁を受けたことで、悲観して日米戦を開始したのであるなら、、、

同様の状況で戦争が勃発するだろうことを、日本は身をもって知っているはず、、、

日本が戦争に反対しているなら、日本は、集団による経済制裁を行わないようにすべきだと思います。集団による経済制裁は人道に反すると私は思います。


また、WWII時の米国と同じ轍を踏まないようにしてほしい。

米国の当時の考え方はいくつか想像されていますが、、日本との交渉で日本を悲観させてしまったのが、日本を戦争に導いたことだったと私は思っています。相手国を悲観させないように外交努力をしてほしい。

中国や北朝鮮や韓国は反日教育が過度になり、それ自体はそれらの国々の過ちであろうが、若者はWWII当時の若い日本兵のように暴発の可能性も持っているので、日本は先回りして、他国の若い兵士を過度に心配させないように対立を避ける努力をすべきではないか?

また、中国は、大きな人口を抱え、世界の工場となったために、国土が荒廃し、民衆の食糧事情などを心配して、国土の拡大路線を取っているのではないでしょうか?外資を追い出したが、やはり国内の技術や知識では公害などを制御が難しいのでは?日本は積極的に(風に乗って微粒子が日本にも来ますし。)大気汚染や河川・海の水質改善などの公害対策、植林(なぜなら森林があると水がよくなり食物や漁業によいらしい)、農業などに協力し、遠洋に出なくても漁業が成り立つように協力すべきではないでしょうか?そういう方向から摩擦を改善すべきではないでしょうか?また東南アジアや他の国への公害対策への支援も。日本だって、そうやって海外に工場を持っていたのでしょう、、責任があるはず。資金がなくても、人的援助や技術面での助言もするという姿勢を示し、要請があれば対応できるように。


そして、WWII時に、先制攻撃をした側として、、

日本は武力を維持しても、やはり、先制攻撃をしない、、という方針を守るべきではないでしょうか?

世界中の国々が、先制攻撃をしない、、という方針にしたらもっと安心でしょう。


私は、WWII当時の首脳陣は、最後に爆弾を持っていた人たちだろうから、あの人たちをいつまでも非難するのには反対です。私がそういうと左の方々は、私を右と見るのか?私は中立です。私は、政党には属していないので、自分で出している考えです。私は誰かを悪人にして単純に物事を解決する方法はよくないと思っています。当時の首脳陣はなんとか日本にとってよくなるようにと頑張ったが、結果がそうならなかっただけであり、多くの市民が戦争賛成だったのだろう?責任転嫁をしてはいけない。


トップなど限られた人間に失敗の責任を取らせるのではなく、当時の主流な考え方、議会や話し合いの仕方や、経済状態や国内・国外の状況、そのようなもっとシステム上の問題点を調べて、再発防止すべきではないでしょうか?意見を率直に言えないような風潮にならないようにする、、など。会議では必ず各自が5つの意見を言う決まりを作るなどしてはいかがでしょうか?


システムとは、、WIKI(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0より、、
システム(英: system)は、相互に影響を及ぼしあう要素から構成される、まとまりや仕組みの全体。一般性の高い概念であるため、文脈に応じて系、体系、制度、方式、機構、組織といった多種の言葉に該当する。
それ自身がシステムでありながら同時に他のシステムの一部でもあるようなものをサブシステムという。
(後略)














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日本はキリスト教国ではない。キリスト教徒の人口もごく少数。

日本人は、キリスト教徒のように、結婚で、病めるときも健やかなる時も愛することを誓うか?などと誓って結婚をしていない人が多いのです。それでも、倫理観や家族に対する責任感や世間体があり、頑張って結婚を維持しているカップルが多いと思いますよ。離婚を簡単にできる国のほうが幸せなこともありますよ。カトリックの人々は今は離婚できるのかどうか?私は知りませんが、家族を見捨てられない、自分だけ逃げられない状況で貧しいほうがもっと辛いのでは?離婚できる宗派の方々も、その辛さを理解する共感能力を持ってほしいと思いました。(もしかしたら、、キリスト教の方々は同じキリスト教でも他宗派に対する非寛容性があるのでは?私はキリスト教徒ではないし、部外者なのでわかりませんが。)

残念ですが、、米国は現在、アガペーという言葉が忘れられてきているような状況では?キリスト教徒の方々は、他の宗教を知らないので、誤解から、キリスト教徒以外の人々に悪い印象を持っている人が多いのでは?米国は戦後、世界の警察になったようになって、紛争にも加わってきて、、戦争に纏わる苦しみを他国にも与え、それによって恨まれて、、疑心暗鬼になって、無実の人々にも攻撃を向け、、自他ともにつらい社会になっているのでは?


アガペーとは、、、WIKIより
アガペー(ギリシア語: αγ?πη[1])は、キリスト教における神学概念で、神の人間に対する「愛」を表す。神は無限の愛(アガペー)において人間を愛しているのであり、神が人間を愛することで、神は何かの利益を得る訳ではないので、「無償の愛」とされる。また、それは不変の愛なので、旧約聖書には、神の「不朽の愛」としてでてくる。新約聖書では、キリストの十字架での死において顕された愛として知られる。
またキリスト教においては、神が人間をアガペーの愛において愛するように、人間同士は、互いに愛し合うことが望ましいとされており、キリスト教徒のあいだでの相互の愛もまた、広い意味でアガペーの愛である(マタイ福音書22、37 - 40)。
ただし、この神の無限の愛としてのアガペーは神学概念に当てられる言葉であり、新約聖書の著者がアガペーを一様にこのような意味で用いていたかは本文解釈上の議論がある。
アガペーの選択[編集]
神が人間を無償において、限りなく愛していることは、『新約聖書・福音書』において、イエズスが弟子たちや人々に述べ伝えていることである。『マタイ福音書』にある著名な「山上の垂訓」においても、「神は、善なる者にも、悪なる者にも、変わることなく、太陽の光の恵みを与えてくださる」というように、人間をその行為や社会的地位や身分や性別などによって区別せず、恵みを与えてくれる存在として宣明されている。
また同じ「山上の垂訓」において、イエズスは、知人や友人、家族などを愛するだけでは十分ではない。そういうことは異邦人や取税人もしている。わたしの教えに従う者は、みずからの「敵」さえも愛さねばならないとして、単なる「隣人愛」以上の普遍的な人間愛を語っており、このような愛を通じて、「神の子」となりえるのであるとしている。このことは、「良きサマリア人」の譬えのなかでも示唆されている。ここでイエズスが述べている「愛する」という言葉は、ギリシア語原文では αγαπειν という動詞であり、この動詞の名詞形が「アガペー」である。
(後略)

(アガペーは、高校の倫理で習う基本的なキリスト教についての単語です。エロスとアガペーはセットでその違いを習いました。)


日本も戦後、アメリカ的な自由恋愛などがすんなりと受け入れられたのかな?、、もともと、、愛に関しては、仏教的な愛染明王(WIKIより:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E6%9F%93%E6%98%8E%E7%8E%8Bの守護があると思うので、そのような環境にも寛容な文化があるのでしょうが、、、それは、米国とはまた別な考え方や救済方法があるのでしょうが、、、キリスト教的背景のある人権団体がか?が旧日本軍を一方的に責めて、理解もしようとしてくれず、、私を含む、一部の在米日本人に対する排他的行動になったのか?私もわかりませんが、、、日本ではこの米国での従軍慰安婦問題は多くのインターネットユーザーに注目されていたと私は思いますが、、その問題に反論したテキサス親父さんが脅迫状を数回も送られているということもニュースでよく知られていることだったでしょうから、私がこのようなブログを書いていたために孤立した状態になり、周囲にも変な行動をしているような人たちが増えたという印象を受けたのも理由があったのだと理解していただけると思います。実際にうっかり事実ではない私たちに対する変な噂話を言ってくれた人がいたのでわかりました。これは失言だったのでしょうが、、、それが神の救いの技だったのか?とも思えたり、、なぜなら、、排他主義は人を不幸にするので、それに失敗することは、神に愛されている証拠でしょう。

何故、こんな環境になったのか?やはり私が排他主義に疑問を唱え、日本が第二次世界大戦で集団による経済制裁をされ、開戦したことを踏まえて、未来の戦争を防止するためには、同じような境遇の国を作るべきではないと、投書したり、、また、ブログなどで、韓国系の米国人や米国の人権団体の旧日本軍への非難に疑問を呈していたからだと思います。私の考えは、全体を考えた認識としては正しいことだと私は思っています。窮鼠猫を噛む(意味:http://kotowaza-allguide.com/ki/kyuusonekowokamu.htmlということわざもあるではないですか。日本を戦犯にして未だに歴史認識を改めないほうが、片手落ちの考え方だと私は思います。過去を忘れ、集団制裁を繰り返していては、第三次世界大戦をも導くおそれがあるだろうと思い、私は子供の頃に広島の原爆の写真集を見てから、庶民ながら、戦争を阻止したいと思って生きてきたので、言論の自由のある日本や米国でブログに自分の意見を書いて載せただけです。言論の自由があるのですから、私は私の考えを公表しても良いと思うのですよ。それは多様な意見を尊重してもらえる風土があれば、一読や一考に値したはず。


米国が憲法を守る法治国家であれば、言論の自由を侵害されている人々に対し、監視し、侵害してくる人間たちを探すというのは正常な警察の行動だと思うんですよね。その言論の自由を守る姿勢を信じればこそ、私は、人権の平等を主張したかった。北朝鮮の人間であれ、アラブ系の背景があれ、、人権は平等に与えられるという憲法があるのでしょうから。それを一番大事にしてきたのは、自由の国の米国だったはず。ここ十数年か?米国も変わったのでは?、、、またもとの言いたいことを言える、自分の感情を素直に表現してもよい国に戻ってほしいと思っています。



宗教的な伝統的考え方ですが、、日本人は風俗業界の女性たちにも不幸になってほしくないのですよ。蜘蛛の糸の教えのように苦界の人々も見捨てないというのが万人救済主義でしょうから。現在は、そのような環境の人々に厳しい環境なのでしょう。日本では何とかそのような女性は少ないが、韓国や貧しい外国には多い、、これは、世界的に貧困を無くすことで減少させることができるのでは?

