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■ 仔惑の地球 Solitude Of The Earth2 ■
【惑星だより】 風邪、気をつけてくださいね。ごほっ。 CG by djandyw.com

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◇◆煙◆◇

イメージ 1

 
 
 


 髪を結い上げた女の項の白さに、思わず唇を寄せたくなる。

 けれど目を逸らし、逸伏は浴衣の袷に手を入れ、痒くもない腹を掻いた。


「だんなさま、」


 女の呼び声に、逸伏はん、とだけ応える。 

 すると女はくすくすと笑い、夕餉のお膳を用意しながら項にしわが寄るほどに首をひねり、こちらを振り返った。

 北国育ちだという歌木は、白い肌をした女だった。 そして、柔い声をしたそれだった。


 寄せ集められたように並ぶ長屋。 同じ造りのそれぞれの部屋には、先刻仕事帰りの若衆たちが次々に女房

たちに出迎えられ、同じように夕餉に入っていった。

 大工稼ぎの逸伏も例に漏れず、小さな灯篭が灯った狭い長屋に入ると、ちょうど桶に井戸水を移していた歌木

の笑顔に迎えられた。

 桶の水で足を洗い、勧められるままに湯浴みを済ませて浴衣に着替えると、逸伏を待ち構えていたようにお膳

が出される。

 貧しいながらもお膳に並べられる夕餉。

 湯気の立つ豆腐の味噌汁に白飯、そして新香。


「もう秋刀魚が焼けますから」


 歌木はそう云って、長屋のすぐ傍の井戸端へと歩いて行った。

 暗くとも、開けられた表戸から井戸端にしゃがみ込んだ歌木の後姿が見える。
 
 褪せた着物に白い襷を掛け、懸命に内輪で焼ける魚を仰ぐ。

 井戸端のすぐ前の長屋の灯りが漏れているのか、歌木の右頬が淡く照らされ、薄暗い夜に浮かぶ。

 さらに内輪を掲げた白い腕が、逸伏の目に映った。


 歌木は名の知れた反物屋にいた奉公人だった。

 あるとき、反物屋の離れを増築する運びとなり、逸伏はそこへ大工として出向いた。

 そこで反物屋側からの接待役として表に出ていたのが、歌木ら女奉公人だった。

 大工の休憩の度に茶を出し、無駄口を叩かぬ程度に会話を交わす。

 そんな他の奉公人とは異なり、歌木は誰一人とも一切の言葉を交わさなかった。

 白い顔をして、目立たぬように茶を入れ、入れ終わるとさっさと奥へと引っ込む。

 その姿を見た大工の若衆は、悪気なく失笑していた。




「だんなさま、」


 たたきから皿に焼けた秋刀魚を持って歌木が上がってくる。

 白い腕に持たれた皿が、音もなく逸伏のお膳に置かれた。

 衣擦れの音が引いていくと共に、ふんわりと煙のにおいがする。


「…すみません」


 その言葉に逸伏が顔を上げると、歌木は自分のお膳を前に正座した膝の上で両手をきつく握りこんでいた。


「だんなさま、湯浴みなさったのに…」


 逸伏は歌木のその言葉に僅かに口端を上げた。

 歌木はおそらく見目で人目を引くことはない。

 醜女というわけでもないが、何処にでもいるような相好の女だ。 

 躰付きも男好きのするものでもなし。

 けれど当時、反物屋が火事だと聞いたとき、逸伏は迷わず歌木のことを思い出していた。

 もうもうと火と煙が上がる反物屋の前で、仕事帰りの逸伏は逃げ惑い、また呆然としていた店の主人や御内

儀、奉公人たちや騒然とする野次馬の中を掻き分け、見つけ出した白い女の手を掴んだ。

 いきなり自分の手を掴んだ逸伏に、女は叫び出すかと思いきや。

 しかし、逸伏のことなど気付かぬように、女は静かに炎が上がる店を前に、笑んでいた。




「――…少し、休むか」


 逸伏は秋刀魚に箸をやりながら訊く。

 窮屈そうに躰に力を入れていた歌木は、顔を上げて逸伏の問いかけを不思議そうに見た。


「今度、三月ほどの仕事が入る。 京都寺の修繕だ。 それが終わったらまとまった金が入る」


 よい塩梅に焼けた秋刀魚の身は、灯篭に染められ舌に温かく広がる。

 逸伏は一度目を伏せ、それから目の前にいる歌木を見た。


「行商の見習いにでもなって、旅に出るか」


 歌木はぽかんとしていたが、それも暫くするとくすくすと笑いに変わる。

 厚い唇に手を当てて、おかしそうに。


「――美しかろう…北国は」


 笑んでいた歌木の顔が、ぴたりと止まる。


「…お前の育った故郷は」


 上がっていた口端は徐々に下がり、唇を隠していた手はゆらりと落ちる。

 瞠った目が逸伏を捉え、驚愕に満ちたそれを隠せずにいた。


「ずっと…帰りたかったのだろう」


 秋刀魚の身を口に入れながら、逸伏は云った。

 ゆるりと視線を上げると、歌木は顎を震わせて逸伏を見返していた。

 豊かな髪から幾筋か落ちた髪が、白い歌木の項を滑り、揺れる。




 反物屋に出向いていた頃、逸伏は白い肌の女に目がいった。

 透けるように白く、消えてしまうのかと思った。

 思わず手を伸ばしたくなるその着物の袖から見える白い腕。

 そこには、今にも女を殺しそうな赤黒い縄の痕が、あった。











「お前の味噌汁は、美味いなあ…」

 逸伏はみっともなく、味噌汁を啜った。
 
 
 ■■□

 写真素材 退廃メトロノームさま⇔http://taime.under.jp/
 無断転載ダメ△任

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    店を焼く火の手が、男の奥深くにくすぶる熾きを燃え立たせた。

    引き当てた白い腕は、最良の伴侶。

    喜びの全てとなった女のために、男は、ささやかな冒険を夢見る。

    いつもの小宇宙に、なんとなく新しい感覚。hachiさんもちょっとした冒険中?

    [ イカダ ]

    2009/2/17(火) 午後 8:19

    返信する
  • 顔アイコン

    イカダさんへ。ありがとうございます。
    新しい感覚、ですか。私は気付いてなかったのですが、もしかしたら無意識にそう思っているのかもしれません(^^;)
    ちょっと昔風のが書きたくなって…エセ昔ばなしです(笑。
    あいかわらず描写は適当すぎるほどに適当で、ある意味恥ずかしい文章かもしれません(;=n=)

    hachi

    2009/2/18(水) 午後 7:21

    返信する

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