古池や 蛙飛び込む 水の音 芭蕉 ばしょう

芭蕉は庶民の俳諧師、文学者により聖人へ昇格

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 江戸時代、俳諧の先駆者
 

 過去芭蕉  今も芭蕉で  末芭蕉
 君芭蕉   僕も芭蕉で  皆芭蕉
 清貧の   四十余里の  旅路かな
 古池や   我も跳び込む 水の音
 清貧の   芭蕉は今日も 宿泊まり
 門人も   回忌が進み  芒かな
 門人が   成り代わって 芭蕉論
 芭蕉翁   芭蕉王とて  芭蕉皇
 清貧の   芭蕉を著して 金太り
 芭蕉翁   木曽義仲と  同居して
 ただの句も 先生名句に  仕立て上げ
 芭蕉翁   門人文人   食い散らし
 芭蕉論   自分の論旨  上乗せし

 芭蕉の研究書や書評を読んでいると、年々時代時代に芭蕉がだんだん聖人になっていくのがわかる。それと同時に同時代の俳人の影は薄くなるばかり。芭蕉は俳諧宗匠としていわゆるプロの俳諧師である。プロの詩人(うたびと)である。研究者の中には、まったく他の俳人をつまみにもしない処遇で、すべて芭蕉で終わっている人も居られた。芭蕉を綴るのではなく、芭蕉の名を借りて己の知識を振りかざしている方も居て読みにくい。そして芭蕉の本質からかけ離れていって、現在構築された芭蕉像が本来の芭蕉のあるべき姿から大分変貌しているのは否めない。また芭蕉も隠密や忍者にもなってこれまた忙しい。昔から幕府要人と句会や歌会を開くとき、お互いの見聞きを公開したり共有したりするのはごく当然であり、旅や道中の目的が、俳句修行以外にあっても何不思議なく、きわめて当然のところである。旅する人は大きな情報源であり伝達者であっても自然でな所業である。このブログは、芭蕉や江戸俳諧の聞き語りであり、そうした資料の中から芭蕉の真の姿が浮かんでくることと確信している。芭蕉は多くの俳人や文人それに先駆者の助けを借りて己を磨いていったのである。特に晩年は孤独と作品の完成に勤しみ、大阪で死去した。私は芭蕉の盟友、山口素堂を研究する中で、芭蕉の側面を垣間見ることができた。  

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