韓半島の女性も、日本の戦前の女性と同じように、本人は知らなくても家族が生活のためにした借金を返すために女郎屋に売られたのだろうと私は思います。
しかし、日本の場合と韓半島の社会制度は正反対だったのか?日本は風俗で働いていれば、昔からきちんと給金が出て、借金を返して、自由になれたのですよ、、。そして江戸時代の日本などでは、一定の年齢(年月)になれば、借金を返し終わらなくても、良心的に、女性たちも苦界から開放されたようです。韓半島は奴隷階級が近代まで存在し、働いても解放されなかったのか?、、
日本に罪をすべて押し付けているのは逆恨みでしょうし、責任転嫁でしょう。このような不正確な主張を主張しているほうも長期間続けられるものではなかったと、思いますが、、。日本との関係が悪化したら、米国も韓国も困るでしょう?日本には多様な意見があるので、皆が有力者の意見に迎合するわけではなく、それがヨーロッパ並みの先進国である証明だと思います。当時も今も社会悪のせいで人身売買が起こっていたし、起こっているのですよ。韓半島は米国並みに弱肉強食の世界か?有力者の差別に付和雷同し、利益を得ることを弱者も強者も率先して行っているのでは?だから、現代の先進国的な和して同ぜずの世界を実現できないのでは?法律があってないような国のままなのでは?日本から賠償金を得たとして、、その後は、現在の韓国の大勢の風俗業の方々には韓国も米国もどうするつもりなのか?国連軍は知らないふりをするつもりだったのか?コモンローの厳しい決まりを考えれば、それは無理なのでは、、、?

一部に人々は、風俗業界の女性を嫌っているのでしょうが、、ならば、もっと世界の貧困をなくす努力をしていなければならないのでは?人権団体は、フィリピンに行って、援助しているのか?タイに行って、支えているのか?、、旧日本軍を問題にしているだけか?それが全体を考えていない、片手落ちの考え方であり、その後はこの片手落ちの考えが韓国や米国を襲う自縄自縛のブーメランになるとは考えなかったのか?

自縄自縛とは、、(http://kotowaza-allguide.com/si/jijyoujibaku.htmlより)
自縄自縛とは、自分の言動によって身動きがとれなくなり、苦しい立場になることのたとえ。

日本人は戦後、韓国には国交正常化(1965年)まで関れなかったのでしょうから、韓国の内情は日本人にはわからないことなのでは?辛いことでしょうが、韓国が他の国の助けも借りて明らかにすべきでは?そうしたほうがいいのでは?それが必要ならば。、、韓国人には日本と韓国の違いがわからなかったのでしょう。韓国人は日本を理解しているつもりでも、韓国は日本とは宗教が大きく異なり(日本人は神道と仏教を二重に信仰している人が大多数。これは世界で日本固有と言ってもよろしいのでは?)、韓国人にとって日本は地理的には近いが文化では遠い国であり、日本文化を理解していない人が大勢いるのでは?多くの欧米人にも日本人の宗教観は正確には理解されていないのでは?と思います。日本人が仏罰神罰を恐れて、排他主義や利己主義にならないようにしていることなど、他の国の人々は知らないのでは?(信仰しているから安心などと日本人は思っていませんよ。超越者の教えに従わないことで被るかもしれない神罰・仏罰を恐れるのが本当に宗教的な人間でしょう。その点で日本人は宗教的な人間でしょう。日本人が、悪だとみなす行為は、具体的な細かな決まりではなく、利己主義や排他主義だと言えると私は思っています。そのような行為をしては仏罰や神罰を被ると思い、しないようにしていると言えると思います。(子供の頃に一度は聞いたことがあるだろう、、あの長い箸のお話を思い出してください。長い箸で食べ物を食べようとしても自分の口に入れられず苦しむ、、、自分のために自分の食事のみに目が向いているのが地獄、、しかし、、その長い箸で向こう側にいる人の口に食べ物を入れてあげたら、向こうの人もお返しに自分の口に食べ物を長い箸で入れてくれ、食べ物を皆が食べられて、満足ができるのが天国、、というお話ですよ。現在、しかし、、もっと科学的に考える必要があると思うんですよ。人口や生物の数に見合わないような食物生産と自然環境では、食物や資源や場所の奪い合いが起こるはず。また、お返しをしたくてもできないような慢性的な貧困がなくならない地域もあるはず、、。だから、地球や宇宙全体を見た生物の幸福を考えてくれる政治家や社会が必要だと思うんですよね、、。)人の不安を煽り、妄信させていてはカルトでしょうね。仏教や神道はそのように不安を煽りませんし、積極的に勧誘もしていませんよね。でも門を叩けば、受け入れてくれると思いますよ。神社は柵もなく、開放されていて、いつでもお祈りできますし、仏教でも、独学でもお寺に行っても、学ぶ機会はいくらでもありますから。)

誤解で間違った先例を作ってしまいそうなのが、米国などの陪審員制度だと思いました。一般人たちは可哀相な女性について法的に中立で考えるのが難しいのでは?これでは法が正常に機能できないのでは?

米国人や韓国人には、アジアの歴史がわかっていない人が多く、、少し前の米国の歴史すら、勉強していないような人もいるように思えました。だからか?、誤解が蔓延していたのかな、、?日本はアジアの先進国で、どこよりもクリーンで、幕末の日本の男女の識字率は欧米を超えるぐらいに高く、奴隷もいなかった国なんですから、、。もっと日本の歴史を学んでから、日本について発言してほしい、、、。



キリスト教徒の方々は、日本人は一神教を理解できないのか?世俗的なのか?と思っていたのでしょうが、、、
日本人は従属するという考え方を好まないと私は思います。もっと親しみを込めて、浄土教では、キリスト教のキリストのような立場となるだろう法蔵菩薩(阿弥陀仏)を見ていると思うんですよ。従うのではなく一緒にいたいというような並列感覚です。私は、僕(しもべ)となることを要求されるような宗教には加入できない、、と思っています。、、悪人をも見捨てない。すべての生きとし生けるものを救いたい、、という、とても慈悲深い方だから賛同するという考え方です。

私はキリスト教徒ではありませんが、、少し聖書を読んだりして、神という存在の大きさや深遠さは、、、多くのキリスト教徒の方々にも体感されていないのでは?と思いました。森羅万象に神を見た多神教やアニミズムの世界、、森羅万象、宇宙、地球の自然なども大きな神の姿の一部としたら、多神教やアニミズムは、大きさや深遠さに焦点を当てた神をむしろ体感的に理解しているのでは?とも思うのです。神は人知を超えた存在であり、神の摂理、自然の摂理に従って生きると、人間同士の対立が減り、幸福が訪れる、、と、キリストが旧約聖書を理解して、もっとポジティブに旧約聖書の神について説いたのでは?神の摂理とは、神自体ではないのであり、、、神のルールに従った世界であり、、その雛形が自然の摂理としたら、自然を支配しようなんて、、実は恐れ多いことでは?、、、排他主義はキリストの教えとは異なるでしょう?汝の敵を愛せよ、、と言ったのが、一番大事な新約聖書の教えだと私は思いました。

韓国のキリスト教の方々が聖書を一生懸命、熱心に読んでいるらしいのに、、、この汝の敵を愛せよ、、を理解していないようなのは何故か?、、、一貫性を持った考え方や行動とはどういうものか?が理解できているのか?救われる者と救われない者がいて、当たり前だと思っているから、、、科学的な一貫性のある考え方を理解・徹底できず、、、詭弁や誤謬が横行し、科学的考え方を発揮できない土壌になってしまっているのでは?日本のように、宗教や人種や貧富の差や身分や敵味方に関らず、すべての生き物を救う超越者を尊敬しているほうが、、、世界の誰よりも科学的な国民になれるし、排他主義による不幸が減るし、安心ができるし、、、良いと思うのですよ。

キリスト教を信仰しているから立派なのではないと思いますよ。キリスト教の一番重要な教え、、アガペー(無償の愛)、、、敵すらも愛する努力をする、、を一貫性を持って理解し、実践するから立派なのではないでしょうか?、、つまり、韓国人が先入観を持って攻撃している日本人の幸福を祈ることが本当のキリストの教えを理解し、実践していることだと思うのですよ、、。しかし、、モーセの十戒を守るユダヤ教徒のように先入観を排して、科学的に思考、行動すべきでしょう。噂を盲目的に信じているようでは、残念ですが、聖書やキリスト教を理解できていないのでは?盲目的に信じる必要はないのですよ、、。無条件に信じるものではなく、キリストのかけがえの無い無償の愛に感動し、それがすばらしいと思うから信じるのですよ。利己主義や排他主義を持っているようでは本当はキリストの教えを理解できていないのではないでしょうか?、、私は別に立派な人間ではありませんが、そう思いました。

多くの韓国人は、残念ながら、、長年の悪政とそれに迎合してその悪政を維持してきた社会があり、、自らの排他主義の二元論が自分たちを幸福にしていないのでは?日本が悪いわけではないと思うんですよ、、、。日本は中国大陸の各地方の戦乱からも遠く、、仏教の絶対的善悪の判断に従った、さらに、神道の清廉潔白、構成員が平等の意識、、を、、、儒教の悪い側面に染まらない状態で維持できた。(つまり、非常に個人主義的な善悪判断であり、親や親族でも偉い人でも悪いことをしていてはいけないと考えるのです。自業自得となるので、親にも偉い人にも忠告してあげるのが親切となるのですよ。)、、それが日本が、現在も欧米と肩を並べる科学の国でいられる基礎だったと思います。日本が韓半島で搾取だけをしていたのではなかったはず。しかし、、それは現在、韓国の国民には知らされていないようですけれど、、、。また、そのように教えられてきたので容易に先入観を変えることができないのでしょう。(日本では利己主義者(つまり搾取をして貧農や民を苦しめる人)は仏罰を被ると信じられているから、韓半島でも他の地域でも悪政をしないようにしていたと私は思うのですよ。仏教徒の仏罰は信者か信者ではないかを超えて、そのように貧しい人を苦しめる利己主義を悪と認識していますから、仏罰を被りたくないので、自分が利己主義になることを恐れている。だから、韓国では日本が40%も土地をとったと歴史を改ざんしたらしいのですが(ニュースより見た記憶があります。)、実際は所有者が不明なせいぜい数%程度の土地をそうしただけのようですよ、、、。あまりにも悲しい韓国の歴史改ざんの姿勢では?このままでは、韓国は内部の差別や排他主義が深刻すぎて、常民や、被差別階級の研究も聞き取りもできずに、忘れられていく一方なのか?できるだけ早く、真実の韓半島の歴史を聞き取り調査し、記録すべきだと私は思います。韓半島の人々の苦しみの根源を突き止めるためにも、歴史を改ざんせずに、真実を知るべきだと思います。さもなくば、、もう知的活動が滞ったままの国になる恐れがあるのではないでしょうか?そのぐらい危機感を持ったほうがいいのでは?なぜなら昔を知る人々はどんどん亡くなっているのですから。


仏教用語。みずから行なった善悪の行為によって,本人自身がその報いを受けること。よい行為によってよい結果がその本人に生じ,悪い行為によって悪い結果がその本人に生じること。転じて,自分のしでかしたことだから悪い報いを得てもやむをえないということ。
本文は出典元の記述の一部を掲載しています。



日本の特に女性たちは、戦前のことなど知らず、知ろうともせず、A級戦犯を始めとする旧日本軍に、知識も無いのに、先入観から反感を感じている人が多いのではないかな、、?と私は思っています。悲しい現状だと思っています。今の日本人は過去の日本人の努力があったからこそ、今幸せなのだろうに、、、その過去の日本人の努力が、世界から曲解され、悪く言われている一方で、かつ自国の国民も否定的な感情を持っていては、旧日本軍の兵士達の魂も浮かばれないと思うんですよね。そうしているのは誰なのか?自分たちの過ちを認めたくないばかりに過去の史実までも無視しているような人がいては、世界平和も崩れ、、モラルハラスメントの世界に染まって、、多くの人々が心を病む理由になっているのかな、、?

