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「打ち首だ」
王が言い放つ、勅命。
城前の広場に集まっていた民衆は、歓喜の声を上げて大きな騒ぎになった。
予想されていた勅命なだけに、
甲冑を身に着けていた騎士たちは颯爽と準備に取り掛かる。
見上げると、まだ昼前の空は薄い青。
雲は筆で走らせたように数本だけだった。
それをまた消してしまいそうな風が、広場に吹いた。
鼻先が肉の焼ける臭いとアルコールの臭いを運ぶ。
振り返ると、屋台が立ち、その傍には樽が並んでいた。
「プリュレ・ロー!」
「プリュレ・ロー!」
男たちは樽から注いだ酒を木製の器に入れて高らかと掲げ、叫ぶ。
薄汚れた服や当て布をしたズボンを履いた農夫たちは、
同じように顔や服を泥に汚した商人と肩を組んで酒を酌み交わす。
女たちも互いに手を取り合い、叫ぶように『プリュレ・ロー』を唱える。
「ぷりゅれろー!」
大人たちに交じり、舌足らずな声を上げるのは広場の隅に集まった子どもたち。
年嵩の子どもからまだ手を引かれる幼児までが、
同じように空に向かって大声を上げる。
その彼らも皆、頬には乾いた泥がついていた。
騎士たちが動く度、金属の擦れる音がする。
甲冑が軋む音が非常に耳障りだったが、
それも民衆らには届いてはいないようだった。
その金属音も、やがて止んだ。
打ち首に用いる物は、さして必要ない。
この民衆らの思いをあの酒ごと晴らすには、大仰な舞台を設置する時間は無用。
騎士数人で掲げる国旗と、王冠を付けた王。
頑丈な縄と、鋭く磨き上げられた剣。
そして、罪人。
長かった黒髪を騎士に切られたのだろう、肩までに不揃いに短くなっていた。
上から下までの一続きの服を着た女は、後ろでに縄で括られ両脇を騎士に持たれて、
まるで荷物のようにそこへと運ばれる。
美しい面をした女が目の前を通っていくのを民衆は憎々しげに眺めていた。
地面に唾を吐き、『プリュレ・ロー』と叫ぶ。
女はそれが聞こえているのかいないのか、紫色に光る瞳を空へと向けていた。
「魔女が呪いを唱えるぞ」
民衆の一人がそう云ったが、傍にいた騎士が女の髪を引っ張り、
そこに猿轡が咬まされているのを見せると、何やら叫んで酒の器を地面に叩き付けた。
それが合図となり、他の酒を飲んでいた男たち、女たちは手に持っていた器を
次々に広場のタイルに投げつけた。
「――準備せよ」
騎士団長の言葉で、女は膝裏を蹴られ、その場にしゃがみ込んだ。
漸く輪郭を見せ始めた太陽の光を背に、王が壇上から見下ろす。
その薄い翠の瞳が女を捉えた。
『――分かるか』
王のかつての師であった者が云った。
『成し遂げようとする者は常に孤独であらねばならない』
幼き王の視界の中で、斜陽に照らされた長い黒髪が、図書館に入る斜陽に緑に光る。
その光が散るのを密かに眺めていた、幼き日。
『その責を他に分とうとする者は、惑い、迷い、誤り、やがて潰えるだろう』
あのときは、こんな現実が待ち受けているなど、思いもしなかった。
『では、私はおそらく潰えるな』
王の覇気を持つ幼子の言葉に、師は何と応えたのか。
何故今それを思い出したのか。
「――王、」
騎士団長の恭しい呼びかけに、王は瞬く。
そして緩く頷き、視線をもう一度定めた。
白い首を顕にし、猿轡を噛まされた女。
「面を上げよ」
紫の瞳が空を彷徨う。
まるで周囲のざわめきや王の姿が映っていないよう。
『民を背負うなら、犠牲を最も重んじろ』
かつての師。
あのときにはもう、その己が目にすべてが視えていたのか。
『王の器は秤だ。 一片には民の平穏。 一片には犠牲――』
銀に輝く天秤を、あの斜陽の中、師は王に見せた。
『秤が民と同量となるよう、常にお前は片方に乗せられる物を選別せねばならない。
民へ傾き過ぎても破綻、またその反対も同様――それは王の器にしか見えぬ。
そしてその解は、民にしか現れぬ』
あの図書館の中。
黒い髪の間、美しい紫の目を持った女が美しく、悲しそうに笑っていた。
「悪しき魔女に、」
王は片腕を上げた。
国民が同じように声を張り上げる。
誰もが薄汚れた顔に、喜々とした表情を浮かべていた。
長年の不作に嘆き、先日の長雨による災害。
多くの者が死に、また愛する者たちを失い、
そしてその胸を空く苦しみに誰もが何かを求めている。
「魔女が悪いんだ!」
「魔女の仕打ちに神がお怒りだ!」
口々に叫ばれる声に、王はすべきことは理解していた。
「――プリュレ・ロー」
今王の秤に掛けているのは、民の平穏。
もう片方には今、自分は何を乗せたのか。
この裁判は、一体何を裁いているのか。
ここにいるは、罪人と――断罪人。
誰が罪人であるのか。
誰が断罪人であるのか。
この秤には今、民の対には誰が乗っているのか。
王は紫の瞳を見据えたまま、ゆっくりと手を下ろした。
紫の瞳がその瞬間、やんわりと笑む。
――ああ、…思い出した。
それを見て、王はほっとしたように自分のマントに付く温かさを覚えていた。
◆◇◇
プリュレ・ロー。 造語です(汗。
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学びを修めたのは王ひとり。無知と迷信に覆われた国を導くために、贄とするのは二度と得難い最も頼む者。
この王のような立場に身を置きたくはないですが、普通の雨や風なら充分耐えられるので・・・・
西に悩める王あれば、行ってその荷を担い、東に犠牲と起つ師あれば、行って励ます。
愚かな民衆から蔑まれ乱暴者には笑われ、ジャマにも思われず感謝もされない。
そう言うものになら、なってもいい。
[ イカダ ]
2016/1/26(火) 午後 10:09
> イカダさん
た…大変お返事が遅れてしまい、申し訳ありません!
よき王であろうとして歩んできたはずであるのに、歩んだ先に待っていたのは、自分の根底を支えた人物の裁き。
その裁きに疑問を持ちつつも、それを是とせよ、とその師こそが認める…。
まさに天秤。
イカダさんの姿。理想ですね〜。
誰かに見返りを求めず、自分がすべきことをすべき。
そうすれば自分を見失わないし、迷わない。自分を貶めない。
…けれど、どこかで言葉だったり、態度だったりと見返りを期待している自分がいる、愚かなhachiです(笑)。
2016/4/30(土) 午前 5:41