当時は春(一月〜三月)夏(四月〜六月)秋(七月〜九月)冬(十月〜十二月)であり、『芭蕉年譜大成』の夏、甲斐谷村に高山塒麋を訪ねて逗留。五月江戸に戻るので、芭蕉の逗留期間は非常に短期間と云う事になる。さらに先述した『虚栗』には、麋塒の句も入集しているが、これらの句が甲斐に居て詠まれた句かは定かではない。さらに『虚栗』の編集期間の問題もあり、芭蕉が五月に跋文を書して、又入集句に目を通し板行する期間も短期間となり、ましたや『虚栗』は弟子其角のはじめての選集である。刊行なったのは六月であっても、準備は以前から進められていたとするのが自然で、当たり前の事であるが句作は刊行より以前となる。
私には句作の季節や句意などは分からないが、芭蕉が跋文のみで終わるという事はなく、『虚栗』の末では其角と芭蕉の連歌が記載されている。両者の句作はどの時期に行われたのであろうか。
『虚栗集』所載の句 酒債尋常往ク處ニ有人−生七−十古来稀ナリ
詩あきんど年を貪ル酒債(サカテ)哉 其角
冬-湖日暮て駕(ノスル)レ馬ニ鯉 芭蕉
(以下略)
改夏
ほとゝぎす正(ム)月は梅の花 芭蕉
待わびて古今夏之部みる夜哉 四友
山彦とナク子規夢ヲ切ル斧 素堂
(以下略)
○ 憂テハ方ニ知リ 酒ノ聖ヲ 貧シテハ始テ覚ル 銭ノ神ヲ
花にうき世我酒白く食黒し 芭蕉
眠テ盡ス陽炎(カゲホシ)の痩 一唱
(以下略)
《連衆…芭蕉・一唱・嵐雪・其角・嵐蘭》
○ 素堂荷興十唱(略)
○ 改秋
臨 素堂秋−池ニ
風秋の荷葉二扇をくゝる也 其角
『芭蕉年譜大成』によると、一月、歳旦吟。春、五吟歌仙 憂方知 酒聖 ・貧始覚 銭神
花にうき世我酒白く食黒し 芭蕉
眠ヲ尽す陽炎の痩せ 一晶
『虚栗』所収の秋冬の句は、刊行が天和三年六月であるから、前年、天和二年以前の秋冬(七月〜十二月)の句である。
芭蕉は夏、谷村逗留の後に五月江戸へ戻る。五月其角編『虚栗』の跋文を草す、六月刊。
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