私は高校の倫理社会でマルクスについて学んだだけですが、マルクスが革命を望んでいたのか?マルクスをよく学んでいる方に教えてほしいと思っています。マルクスが暴力的な革命を望んでいたのでしょうか?

マルクスは高度な資本主義の後に、人々が社会主義を願うようになり、社会主義に移行するのでは?と考えたんですよね?、、、当時の状況が貧しい人々に厳しすぎて、資本主義が熟すのを待つことができない国が多かったので革命が起こったり、内戦が起こったのでは?、、後世の共産主義を理想と考える一部の人々が、自分たちが正義を行っているという英雄的な気分になって、もしかしたら草葉の陰で、マルクスを悲しませているのではないでしょうか?理想家は迷惑なところがありますよ。現実を見て、調整しながら、皆の幸福を望むべきですよ。構成員の一部の者でも不幸にしていては、共産主義はうまく機能しないと私は思いますが、、。

私は、自分が正義だ、などという考え方の人は困った人だな、、と思うほうです。米国(資本主義の先進国側)も共産圏もそういうことでは似たような人々がいて、自分をヒーローだと思って、片手落ちの排他主義的考え方や行動をしてしまう人がいるのでは?主義主張は反対でも、実は、そういう欠点が似ている人がいて、お互いに排斥しあっているのではないかな?と思いました。

日本人も米国人も、中韓の方々も、日本のA級戦犯の意味も知らないで、非難している人が多いらしいですよね?一番悪いという意味ではなくて、ただ罪の種類などで分類が決められているようです。


A級戦犯とは、、(時事用語のABC:http://www.weblio.jp/content/A%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AFより)
A級戦犯(えーきゅうせんぱん)
侵略戦争の遂行によって平和に対する罪を犯した者
極東国際軍事裁判所(東京裁判)において憲章第6条A項が規定する「平和に対する罪」に違反した戦争犯罪者のこと。
「平和に対する罪」とは、侵略戦争において戦争の計画や準備、そして実行などに主導的な立場で取り組む行為を指す。一方、憲章第6条B項「通例の戦争犯罪」およびC項「人道に対する罪」によって定める戦争犯罪者のことをそれぞれB級戦犯およびC級戦犯という。上官の指揮命令に従った殺人や虐待などの行為がBC級戦犯にあたる。
1946年に開廷された東京裁判では、A級戦犯の容疑で逮捕された100人以上のうち政治家や軍関係者など計28名が起訴された。2年半にわたる審理の結果、太平洋戦争開戦時に首相と陸軍相・内務相を兼任していた東条英機など7名の死刑、16名の終身刑といった判決が下った。7名の死刑囚は1948年12月に絞首刑によって処刑された。
国の戦争などで死亡した戦没者を祀っている靖国神社は1978年、刑死したA級戦犯を合祀した。そのため、首相の靖国神社への参拝がA級戦犯の名誉回復につながるとの見方を生み、戦後60年が経過した現在でさえ禍根を残している。
(2005.05.30掲載)

WWIIが非常に大きな戦争となり、大勢の人々が亡くなったので、敗戦国を簡単に許すことができなかったので、、、戦勝国側も、戦争は国際紛争の解決の一手段だとは(条件付でしょうが)、認めていましたよね?(正確に思い出せないので調べてください。)、、その手前、敗戦国の首脳陣を戦犯として裁くのに躊躇したのでしょうが、スケープゴートが必要になってしまい、敗者を一方的に有罪にしたのでは?、、首相の広田弘毅さんは無罪とも考えられていましたが、戦争を阻止できなかったということで、彼は責任感から、異議なしと断頭台に消えたのであり、、、私は広田さんのことを書いたという小説“落日燃ゆ”だったか?を昔に買って、読もうと思いましたが、まだ読んでいません。、、、日本のA級戦犯とされた首脳陣は、戦争を起こそうと共同謀議していたわけではなかったのですが、、、日本は無条件降伏に追い込まれていたので、東京裁判でも法の正義を達成できなかったのだと私は思っています。状況が法の正義を達成させなかったのだと思います。しかし、戦勝国側は日本やドイツに賠償金を求めなかった。それは経済制裁や経済的な不平等で日本やドイツを戦争に追い込んだという負い目もあったからだと私は思っています。現在の多くの日本人ですら、この豊かな国があることは当たり前だと思っているのか?先人が低きに流れる水を高みに住む人に届けようとしたような地味な苦しい良心的な努力があったから、この良い国ができたと私は思います。長いものには巻かれろというような安易な人間たちにはこれらの幸福を作り出すのは難しいと思います。その努力をする人々が多いほど、その国が国民や世界に幸せをもたらせるのでは?利己主義になっていては汚い堕落した世界をつくるだけですよ。少し、立ち止まって、何ごとについても利己主義や排他主義にならない方法を考えるべきなのでは?未来で後悔する失敗が少なくなるように。


WIKIより
広田 弘毅(ひろた こうき、旧字体:廣田、1878年(明治11年)2月14日 - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の外交官、政治家。勲等は勲一等。旧名は丈太郎(じょうたろう)。
外務大臣(第49・50・51・55代)、内閣総理大臣(第32代)、貴族院議員などを歴任した。第二次世界大戦後の極東軍事裁判で文官としては唯一のA級戦犯として有罪判決を受け死刑となった。(後略)


日本人が出産しないのは、生まれてくる子供に幸福が無い人類の未来を予期しているからでは?過去の日本ドイツ=悪といつまでも言い続けて、幸せになれるのか?そんな人たちの作る世界は責任転嫁の世界では?と思っていましたが、、今回、世界中の国が温暖化対策を話し合ったようで、よかったと思いました。少しは人類に明るい光が差したのでしょうかね?

ディベートに勝つとは、、真実なんてどうでもいいという考え方でしょう。以前にできた不確かな認識を再検証もせず、自分に有利だからと使い続け、対話を否定する、、そういうのが、、ディベートに勝つ、、ということならば、話し合いの利点が無いことですよね、、。


米国から帰国して、もう1ヶ月以上が過ぎ、日本にもなじんできました。

廃熱エネルギー(音のエネルギーとして蓄えるのでしたか?)のことをニュースで見て、画期的だなと思いました。そして、少し慎重に考える必要もあるのでは?とも思いました。、、物理は苦手でしたが、、エントロピーという言葉があったな、、と思い出し、中学の時に買ってもらった事典で調べたりしています。

もう米国のことを現地で考えることもできないので、そろそろこのブログを終了し、次は別のブログで日常的に考えたことや趣味などについて、折にふれ、書こうかな、、?と思っています。

以前の米国での私の状況についての記事を少し手直ししています。当時は、周囲の対応が、以前の米国とは異なっている、クオリティがとても低下していると思い、深刻に感じて、当時の様子をレポートするように書いていました。しかし、現在はどうか?もう私にはわかりません。改善されているのかどうか?私はキリスト教徒ではないし、コミュニティーの外にいたし、只の外国人で、一般人だったので、その状況について何の意味があったのか?理解できない状況です。私が記事で非難している人が実はいい人なのかもしれないし、、、このような状況は、やはり問題があると思うので、それを指摘しました。住民のために、改善をお願いしたいと思います。




次のブログは:http://blogs.yahoo.co.jp/hitono1965です。日々の暮らしで感じたことや趣味について、不定期に書こうかな、、と思っています。

このhitono、、、は、私が中学生のときに名曲アルバムで聴いてから、とても好きな音楽、、、

ヨハン・セバスチャン・バッハの”主よ、人の望の喜びよ”からもらいました。

現在、家にインターネットがなく、市の図書館でもユーチューブが見られないので、残念ですが、、、

Jesu Joy of Man's Desiring ― Celtic Woman、、、の歌が特に好きです。




この記事に

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NHKのドラマ、、、”花燃ゆ”は予告を少し見ているだけですが、、、

時々聞かれる女子教育、、という台詞に、、

私も小学校のときに学校で伝記を読んだ津田梅子さん(WIKI:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E7%94%B0%E6%A2%85%E5%AD%90のことを思い出していました。

そうしたら、やはりドラマでも登場したようですね、、。

”花燃ゆ”は、全く見ていないので、わかりませんが、、


明治期には、小学校の義務教育も始まったのでしょう?

義務教育について、何かドラマで表現されているのか?

多くの日本人には、義務教育がもっと重要だったのでは?



あさが来た(WIKI:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%95%E3%81%8C%E6%9D%A5%E3%81%9F、、のほうは、、、見られるときには見ています。(私は前半は見ていないので、わかりませんが。)

私が一番気に入っているキャラクターは、友近さんの演じている”うめ”さんです。

演技も自然で、その時代から抜け出てきたような存在感がありますね、、。

梶原善さんや三宅弘城さんらの番頭さん方もコミカルな演技で楽しい。

主人公のご主人の玉木宏さんや舅の近藤正臣さんら大阪の商家の男性陣は雰囲気が穏やかで、人を批判もしないやわらかさがありますね、、、。姑の風吹ジュンさんは、主人公(嫁)が、男勝りに、この家を再興している状態なんでしょうが、家にいたほうが良いなどと不平を言ったりしているけど、、そんなところに、また、、(少しわがままな良家の娘だったのだろうこの女性の)、、お姑さんらしいリアリティを感じますよね、、。

でも、びっくりポン、、って台詞は、、私は少し違和感を感じますよね、、、。どこの言葉かな、、?時代にそぐわないように感じますが、、、。私は関西人でもないし、わかりませんが。



以前にも書きましたが、吉田戦車さんの漫画”伝染るんです。”のアニメで、、

(”伝染るんです。”(WIKI:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%9D%E6%9F%93%E3%82%8B%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82)、、、アニメ化されたらしいです。ユーチューブなどで一部見られます。)

