Hi~のブログ

ごくたまに書くかものブログです。また(×4)の再開です。

日記

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最後に、、


イメージ 1
英国のバラの模様のコイン。紅白のバラが入ったマークみたい。ペンダントにできなかったから、そのまま載せました。(ロンドンブリッジの写真も。二十数年前に友人と旅行。ミュージカルのCATSを見た後、夜、照明が明るいロンドンブリッジを友人と歩いて渡りました。

日の丸扇を持っているのは、フィクションで作ったキャラです。かわいいと思って、最近時々出演させています。



以前に書いた、昔話「舌切りすずめ」のばあさんのお話の一部を載せます。


(前略)

小学校6年生の時の文化祭(各学年一クラスのみ)で、クラスで日本の昔話の“舌切り雀”の劇をしました。
 
この劇の主人公は、よいじいさんですよね、、?
 
私は、その妻の、いじわるばあさん。
 
欲張りで、ずーずーしい、しぶといばあさんで、面白いコメディタッチの劇でした。
 
 
私の地元のあたりの○潟弁(カッコには標準語)で劇の台詞の一部を書きます。(家の年寄りたちから聞いた言葉の記憶を頼りに書いているので間違いも入っていると思います。ご注意ください。○潟は広いので地域によって方言に違いがありますし、違う地方からの影響もあるかもしれません。)
 

あらすじは、、
じいさんがかわいがって育てていたスズメがばあさんの糊をなめて食べてしまい、怒ったばあさんが、スズメの舌を和バサミで切った。泣きながらどこかに飛んで行ったスズメを心配して、じいさんが遠路はるばる訪ねていくと、竹林の中にスズメのお宿があって、そこにいたスズメと再会し、ごちそうになって、金銀財宝が詰まった小さなつづらをもらって帰宅した。ばあさんは、もっと財宝がほしくなって、自分もスズメの世話をしたんだし、行ってもらってくると、じいさんの制止を振り払って、出かけていった、、。


ばあさんの台詞:
 
じじ、、なーして、でっけーつづらもろてこねかった?(じいさん、どうして大きなつづらをもらってこなかったの?)
 
おらがまた行って、でっけつづらもろてくる!(私がまた行って、大きなつづらをもらってくる!)
 
 
じいさんの台詞:
 
ばば、、やめれ。おめはスズメに嫌われてるすけ。(ばあさん、やめなさい。お前はスズメに嫌われているから)
 
 
(中略)
 
 
(スズメのお宿で、招かれざる客として、欠けたお膳、欠けたお椀、欠けた茶碗で粗末な食事を出されたが、ばあさんは気にもせず、きれいに食べ終わり、、)
 
ばあさんの台詞:
 
ごっつぉなった!けーろとおもけど、お土産はあるけ?(ご馳走になりました。帰ろうと思うけど、お土産はあるかな?)
 
(と、、お土産を催促する、、。)
 
 
(スズメは、このババア、、お土産をもたせないと帰りそうもない、、と思い、、、大きなつづら、小さなつづら、どちらでも好きなほうを持ってお帰り、、と言う。)
 
 
ばあさんの台詞:
 
じじに欲があって、でっけつづらもろてきったったら、もっと金持ちになれたてがね!、、じじには、ほんね、しんきやけた。おら欲たかりらすけ、でっけのもろ。いっぺ金銀小判が入ってるろ〜。いっひっひ〜〜〜!!
(じいさんに欲があって、大きなつづらをもらってきてくれていたら、もっとお金持ちになれたのに!、、じいさんには本当に頭にきた。私は欲張りだから大きなつづらをもらう。一杯金銀小判が入っているだろうね〜。いっひっひ〜〜〜!!)
 
