ホステス日記

シングルマザーで虎キチの現役ホステスのお仕事日記です。

60歳と27歳の恋

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              〜  あとがき  〜


   5月末から5ヶ月以上もの時間をかけて、やっと書き終わる事が出来ました。

  私の記事の中では、おそらく1番人気であろう(笑)記事を時間かけてしまいました。スミマセン。

  私がブログを始めた1番の理由はコレでした。

  この事を書きたかったから。文字で残しておきたかったから。

  なぜなら、チビの為に。

  もし、チビが大人になるまでに私に万一の事があったら、チビはどう思うでしょう?

  あまりに歳の離れた両親で、相手は不倫。

  財産も残してくれず先に死んでしまい、お母さんは苦労して亡くなった・・。

  多分、そんな風に受け取るのではないかと思います。

  私はそれが一番恐い。

  歳は離れていようが、お互いに好きで、確かに予定していた事ではなかたっけど、

  勢いではなく、選択して、自分(チビ)が望まれて生まれてきたんである事。

  死んだ父親は、それはそれは自分の事を可愛がり、愛されて、そして1番の心残りであろうまま

  亡くなった事。

  私も苦労なんかしていない事。

  これだけは、どうしても解っていてもらわなくては困るし、本人が可哀相だ。

  私は自分の恋人の事は、あまり人にしゃべる事はないから、周りだってわからない。

  だから、万が一の時、私が直接チビに語ってあげれない状態になった時に

  チビに読んでもらう為にどうしても書いておかなければならなかった。

  そうだ!ならブログで、他の人にも知っていてもらおう!一石二鳥だし。

  それが理由でしたが、今ではブログを通しての友達の輪も

  完全に実生活の1部と成るほどに発展し、チビも皆さんから可愛がって頂き、

  本当に良かった、という思いでいっぱいです。

  この書庫の記事は印刷して、遺言書と共に保管します。

  これにて、この書庫は本当に完結!

  皆様、ありがとうございました。

  

        

          ★★★  遺骨のない仏壇  ★★★  最終回



  橋本が死んで、私はある買い物をした。

  仏壇だ。

  橋本が生きていたなら、そんな無駄遣いはするな!と怒っただろう。

  周りの人にも反対された。

  なぜなら、そこに入れる遺骨も何もなく、まだ若い私(当時27歳)の将来の為には

  置かない方が良い。という意見だった。

  しかし、私は自分自身、心の中で決め事をして購入した。

  チビはまだ赤ちゃんで、車も持たず時間もお金もない私には、しばらくの間、

  橋本が眠るであろう、広島県の因島にはお墓参りには行けないだろう。

  それに、やっぱり、安らかに眠ってほしいし、チビにも手を合わせて欲しいから・・。

  だから、遺骨のない仏壇に、

  橋本が1番いい顔をして写っている写真・生前に使っていた老眼鏡(えりかさんがくれた)

  それと、一緒の場所に居られるようにと、以前にも書きましたが

  1人目の赤ちゃんを供養してもらっているお寺の御守りとエコーの写真を置いた。

  1度、遺骨をもらえるチャンスがあった。

  エリカさんが向こうの親族から分骨をしてもらったらしく、それを私に「あげる」と言ってきたのだ

  だが、私は断った。

  なぜなら、このエリカさんはとんでもない女であった。

  私は前から彼女の事がどうしても好きになれなかった。

  橋本と一緒に住んでいたからではない。人間が好きになれそうもない・・。勘で。

  やはり当たっていた。

  橋本が死んだ日も、平気な顔をして仕事に行くという事にも非常に驚いたのだが、

  その1ヵ月後には、自分の新地のお店の店長とさっさと同棲、籍を入れ(その後すぐ離婚)

  その間にも橋本が所属していたロータリークラブのお別れ会には嫁づらして参加。

  店の出資者(パパ)は少なくとも3人はおり(みんな自分がオーナーだと思っている)

  橋本と付き合う前に結婚していた旦那も病死で数千万が入っており、橋本の時も

  3千万が入っている。おまけにその時点で、別の病弱なお客さんに取り入ろうと

  熱心に看護していた(そのお客様はエリカさんの本性に気付き、縁切りする)

  結局は、遺骨が邪魔でしょうがなかったのだ。

  でも、さすがにエリカさんといえ、ゴミにするのには気が引ける・・。そういう訳で

  私に親切心で、あげる。と言ってきたのだろう。

  だから私は、もらわなかった。


  遺骨のない仏壇に毎日ではないが、手を合わせ、ご飯を炊いた時には1番先にお供えしていた。

  いつの頃からだろう。今ではうちのチビも私がなにも言わなくても、ご飯が炊けたとわかると、

  「パパに持っていく!」

  と、言い、ご飯をお供えし、手を合わせ

  「食べてください!みまもってくださいっ!!」

  と言うようになった。

  

  でも、来年の6月には、私は仏壇をしまう。

  チビももう3歳。そろそろ記憶が残る頃だ。

  来年、橋本が死んで3年経ったら、チビと一緒に因島にお墓参りに行こう!