”下の人などいない!”、、とかわうそ君が、怒りますが、、、

これは、ギャグ漫画で、、

かわうそ君が、自分を大きく見せようとして、友人にか?頼んで肩車してもらっていて、物理的に下に人がいるんですが、、、下でかわうそ君を支えている人たちの息が合っていないと考えたかっぱ君や、下の方には飲み物は必要ですか?とか聞いたウエイターの人たちは、下にいる人たちに気を使って言葉をかけているのですが、、、

かわうそ君は、自分が自分だけで大きい、、と見せたいので、そんなトリックは使っていない。自分だけでこんなに大きいから、下に人がいて自分を支えているわけではない、、、という感じで、誤解するな!と怒っているようでもあるんですが、、、

同時に、、、

このかわうそ君の言葉は、福沢諭吉やその他の人々が唱えたように、、、

天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず、、、という、、、近代的な平等の意識を表現もしているんじゃないかな?、、と私は思うんですよね、、、。このかわうそ君の”下の方(人)などいない!”の言葉を聞いて、すぐにピンと来て、福沢諭吉などの言葉を思い出すような読者が、この漫画を高く評価していると思っています。

また、、、突然、かわうそ君より20%も“良い”機械のかわうそ君をつくってしまう博士がいたり、、。

相対的な考え方って、無意識のうちにしていたり、相対的に考えることが必要でも全くしていなかったり、、人や状況によって、、、相対化は忘れられている場合があったりしますが、、相対化の有無を、物事の認識において意識することが必要なことがあるのだと、、この漫画では気が付かされますよ。


この漫画は、読み応えがある哲学的・科学的なセンスを含んだギャグ漫画だと私は思っています。



WIKIより
『学問のすゝめ』(學問ノスヽメ、がくもんのすすめ)は、福沢諭吉の著書のひとつ。初編のみ小幡篤次郎共著。
概要[編集]
1872年(明治5年2月)初編出版。以降、1876年(明治9年11月25日)十七編出版を以って一応の完成をみた。その後1880年(明治13年)に「合本學問之勸序」という前書きを加え、一冊の本に合本された。
明治維新直後の日本国民は、数百年変わらず続いた封建社会と儒教思想しか知らなかった。本書は国民に向かい、欧米の近代的政治思想、民主主義を構成する理念、市民国家の概念を平易な比喩を多用して説明し、儒教思想を否定して、国民を封建社会下の無知蒙昧な民衆から、近代民主主義国家の自覚ある市民に意識改革することを意図する。また数章を割いて当時の知識人に語りかけ、日本の独立と明治国家の発展は知識人の双肩にかかっていることを説き、自覚を促し、作者自らがその先頭に立つ決意を表明する。後半の数章で、生活上の心構え等の持論を述べて終わる。
数年かけて順次刊行された冊子を一冊にまとめたものであり、ある章は福沢の私的な知人への書簡であり、または会合での挨拶を筆記したものである。主題や、想定読者について、長編としての一貫性がととのっているとは、言い難い。
文体は平易ながら、明治維新の動乱を経て新しく開けた新時代への希望と、国家の独立と発展を担う責任を自覚する明治初期の知識人の気概に満ち、大いに人口に膾炙した。おそらく近代の啓発書で最も著名で、最も売れた書籍である。最終的には300万部以上売れたとされ[1]、当時の日本の人口が3000万人程であったから実に10人に1人は買った計算になる。
内容[編集]
初編 
自由・独立・平等の、それまでの日本人が知らなかった価値観が新時代の社会を支配することを宣言する。身分は学問を通じた個人の見識によることを述べ、権威への服従を中心的価値観とする封建社会の民衆像を否定し、近代国家の市民への意識転換を促す。
(中略)
文章[編集]
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
慶應大学東館に刻まれているラテン語で書かれた福沢の言
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり」という出だしは著名だが、アメリカ合衆国の独立宣言からの翻案であるとする有力な説がある[2]。
本書は数章を除いて、高等教育を受けていない者を読者に想定している。そのため当時の基準では平易な文章だといえ、小学校の教科書にも用いられた。難解な政治思想を平易に説明するため比喩が多く使われ、特にユーモラスな比喩が多い。
(後略)


WIKIより
福澤 諭吉(ふくざわ ゆきち、新字体:福沢 諭吉、天保5年12月12日(1835年1月10日)- 明治34年(1901年)2月3日)は、日本の武士(中津藩士のち旗本)、蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者。慶應義塾の創設者であり、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、土筆ヶ岡養生園(後の北里研究所)、伝染病研究所(現在の東京大学医科学研究所)の創設にも尽力した。新聞『時事新報』の創刊者。他に東京学士会院(現在の日本学士院)初代会長を務めた。そうした業績を元に明治六大教育家として列される。昭和59年(1984年)から日本銀行券一万円紙幣表面の肖像に採用されている。
諱は範(はん)。字は子囲(しい、旧字体:子圍)。揮毫の落款印は「明治卅弐年後之福翁」[1]。雅号は、三十一谷人(さんじゅういっこくじん)[2]。もともと苗字は「ふくさわ」と発音していたが、明治維新以後は「ふくざわ」と発音するようになった[3]。 現代では「福沢諭吉」と表記されることが一般的である[4]。なお「中村諭吉」と名乗っていた時期がある。(後略)




WIKIより
義務教育(ぎむきょういく, Compulsory education)とは国・政府(中央政府・地方政府)、人(国民・保護者など)などが子供に受けさせなければならない教育のことである。義務教育の制度は、多くの国において普及している制度であるものの、国ごとに制度の仕組みは異なる。
世界人権宣言では、以下に初等教育レベルの義務教育の権利・義務を定められている。
すべて人は、教育を受ける権利を有する。教育は、少なくとも初等の及び基礎的の段階においては、無償でなければならない。初等教育は、義務的でなければならない。

