雑草 私は、私が通っている大学の「イネーブルガーデン」という簡単に言ってしまえば花壇を今日見た。
すると、雑草が生えているのを確認できた。 雑草が生えるということは、有機農法の観点からすると、良いことだ。 雑草が生えるならば、作物も生える。 単純に考えて、同じ植物だから。 生えるか生えないか何故、イネーブルガーデンには雑草が生えて「葉羽農園」(我が家の家庭菜園)には雑草が生え難いのか。 肥料のせいか。 それ以外には…覆い物だ! イネーブルガーデンには、人が通れる道が有る。 そこに、チップが撒かれてある。 地表を覆う「何か」が有れば、雑草が生えくる。 「葉羽農園」でもブロッコリーを覆う為に網を架けた。確かにその網の中だけ雑草がボーボーだった。 覆う「何か」は、人工物でも自然物でもどちらでも良いのだろう。 ただ、私は絶対に自然物がいい。 黒いビニールを架けるよりも、落ち葉がいい。 その拘りは、私が考える以上に強く固い。 私は完全に私の感情を知っている訳では無いのだ…。 落ち葉≠土何故、私は覆い物の下で微生物が発生するから覆いをした方が良いと知りながら、落ち葉を敷き詰め無かったのか。 それは、落ち葉と砂を同一視していたからである。 落ち葉は、肥料化すれば土に成る。「どうせその内に土に成る物」を「土」と同一視していたのだ。 しかし、例えばいずれ死ぬから生物は死物かというとそれは違う。 「生物は生物」だし「死物は死物」だ。別物だ。 「落ち葉は落ち葉」で「土は土に」だ。別物だ。 もしも、落ち葉を土と同一視するならば、土の上に落ち葉を敷き詰める行為は、土の上に土を乗せる行為であり意味無い。私は今まで落ち葉と土を同一視していたから、落ち葉を敷き詰めることを無意味だと判断していた。だから、落ち葉を敷き詰めなかったのだ。 考えたから…次は 「実際に見て▶感じて▶考えて」その次は、「意思を固める」だ。
私が今回固める意思は、「葉羽農園の地面に落ち葉を敷き詰める」である。
考えたら行動…という流れが一般的だが更に詳細に理解すれば「意思を固める」という段階が有るのだと、大学で学んだ。
障害と成る問題しかし実は多分過去に私は落ち葉を地表に敷き詰めたことが有る。 だが、そのとき風で飛んで行ってしまったのだ。 問題が有ったのだ。 その問題を解決する為にどうすれば良いか…。 私は一つ思い付く。 土と落ち葉を混ぜて、その混合物を地表に敷き詰めれば良いのである。 命令という訳で、私は 「葉羽農園の地面に落ち葉と土の混合物を敷き詰める」。 括弧内に意思を固めた。 だから、私はこの括弧内を葉羽農園のメールアドレスに送る。 そのメールを開き読むのは私自身だ。 つまり今の私から未来の私に向けて命令をする。 その後 結局、5月29日に実施した。
落ち葉と土は、もう肥料化しようとしていたので既に混ざっていた。
だから、地表に置くだけだった。
小松菜の根元に置いていった。
↑小松菜の根元に落ち葉と土の混合物を撒いた後 筆者:大塚将俊
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