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空冷VWとの出会い。
人それぞれあると思いますが、ワタシもアレです。
ワタシが小学高学年のある日「バタバタ」と今迄聞いた事の無い車の音と共に伯父がやって来ました。
「あっ!ワーゲンだ!」と興奮気味に家を飛び出したワタシでした。
伯父さんは、昭和40年代後半〜50年代前半頃のサーファーで、車を引き取った足で車を見せに来たのでした。
それから毎週日曜日は、サーフィンの帰りに家に来て洗車をするようになりました。小学生のワタシはアレコレ聞きながら、洗車の仕方を教えてもらい、更に、お手伝いの後のお駄賃をもらう楽しい日曜日でした。今考えるとその車は、黄色いビッグテール、グリーンの内装、カマイのスポイラー、エンケイディッシュのハミタイとマンマ70年代のスタイルだった事を思い出します。
月日は流れワタシが高校2年の時、伯父さんが「あのワーゲン、お前にやる。車検切れてるからジブンでバイトして乗れ!」と突然の言葉でした。
親と相談した結果、免許は親が出すから、車の登録はジブンでお金を貯める事になりました。残念な事に若気の至りか、他の遊びにウツツをぬかすワタシに、業を煮やした親が車を処分してしまいました。
その時の後悔と、心の中にあったVWマークへの憧れが、後の発病につながっていることは言うまでもありません。
時は流れワタシも30歳を過ぎ、子供も産まれセカンドカーの購入をきっかけに発病しました。
またまたつづく
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