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■ 仔惑の地球 Solitude Of The Earth2 ■
【惑星だより】 風邪、気をつけてくださいね。ごほっ。 CG by djandyw.com

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■蒼霞

イメージ 1

 
 
 
 

「手折っても、」


 隣の男が、どこか酔ったような声色で訊ねる。

 先刻座した姿勢のまま、膝の上に拳を握り、男は意識を投じるように一輪の花を眺めていた。

 その横顔と声にチヅは微かに微笑み、そして頷いた。


「――どうぞ、」


 布団の中から、チヅは改めて言葉にして男に返してやる。

 すると白い開襟シャツの男は、はっと、それまで眺めていた庭からこの座敷に視線を戻した。


 開け放した障子を幸いに、風が座敷一面に吹く。

 終りかけの夏の、けれどまだ熱を含んだ風。

 布団の中のチヅの前髪と、動かない男のシャツの襟を緩く動かした。


「…どうぞ、お持ちになって」


 男はチヅの言葉に、醒めたように瞳を瞬き、その薄い唇を内で噛むようにきつく結んだ。

 そしてそのまま静かに瞼を閉じると、緩やかに首を折り、また緩やかに首を振る。

 そう長くはない彼の前髪が真っすぐに垂れ、まるで布団へ落ちてきそうだった。


「いいえ。 …いいえ、」


 男はそう云った。

 膝の拳を広げ、今度は畳の上に爪を突き立てて。

 その広い肩を、怯えるように竦ませて。

 そうして、男は静かに落涙した。
 

 チヅは力の入らない片腕を、布団から抜き出そうとする。

 けれど襦袢と掛布団が布擦り合い、なかなか抜くことができない。

 チヅは自嘲するようにそれを小さく笑うと、襦袢の中から肩と手を抜いた。


 俯く男の頭に触れようと、黒髪に手をかざす。

 そして、チヅは気付いた。


 黒い髪の前に映る、あまりに白過ぎる腕。

 あまりに細過ぎる筋張った指。






 ――これが線。


 チヅは心の中で呟く。
 






 これが、挟間の、一線。






「――…」


 チヅは風に流れる男の前髪に腕を潜らせ、掌を広げた。

 ぽたり。ぽたり。

 掌に落ちる、温かな水玉。

 その度に揺れる、撫で肩の男。


 掌に乗った水玉を枕から眺め、それからチヅは大切そうにその掌を閉じた。

 気づいたように男は、前髪を揺らして顔を上げる。

 目の端が赤くなって、シャツの袖で拭った頬は擦り切れたよう。

 その赤さが男の顔に際立ち、チヅは静かに息を吐いた。

 

 ここからの庭は、美しかった。

 質素であったけれど、どの屋敷の立派な庭より。

 そして、その庭の中に咲く、花も。

 手折ってもよろしいか、と思わず訊ねた男を、チヅは少しも煩わしくは思わなかった。

 その後、激しく後悔する男の優しさに、同情こそすれ。

 

 僅かに身じろいだ男の視線を感じて、チヅは己の胸元を見る。

 襦袢から片腕を抜いた際に袷が肌蹴、露わになった乳房があった。

 男は畳から手を上げ、無骨な指でチヅの掛布団を直した。

 そして、男は布団の上から、そっと今隠したばかりのチヅの左乳房を覆った。


 呼吸をすると、僅かに盛り上がり、下がる。

 男の掌に全て収まる自分の乳房の様を、チヅは黙って見つめていた。



 
 
 
 
 ここから覗く庭は、美しい。

 世の総てが、そこに一式誂えられたように。

 布団から見えるそこは、チヅの庭。

 ただ一度、夢酔いのために誂えられた――庭。



 
 
 
 
 乳房を包む男の手に、チヅは水玉の掌を合わせた。


「――どうぞ、手折って…」


 チヅの言葉に、男は口を開けた。

 男の薄い唇が息を吸い込むと、喉がぜぜ、と震える音がした。
 
 
 

 言葉を放とうとしたのか。

 呼吸のためだったのか。






 けれどそれは男に問われることはなく、庭の一輪が手折られた。












 
 
 
 
 
 
 







 庭から熱の薄らいだ風が吹く。

 その風は花びらの散った座敷に、蒼霞を匂わせた。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  

 □□□

 蒼霞(あおがすみ)は造語。

 ―――kazuさんに心からの感謝を。








 photo = kazuさん。(写真の無断転載は御遠慮ください)

  • もちろん手折りたい。その一輪の花。

    そこから持ち去りたい。独り占めするために。

    誰にも。

    渡さない。

    [ イカダ ]

    2009/8/31(月) 午後 9:59

  • 顔アイコン

    イカダさんへ。ありがとうございます。
    一輪の花。
    手折れることを待つように。
    手折れることに逃れるように。

    イカダさんから手折られる一輪の花は、きっと美しいことでしょう。

    hachi

    2009/9/1(火) 午後 9:27

  • 顔アイコン

    改めて読み返してみると、
    途轍もなく色気があって、ものすごい数の色の集合体みたいな小説です。

    僕の写真が契機の一つだと思うと今また有難いと思います。

    [ 一有 ]

    2016/3/30(水) 午前 7:08

  • 顔アイコン

    > 一有さん
    ありがとうございます。お返事遅くなりました!

    あわわ。( ゚Д゚)
    もう一度読んでいただいて…ありがとうございます!
    このお話、自分でも気に入っているお話です。
    やはり根底には一有さんの写真があったからですね。
    淡い蒼。しっとりとしたお花。
    優しく、儚く、穏やかな写真。
    私はこの写真が大好きで、お話をつけさせていただいて、本当にありがとうございました(*^^*)

    hachi

    2016/4/30(土) 午前 5:52

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