  そして、ここにパパが眠っていると告げ、しばらくチビにはパパとお別れしてもらう。

  チビが大人になって、物事が理解できるようになるまでは、私は橋本の話も写真も見せる事もない。

  もちろんお墓参りには毎年行こう。

  今現在、特定の彼氏がいる訳では無い。

  でも、これからの新しい未来を考えなくてはいけないし、

  チビにとってのお父さんであり私にとってのパートナーも見つけなくてはならない。

  その為にはいろんな意味で、ずっと家に仏壇を置いておくのは良くないと思うから。

  きっと、橋本だって賛成してくれるはずだ。

  葬儀に行けず、お別れを言えなかった私は、3年経ったらお別れを言おう。

  そう、自分に約束してた。


  来年、お別れを言いに、因島に行きます。


  そして、いつかは新しいパパと一緒に3人でお参りに行き、

  「心配しなくても大丈夫だよ。今、幸せだよ。」

  と、言いに行けたら・・。と・・・。


  そして、チビが大人になった時に、ここに書いた事を話してあげたい。

  私がいかにパパの事を好きだったか、そしてパパが貴方の事をいかに愛していたかと言う事を。。


            〜 終 〜

  
  

  

  

   

           ★★★  葬儀の意味  ★★★31


  弁護士を立ててからは、とりたてて私がすることもなかった。

  所詮、弁護士側から言えば、金額の低い時間の掛かる面倒な仕事。

  一つの質問書に対し、返答が返ってくるのに一ヶ月以上掛かる・・。

  そんなレベルの話・・・。

  それに私はそんな事に構っていられる余裕がなかった。

  幼い頃から集団生活をさせている為、冬の時期になると特に病気で熱を出し、保育園に預けれない

  当然私は仕事に行けない・・・。

  お客様と6時から食事をし、同伴で店に入った途端に園から電話があり帰宅する。

  仕事中に「熱が出た」と言われ早退し、タクシー代だけが無駄に消えてゆく・・・。

  特に橋本が亡くなってからの2年間はひどかった。

  3回の入院・水疱瘡・おたふく・インフルエンザ等・・・。

  新地の水商売は、基本が土・日・祝が休みだ。月に20日が平均出勤日。

  そこにプラス、お正月・ゴールデンウィーク・お盆休みが入る。

  仕事や保育園に行く日数が少なくなっても出費は変わらない。

  当然、金銭面・精神的にも私は追い詰められていた。


  そして、ちょうどその頃から私は辛い夢に悩まされる。

  橋本の夢だ。

  以前に書いていたように私は橋本が亡くなった当日に会っていた。

  橋本は自分で車を運転し、チビと遊び自分で車を運転し帰って行った・・。亡くなる数時間前に。

  
  私が、橋本が亡くなったのを知ったのは2日後。

  そのうえ、葬儀にも行かなかった。

  死に顔を見ずにしての別れ。

  
  どうやら私は、心の奥底で橋本の死を受け入れられてなかたっようだ。

  そこに、チビの病気・金銭的不安・精神的支えがなくなった。

  そして私は数日おきに同じ夢を見る。


  夢の中では、橋本が現実と同じように亡くなる。

  ところがここからが違う。

  実は、橋本が死んだというのはウソで、実は生きていたのだ!

  再会し、心から安堵し喜ぶ私。

  そこで目が覚める・・・。

  そして現実を見る。橋本はやっぱりいないんだと・・・。

  橋本が亡くなってスグの頃には見なかった夢を、この時期には頻繁に見た。

  毎回毎回同じ夢なのに、毎回毎回橋本が生きていたと喜ぶ私・・。

  目が覚め、現実を思い知らされる瞬間の苦痛は言いようがない。

  私は本当に参っていたんだと思う。

  この時に私は、葬儀に行かなかった事を、言い換えればきちんとお別れをしに行かなかった事を

  痛烈に悔やんだ。

  周りから冷たい目で見られようが、ちゃんとお別れはしておくべきだったのだ。

  葬儀に行ってさえいれば、もしかしたら、こんな辛い夢は見なかったのかもしれない・・。

  もともと、自分の身内や親しい人などの死は、そう簡単には受け入れられるものではない。

  だからこそ、余計に行くべきだったと・・・・。

  
  もちろん、今はそんな夢は見ていない。

  いつの頃からだろう・・・?

