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だれもいないビルの一室だった。
私はのぞき込んでいるうちに、ドアが開いているのに気づき、足を踏み入れた。
テナントが出て行った後のようで、天井からはあちこちに電気コードが垂れ下がっていた。
仕切りのない広いその部屋に西日が差し込み、コンクリートの壁をオレンジ色に染める。
光の先に目を向けると、すみに置き去りにされた2つの時計が横を向いている。
その時計の重なった影の長さが、一日の終わりの始まりを告げていた。
外の喧騒はこの部屋には届かない。
2つの時計は、ゆっくりと自分自身の時を刻んでいた。
時折、かすかに電車の通る音が聞こえた。
けれどもそれは、気のせいにできるほど十分静かだった。
普通の目覚まし時計のようだったが、片方がいく分小さめのように見えた。
事務所で何年間も使われてきたのだろうか。
彼らはこの会社の誕生から撤退までの歴史を知っているのだろうか。
今、彼らの周りにはだれもいない。
果たしてこの時計はこの時を望んでいたのだろうか、それとも恐れていたのか。
影がいっそう長くなる。オレンジ色の光はマジックアワーの
仕事を終え、モノトーンへと変わっていく。
2つの時計の奏でる静かなハーモニー。
チ、・・チ、・・チ・・・
昔聞いたことばを思い出した。
「時計が1つだと時間がわかるが、2つあると何時だかわからなくなる」という冗談だ。
この2つの時計は、今、同じ時を指しているのだろうか?
それとも、一方が徐々に遅れていっているのだろうか?
遅れていく時計を見つめるもう1つの時計の気持ちはどんなものだろうか・・・
「5分遅れている時計は、1度も正確なときを指すことなく一生を終える。
が、止まっている時計は、1日で2度だけは正確なときを指す」
幼い頃聞いた話だが、今思うと奥が深いのかもしれない。
懸命に働き、完全ではなくてもある程度の成果をあげるものも必要だし、
じっと大局を見ていて、肝心なときに真理を指摘するものも必要である。
お互いを慰めるように時計の音がゆっくりと響く。 チ、・・チ、・・チ・・・
そもそも、いったいだれが何のためにここにその2つの時計を置いていったのだろうか・・・
外では夕闇が初冬のイルミネーションに光を与えはじめた。
何時だろう。 いや、何時を指しているのだろう。
好奇心が私を時計に近づける。拾い上げて手に取ってみる。
すると、時計には・・・
針がなかった。
いや、正確には大きい時計には長針が、小さい時計には短針がなかったのだ。
これでは時間がわからないからだれかが捨てていったのか?
ただ、時計には会社の創立記念を思わせるような文字が書かれていた。
「贈 昭和62年1月吉日 夫婦時計」
チ、・・チ、・・・チ・・・・・
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