(と大きな声で本心を観客に向けて言った後、スズメには、、おらは足腰が達者だから大きなつづらをもらって行く、、と答える。)
 
 
ばあさんは、、待ちきれずに帰りの山の中で、つづらを開けた。、、、そうしたら、中から化け物やらヘビやら気持ちの悪い虫がぞろそろ出てきて、、その恐ろしさに目を回して気を失ってしまう、、。
 
じいさんが探しに来てくれて、、こんげ目に会うのは、おめの欲の皮がつっぱってるからら。もうやめれ(こんな目に会うのは、お前が強欲だからだ。もうやめなさい。)、、と諭されて、、帰りましたとさ。
 
 
私が今回書いたのは、じいさんが迎えに来てくれた話ですが、最後のシーンでは、気を失ってしまう、、で終わりになる話が多いように思います。ばあさんが魔物に食べられてしまう結末もあるようです。
 
 
 
 
今思えば、、日本の昔話ですが、、あの大きなつづらは、パンドラの箱のようなものかもしれませんね、、、
 
絵本などでは、小さなつづらは綺麗な絵の付いた黒い漆塗りのつづら、大きなつづらは何の細工もない簡素な黒いものに描かれていた覚えがあります。ばあさんは、大きなつづらの中身を知らずに、宝が入っているという先入観を持っていましたが、そこに何が入っているのか?は、明かされていなかったのです。善行には良い結果があり、悪行には悪い結果があるという因果応報の結末を暗示しているとも言えると思いますし、自分のした善行に見返りを求めてはならない。欲張りには仏罰(ばち)が当たる(物欲が行動の目的では失敗する)。、、という教訓も、このお話にはあると思います。
 
(偉そうに書いていますが、このばあさんの境遇になれば、私も欲に目が眩まないとは限りませんよね。自分のことを自分で欲たかり(欲張り)と言う人はふつういないでしょうが(人から言われることはあっても)、これはコメディだから。 
 
 
小学校の昼休みのときに校内放送で滑稽な昔話の“芋ころがし”を朗読し、山寺の高齢の和尚さん(和尚さんは男性です)のものまねをしたときには、好評でした。(私の読んだ“芋ころがし”の民話は、山寺の住職と3名の小僧さんが村の庄屋の法事に呼ばれた話でした。)他には、山姥のものまねも得意です。



 
 
また舌切り雀のばあさんの話が頭に浮かんだので、せっかくだから、少し書きます。
 
ばあさんは、良いじいさん(ばあさんの夫)のことを悪人だと言い張って、周囲の人々に意地悪ババだと言われています。
 
以前の記事から、、
舌切り雀のばあさんを小学校のクラスの催しもので演じ、観客を笑わせた私が、、いじわるばあさんが、さらにいじわるになる過程を、、少し考えたので書きます。
優しいおじいさんだ、、ああ、、仏様のようだね、、こんなにいい人を見たことがない、、人々が口々に、舌切り雀のじいさんを褒めた。それなのに、ばあさんのほうは強欲でいじわるで、ひどい人だよ。
そこに、その話を聞いていたらしい舌切り雀のばあさんが出てきて、こう言った、、「ちご!じじがわーり、、じじが皆にいい顔ばっかして、、そんげにいい顔ばっかしったったら、しんしょ守ってがんねてがね!じじがわーりんだ!!(標準語では:違う!爺さんが悪い。爺さんが皆に過剰に親切にしているんだ、、そこまで親切にしていたら、、財産を守っていけないのに!爺さんが悪いんだ!)」
惜しみなく施しをして、仏と言われている、善人そのものの舌切り雀のじいさんを悪人呼ばわりする、ばあさん(妻)。
性根の腐ったババだ!やっぱり意地悪ババだ!と、ばあさんはさらに悪人と思われる。ばあさんの話をよく聞いてくれる人はいない、、
(後略)
 
 
今はどういう心境なのか?
 
(ばあさんは●潟弁で話しています。カッコ内は、標準語。)
 
 
インタビューアー:おじいさんと比べられることが多いようですが、おばあさんはどう思われますか?
 