  見なくなったからこそ、冷静にこうやってこの事を書けている。

  だが、決して橋本の事を忘れたわけではない。

  私は橋本が亡くなった時に、ある誓いをたてた・・・・・・・・・。

                           〜 つづく 〜

                          次回、最終。

           ★★★  長い戦い  ★★★30


  友人の彼氏と共に、橋本の家族と交渉に入った。

  わずか2〜3回程の交渉で、向こうの家族から

  「こちらとしても、めいいっぱいさせて頂いて、250万円お支払いいたします」

  との、連絡が入った。

  その間にも私は、向こうの税理士さん、主要取引銀行等も訪れていたが、

  もちろん良い情報も得られるはずもなく・・。

  簡単に向こうが譲歩した事で、こちらの友人の彼氏は「もっともらえるんではないか?」と

  さらに交渉していった。

  ところが、数ヶ月した時、向こう側から

  『弁護士を立てましたので、今後はそちらにお願いします』

  との一報が・・・。

  向こうはややこしくなるのを恐れて、ついに弁護士に頼んだのだ。

  本来なら、最初からそうしていれば良いものを・・。

  そうなると、今まで頼んでいた友人には手を引いてもらわざるをえなくなった。

  そして、私も迷った挙句、弁護士を立てることを考えるようになった。

  この時点で、橋本が亡くなってから1年3ヶ月が過ぎており、

  私の貯金も底を突いている状態だった。おまけにチビは、入院と病気を繰り返しており、

  仕事もままならない状態で、さらに弁護士費用を捻出するのは大変な事だった。

  おまけに、初回に弁護士さんに相談に行った時、

  「もしかしたら、今向こうが提示されてる金額を下回る可能性もありますし、
   こういう事件は長期化します。1〜2年は覚悟してください。それでもよろしいんですか?」

  そう言われた。

  本当はその時点でも生活は苦しく、250万円という金額をスグにもらう事も考えた。

  そうすれば、弁護士費用もかからないし、とりあえずは生活の足しになる。

  だが、悩んだ挙句私は弁護士さんを立てる事にした。

  理由は、「きちんと納得したかったから」だ。

  今のままでは何が根拠で250万円という数字が出たのか?多いのか?少ないのか?

  それもわからない。たとえ、金額が減ろうが長期化しようが、

  私は、ちゃんとした書類を見て納得したかったから。

  そして、現在もまだ解決に至っていない戦いがはじまった・・・。

  

 

  

            ★★★  相続放棄  ★★★29


  ファミレスに着いて、それぞれに飲み物を注文した後で、次男が切り出した。

  ※すいません、書き間違いで、今まで私が話をしてた相手は長男ではなくて次男です。

  次男の方が橋本の会社を継ぎ、橋本の信頼も厚く、しかっりしていると前から聞いていたが

  やはり、この日も次男のみがしゃべり、長男は聞いているだけだった。

  「・・あのですね・・・父の相続の事ですが・・・」

  「・・・はい・・・」

  「この紙を見ていただけたらわかるように、会社は借金まみれで財産らしい財産はありません。
   ですから、こちらも私が1人で会社と負債を全て引き継ぎ、長男・母には相続放棄をしてもらう
   つもりなんです・・。ですから、貴方にも放棄していただきたいと・・・。
   もし、放棄しないというのであれば、
   この負債の金額も背負っていただかなければならなくなりますよ。」

  そう言って、テーブルの上に3枚の紙を置いた。

  それぞれに、会社の負債額等が記載されていた。

  確かに、ぱっと見る限りではマイナスの計算になる。

  しかし、この時私は猛烈な怒りを覚えた。

  それは、放棄してほしいと言われたからではない。

  本当に事実そうであれば仕方がない。

  だが本来、相続放棄するにしても、それなりのキッチリした書類を揃えて持ってくるのが筋だろう。

  しかも、まるまる2ヶ月も空いているのにだ!おまけに、葬式に来ないでほしいと言われた時

  私は「なんんでもいいので、橋本が身に着けていたものを形見がわりに頂きたい」と、

  お願いしていた。それも完全に無視されてしまった。

  所詮、向こうは私よりも10以上歳も上、こちらは女に子供。完全になめられたのだ。

  「・・・事情はわかりました。しかし、この場ではハンコもありませんし、
   一旦家に帰ってから考えて連絡させていただきます・・・。」

  そう言い、後は遺言状がなかったか?などの質問をされて店をでた。

  家に帰り、考えれば考えるほど悔しくなって泣けてきた。

  その当時、仲の良い女友達にそのことを告げると、彼女もまた激怒し、

  「私の彼氏に相談してみる。話してくれると思う」

  と、言う事になった。

  そして、その友達と共に、もう一度話をするべく会うことになった。

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