はぐれ先生のいろんなお部屋

毎日ハッピーです。コップからあふれ出た幸福をみなさんにプレゼント。

5) ショートショート

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2つの時計

だれもいないビルの一室だった。

私はのぞき込んでいるうちに、ドアが開いているのに気づき、足を踏み入れた。

テナントが出て行った後のようで、天井からはあちこちに電気コードが垂れ下がっていた。

仕切りのない広いその部屋に西日が差し込み、コンクリートの壁をオレンジ色に染める。

光の先に目を向けると、すみに置き去りにされた2つの時計が横を向いている。

その時計の重なった影の長さが、一日の終わりの始まりを告げていた。


外の喧騒はこの部屋には届かない。

2つの時計は、ゆっくりと自分自身の時を刻んでいた。

時折、かすかに電車の通る音が聞こえた。

けれどもそれは、気のせいにできるほど十分静かだった。


普通の目覚まし時計のようだったが、片方がいく分小さめのように見えた。

事務所で何年間も使われてきたのだろうか。

彼らはこの会社の誕生から撤退までの歴史を知っているのだろうか。

今、彼らの周りにはだれもいない。

果たしてこの時計はこの時を望んでいたのだろうか、それとも恐れていたのか。


影がいっそう長くなる。オレンジ色の光はマジックアワーの

仕事を終え、モノトーンへと変わっていく。

2つの時計の奏でる静かなハーモニー。

チ、・・チ、・・チ・・・


昔聞いたことばを思い出した。

「時計が1つだと時間がわかるが、2つあると何時だかわからなくなる」という冗談だ。

この2つの時計は、今、同じ時を指しているのだろうか?

それとも、一方が徐々に遅れていっているのだろうか?

遅れていく時計を見つめるもう1つの時計の気持ちはどんなものだろうか・・・


「5分遅れている時計は、1度も正確なときを指すことなく一生を終える。

が、止まっている時計は、1日で2度だけは正確なときを指す」

幼い頃聞いた話だが、今思うと奥が深いのかもしれない。

懸命に働き、完全ではなくてもある程度の成果をあげるものも必要だし、

じっと大局を見ていて、肝心なときに真理を指摘するものも必要である。


お互いを慰めるように時計の音がゆっくりと響く。  チ、・・チ、・・チ・・・


そもそも、いったいだれが何のためにここにその2つの時計を置いていったのだろうか・・・



外では夕闇が初冬のイルミネーションに光を与えはじめた。


何時だろう。   いや、何時を指しているのだろう。


好奇心が私を時計に近づける。拾い上げて手に取ってみる。


すると、時計には・・・






針がなかった。


いや、正確には大きい時計には長針が、小さい時計には短針がなかったのだ。

これでは時間がわからないからだれかが捨てていったのか?

ただ、時計には会社の創立記念を思わせるような文字が書かれていた。

「贈 昭和62年1月吉日 夫婦時計」




































チ、・・チ、・・・チ・・・・・

                       「祖父の贈り物」


 待望の初孫(ういまご)が生まれた。祖母はひと月前から、ちゃんちゃんこを編み始めていた。

祖父は何か長く使えるものをプレゼントしたかった。自分の命が長くないのを知っていたからだ。

死ぬのは恐くなくとも、孫娘の記憶に自分が存在しないことは悲しい。

文才に恵まれなかった祖父に、何年も先の孫娘に下手な恋文もどきを書こうなどという発想は

なかった。ビデオに撮っておいてもらおうかとは思ったが、抗癌剤で髪の毛を失い、

やつれた姿は見せたくなかった。カラッと愛情を伝えるには …  

考えていると、病院の窓から春風とともにピンクの花びらが一枚舞い込んだ。


一つの命が生まれ、一つの命が散っていく。良寛の句が思い出された。


そうだ、「さくら」という名前のプレゼントはどうだろう。

いや、名前はもう親たちが決めてあるかもしれない。では、植樹をするという手はどうか?