ばあさん:おら、せつねかった。善人すぎるたっつぁらと、けえっててーへんら。比べられて。おら、ふつうらてがね、わーりばばら、こみともねぇ、あんげばば、見ともね、言われて。おめさんも、おらの立場らったら、よーわかるわね、おらがくどきてなる気持ち。
(私は切なかった。善人すぎる夫だと、かえって大変だ。比べられて。私は、ふつうなのに、悪いばあさんだ、嫌だね、あんなばあさんは見たくもないって言われて。あなたも私の立場だったら、よくわかりますよ、私が愚痴を言いたくなる気持ちが。)
 
 
インタビューアー:なるほど。
 
ばあさん:おらの小言も、じじには、聞こえてねえみてらわ。あんげじじらすけ、スズメからもろたつづらの宝ももう分配してねーなったみてら。じじがもろたんけ、じじが使えばいいこてさ。
(私の小言も、じいさんには聞こえてないようだよ。あんなじいさんだから、スズメからもらったつづらの宝ももう分配してなくなったようだ。じいさんがもらったんだから、じいさんが使えばいいよ。)
 
おら、そんげにわーりばばでもねーてば。じじに比べたら、ひっでばばら言われるだけらよ。
(私はそんなに悪いばあさんでもないんだよ。じいさんに比べたら、ひどいばあさんだと言われるだけだよ。)
 
 
インタビューアー:おじいさんは今どこに?
 
ばあさん:へーくやってるみてら。分配して、しんしょもねーなってしもて、なんにもねーてもできる趣味すーゆーて。
(俳句をやっているみたい。分配して、家の財産もなくなってしまって、何もなくてもできる趣味をするって言って。)
 
インタビューアー:おじいさんの俳句をご存知ですか?
 
ばあさん:何らったかねぇ、、こんげ言ったったけな?(何だったかねぇ、、こんなことを言っていたかな?)
 
われときて、あそべや、おやのねーけーる。(我と来て遊べや親のない蛙。)
 
おらもこれはいーへーくらなぁ思たて。(私もこれはいい俳句だなと思いましたよ。)じじにしてはいい出来らった。(じいさんにしてはよい出来だった。)
 
 
インタビューアー:(内心、これは小林一茶の俳句のパクリでは?と思ったが、気を取り直して)でも、よかったじゃないですか、、ねえ、おばあさん。丸く収まったようで。
 
ばあさん:何ゆーてんね、おめさん!おらにはいーことねかったわ。ちーとばか欲出して、ひっで目におうた。おら、お土産恐怖症になったわね。誰か、おらにお土産くれたらやらなー。そんげことしねでくんなせや。おら、気持ちだけで十分らすけって、けんげーた。おら、お土産おっかねなったて。それもこれも、じじがわーり。じじがあんげ人らすけら。(何を言ってるの、あなたは!私にはいいことはなかったよ。少しばかり欲を出して、ひどい目に会った。私はお土産恐怖症になりましたよ。誰かが私にお土産をくれたら嫌だな。そんなことをしないでくださいな。私は気持ちだけで十分だからと考えました。私はお土産が怖くなりましたよ。それもこれも、じいさんが悪い。じいさんがあんな人だからだ。)
 
インタビューアー:そうですか、、。(内心、この欲張りばあさんも、ある意味、謙虚な人になったようだ、、でも、結論には変わりがないようだな、、価値観の相違というものか、、と思った。)
 
 
ばあさん:おら、そろそろ畑の草刈りあるすけ、かんべしてもろか。そうせば、ごめんなして。(私はそろそろ畑の草刈りがあるから、(お話を)やめさせてもらいましょうか。それでは、失礼します。)
 
そう言うと、ばあさんはすっかり曲がった腰をうーんと伸ばして、すたすたと帰っていった、、。
 
インタビューアーがその姿を見送っていると、はたの人たち(近所の他人たち)が通りかかって言った。
 
あのばば、ほんね、ボケたみてらな、、。しっかりしてるみてらけど。ああ。じじもらな。半分に聞かねばね。しかたがねえ、年らすけ、、。(あのばあさんは、ほんとにボケたみたいだな。しっかりしているみたいだけど。ああ。じいさんも(ボケた)な。(あの人たちが言っていることは)半分は信頼できないと思って聞かなければならないね。しかたがない、高齢だから、、。)
 
インタビューアー:ぼぼぼぼ、、ぼけっっ?!
 