― 世界人権宣言 第26条1

学齢(グレード)と関係が深い概念なので、より深く理解するには「学齢」の項目も参照のこと。
(後略)
日本[編集]
日本の場合、憲法において、子供を保護する日本国民には、法律の定めるところにより教育を受けさせる義務があると定められている[10]。もっとも、すべての日本国民は、法律の定めるところにより教育を受ける権利も有している[11]ので、「教育を受ける権利」「教育を受けさせる義務」の双方について法律で定めることが想定されており、これらの条件の整備などは、法律によって行われる。
なお、教育基本法、学校教育法の規定によって、子供を保護する日本国民(保護者)の義務については、15歳までの最長9年間は教育段階に応じる一条校に就学させなければならない[12]とされ、義務の履行の督促を受けてもなお履行しない者は10万円以下の罰金に処する[13]とされている。しかし、督促について定めた学校教育法施行令第20条・第21条[14] の運用によっては、保護者に対して督促が行われず、保護者は処罰されない。保護者が催促を受けない具体例としては、保護者が子供が学校に就学できるよう充分な便宜を図った上にもかかわらず、子供自身が登校しない場合などである(不登校。古くは「登校拒否」と呼ばれた)。このようなことについては、いじめ、校内暴力などの教育問題との関係もある。
ただし、保護者が就学させなければならない子で、病弱、発育不完全その他やむを得ない事由のため、就学困難と認められる者の保護者に対しては、市町村の教育委員会は、文部科学大臣の定めるところにより、保護者の義務を猶予又は免除することができる[15]
沿革[編集]
1871年(明治4年):文部省設置(大学ヲ廃シ文部省ヲ置ク。)
1872年(明治5年):学制公布
1879年(明治12年):教育令公布
1880年(明治13年):教育令改正
1886年(明治19年):学校令公布
1890年(明治23年):小学校令改正
尋常小学校修了または学齢超過のどちらか早い方が義務教育の終期であった。尋常小学校の修業年限は3年間または4年間で[16]、学齢期は8年間であったため、義務教育期間は3年間〜8年間である。
1900年(明治33年):小学校令全面改正
尋常小学校の修業年限が4年間となったため、義務教育期間は4年間〜8年間である。
1903年(明治36年):国定教科書制度
1907年(明治40年):小学校令改正
尋常小学校の修業年限が6年間となったため、義務教育期間は6年間〜8年間である。内務省や大蔵省を折衝した、牧野伸顕文相の努力があった。[17]
1941年(昭和16年):国民学校令公布
実質的には、尋常小学校に代わって国民学校初等科(修業年限は6年間)が義務教育課程となったため、義務教育期間は6年間〜8年間のままである。
1947年(昭和22年):学校教育法公布
学校の修了と関係なく、学齢期を義務教育期としたため、義務教育期間は9年間である。なお移行のため、1947年度は7年間、1948年度は8年間が義務教育期間である。
日本での歴史[編集]
学制から始まった義務教育推進運動は、当初は授業料徴収があったために中々効果を上げなかったが、1900年に尋常小学校の授業料が無料になるなどした結果、1915年には通学率が90%を超えるなど、学齢期の国民の就学が普遍化していった。
明治時代から昭和時代前期における義務教育の範囲は実質的に初等教育(尋常小学校から後に学校種を国民学校に改組)のみであった。1941年までは義務教育の始期は一定年齢での定めであったが(ただしそれより前後して就学した例は多い)、義務教育の終期は「尋常小学校の修了と、14歳になることの、どちらか早い方まで」と、課程主義と年齢主義の併用で定められていた。この時点では学齢期と義務教育期は別個のものである。当時の義務教育期間について、尋常小学校の当時の修業年限に基づいて「4年間」や「6年間」と固定的なものであるかのような書き方をしている情報源もあるが、実際には課程主義を併用していたことから、「4年間〜8年間」、「6年間〜8年間」とすべきである。例えば小学校を6年間で修了した場合、まだ14歳になっていなくても義務教育は終わるが、8年かかっても修了できない場合、14歳までが義務教育期間ということになる。文部省の公的文書である「s:課程の修了又は卒業の認定等について」においても、「義務教育年限が満一二歳までであった当時に義務教育を終え」のように、義務教育期間の終期が12歳である時期があったかのような描写も存在するが、実際には尋常小学校の修了の時期によって終期は変動する(なお学齢の終期が12歳であった時期はない)。
1939年から、中等学校や高等小学校などに在籍していない男子は、14歳から19歳まで青年学校への就学義務があるとされ、年間210時間の定時制教育を受けることとなった。これは軍事教練的な性格も強かったが、形の上では男性のみ13年間の義務教育期間が定められていたことになる。また、1944年からは国民学校令によって昼間の授業による義務教育が8年間に延長される予定であったが、戦争のため実施されなかった。とはいえ、これら義務教育が時代の背景や情勢に左右されることはあっても、当時の日本は世界的にみて識字率の高い国となっていた。なお、国民学校令では義務教育年限は8年間であり、義務教育の終期は国民学校の修了とは関係なく、完全に年齢によって定められていたが、施行当初の3年間は6年制のままにするとの規定があり、また1944年以降の国民学校令等戦時特例により国民学校8年制化が先送りされたため、義務教育の終期は従来通り年齢主義と課程主義の併用のままであった。なお、6年制予定期間と戦時特例を合わせた期間は、国民学校令の施行から廃止までの全期間に渡っていたため、実際には法令通りの運用になったことはない。
1947年の学制改革により、現在まで60年以上続いている義務教育制度が施行された。これは6歳から15歳までの9年間を義務教育期間とし、課程の修了と義務教育の終了が無関係な、完全な年齢主義で運用するようにしたものである。またこれまでは尋常小学校もしくは国民学校という単一校種が就学先学校であったが、この改革では小学校6年間・中学校3年間をその期間に該当させるという二段階のシステムがとられた。この時点で特殊教育諸学校への就学義務も定められたが、盲学校・聾学校については早い時期に対応できたものの、実際に養護学校の義務教育化は1979年からとなる。
1998年に中等教育学校が学校種として定められたため、これの前期課程も義務教育を実施できる課程となった。
日本での状況[編集]
現在の日本の教育については、日本国憲法第26条第2項に、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」と定められており、この規定に基づく教育を「義務教育」と呼称している。そのため、保護者は、学齢期の人を小中学校などに通学するように取り計らう義務がある。これを就学義務(就学させる義務)という。
日本はあくまで「就学義務」であり、「教育義務」という定義ではないので、諸外国によく見られるホームスクーリングは義務教育の履行とはみなされない。
また、学校教育法の第38条に「市町村は、その区域内にある学齢児童を就学させるに必要な小学校を設置しなければならない。」と定められており、これは第49条で中学校にも準用されている。そのため、市町村はこれらの学校を設置する義務がある。これを学校設置義務という。
また、国は義務教育の対象者の就学を奨励しなければならない。例えば、義務教育国庫負担金制度により義務教育の授業料を無償としたり、貧困家庭には就学援助制度を適用したりするなど、該当者の就学をなるべく保障することになっている。これを就学保障義務という。
また、義務教育の対象となる学齢期の子女が教育を受ける機会が十分なものとなるよう、事業所はこれらの児童を一般の労働者として使用してはならない(労働基準法による)。これを避止義務という。
以上の4つの義務によって日本の義務教育が成り立っているとされる。ただし避止義務については載せていない解説書もある。
日本の義務教育の目的[編集]
教育基本法(平成18年法律第120号)の第5条2項で「義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家および社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」と規定している。
義務教育として行われる普通教育の目標[編集]
学校教育法に「義務教育として行われる普通教育」については次のように定められる。
第21条 義務教育として行われる普通教育は、教育基本法(平成18年法律第120号)第5条第2項に規定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
学校内外における自然体験活動を促進し、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。
我が国と郷土の現状と歴史について、正しい理解に導き、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うとともに、進んで外国の文化の理解を通じて、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
家族と家庭の役割、生活に必要な衣、食、住、情報、産業その他の事項について基礎的な理解と技能を養うこと。
読書に親しませ、生活に必要な国語を正しく理解し、使用する基礎的な能力を養うこと。
生活に必要な数量的な関係を正しく理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
生活にかかわる自然現象について、観察及び実験を通じて、科学的に理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養うとともに、運動を通じて体力を養い、心身の調和的発達を図ること。
生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸その他の芸術について基礎的な理解と技能を養うこと。
職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。
保護者が就学させなければならない子[編集]
日本において、「保護者が就学させなければならない子」は次の3条件を満たしている子である。なお、ここでいう保護者とは「子に対して親権を行う者」であり、親権を行う者のない時は「未成年後見人」である。
満6歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満15歳に達した日の属する学年の終わりまでにある子。(学校教育法の新第2章「義務教育」より)
学校教育法施行規則および年齢計算ニ関スル法律に基づけば、4月1日内までに満6歳となった子から4月1日内までに満14歳となった子が該当する。
この9年間の義務教育に該当する年齢は、(法律上の)学齢とも呼ばれる。
日本国内に在住している子。
学校教育法施行令において「学齢簿の編製は、当該市町村の住民基本台帳に基づいて行なうものとする」とされている。学齢簿に基づいて、就学先の学校が指定される。
保護者が日本国民である子。
日本国憲法の第26条第2項、教育基本法の第5条第1項においては、義務を負うのは「国民」であるので、保護者に日本国民が含まれない子は、該当しない。
このうちどれかが欠けても、「保護者が就学させなければならない子」とはならない。「保護者が就学させなければならない子」の場合とそうでない場合では、入学の可否、退学の可否、授業料の徴収の可否、停学などの懲戒処分の可否、出席停止の運用などに違いが生じることもある。
なお、制度について詳しく知っていない人の中には、学齢を超過している者や、外国人の子などの任意就学者に対する教育であっても、小中学校教育のことを「義務教育」と呼んでいる人もいる[18]。これは就学義務などよりも教育内容に着目した呼び方であると思われるが、法律上は正式な表現ではないので、できるだけ使用を避けるべきである。#誤用の節も参照のこと。
義務教育の段階に該当する学校[編集]
これを具体化する法律(教育基本法および学校教育法)により、その内容は、以下の学校で実施するように定められている。
小学校、特別支援学校の小学部(修業年限: 6年)
中学校、中等教育学校の前期課程、特別支援学校の中学部(修業年限: 3年)
上記の学校を義務教育諸学校と呼ぶ。なお義務教育諸学校の在籍者の大部分は、「保護者が就学させなければならない子」である。
現状では、特別支援学校を除き、同じ学年には同じ年齢の在籍者がほとんどという状態が続いている。小学校に児童として在籍する者は6歳から12歳の者がほとんどであり、中学校に生徒として在籍する者は12歳から15歳の者がほとんどである。学齢期(義務教育期)の終了と同時に、中学校を卒業する例がほとんどを占めている。
「保護者が就学させなければならない子」を学校に就学させる義務のことを就学義務という。
義務教育の期間は学年基準や在学年数基準ではなく、あくまで年齢基準であるため、義務教育として9学年分または9年間の学校教育を受けられていなくても、一定の期日に達すると義務教育の対象ではなくなる。この考え方を「義務教育年限における年齢主義(前述)」という。4月1日内までに15歳以上に達した人(学齢を超過した者)は、以上の学校に在学していても義務教育には該当しないため、就学猶予や原級留置や過年度入学などの理由で、14歳の年度のうちに中学校などを卒業できない場合でも、それ以後に通学することは義務教育の範囲とはされない。義務教育期間中に小学校などを卒業した場合、直後に中学校などに進学することとなっているが、小学校卒業時点で学齢を超えている場合は、進学は任意である。
「保護者が就学させなければならない子」の場合は住民登録をすればほぼ無条件で地元の公立の上記学校のいずれかの学年に入学できる。そうでない子の場合は学齢期かどうかが重要である。「保護者が就学させなければならない子」でなくても、学齢期の子の場合は、児童の権利に関する条約などに基づいて、多くの場合受け入れられる。しかし、学齢期を超過した者は新たに入学・編入学することを許可されないこともある[19]。なお、在学中に学齢を超過した場合はすぐに通学できなくなるわけではなく、通例、継続して在学することが可能である。
詳細は「年齢主義と課程主義#日本における現状」および「学齢#学齢超過者」を参照
就学猶予・就学免除[編集]
学齢に達しても、病気などによって小学校への就学が困難な児童は就学猶予や就学免除などの手続きを受ける場合がある。この手続きを受けた場合、その年度には就学しないことになる。ただし、1979年の養護学校の義務教育化に伴い、養護学校などの障害児対象の学校が充実してきたため、近年では就学猶予・就学免除ともほとんど許可されなくなっている。
なお、少年院送致となった学齢期の人に対しても、就学猶予が行われる場合もある。
授業料と就学援助[編集]
日本国憲法第26条2項の後段においては、義務教育は無償とすると定められている。無償とされるべき範囲に争いがあるが、判例(義務教育教科書費国庫負担請求訴訟事件 最大判昭和39年2月26日)によれば、同条の無償とは授業料の無償を意味し、教科書、学用品その他教育に必要な一切の費用まで無償としなければならないことを定めたものではないとする。また、判例では、授業料以外の義務教育に必要な費用については、保護者負担の軽減策を国がとることが望ましいが、立法政策の問題として解決すべき事柄で憲法の規定ではないとしている。なお、私立学校などでは授業料の徴収が学校教育法により認められており、この限りではない。
参考[編集]
教育基本法第5条第4項
国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。
学校教育法第6条
学校においては、授業料を徴収することができる。ただし、国立又は公立の小学校及び中学校、これらに準ずる盲学校、聾学校及び養護学校又は中等教育学校の前期課程における義務教育については、これを徴収することができない。
現在は、義務教育においては、義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律により、学校で使用する教科書(教科用図書)については無償で給与されている。
なお、義務教育諸学校に在学している学齢超過者については正式な意味での義務教育を受けているとはいえないため、義務教育無償の原則に当てはまらないとの考え方もある。ただし、多くの夜間中学校においては授業料を徴収していないものと思われ、また、一般の公立中学校でも授業料は徴収していないケースが多いといわれる。同様に、外国人に対しても、公立学校では授業料は徴収しない扱いが通常である。
経済的に困窮している家庭を対象に就学援助制度がある。これは市町村が保護者に対し、学用品費や給食費を助成するものである。
不登校と義務教育[編集]
現在、学齢期の児童生徒の長期欠席が増加している。義務教育という言葉の響きから、在学者の不登校を違法なものだと考える人もまだ多いが、上記のように就学義務は保護者などの義務であり、当事者の義務ではないとされている(当事者にとっては教育を受ける権利である)。こういった制度であるため、本人が自由意志で欠席を選択するのであれば、本人・保護者ともなんら罰則は課されない。 なお、学齢期で日本国籍のある本人が学校(小・中学校)に行きたいと希望しているにもかかわらず、保護者が通学しないようにした場合(家事を強制したり、軟禁したり)は、就学義務違反となる。督促を受けても履行しないと、10万円以下の罰金が科される。
不登校生徒を対象にした学校外施設として、いわゆるフリースクールが増加している。こういった施設に対しても、学校と同様に出席した場合は出席日数に算入する取り扱いが増えている。
義務教育学校における非義務教育生徒[編集]
日本の小中学校は、在籍する生徒の大部分が義務教育生徒だが、義務教育でない生徒(任意教育・希望教育の生徒)も一部いる。そういった生徒に対しては、法律的な立場が異なっていることが意外と知られていない。学齢超過者は無論のこと、学齢期の非日本国籍生徒に対しても、懲戒処分としての退学・停学や、本人希望による退学などが自由にできる。教員志望者向けのテキストなどでは、義務教育対象の生徒の場合にしか通用しないことを、あたかも全生徒に当てはまるかのように、「小中学校では出席停止はできるが停学はできない」と断言している場合があるので注意を要する。
京都市では京都市立近衛中学校に在学していた韓国籍生徒(明言はないが学齢期と思われる)について、校長が「在日外国人には就学義務はないので除籍できる」と言い放ったり、提出された退学届を受け付けて退学させたり(転学先の世話をせず)したことが問題となり、裁判となった[20]。結果、33万円の賠償が命じられる判決が下った[21][22]。(なお記事で日本国籍がない生徒も義務教育であるかのような発言が紹介されているが、これは誤りである。学齢期の場合、当事者の希望による入学を、人道上・国際規約上の観点から受け付けているに過ぎない)。
法的には、義務教育学校における非義務教育生徒は、高校生と同じような立場である。つまりそれなりの事情があれば停学などの処分は可能ということである。
課題[編集]
インターナショナル・スクール(国際学校)やナショナル・スクール(外国人学校、民族学校など)をはじめとする各種学校や無認可校に子女を通わせる保護者(日本人)は義務教育を履行していないと教育委員会から通告を受ける場合がある。しかし、これらの学校に通わせたいと思う保護者もいる。
日本は義務教育制度がほぼ完成している国家であるが、学齢超過の義務教育未修了者は170万人いるといわれる。こういった人は、主に第二次世界大戦直後の混乱により、学齢期に就学できなかった人である。これらの人の行ける小中学校としては、夜間中学校や中学校通信教育が整備されているが、学校数が少ないこともあって非常に門戸が狭く、あまり効果を上げていない。また、小学校や、朝昼に授業を行う一般の中学校には入学を拒否される場合がほとんどである。
日本の義務教育期間はあくまで年齢主義であり、学齢を過ぎたらもはや義務教育の対象とはされない。そうしたことも一因で、学齢超過者が小中学校に入学することが困難となっている。そのため、上記のような戦争による未就学者や、近年増加している不登校者が小中学校への入学を希望しても、一度学齢を超過すると入学できない場合が多いことが問題となっている。
「義務教育」という用語が、強制的な印象を持たせるため、長期欠席生徒に対するプレッシャーになる場合があり、また法制度に疎い人の誤解を招く場合も多く、より適切な用語にすべきだとの意見がある[2]。
年限延長問題[編集]
義務教育の年限延長は、明治時代から強く主張されており、社会の環境が整うにつれ徐々に延長されてきた経緯がある。当初修業年限が4年間だった尋常小学校は、1907年には6年制となり、その後制度上は国民学校の8年制化によって義務教育年限は8年間となったが、戦局の激化により実施はされず、戦後の学制改革によって義務教育は9年間となった。このように、当初は国家の経済力が弱かったこともあり、義務教育年限は短かったが、経済力の強化と、軍部による国民練成の要求により、延長がなされた形である。
現代では、高校進学率が非常に高く、また、幼稚園・保育園入園率も高いため、義務教育年限を延長し、それらの教育機関を義務教育対象機関にすることを求める意見がある。自民党は義務教育年齢を下方延長して幼稚園などを義務教育対象に組み入れることを主張していたが、逆に上方延長により高校などを義務教育諸学校とする意見も出ている。
しかし、受験との関わり、留年の扱いなど、費用以外にも様々な論点が噴出するため、簡単に導入することは不可能である。
誤用・誤解[編集]
日本の義務教育制度は一定年齢の就学義務という形であり、一定課程の修得を義務付けているわけではないため、義務教育という言葉は特定の教育課程のことを意味しない。にもかかわらず、義務教育という単語を「初等教育と前期中等教育の総称」として使用する例が見られる。例えば、一部の同人誌などの即売会の参加資格欄において、「代表者が義務教育を終了(修了)していること」という表現がみられるが、この真意は「学齢期を終了していること」ではなく、「中学校を卒業していること」である場合が往々にしてある。通常は「義務教育を終了」といえば、中学校などの前期中等教育課程の修了のことではなく、学齢期の終了のことを意味するが、誤解を避けるためには使用を避けるべきである(日本国籍がない人の場合はそもそも義務教育の概念がないという問題もある)。
また、第二次世界大戦後の学制改革の直前までは、尋常小学校または国民学校初等科の卒業時期によって義務教育の終期が変動する制度だったので[23]、「義務教育の修了」の概念が存在したが、学制改革以降、現在までは、特定学校の卒業が義務教育の終期と結びつかず、終期は一定年齢のまま変動しない制度であるため、「義務教育の終了」の概念は存在するものの、修了の概念は存在しない。なお、行政においても「義務教育未修了者」などという表現が使用されることもあるが、これは前期のような課程主義を併用していた義務教育制度の時代を含めた言い方であるため、誤りではない。またこれは義務教育年限が9年未満の時期も考慮した言い方であるため、単純に「前期中等教育未修了者」などと言い換えると問題を生じる場合があり、簡単に表現するためにはある意味やむをえない用法である[24]。また、当時から存命であった世代の人々はすでに学齢も超えているので、「義務教育未終了者」と言い換えるのは明らかな誤りになる。
現代の制度において、「義務教育の修了」の語句を用いた場合、学齢期の終了のことを指すのか、中学校またはその同等課程の修了のことを指すのか、意味があいまいになる[25]。
また、児童手当法の附則には、施行直後の暫定措置のための条文に、学齢期を過ぎた後も中学校や中学部に在籍していれば義務教育に含めるとする部分があるが、このように法律同士が語句の用法において齟齬をきたしている場合もある[26]。これらの事例は、日本において戦後長らく中卒と義務教育終了が同一時期である例が圧倒的多数であったため、用語の正しい使い方が発達してこなかったのも一因と考えられる。
なお、就学義務は子女の保護者などに課せられているため、就学者自身にとっては本来、教育を受ける権利となるはずである。しかし、国民学校的な教育体制の戦後における継続、日本教職員組合(日教組)や文部科学省(旧文部省)などの教育を施す側の権力志向、保護者(親)による就学者(子)への高学歴要求志向(芹沢俊介による定義では、教育家族化)などから、就学者自身に課せられた一方的な義務という意味で解釈されやすい。
(後略)