どんどんアイディアは浮かんでくる。頭は冴えているだけに、これからというときに

肉体が尽きるのは無念でならなかった。


「散る桜 残る桜も 散る桜」か…。



 半年後、祖父の桜は散った。孫の「さくら」が何もわからずに、喪服を着た人たちにふりまく愛想が

早すぎる死をいっそう悲しいものにしていた。


 3歳になったさくらには、誕生日に必ずする儀式があった。それは祖父の贈り物を家族と一緒に

することだ。結局、「さくら」という名前は偶然親が考えていたのと同じだったので、悩んだあげく

祖父から孫娘へのプレゼントはジグソーパズルになったのだ ―― ただし、遺言付きの。

1歳で1ピース。2歳のときには2ピース。年の数だけその日にパズルを作るように言われてあった。

凝り性だった祖父らしいとみな思った。あるときは母親と、あるときは祖母と、また父が休みのときは

家族全員で4月1日にはパズルをするのが慣わしになった。



 10度目の春に、ようやく枠ができあがった。一緒に手伝ってくれる家族は変わっていた。

ちゃんちゃんこを作ってくれた祖母はもういない。代わりに弟がいたずらな手でいい加減に

パズルを当てはめている。


 やがて、さくらは家族の手を借りずにパズルを入れられるようになる。しかし、皮肉なことに、

中学生にもなると、誕生日はパズルどころではなかった。友達や彼氏と過ごす方が大事だった。

所詮「去るものは日々に疎(うと)し」、祖父の存在を思い出すのは年に2〜3回仏壇に手を

合わせるときぐらいである。それでもパズルは時折した。誕生日に歳の数だけというルールは

いい加減になったが、悲しいことや嬉しいことがあったとき、さくらは何時間もパズルに向かった。

糸鋸(いとのこ = jigsaw)という意味のこのパズルは、頭をひねるというよりは、

むしろボーっと自己との対話を楽しむのに適していたからだ。パズルは彼女の成長を見つめる

存在となった。

 ふたたび春風に花びらが舞う季節になった。新入生を勧誘するサークルの人たちに取り囲まれ、

さくらはあこがれの看護大学のキャンパスを歩いていた。福祉関係はもちろん、オリエンテーリングや

ウインドサーフィンなどのスポーツ系から、合唱、占いに至るまで、フレッシュマンの気持ちをそそる

ビラが次々と手渡される。その大半が系列の医学部との合同サークルらしい。


 医者との結婚にあこがれる女性は多い。一夜にして上流者階級の仲間入りだから当然である。

しかし、医者ならだれでもいいというものでもない。ルックスや出世にこだわる人もいれば、

一緒にいる時間を大切にしてくれる人がいいと思っている人もいる。さくらは、ふつうの医者は

あまり好きではなかった。プライドばかりが高く、傲慢不遜なドクターが多いという先入観が

あったからだ。介護師のように、派手な生活でなくとも、本当に弱者のために生きている人を

尊敬していた。祖母が入院したときの担当医のような、医師として有能なだけでなく、

患者の痛みを共有し、その家族にも配慮できるような、人間として尊敬できる医師と出会えたなら

どこまででも付いて行こうとは思うのだが …



 結局さくらが入ったハイキング系サークルでは、親しくつきあう男性には恵まれなかった。

成人式を迎えるころ、さくらは後どれくらいでパズルが完成するのかを計算してみた。

箱には300ピースと書かれてある。通常なら決して難しいものではない。ただ、祖父がプレゼントして

くれたパズルはオリジナルで、完成した写真が付いていなかったため、かなりの難度があった。

1+2+3…と足してみる。20まで足すと210ピース。パズルは3分の2ができあがっている計算に

なる。絵柄は、遠近法で桜並木が浮かび上がっていた。さらに足し算を続けると、ちょうど24歳で

300ピースになった。あと90ピース、4年分残ってある。写真でしか見たことがない祖父だが、

実に遠大な贈り物をしてくれたと思う。祖父にとっては、息子が結婚して10年、ほとんどあきらめて

いたときに、まるで自分の命と引き換えであるかのように授かった孫娘である。いかほどの愛情と