このとき、ばあさんには、はたの人たちの話が聞こえていた。
 
ばあさん:おらのことばっか言えねてがねさ。余計なお世話らわ、、はたのもんが。(私のことばかりを(ボケているとは)言えないでしょうに。余計なお世話ですよ、、近所の人たちは。)
、、、
 
 
はたのもん、、と、今は言うかどうかはわかりませんが、はたとは、道端の端ように、関係ない周囲、、というような意味で使っていたように思います。もんは、者という言葉がなまった感じかな、、と思います。


 
このばあさんにモデルがいるというより、祖母らの話し方を思い出しながら書きましたが、私の中の意地悪ばあさんです。こんなばあさんでも、おら、せつねかったれ、、とか言うのを聞くと、ちょっと気の毒にもなりますよね。文字を読むとき、自分の中の記憶のおばあさんらのイメージに共鳴するようになって、そういうおばあさんらが思い出されるのかも。
 

 
 
お話を読むとき、そのキャラクターのイメージが、外にあるというより、自分の心の中にあるように感じるほうが、じーんとくるよな、、と思いました。私が少し書いたシナリオもどきのようなフィクションも、たぶん、私に実際に会っても、、フィクションだけでなく、宗教や戦争についての文章もでしょうが、、きっと私のイメージには重ならないのではないかな?と思いました。私自身も、自分の胸の奥底にある文字を拾いながら書いている、、きっと真面目な顔で書いている、、でもそれを私が実際に読み上げたとしても、きっと皆は違和感を感じるのではないかな?この言葉を読んでいるのは、皆の心の中の存在なのではないでしょうか?外から聞こえる声ではなく、心の中でのつぶやきなので、文字を見て、そして無言で読むほうが合ってるっていうか。
 
 
 
 
 

Yahooブログも終了するし、、

私のブログも、もうすぐ終了します。


私も1000を超える記事を書いてきましたが(少し前に消去しました)、

会話では伝えられない思いを伝えたかったから、、。癒しの必要な人々の心を癒したかった。

宗教について、フェミニズムについて、日本の戦争について、、他、、

伝えたから、もう話すこともないか、、

問題提起したと思うし、、

たまには掲示板に書くと思います。


私の個人的な考えですが、、宗教については、、モーセの十戒のような基本的な決まりを守っていれば、安心して亡くなることができる(できた)のではないか?複雑な社会になってきて、宗教も複雑化したのではないか?どの宗教の考え方がよいかということで争うのではなく、共通項を見つけて、お互いを尊重したほうがいいのではないか?天上天下 唯吾獨尊 今茲而往 生分已盡、、とは、誰も尊ばなくても、利他的に頑張っている人のことを私だけでも見出して尊びますよ、、という意味ではないか?と、西遊記(2006年フジテレビ系列のTVドラマ)を見て、思いました。神様がこの世界を作ったということなら、森羅万象に神性を見る多神教的な考え方も私は理解できます。唯一神という存在は、自然現象のように、普遍的なことしかしないと思いました。奇跡と思えることは現在でもまれに起こりうることだったのでしょうが、困っている時にちょうど起こったことが時間的に奇跡だったといえるのではないか?、、神が普遍的な存在であれば、人の社会をよくするのは、人々の和平への努力でしかないのではないか?この自然も宇宙も神が作ったとするなら、植物も、ほかの生物、、虫すらも、バクテリアすらも、エコシステムを健全に保つ上で大事なんだろう。人間に知恵があったとしても、エコシステムを壊すことを恐れた行動をしたほうがいいと思う。自然のすべてを再現することなどは人間にはできないと思うから。他、、

フェミニズムについて、、男女の違いを認めたほうがよい。社会は男性社会だろうから、男性と互角に競争するのは、女性らしさを発揮できないことになるのでは?女性が働きやすい社会は競争が少ない社会なんでしょう。自分がダブルスタンダードを使っていることに気がつかないことがあるから、注意したほうがいい。同じことをしていてもAさんを批判せず、Bさんを批判するなど。(私は受精卵から生命だという考え方です。遺伝子改変もやめたほうがよいと思っています。)

集団の利益のために、一部の者の人権を無視するのは、結局、すべての人の人権を尊重するということになっていないと思う。行為に対して、善悪が判断されるのだろうから、属性などで善し悪しを判断しないようにしよう。