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、、、朝、、、強い悪臭が、、、その出先は、、、ネコのトイレ、、、。

それで、、、ふと思い出した歌が、、、

日本の昔話の本で読んだ、、、”粟福米福”(採話地は、新潟県)の米福の作った歌、、、

ゆうべこいた ねこのくそ 水けだって 毛はえた
けさこいた ねこのくそ いきがほやほや

方言が入っています。夕べにネコがしたウンコが水っぽくなり毛(のようなものカビか?)が生えた。
今朝したネコのうんこは、湯気がほやほやと出ている。という意味です。

以前の関連記事↓
私の好きな日本の昔話の本と、その本と一緒に買った本”童話ってホントは残酷―グリム童話から日本昔話まで38話”


日本の昔話には、読者を笑わせる滑稽な部分が含まれていることがよくあるんですよね、、、。
この歌も、読者を笑わせる箇所だと思います。

米福の歌は変な歌なんですが、、、私はかなり好きで、、実は、、私がこのお話を読む半分の理由は、米福のこのネコの歌を読んで面白がるためです。

この米福、、、“よねふく”とも読めます。“米”は人名では“よね”と読むことが多のです。

この粟福米福は、、姉の粟福(あわふく)の和風シンデレラストーリーなんです。

山のばあ様に親切にした粟福が、そのお礼に、ばあ様から、お願いすれば、ほしいものが何でもでてくる不思議なひょうたんをもらったんですよね、、、。それで、いろいろなものを出して、最後には長者の息子のお嫁さんになって、幸せになる、、、。

粟福とは異母妹の米福(よねふく)は、母方に言われて、長者の息子の嫁さん募集コンテストで粟福と競うことになりましたが、このような歌を歌ってしまい、早々に敗北。

当たり前ですよね、、、。よねふくよ、、、何やってんだ、、、?やる気はあるのか?大丈夫か、、?、、、と、、私も思っていましたが、、、もともと、よねふくは天然で、お笑いの才能を秘めた人物なのかもしれません、、、。粟福の短歌は美しく、そつが無かった。しかし、印象の強さでは、よねふくの歌のほうが、、粟福の歌を霞ませるほどの衝撃度がありますよね、、、。

よねふくは、、非常識な歌で周囲の顰蹙を買い、早々にコンテストから脱落したのでしょうが、、、ネコのを経時的に科学的に観察した歌を作ったとも言えますか?医学的な程でもあるか?マニアには好かれた歌だったとも、、?しかし、、何故この場で、わざわざこんな歌を詠んだのか?米(稲作)とネコは切っても切れない繋がりがあるからか、、?

この昔話では、、よねふくは、その後、臼の上から落ちて、田んぼの“たにし”になっちゃったらしい?姉の粟福は成功したんですが、、、よねふくは、次は、別の日本の昔話、、“たにし息子”の主人公になるのか、、?という展開ですかね、、?たにし息子は、、確か、、年取った夫婦が水神様にお願いして生まれた子供。たにしの姿でしたが、夫婦に長年大事に育てられ、庄屋に認められて、庄屋の娘を嫁にもらい、庄屋から援助され、娘からも好かれて、、そして、カラスに殻を突かれて、殻を壊してもらって、魔法が解けて、、、人間に戻れたんですよね、、。

粟は、西と米がくっついた漢字。米には西が付いていない。、、ところで、栗(くり)、、栗も粟と似た漢字です、、。この昔話には登場しませんが、異母妹にさらに栗福(くりふく)もいたりしてね、、、?もしかして、、団栗(どんぐり)も?異母妹に、さらに“団栗福(どんぐりふく)”もいたりしてね、、、?木福(きふく)も?、、、冗談ですが、、。

水神様とは、、龍神様かな?