期待を抱いていたかは想像に難くない。その期待に応えられたかどうかはともかく、さくらは

よく笑う明るい女性に成長していた。



 しかし、そんなさくらでも実際にやってみると、看護師の仕事はかなりきつかった。ただでさえ、

夜勤や休日出勤があるのに、最近ではモンスターペイシェントと呼ばれるやくざのような患者もいた。

どんなに心から尽くしても受け入れられないとき、さくらはパズルを1つ入れるのだった。

「患者さんが幸せになりますように」と念じながら。そのような患者は、体以上に心が病気である

ことを知っていたからだ。また、退院していく患者にとても感謝をされることもあった。

そんなときにもパズルを1つ入れた。「他の患者さんもこの喜びを分かち合えますように」と。

そのように願っているうちに、パズルの1つ1つが、人であるように思えてきた。患者とその家族、

ドクターたちと自分。みんなつながっているし、形も人みたいだ。そして、大きな一枚の絵は

さながら1つの社会のようだった。

イメージ 1

 さくらは23歳になっていた。誕生日まであと1ヶ月ほどというころ、さくらが同僚と

「世の中はジグソーパズルのようだね」と話していると、隣で聞いていたある医師が

「ジグソーパズルは認知症にもいいんだよ」と言って話に加わってきた。外科医の山岡先生だった。

いつか祖母を担当してくれた医師に似た、知性と技術に裏打ちされた人格的高潔さを持った若い

医師だった。祖父のプレゼントの話をすると、一度そのおじいちゃんオリジナルのパズルを写メで

見せてほしいと言われた。


 その日の夜、さくらは山岡先生のことを想いながら、部屋で1つのピースを入れた。

「右肩スラッシュマンか…」。1つ1つのピースには、必ず特徴がある。

「細腕ブルーマン」「ひし形ファットマン」…… さくらは名前をつけながら入れるのが癖だった。

残っている20ピースあまりを横にどけ、写メを撮って送った。


 幼いころからさくらの人生を見守ってきたパズルが、今度の誕生日に完成する。

残りはさほど難しくないだろう。インクの色も20年の歳月を感じさせないほどきれいである。

それより気になったのは、この桜並木がどこにあって、今はどうなっているのかということだった。



 「晴れたら4月1日に夜勤明けの連中を誘って花見をしないかい?」写メの返事は意外にも早かった。

もちろん、メインはさくらの誕生祝いだが、山岡先生からみんなに知らせたいこともあるそうだ。

当日、完成間近のパズルを持って行って、数人の気の合う職場の仲間にもピースを入れてもらう

ことになった。「プレゼントは気持ちだけで十分ですからね。楽しみにしています」さくらは、

参加者にメールした。自分がとんでもない失態を演じることになろうとは夢にも思わずに。



 当日は快晴だった。花見の会場には山岡先生のキャンピングカーで30分ほどで到着した。

実は、さくらは山岡先生の車に今月になって2度乗っていた。メールがきっかけで、

食事やドライブに誘われてあったのだ。まだつきあっているとは言えないかもしれないけれど、

ひょっとしてこれが夢なら覚めないでほしいと思うつかの間であった。


 マットを敷き、荷物を下ろして、みんなで準備をした。と、そのとき、さくらは我が目を疑った。

目の前に広がるその桜並木・・・その景色には確かに見覚えがあった。まぎれもなくそれは、

さくらを24年間見守ってきた風景だった。涙がにじむ。ことばにならない。

実は、写メを見た一人の看護師がこの場所を知っていたのだ。もちろん、すぐ近くには祖父が入院

していた白い建物がある。サプライズな誕生プレゼントであった。乾杯の後、みんなに促され、

さくらは祖父のジグソーパズルを取りに行った。仲間たちに祝福されて24歳の誕生日を迎えられる

自分は本当に幸せだと思った。しかし、パズルと風景とを見比べながら戻ってくるとき、悲劇は

起こった。みんなの目の前で、さくらは石につまずき、転んでしまったのだ。宙に舞うパズルを

春風がいっそう遠くへ運ぶ。

手元に残ったパズルは数年前の状態だった。