人はやはり未来のことはわからない。戦後の人々が、戦前の日本の考えをどうしてこんなことをしたのか?愚かだったと簡単には言えないと思う。未来が見えない中で一生懸命やってくれた結果が、今の平和をもたらしてくれたのだろうと思います。侵略戦争は悪い。でも戦争とは昔から侵略戦争だったのではないか?すべての国がそういうことなら悪かったのか?法の不遡及(事後法の禁止)の考え方をしないと、過去の人々を無理な理由で批判してしまうことになると思います。昔の人々を今の人権意識で批判はできないと思います。過去は変えようがないから、悪かったことを、いつまでも批判できるが、すでに和解が成立したなら、区切りをつけるほうがいいと思いますが、、。(現在のTV番組が、現代の認識で戦争や戦時の人々へ善悪の評価をするのはよくないと思っています。間違った正義感だと私は思っています。歴史を知って、同じ苦しみを繰り返さないように生きるために学ぶのはよいと思います。今の人間の知識や考え方を昔の人々は持っていなかった。もっと素朴だったし、戦争がこんな苦しみをもたらすことになるとはその時にはわからなかった。わかっていたなら、戦争には反対したと思います。日清日露戦争が、遠隔地で行われ、かつかろうじて勝利に終わった戦争だったから、自分の国が戦場になることの恐ろしさを国民たちもわからずに、戦争を楽観視していたのではないか?と思います。過去の日本人への批判を感じさせる報道には、私は悲しくなります。言い方があるだろうに。当時は、国民も日本の勝利を信じていたし、どこの国でも同じような反応をしていたのではないでしょうか?法の不遡及の考え方をしてほしい。過去の反省の上に今があるのでは?その反省の上に教育を受けてきたから、今の人々がもっと人権意識や反戦意識があるのでは?過去は変えられないので、過去を悪いと批判し続ける行為は終わりがないのではないでしょうか?その過去の人々に関わっている人々を苦しませ続けるだけでは?戦争をやめよう、過去を反省しようというのは日本人全体に共有されている考え方では?過去の人間の過ちを自分のことのように悔やんでいるものでは?自分たちも今、未来がわからずに間違うかもしれない、、そう思ったときに、過去の人々の失敗も他人事ではないと思えるのではないでしょうか?現代の善悪の判断を加えずに、事実を事実として淡々と伝えるべきだと思うし、過去の戦争については鎮魂のトーンを崩さないでほしい。)


以前の記事が長すぎて保存できていなかったので、ほとんど忘れていますが、今茲而往 生分已盡は、気が付いたそのときから、自分の分を尽くして頑張れ、、誰一人それを知らず尊ぶこともなくても、私ひとりでも尊びますよ、、と、、素人で間違っているかもしれないけど、こんな感じの解釈を、備忘録としてブログに書いていました。