もうひとつ、、、水神様(龍神様)に因んだ昔話には、正確ではありませんが、書きますと、、はなたれ小僧様という昔話があります。ときどき売れ残りの薪を龍神様にと、川に流していたお爺さんに龍神様がお礼として遣わしてくれた子供のはなたれ小僧様は、鼻水を垂らしたボロい服を着た汚らしい子供なんですが、お爺さんをお父っつあんと呼んで慕い、不思議な力でお爺さんの願いを叶えていました。お爺さんがはなたれ小僧様の力でお金持ちになったとき、自分の立派さと不釣合いな、この“こ汚い”はなたれ小僧様を疎んで、もうあなたの助けは要らないから、龍神様のところに帰ってください、、と、はなたれ小僧様に別れを告げた。、、はなたれ小僧様は悲しそうな顔をして、お爺さんの家を去ったが、はなたれ小僧様が門の外で鼻かんだときか?お爺さんの持っていたすべての富が一瞬にして消えてしまった、、、と言うお話でした、、、。


私の愛読書の長谷川町子さんの4コマ漫画“いじわるばあさん”全6巻も家で見つけました。東京世田谷区にある長谷川町子美術館からわざわざ買ったものです。テレビアニメのサザエさんも好きですが、いじわるばあさんの話は反骨精神と風刺(ウイット)とか、ユーモアがあって、とても笑えますよ、、。

ひとつ、、紹介すると、、、

道でクズかごのゴミを焚き火をしようとしていた近所の友人(女性)に、、たき火はおよしなさいョ、、と声をかけたばあさん、、、。しかし、相手は、バケツに水も用意しているし、余計なお世話!と、いじわるばあさんの忠告を無視、、、ヤメンカ!もうろくババァ、、やかましいクソばばぁ!、、と罵声を掛け合う二人。その後、、クズかごの中に現金が38万円隠しているから気をつけてくれと今ご亭主から電話があったんだぞ、、!とばあさんが言ったときには、もうたき火は灰になってしまっていて、友人はショックで倒れてしまった、、、。(もっと早く言ってあげればよかったんでしょうがね、、、?相手も素直じゃなかったから手間取ってしまったね、、、。)

さらに、、、

いじわるばあさんと同年代の男性が、いじわるばあさんにで、プレゼント(中身はオルゴール)を渡そうとしたとき、”エリーゼのために”と付け加えたら、、、なんだ?あたしのためじゃないのかっ!と、怒って、プレゼントを叩き落し、ドアをバタンと閉めて家に戻ってしまったばあさん。失恋し、涙する男性。、、その光景を見て、孫が、、、バアちゃんは、それが曲名だとはを知らなかったんだ、、と、つぶやく。(”エリーゼのために”はご存知のごとくオルゴールの定番曲。↓いじわるばあさんの夫はもうかなり前に亡くなっていて、いじわるばあさんも知り合った爺さんたちと付き合ったりしているお話もいくつかあります。)

WIKIより
バガテル『エリーゼのために』(独:F?r Elise)は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの作曲した、よく知られたピアノ曲である。1810年作曲、イ短調。ロンド形式。WoO59の番号が与えられている。(後略)


“静かなるドン”も2冊見つけました、、、。

名刀の村正の登場したお話がありました。11巻でした。話の内容は、、歴史的因縁のある日本刀の村正は鬼包丁とも呼ばれ、時価3億円は下らない名刀だとか、、、その名刀を大手ランジェリーメーカーの骨董コレクターのワコーレの社長から譲り受けた大阪のハナハンデパートの花野会長は、剣の達人でなければ刀を扱ってはならない。(なぜなら刀は持ち主を選び、達人でなければ刀が悲しみ、持ち主が錯乱してしまう)、、と言うワコーレ側の警告を無視して、、自分は剣道二段だからと刀を抜いた、、、そして、やはり名刀に纏わる怨念のせいか?錯乱し、刀を振り回し、、同席していたセルシオールの尾山社長に切りかかってきた、、、。同じく同席していた女性ランジェリーメーカーのプリティの河合社長が専務に尾山社長を助けろ!と命令、、専務は自分には手が出ないので、部長なんとかしろ、、と川西部長に命令、、、川西部長は恐怖のあまり、、“ピッピッ ピョコちゃんじゃ アヒルじゃ ガアガア”と、、テーブルに身を縮めてしがみついて動かない、、。この騒ぎは同じ料亭で三代目と会っていた大久保の親分の耳にも入り、、三代目が騒ぎを起こしているのでは?と思って気になって出てきた親分が、錯乱して刀を振り回していた花野会長を峰打ちで気絶させたのはよかったが、、、抜き身の村正を手にした親分もまた錯乱してしまい、、、三代目が大久保の親分がよろけた時に、素手で、、、その妖刀の村正を取り返したのでした、、。




霰の混じった強い雨風の日が続き、、、

外出して、歩いていると傘が吹き飛ばされそうな日々が続いていましたが、、、今週は晴れが多いようです。


ところで、、以前にebayで買ったスペイン、トレドの名産品のダマスカス風の象嵌細工の中古(ビンテージか?)のアクセサリーを見ていて思いましたが、、真鍮(だと思っていますが)が地金のほうが私は好きだな、、と。真鍮なら安価で、もっと厚みや立体感もつけられるでしょうし、重厚な雰囲気も出せるのではないでしょうか?

WIKIより
象嵌(ぞうがん、象眼とも)は、工芸技法のひとつ。
象は「かたどる」、嵌は「はめる」と言う意味がある。象嵌本来の意味は、一つの素材に異質の素材を嵌め込むと言う意味で金工象嵌、木工象嵌、陶象嵌等がある。その中の金工象嵌は、シリアのダマスカスで生まれ、シルクロード経由で飛鳥時代に日本に伝わったとされる。江戸時代には京都などに優れた職人が多数生まれ、日本刀の拵えや甲冑、鏡や根付、文箱、重箱などに腕を振るった。素材としては金属だけではなく、彩色した木材や骨片、貝殻、陶磁器なども用いられる。(後略)



学歴社会について思うことを、、ときどき記事を書いていますが、、、

米国でも日本でも、、、学歴社会がひどくなり、、子供たちが、それに適応できないことを親達が心配している状況なのでしょうが、、、

むしろ適応できないほうが、普通で、人間的だと言えるほど、、、学歴社会が非人間的な状況にもなってきているのではないでしょうか、、?学歴社会をサバイバルしたとしても、、自分らしい幸せがないなら、、、何故、なんのために生きていく必要があるのか?、、、若手が希望を失ってもしかたない状況なのでは、、?(現代は、集団の幸せを大事にしてきた私の親の世代よりも、個人の幸せを重視する個人主義の時代になって来ているのでしょうから、、、子供がそう考えても仕方が無いことでしょう、、。)

私の親の世代は、、、普通は義務教育(中学卒業)が終わったら働いていましたよね、、、働くことを通じて学び(社会経験から具体的に学んだり、自ら本を読むなどして勉強し)、、、それでも自分の夢や理想を実現できる余地があったのでは?、、私の父の手帳には、あの札幌農学校の外国人教師のクラーク先生の言葉が書かれていました、、。

少年よ、大志を抱け、、と。


WIKIより
ウィリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark、1826年7月31日 - 1886年3月9日)は、アメリカ合衆国の教育者。化学、植物学、動物学の教師。農学教育のリーダー。 札幌農学校(のち、東北帝国大学農科大学をへて北海道帝国大学)初代教頭。同大学では専門の植物学だけでなく、自然科学一般を英語で教えた。この他、学生達に聖書を配り、キリスト教についても講じた。のちに学生たちは「イエスを信じる者の誓約」に次々と署名し、キリスト教の信仰に入る決心をした。[1]。日本ではクラーク博士として知られる。日本人から見るといわゆる「お雇い外国人」のひとりである。(後略)


明治は日本でも大切な時代でしょうが、、、もしかして、、東日本の方の人材は能力があっても不遇だったのでは?、、そして戊辰戦争で多くの逸材が亡くなったし、、、。(江戸時代は逆に外様大名の方々には不遇だったのでしょうが、、。)

学歴を得られたのは、しばらくお金や地位があった人たちだけだったのでは?それとも貧しくても何らかの奨学金を与えられた人とか、、、。



経済的に余裕が無い場合は、優秀でも大学や大学院で学ぶなどの学歴をつけることがなかなかできない。

能力の問題ではないんですよね、、、。

それを学歴がある人々や学歴を尊重する人々が、気が付いていない、、もしくは、自分たちに有利であるので、学歴社会を変えたくないのか?、、このようなことで、助け合いのある良い社会を実現できるのでしょうか?、、

これは、、救われる者と救われない者がいることを容認しているような片手落ちの排他的な考え方であり、さらに、非科学的な考え方では?、、、(片手落ちの考え方や行動をしていては、実は、物事の認識や行動に一貫性や整合性を持つ必要性がある科学的な考え方(自然現象は普遍的なものであるし、法律などの解釈や適用にも一貫性がなければならないとも思うので。)を理解・徹底できず、それで、間違いやすい結果となるのではないでしょうか?そう思うので、片手落ちの考え方は非科学的な考え方である、、と批判できると私は思っています。さらに、このような考え方をする人が増えたら、迷信を信じて、科学や学問や芸術さえ廃れ、先進国の地位からも転げ落ちるほどの欠点となるのでは?、、前にも書きましたが、、正直な正しいことをする人が一番科学に近い、、と私は思いましたが、考え方に一貫性がなければならない。(自分はエリートで知的と思っている方々にも物事の一部しか見ていないとか、一貫性が欠けていることがあるのでは?と思いました。)現実には紛争を解決するのは難しいことでしょうが、、自分たちは救われる側にあるから安心だ、、救われない側にいなくてよかった、、と思うのは人情ですが、、その救われない側の人々がいることに心を痛め、、排他主義的な考え方に疑問を感じていないようでは、良心のある人間であるとは言えないと思うんですよね、、。しかし、その手助けの方法は正直で正しい方法を採るべき。

(私は学歴を否定的に考えているわけではありませんが、学歴の有る無しによる差がありすぎては困ると思うのです。)

学歴が無ければ、または有名人でなければ、、、良い意見や能力はあっても、学歴がある人間たちには尊重してもらえないのか?、、、それでは、、人材や意見を無駄にしてしまうのでは?また、そんな社会は、人間が自分らしく幸せに生きることができない社会なのでは?学歴社会が極端になれば、、、現代的な先進国であることから遠ざかり、、一部の特権階級のみが有利になる不平等・不公平で、言論の自由を失ってしまうような非科学的な腐敗した社会に向かってしまうのでは?庶民が幸せに暮らせる国が先進国であることの証明だと、私は思うんですよね、、、。


学歴や権威がある人の意見ならよく聞いたり、大事にするけど、、、学歴が無い人の言葉には耳を傾けることもしないような考え方を持つ人が、現在、多くなっているのでは?意見の内容をよく聞かずに、吟味もせずに、最初から聞かないようでは、片手落ちの考え方をしていると言えると思うので、本当の教養人とは言えないと思うんですよね、、、。(同様に女性や年下や部下の意見や味方以外の意見を聞かないなど、人間に対して先入観を持っているのは、似たり寄ったりの片手落ちの考え方だと思います。)少なくとも公務員にはそういう権威主義的な偏った考え方をもってほしくないというのが国民の一人としての願いです。(企業の幹部がそういう差別感を持っていたら、その企業が不利になると思います。)

学歴社会の弊害が日本にも米国にも蔓延している状況なのでは?