すりむいたひざは気にも留めず、半べそをかきながらバラバラのピースを拾い集めるさくら。

呆然と見つめる同僚達。20分もあれば完成しそうだったパズルが、今や半日かかっても無理に思えた。

夜勤明けで、眠そうにしている者もいる。とても手伝ってと言える雰囲気ではなかった。


そのとき、一人の看護師がポケットから携帯を取り出した。それを見た別の看護師や医師たちもみな

写メを取り出した。この前送っておいた写真が残っていたのだ。「オレは右下の部分をやるよ」

「じゃ、私は左の黒い部分」「僕は空担当にしよう」みんなが手分けをして、写メをもとにパズルを

作り始めた。「さくらちゃんは監督だよ」山岡先生が言った。ビール片手にわいわい声が響く。

いくつか印象に残っているピースもあった。「その『おなかくびれマン』はここらへんよ。

おばあちゃんが入れてくれたんだ」さくらが言うと、みんなも真似し始めた。

「このおなかブラックマンはどこだ?」「腹黒男は先生じゃないですか」笑いの中に

彼女の人生がDVDの早送りのように再生されていく。あ、ありがとうみんな・・・。

1時間ほどでパズルは完成した ―― かに見えた。



「あれ?1コ足りないよ」



さくらは青ざめた。みんなで手分けして探したが、最後の1コの「右向き首長マン」が

どうしても見つからない。なんということか。春風のいたずらか、神様のエイプリルフールか・・・

何とも後味の悪い結末になってしまった。

それでもさくらは持ち前の明るさで気を取り直し、みんなにひとこと感謝の気持ちを述べた。

「これは、人生は永遠に完成しないものだという祖父の教訓と解釈して、これからも

がんばりたいと思います」拍手が湧き起こった。


まだ拍手が鳴り止まないうちに、山岡先生が立ち上がった。

「実は、今日はもう1つみんなに伝えなくちゃならないことがあります。院長には去年から

言ってはあるんですが、僕のMSFが正式に決まりました」 場は水を打ったように静まり返った。

遠くから花見客のカラオケが聞こえる。さくらだってMSFくらいは聞いたことがある。

「国境なき医師団」というボランティア組織だ。場所によっては自らの生命さえ危険なことがある。

「来月から2年ほど、アフリカに行く予定です。出世コースからは外れますが、自分のさまざまな

可能性を試したいと思います」 この1ヶ月近くで急速に親しくなれたと思っていたのに、その運命の

皮肉にさくらは愕然とした。だが、突然の山岡先生の次の行動にあっけに取られて、涙は出て来な

かった。山岡先生は、両手と両足をこれ以上できないというほど広げたのだ。そして、首を右に向け

思い切り伸ばし始めた。沈黙が数秒間続く。と、そのうち「わかった」という声が聞こえてきた。

別の看護師も「わかったわ」と言った。わからないのはさくらだけだった。

「さくらさん、僕をあなたの人生のパズルの一部にしませんか?」

見ると、パズルに欠けた最後の「右向き首長マン」にそっくりのポーズではないか。

「帰国したら、生涯のパートナーになってくれませんか?」苦しそうに山岡先生が言う。

さくらはあまりの展開に吹き出しながらも涙を抑えられなかった。声にならずに、ただ首を縦に振る

だけだった。だれかが用意していたクラッカーが鳴る。再び「乾杯」と「おめでとう」の声が響く。

「同僚たちは最初からこういう計画だったのだろうか?」さくらは写メで彼を写しながら思った。




 その後、紆余曲折はあったが、二人は結ばれた。

さくらがその最後のピースを発見したのは10年後だった。偶然祖父の使っていた机の引き出しから

出てきた。だが、もうすでにその欠けた部分には、夫のあの時の写真が入っていた。なぜ祖父が最後の

一枚を抜いてあったのかはなぞである。本当に「人生に完成はない」という教訓だったのか?

「だれかに完成してもらいなさい」というメッセージだったのか?

それとも、欠けた場所に何があるのかを見に行ってほしかったのか?

ただ、その欠けた部分の絵柄は植えたばかりの小さな苗木のようだった。

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