また、自分なりに、神の予知能力と人間の自由意志についてなど、、考えてみました。神がどうして髪の毛の数まで知っているのか?ということを考えると、、それはすべてが、人間の髪の毛も、、神の創造物と考えると、髪の毛そのものが神の答えなのかもしれない、神は数字で答えるのではなく、そのもの自体が神の答えだから、常に神は正解を知っているということではないかな。神の愛とは、太陽を昇らせて、雨を降らせて、農作物を実らせ、生き物を育んでくれるこの地球を与えてくれたことではないか?それは皆に共通の恵みでは?神が宇宙、地球、自然を作ったのであれば、重力があることや、甘いものを食べて歯磨きをさぼったら虫歯になることも含めて、自然の摂理が神の作ったものでもあり、それは生物にとっても人間にとってもすべてが良いとは限らないものですよね、、人間は工夫をしてよりよく生きるようになってきた、、でもエコシステム(生態系)を壊したら、もっと困難に見舞われそうだから、壊さないように、そして後世の人間がそれでも安全にきれいな自然の環境の中で暮らせるようになってほしいと思っています。神が何か信者の望み通りに、誰かに罰を与えるのかな?と考えると、神という存在は宇宙のように広大で、またバクテリアの働きのように肉眼では見えないあらゆるところに宿っている、普遍的なものかもしれない。それならば個人個人の望みには答えないかもしれない、、そういう存在が唯一神と呼ばれる存在なのかな、、と思いました。旧約聖書のエリフのことを書かれている方がいたので、参考にさせてもらいました。そして、新約聖書を少し読ませてもらうと、行うのに難しいことが書かれているように思います。それは自己保存本能を抑制した平和的なものと言えるのか?素晴らしい教えであっても、自分たちを守れないのではないか?それが解釈の複雑さ(わかりずらさ)を生んできたのだろうか?また教えとは違うようにやっていても、気付いていないとか?と、私はよく知りませんが、推測しました。赦しなさい、そうすればあなたがたも赦される、、とありますが、私も国外にいて、日本軍が非難されているニュースを読んで悲しくなって、世界的にまた再びか?日本は悪の国のレッテルを貼られているようだ、いったい、いつ赦してもらえるのだろうか?と思いました。この一文が聖書にあるようなのに。、、日本は悪かったんだから、悪いと言われても仕方ないでしょうという意見もあるでしょうが、戦後70年の間に謝罪や支援もしてきたのだと思うけれど、そういうことは忘れてしまうのだろうか?日本は戦犯国だから叩いても問題ないという判断なのかも?と思いました。私が思うに、人間同士は相互的な関係だろうから、両者にそれぞれ同じようなまたは違った非があるものではないでしょうか?赦さないと言うほうが、赦しの鍵を持っているのでは?赦さないでいてその片方の人が赦されずに亡くなったら、断絶を導くのは、赦さなかったほうなんじゃないか?また強者が和解の鍵を握っているのだろうから、頑なになっている弱者のほうを和解の席に導くのは強者の役目なんじゃないか?

ハムラビ法典は、紀元前1700年ごろにできたものらしく、すごく古いんですが、歯には歯を、目には目を、と呼ばれるように怖い印象がありましたが、同等のレベルの報復に限定する決まりということで、むしろ過剰な報復を抑制するものだったらしい。同等の報復というのは当事者同士。子孫はもう同等の立場にはなれないのではないかなと私は思います。だから講和条約なども当事者たちがいるうちに早くお互いに締結にもっていっていたのでは?WWIIの和平条約は、連合国とは1951年、日韓は1965年と、とっくの昔のこと。それは当事者同士が話し合って行うというのが一番現実に即している(いた)からではないでしょうか?歴史のことは詳しくありませんが、私は戦後生まれで、米国への批判もとくにありませんでした。でも、世界的に、単純に日独=悪い戦犯国という認識しかないのなら、公平な認識になれていないと思いました。人道への罪というのは、戦前の日独のみの問題ではなく、戦争に関わった国はお互いに戦ったのであれば、程度の差はあっても、戦勝国側にも返ってくるブーメランのようなものだったのでは?完全な正義や善人などないと思うし、完全な悪や悪人などもないと思う。戦争にならないように、政治家は、対話を続ける努力をしてほしい。

素人の素朴な疑問や意見を書いてきましたが、、日本が韓国を占領していた時代の韓国の映画やテレビドラマを少し見て、また日本側の情報(インターネットで)を読んで、Yahoo Japanの韓国紙日本語版も少し読んで、思いましたが、、日本からの協力でインフラもよくなって、義務教育も日本と同じように取り入れられていったという。(日本ほどの広がりはなかったかもしれませんが。)それは良い点だったのだろうけど、でも日本は占領したから悪い国だという結論になっていたように思いました。答えは決まっている。どんな数を足していっても、答えが同じ数では、正しい認識に導けるだろうか?と思いました。戦前日本占領期を体験してきた昔の世代が良い所も体験して知っていて、それはそれとして認めていたとしても、その時代を知らない次の世代が、強い反感を持っているように思えました。そしてそれは日本に対する建前として続いているのかもしれない。