日本の昔の教養人はもっと利他的だったと思うんですよね、、、。自分の名誉や成功よりも、国家や国民のことを考えた利他的、万人救済的な考え方や行動をしていたと思うんですよね、、、。日本のエリートは利己主義に傾かないようにしてほしい。


自分が権威や多数派と違う考え方をしていても、否定する必要もないと思うんです。少数意見にも実はもっと大事にすべきこともあると思う。多くの人は長いものには巻かれる方向を選ぶと思うんです、、。自分に不利になることや損になることをしないために、それが善いか悪いかも考えずに付和雷同していく傾向が強い社会もあると思います。

そういう付和雷同(付和雷同の意味:http://kotowaza-allguide.com/hu/fuwaraidou.html型の社会ではなく、自分で考える、和して同ぜず(和して同ぜずの意味:http://kotowaza-allguide.com/wa/washitedouzezu.htmlの社会が現代・近代的な先進国であるための条件となるのでは?個人の幸せを大事にするが、個人の自由は無条件に自由なのではなく、他者(自分以外のすべての人)の自由を侵害しないように、マナーや節制も必要であり、、他者のみならず、他の植物や動物、虫すらも、、生命の多様性を大事にするために排除しない。

そうすると、、個々人の幸せは、小さな幸せになるのでしょうが、、大きな不幸もないようにできるのでは?既得権の保持者は、あまりにもそれにこだわって排他的になったら、失脚すると思うんですよね、、それが長い人類の歴史から得られた先人の知恵、、盛者も必衰、、、ということでしょう。人間が奢り高ぶり、他の生命を脅かしているようでは、、種の多様性を失わせてきた人類が、、このまま無軌道に地球の他の生命を軽んじて、増えすぎては、、今度は人類が自らの間違いによって自分の天敵を作り、動物と同様の天敵に怯える食物連鎖に逆戻りするのでは?それが、、自然の摂理なのでは?、、、自然を支配することなど、人間にはできない、、そう思う必要があると思うのです。支配ではなく、破壊している段階ですよね、、。他の生命(動植物など、、)を脅かし、、(仏罰の考え方と同様に、神が罰を下すのではなく)、、神の摂理の雛形である自然の摂理の中で、その摂理に自分たちの場をわきまえて、従わなかったために、人類が生存に失敗し、他の生物に被害を与えて、、このままの状態では、、自滅する、、という結論となるのでは?と私は思いました。)、、、だから、自ら人類は、できるだけ自然な産児制限に入り、異文化異宗教の人々ともお互いを尊重しながら共存し(武力ではなく、話し合いで)、自然の多様性を守り、他の生命(ウイルスなどを含む動植物すべて)ともうまく共存しながら、苦をなくして笑顔で暮らせるように工夫し、平和的・科学的な地球を目指す、、という方向が良いと思っています。


ところで、、、

以前、ロボットの記事を書いたときに、電化がすべてよいわけではないと書きましたが、私は素人の立場から思うことを書いています。数年前の東北大震災で原発が停電によって冷却されずに、想像したよりも短時間で最悪の状態になったということをニュースで読みました。そのときに、私もどうしたら良かったのか?を考えて、、停電のことを考えて、二重に、、でも二重ではまだ心配なので三重の冷却対策(太陽電池などによる蓄電池を使うなど、自動的に非常電源に切り替わるようにしたり、純粋に機械的な冷却方法を採るなど。各原発にこの機械的冷却装置(移動可能な組み立て型)を置き、非常時に利用できるようにする。地震などで破損した場合は、最寄の原発から持ってきて利用できるようにする。)を作るべきでは?と、以前のブロクには書きました。故障を考えない工業はあり得ませんよね?、、人工知能や電気系統の故障が起きないとは誰も言えないでしょうから、それらを無批判的に歓迎し、それらに頼り切るのは不注意では?、、と思います。安全対策として、手動などとの併用と人間による監視など、故障時の対策を必ず一緒に採用すべきだと思います。

原子力発電の耐震構造化はもちろんでしょうが、、免震構造を適用できないでしょうか?知りませんでしたが、、、制震という技術もあるらしい↓。



WIKIより
免震(めんしん)は、構造設計(とくに建築構造)の概念であり、地震力を抑制することによって構造物の破壊を防止することを意味する。目的は同じだが類似の用語の制震や耐震とは区別される。
比較すべき概念としてまず挙げられるのが耐震である。耐震は、地震力を受けても破壊しないという意味であり、構造的に頑丈であること・偏心が小さいことなどを目指して安全をはかることである。簡単にいえば耐震は地震力を受けても壊れない(耐える)ことを指し、免震は地震力をなるべく受けない(免れる)ことを指すのである。この他にも制振という概念があり、これは構造体内部に震動を吸収する装置を組み込むことで構造物の破壊を防止することをさす。特に近年の大型建築物などでは、免震・制振・耐震すべてを考慮し、技術を組み合わせることで安全性を高めている。(後略)


WIKIより
制震(せいしん)は、建築設計上の概念であり、建物に入力される地震力を、建物内部の機構により減衰させたり増幅を防いだりすることで、建物の振動を低減させることを指す。目的は同じだが類似の用語の耐震や免震とは区別される。
制振とも書かれ、日本建築学会では正式に制振を用いているが、言葉の顧客への印象や「耐震」など他の用語との対比のしやすさから民間企業では制震を用いることもある。ただし、地「震」を制するのではなく「振」動を制するという趣旨から、近年では「制振」に統一されつつある。
力学的な形態により、「層間ダンパー型」、「マスダンパー型」、「連結型」などに分類され、また、エネルギーの入力の有無により「パッシブ制震」、「セミアクティブ制震」、「アクティブ制震」に大きく分かれる。
主に大規模な建築物に利用されているが、近年では住宅などへの適用も目立つ。また、橋梁などにも制震機構が組み込まれることがある。(後略)


これらは素人の私の考えで、正しいかどうかは不明なので、ご注意ください。(この記事は私の備忘録として書いています。)

原発のコアの部分を、周囲、上下がどんなに揺れても、壊れないような、、地球コマのような仕組みで、空中に浮かんでいる球のようにできないものでしょうか?海辺であれば、津波を含めた波の影響が少ない場所で、海水に浮いている状態で、常に海水で冷やされているが、、危険な物質が漏れることのない構造で、また、パイプでは繋がっていないように。、、(パイプなどは地震などで破損するでしょうから。)

過酷な環境でも細かい手作業や偵察、力仕事ができるようなリモコン式ロボットなども作ろうと思えばすぐにできるのでは?しかし、軍事利用を禁止にしてくれなければ、人道的に、ロボット開発はできないと思いますから、世界的に平和が実現されなければ、なかなか高度なロボット開発はできないというのが現実なのでは?政治家はどんなことがあっても平和を維持する努力をしてほしいです。


それと、、プロパンガスや都市ガスの地震時の緊急でのガス遮断装置。プロパンは強度のある金属容器に入っているのでしょうから、地震対策をしやすいですよね、、。揺れたときにプロパン容器の栓が自動的に閉まり、火災を防ぐ装置。電気を使わずに機械的に簡単で壊れないような装置。もうこういう装置があるのか?知りませんが、、、。

地震時の火災が一番怖いということなので、、電気やガスなど火災の原因をすぐに自動的に遮断できたら、、、良いのでしょうが、、。

実家などでも、ガスの元栓を最近忙しくて締めていなかったので、私は家人に注意しましたが、面倒がられてしまいました。しかし、閉めるのが防火対策だと思うので、私は閉めるようにしています。、、もしかしたら、最近は、ガスの元栓を締めるなどの安全対策が疎かになっている家が多いのでは?と少し心配になりました。

都市ガスも各箇所で、地震の揺れなどによって自動的にガスを遮断するような(できれば電気を使わないタイプの)ガス遮断装置を備えられたら、防災対策になりますよね、、、。(もうあるのか?知りませんが。)ガス管が壊れた場合は、壊れたほうのガス濃度が低下するでしょう?から、この濃度の差を感知してその場所に一番近い供給側のガス管を自動的に閉鎖する(かつ手動でも閉鎖可能な)仕組みなど、、。ガスの大きなタンク(球状か?)も、そのタンクが地震でも壊れないほど丈夫なら、そのタンクに元栓を(球状タンクが少し転がってもよいように球の真近に)つけるなど、、、。


ニュースで、ヨーロッパの爆破事件などが報道されています。マスコミの報道を聞くと、結果はほとんどがテロ事件として捜査、判断したと聞くことが多いですが、、シリアのため、、と言っている場合などもあり、、これらの事件の理由を一言にせず、世界の人々のために収束に向かわせるには、もっと詳細な分析が必要なのではないでしょうか?彼らのほうもその理由を明確に言語化できていないことがあるとか?



このブログは不定期更新にし、裁縫や絵画など趣味中心に、別のブログに書いていく予定です。

このブログの記事に私が書いた批判などの内容は、どんどん古くなっています。米国や他国への批判・苦情などは、改善されることを期待して書かれた当時のものなので、状況にもなんらかの経時変化があると思いますので、変化を考慮してお読みください。



WIKIより
液化石油ガス(えきかせきゆガス、英: liquefied petroleum gas、LPガス、LPG)は、プロパン・ブタンなどを主成分とし、圧縮することにより常温で容易に液化できるガス燃料(気体状の燃料)の一種である。一般にはプロパンガスともよばれるが、語義としては極めて不正確である。家庭・業務用はプロパンが主体であるが、工業用の主体はブタンであり、家庭・業務用でもプロパンが純物質でないため、プロパンガスと呼称することは適当とは言い難いのである[1]。
液化石油ガスの名前から「完全な石油生成物」と誤解されやすいが、天然ガス随伴など石油由来以外のものも世界的に約半分を占める。通常、天然ガスはメタンが主成分だが、次に重いエタンよりプロパンとブタンは重く、これらを多く含むウェットな天然ガスから分離される。あるいは石油の精製過程で分離される。天然ガスに比べ熱量が大きい。LPGは重量あたりの典型的な発熱量は46.1MJ/kgで燃料油42.5MJ/kg、プレミアムガソリン43.5MJ/kgより高い。 しかし、体積あたりのエネルギー密度は26MJ/Lで、ガソリンや燃料油のそのどちらよりも低い。(後略)


WIKIより
都市ガス(としガス、英語:town gas, city gas)は、気体の燃料の一種。
一般的にガスホルダーや採掘拠点等から広域的に供給販売されているガスを都市ガスという。
法的な区分けとして日本では、ガス事業法上の「一般ガス事業」を行う一般企業もしくは自治体の地方公営企業(一般ガス事業者)およびこの企業が供給する、気体の燃料のことで単にガスと呼ぶことも多い。(後略)


WIKIより
都市ガス
としガス
都市の需要者を対象にガス導管によって供給される燃料ガス。自家発生炉ガスや,ボンベに詰めて供給される燃料ガスに対する用語。初期の都市ガスはすべて石炭ガスで,ロンドンで 1812年にガス会社が設立されたのが最初。
本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

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