国と国が対立すると、その両方に関わっている人々が苦しむことになり、力を失い、間に立つ人が減り、和解が遠のくのではないか?と思いました。慰安婦問題では、、人権団体などが、日本に関わった女性たちにひどい言い方をしているように思え、日本叩きの政治的な活動に思えました。昔の女性たちは政治的ではなかったと思う。一家を助けるためなどに、どこの国でも、起こったことだったと思いました。戦争や東京・大阪などの多数の都市空襲で大勢の人々が亡くなっている。例え、証人や証拠が不十分でも、米国では陪審員が同情、感情的に動く可能性もあり、冤罪を生むかもしれないし、訴えたほうが敗訴で逆に訴えられるかも?両者にとって諸刃の刃かもしれないから、裁判に進まないほうがよいと思うと書きました。米国でもか?ヨーロッパ大陸の法の不遡及、、(WIKIからの抜粋、、”法令は施行と同時にその効力を発揮するが、原則として将来に向かって適用され法令施行後の出来事に限り効力が及ぶ[1][2]のであり、過去の出来事には適用されない[2]。これを法令不遡及の原則という[2]”)、、という考え方が忘れられていないか?と心配になりました。私は、法の不遡及を、東京裁判でのパール判事の考え方などを読んで知りました。日本は敗戦し、GHQの占領下、価値観が大きく変わりましたよね。
戦後70年、長いような短い間ですが、、世界人権宣言は戦後の1948年、キング牧師の公民権運動は1960年代半ば、1960年代は独立したアフリカの国が多く、アフリカの年と呼ばれるらしい、、人権意識は段階的に急に向上しているように思えます。だから、私は、現在の人権意識で、WWII時の人々を批判するのは無理があると思いました。また女性たちの健康管理を法律で徹底させるためなどの理由もあったのではないか。、、フェミニズムが行き過ぎると、女性がむしろ不幸になるのでは?と心配しています。いろいろな状況を考えているのだと思いますが、女性が人工中絶を女性の権利とするのは行き過ぎた考え方だと思うから、考え直してほしいと思いました。


私自身は靖国神社合祀を支持しています。昔の人々は、今の人たちよりも、人のために生きていたような人たちだと思うんですよ。戦争によって、誰でも同じ立場になりえたと思う。除外はしてほしくない。

キリスト教徒ではなくても、米国では、聖書を読む会や教会での催し物に誘ってもらって、ときどき参加させてもらっていました。若い時にいろいろな新興宗教の方々とも一度ぐらいは交流していました。二十歳ぐらいの時、街頭で会った見知らぬ女性から誘われて、4回ぐらい(一カ月ぐらいの間か?)彼女らのオフィスに行って、コーヒーなど飲んで(コーヒー代など三カ月の施設利用代に3千円を払いました。)そこにいた人たちとおしゃべするのが楽しくて行っていましたが、5回目ぐらいでキャンプに誘われたので断って、怖くなって行くのをやめました。彼女から厚意で貸してもらっていた宗教の本を、結局読めず、大切な本だと聞いていたので、本の裏に書かれていた気がしますが、もうどこかは忘れていますが、本を郵送で返したことがありました。(そのときに、返却だったので、とくに何もメモを添えなかったかも。私の住所名前も封筒に書いたんですよね。何の宗教グループかも知らなかった。)初期の頃だったんだろうから、まだのんびりしていた気がするし、キャンプを断っても何も言われなかったし、世の中のために頑張ると彼女も言っていたし私は彼女を好きだったし、いい人だと思っていました。本を返して、私はそのことをすっかり忘れていたんですが、後になってから、私に反感を持っているような人たちがいると感じました。私が返却した本について誤解されたのか?と最近気が付きました。私はその宗教には入っていません。私は中立でいたいと思い、グループにはとくに参加していません。政党のようにAグループなら○×○という考え方、Bグループなら×○×という考え方、、とパターンがあると思うけれども、個人的に考えているから、そういうパターンに入っていないと思います。

1000を超えるブログは真面目なもので、主にYahoo Japanで読んだニュースへのコメント。後半にはキリスト教や仏教、中国の故事についての自分の考えを書きました。ときには創作フィクションもありましたが(フィクションと明記していました)。米国に住んでいた時に書いたもので、日本のことはニュースでしか知りませんでした。日本文化の紹介も兼ねていました。英語で書きたかったのですが、そこまでの英語力はなく、日本語で書いていました。







以前に載せたものです。

EBAYでも、ほとんど中古のアクセサリーを買っていたし、車も中古、、

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